落ち着け
書いたんですよ、そしたらオチがついてなくて・・・。
習作として時間制限を設けて執筆した、連載中作品のスピンオフです
僕はバイクだ。
そういう妄想を持った人や少しおかしい人じゃなくて、僕はバイクだ。
もうこの店には8年も居る、半分売り物で、半分店長の私物。
「好きな人は好きなんだけどねぇ。」
店長はいつもそういって僕を眺めるんだけど、この8年間その「好きな人」が僕の目の前に現れたことはない。
この店は大きくもなく、小さくもなく、個人経営の中では結構成功しているほうだそうだ
何でも僕が生まれた頃から、この国ではバイクはあまり人気がないそうで、どこのバイク屋さんもみんな店をたたんだりしているらしい。
たまに、そんな店にあったスズキのガンマや、ホンダのNSRがこの店に来たりするけれど、すぐに高値で売れてしまう
どうやら僕が売れ残っているのはバイクの人気がなくなったこととは関係ないみたい。
店長はたくさん友達が居て、この店には常に顔見知りがいる、アットホームなお店だ、みんな仕事はどうしているんだろう?
店長は今から数年前に全日本で優勝して、それから結婚して、離婚して、こうしてバイク屋をやっている
娘さんが一人いるけどバイクにはあまり興味ないみたい。
バイク屋に居ると、いろんな人が眼に入る、その全員が全員バイクに関係ある人だからバイク屋さんに来るんだろうけど
中にはちょっと珍しいお客さんもいる、僕が特にわくわくするのは、これからバイクを買おうと思ってる人がこの店に来るとき。
僕を選んでくれないかな、なんて思うこともあるけど、大体はCB400あたりの無難なチョイスで落ち着くのが常で
最近じゃそんな期待もしなくなっちゃった。
それでも、何でバイクを買うお客さんが来るとわくわくするかというと、その、常にこの店に居る店長の友達達の会話が面白い
自分の乗ってるバイクをお勧めするのはいいんだけど、たまにその友達の間で喧々諤々の大論争が巻き起こることがある。
そうなると、彼らは決まって店の外へ自分のバイクと一緒に出て行く、酷いときは店長とその友達が出て行くこともある
それで一方が「まいったなぁ」って顔をして帰ってくる、残されたお客さんは帰ってしまったり
律儀に待っていたりするけれど不思議なことに一ヶ月もしないうちに必ずこの店でバイクを買って帰るんだ。
この店が成功してる秘訣ってそこかもね、この店は「楽しいバイク」を売ってるんだ。
僕は思うね、バイクってのはやっぱりただの移動手段じゃないんだろうなって
最初はそうだったかもしれないし、出発点はきっと「必要」から来てるんだと思う
だけど、そこに夢を求めたりとか、そう言う事がしやすい乗り物なんだと思うんだよね、バイクって。
バイクの人気が無いって言われてるこのご時世に、わざわざバイクに乗ろうとする人っていうのは
きっと僕らバイクにそういうものを求めている人なんじゃないかな。
そうだ、名乗るのを忘れてた、僕はホンダのカブ。
「カブ?大人気じゃん。」
そうじゃないんだ、僕はカブでも125ccのカブ、タイカブって言えばわかる人がいるかもしれない、確かに
「カブが欲しいんですけど」
って、この店に来る人は居るんだけど、その人たちってみんな普通自動車についてくる原付の免許で乗れる
50ccカブが欲しくって来るんだよね、大体の人はそこから中免を取って、そうじゃない人はこっそりボアアップしちゃう
前者はまだしも、後者みたいなリスクを犯すぐらいなら、最初から中免を取って僕に乗ってくれればいいのにと思うよ、正直。
そんなわけで、ニーズの隙間に落っこちた僕は、こうして8年間もボーッとすごしてるわけ。
僕がここに来たとき、この店の前の店長さんは僕らを50ccのカブだと思って、貸しバイクに使うつもりで買ったらしいんだけど
僕らはみんな125ccのカブ、やっぱり貸しバイクを借りに来る人で中免を持ってる人は少なくて
僕らは一台、また一台とこの店から姿を消していった、みんなが何処に行ったかはわからないけれど、元気にやってるといいと思う。
なんでも僕らのうちの一番最初に売れたやつは、ひょんなことから近所の峠で「ロバ」なんていわれていたらしいけれど、転んだり、谷底に落ちたりしていないか心配だ。
で、最後に僕の番って事になったんだけど、買いたいっていう人も現れないし、125ccのカブを使いたいなんていう事業主さんも居なかった
なんせその頃はとっくにCB90も生産中止になってたぐらいで、僕らバイクはますます肩身が狭くなる一方だった。
そんな時、最後はあわや解体屋に売られそうになった僕を助けてくれたのが、今の店長。
「こんな奇妙な乗り物を潰すのは惜しい!」
今の店長はその日のうちに僕を役所に登録しに行って、僕ははれてナンバーをもらった。
奇妙な乗り物なんていわれて複雑な気分だったけど、それでも潰されるよりマシだし、こうして今でも大事に整備して乗ってもらえるのはうれしい。
いや、僕の場合は「使って」もらってるのかな?
灯油を買いに行ったり、その他店長のちょっとした買い物に付き合ったり。
でも僕は思う、いつか僕だっていいタイヤを履かせてもらって、チャンバーも変えてもらって、一度でいいから、誰かの「夢」の実現の為に力を貸したい・・・。
こうして僕は閉店後の真っ暗な店の中で、いまだ見たことの無いサーキットや峠道のワインディングを思い浮かべたりする。
今日もいい天気だ、僕はまた店の隅っこから店の中を見渡した。
「はい、物部二輪です。」
店長に電話が入ったみたいだ。
「ああ、ケンちゃん?どうした?」
どうやら中島さんのようだ、店長の高校の頃からの知り合い、僕もその頃に何度かあったこともあって、乗ってもらったこともある。
「レース?ああ、やるやる!まさかガンマで出るの?ウソぉ!カブなの?あれを?」
カブレースをやるみたいだ、この店で出場するのかな?
その後、ややあって電話は切れた。
そういえば、中島さんに乗ってもらったとき、一回だけ峠道を走ったことがあった
よくもまあこの軟弱な僕の足腰で乗り回せたものだ、タイヤだって今履いているのと同じ。
あの時は本当に気持ちよかった、できればもう一度。
そう思っても、もうあの中島さんは東京に行っちゃってたまにしかこの店に現れない。
まあ、僕はそもそも荷物を運んだり人を仕事場に運ぶのが仕事だ、僕みたいなバイクがいなきゃ
CBRのようなスーパースポーツなんて、開発することもできないし、その資金も入ってこない、僕は縁の下の力持ちなんだ。
すごく妥協した考え方だけど、そう思ってないとやってらんないよね。
店長がブースの奥から出てきた、何処から拾ってきたのか、ここのピットにはターンテーブルやミキサーが置いてある。
「ったくも〜、人をバイク屋だと思ってよー。」
「だってここバイク屋じゃん。」
ソファでほうじ茶をすすっていた米原さんが、店長に言った。
「そうだったっけね、けけけ」
店長は舌を出して笑うと奥の事務所へ向かった、レースに出すカブのキーを取りにいったんだろう。
「まさかそんなコアなレースがあるなんてなぁ。」
「どこでやるんだって?」
「東京、つくばだって。」
「マジかよ?ちょっとした遠征だな。」
「いい宣伝になるっしょ?」
「まあなぁ・・・それにしてもケンの奴、何処からそんな話持ってくるんだろう。」
「雑誌の企画だって、プロジェクトリーダーになったらしいよ?」
「仕事がらみか、こりゃ原稿出演料たっぷり弾んでもらわねえとな。」
「ダメだよ、初仕事だもん、とーぜんご祝儀価格で。」
「悪いバイク屋だなここは・・・、まあ、声掛かったのは昔のよしみってだけじゃねえと思うけどな。」
「だといいんだけどね。」
言い終わると、店長はこちらに歩いてきた、なんだかとても面白いレースらしい、レースというよりは雰囲気的にサーキットでやるお祭りって感じだけど。
「さあて、今日はちょっくらいじくるべ!」
なんと、店長の右手に握られているのは、僕のキー。
お・・・おお!?
「イロモノチキチキレースってんだから、このご時世にタイカブってだけで高得点間違いないっしょ、しかも速い!」
「テシでも出てこない限り負けねえだろ、前後スイングアームのあれ。」
「出てくるわけ無いじゃん。」
イロモノチキチキレース。
僕はトライクや、ロングすぎるスイングアームのGSX-Rといっしょに走る自分を思い浮かべて、タンクのあたりがムカムカしてきた。
僕が走りたいのはそういうのじゃなくて・・・。
ま、いいか、でも誰が乗るんだろう?
「ケンちゃん2スト大好き人間だから、これは腕にヨリをかけて整備せねば、物部ピットの名折れじゃ。」
あの中島さんか!僕を峠で乗り回してくれた、あの!
「裏に落ちてる125ガンマのエンジン組んじゃえば?」
なんと残酷なことを!
「何言ってんのよ、普段おとなしいこの子が化けるからこそ、カッコイイんじゃない?」
米原さんは、ひょっとこみたいな顔をしてから、なるほど、と肩を上下に揺らした。
店長のショートヘアがふわりと揺れた、僕のライトを覗き込んでいる。
「気張って走れよ、相棒!」
当日。
「がんばれケンちゃん!」
僕に座っている中島さんは、店長に大きく手を振った、レースクイーンが残り10秒の札を掲げる。
周りは見ない、見ると悲しくなるから。
3!
カウントダウンが始まった、よし、やるぞぉ・・・地蔵峠の時みたいにバッチリ走ろうぜぇ!
・・・、ちょっと待てよ?
この人、ニュートラルなのに吹かしてないか!?
2!1! スタート!
「ぎゃあああああああああああああ!」
うわああああああああああああああああああ!
僕はウィリーしながら先頭へ躍り出て、そして草むらに軟着陸した後むちゃくちゃになってほんだらべっちゃぐちょ!
駆けてきた店長が笑い転げている、中島さんの頭が溝に挟まって抜けなくなっているようだ。
すぐに後ろからついてきたマシンたちが僕の周りに止まり始める。
カフェレーサー風カワサキマッハに乗った背の高い女の人が僕を抱え起こすと
キツキツのライダースの何処に持っていたのか、一眼レフを取り出して溝にはまる中島さんと、僕を並べて写した。
「いい絵だ。」
店長と女の人はお互い方を叩いて笑っていた、初対面のはずなのに。
僕らが彼女らをつないだってことか?止まった全出場者のバイクたちも、なんだかみんな笑っているような気がした。
その後、溝から助け出された中島さんはレースを続行、僕もたいした怪我をしていなかったこともあって
僕らはクラス優勝を勝ち取った、といっても僕のほかには「メグロ発動機」の名前もわからない、おんぼろバイクしかいなかったんだけど。
中島さんと店長とそしてマッハの女の人はレースの後、三人寄り添ってカメラに収められた写真に見入っていた
その姿に、僕は思った。
僕には僕なりのやり方があるんじゃないか?
僕は人を運ぶ、人を速くは知らせることは苦手だけれど、それでも、僕ができることはたくさんある、と。
ごめんなさい。