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双子の鬼姫  作者: yamainu
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海坊主と茨


 小舟は中空に投げ出され、ぐるりと上下逆の景色になった後、もう半回転して奇跡的に船底から着水した。

 勢いのままさらに横転して転覆しそうになったが、慌てて、海彦と茨姫は重心を寄せてどうにか平衡を保った。

「こんな衣で海に落ちたら泳げん。溺れ死ぬ。洒落にならんわ」

「櫂は、無事か。

 ありがとう」

「いや、なに。ウチも初めての遠出で波に任せて漂流はしたくないでな」

 大きくうねる海面で短くそんな会話をした後。

 改めて、小舟を危うく転覆させそうになった原因を見た。

 影。

 星夜の下、海にそびえる巨大な影。

「海坊主か。初めて見たわ」


 海坊主。

 海に住む妖怪の中で、最も知名度の高いものの一つだろう。

 だが同時に、正確な姿形が伝わらない妖怪でもある。


 伝承にはだいたい、坊主のような入道のような巨大な影として伝わる。今、目の前にある影も、そうとしか言いようがなかった。

 鬼の目でも、詳細は見えなかった。


「何用か!」

 と、茨姫は大声で言った。

「妖怪なら妖怪らしく、人だけを沈めておれ!

 ウチは鬼じゃ。

 こっちの海彦は人じゃが、今はウチの連れじゃ。

 鬼の乗る舟に手を出すでない!」

 数秒の間、何も反応がないように見えた。

 だが突然、海坊主の巨大な影にぎょろりと巨大な隻眼が現れ、ぎらりと巨大な歯が縦に並ぶ口が浮かんだ。

 吠え声。大音量の水音のような。

 言葉ではなかった。だが、明らかに敵意が感じられた。

 同時に、海面を波打たせてたくさんの蛸足が現れた。

 一本一本の太さが人の胴ほどもあるそれが、一気に茨姫に殺到した。


 ……ウチのほうに?

 人間の海彦ではなく。同じ人外である鬼の茨姫のほうに。

 少し気になったが、しかし今は好都合だと考えた。

 海彦はただの人間だ。……鬼の子供の力で簡単に片腕をもぎ取られてしまうほどにもろい。だから、妖怪との争いで矢面に立たせるべきではない。

 ウチが守らねば。

 であれば、ウチが狙われとるほうが都合が良い。

 そう思った。


 茨姫は宙に跳ね、蛸足をかわした。

 その足下で、かわされた蛸足が勢いのまま舟を叩きつけた。

 十本に近い数の蛸足の衝撃で、直立しかけるほどに舟が大きく傾いた。茨姫の視界の端で海彦が辛うじて、蛸足とは離れた側で舟にしがみついているのが見えた。

 こりゃいかん、と茨姫は思った。

 ウチらはともかく、まず舟がたん。叩き折られるか、それとも海に引きずり込まれるか。どちらにせよ、舟が沈めばウチも海彦もどうにもならん。

 できるだけ早く勝ち筋を見つけにゃならん。

 しかし、巨大な海坊主にどう立ち向かったものか。こちらの手が届くのは末端の蛸足触手のみ。本体までの間は海で三十尺は隔てられている。

 蛸足はそのまま舟に絡みつき、あっという間に半分以上覆っていた。茨姫はその上に着地すると、まだ手に持っていた櫂を横にして踏んづけて足下の触手の動きを抑えながら、一本の触手を両腕でつかみ、ふんぬっ、と引っ張った。

 鬼の膂力で、蛸足の繊維がびちびちと断裂しながら根本から引きずり出された。

 が、せいぜいが、海面下に隠れていた蛸足触手の全長が見えるようになっただけ。本体とのつながりが見えるようになっただけ。

 このまま一本引きちぎったとて、それこそ蛸の足を一本引きちぎった程度の痛手しか与えられないだろう。多数のうちの一本に過ぎないし、すぐに再生すらしそうだ。

 攻めあぐねている間に、別の触手が茨姫の身体に絡んできた。はうあっ。ぬるぬるして気持ち悪い。蛸を食うのは好きだが、蛸足に絡まれるのは好かん。

 つかんでいた触手を放して距離を置こうとしたとき。

 海彦の声が聞こえた。

「茨姫、そのままそいつを引っ張り上げていてくれ!」

 !

 放しかけていた蛸足を、とっさにつかみ直し、引っ張り上げ直した。

 本体への連結部分も、再び海面から宙に引っ張り上げられた。

「どうする気じゃ、海彦!」

「あいつをしとめる」

「……!」

 ひょう、と。

 身軽に、海彦は茨姫がつかんでいた触手の上に乗った。


 そして。

 海彦は、隻腕で刀を抜いた。


 刀身が鞘から抜かれて閃いた瞬間、ぞくりと、茨姫の背筋から頭の天辺まで、悪寒が走った。

 なんじゃ?

 ただの刀だと、その瞬間までは思っていた。海彦は隻腕になって鬼ヶ島に戻ってきてからずっとその刀を提げていたが、一度も鞘から抜かなかった。

 だから。

 その刀身が、そんなに禍々しい妖気を持つものだとは気づかなかった。


 刀の妖気が、海坊主にも伝わったようだ。周囲の蛸足が、びくりとこわばって動きを止めた。その触手のうち、茨姫がつかんでいた一本、海面上まで引っ張り上げられて本体までの道を作っていたその上を、海彦は一気に走った。

 その動きも、人間にしては異様なほど速かった。まるで刀の邪気が、海彦の身体に行き渡って力を与えたかのような。

 本体の直下までたどり着いた後。

 大きく跳ね、海坊主の巨大な目を一刀に切りつけた。


 また、ぞくりと、茨姫に悪寒が走った。

 あの刀は、人を斬るための刀ではない。いや、並程度の切れ味は見せるじゃろうが、そのためのものではない。

 あの刀は、あやかしを斬るためのもの。

 禍々しく、妖しの血を求めて閃くもの。

 妖刀。


 なぜそんな刀を、海彦が持っとる?


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