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双子の鬼姫  作者: yamainu
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海上の茨


 茨姫は、着慣れない華やかな小袿をなるべく着崩さないようにしながら、小舟の端に座って物憂げに海を見ていた。

 時刻は夕方で、太陽が西の海に沈みかけていた。

 生まれてから一度も離れたことのなかった鬼の島が遠のいて、水平線に消えていった。

 ……今頃は、さすがにツタも起きとるじゃろうなあ。

 きっと怒っとるじゃろう。すまん。

 後悔を覚えつつ内心で謝っていると。

 片腕で器用に櫂を漕いでいた海彦が言った。

「もうそんなに背筋を無理に伸ばさなくていいぞ」

「ん……そうじゃなあ。肩がこっていかん。この衣もなあ……」ぼんやりと海を見ながら答えたところで、慌てて口を閉じて、言い直した。「いえ、私はこれが普通です」

 茨姫は、海彦を見つめた。

 海彦は、茨姫を見つめた。

 茨姫はがっくりと肩を落とした。「なぜ分かったんじゃ」

「君は嘘が上手くはないからな」

 茨姫はため息をつき、いつものやや猫背になった。首周りを落ち着かなげにいじったので、小袿が着崩れた。上目遣いで海彦をにらみ、うなった。「うぅ……」

 海彦は言った。「今すぐ頭を撫でてやりたいな。しばらく櫂を手放せないのが残念だ」

「じゃあ黙ってしばらく漕いどれ」

 やがて日が完全に暮れた。

 あれよと言う間に明かりのない海面近くは真っ暗になったが、一方で、空には星明かりが満ちていた。

 茨姫は真上を見上げて見惚れていた。島でも星空はよく見えたが、海の上でぽつんと浮かぶ小舟から見る星空はまた趣が違った。

 しばらくして海彦は舟を潮に任せることにしたらしく、櫂を固定し、暗闇の中で茨姫の向かいに腰を下ろした。

「明日の昼には陸に着く。寝てる間は潮が運んでくれる」

「ウチ、本当に島の外に出たんじゃな。

 覚えとるか?

 海彦がまた島に来てくれるようになってからすぐの頃、島の外に出ようと何度も誘ってくれたじゃろ」

「……ああ」暗闇の中で海彦の表情が曇った。だが、茨姫はまだ星空に見惚れていたので気がつかなかった。

「あのときは怖くて断ったけどな。ウチ、本当は惹かれてたんじゃ。こうして海彦と一緒に島の外に出てみたかった。

 そういや、最近はあまり島の外に出ようと言ってくれんようになっとったな。なんでじゃ」

 海彦は何故か少し黙っていたが、言った。「結局、俺も嘘が下手なんだ」

 ?

 何が嘘じゃって?

 茨姫が首を傾げていると。

 海彦は肩をすくめた。「君を島から連れ出すことを考えるよりも、島で一緒にいる時間のほうが楽しかった」

「何もない島じゃがなあ」

 けど楽しいと言われるのは嬉しいなあ、と茨姫は思った。

 星空に雲がかかった。

 暗闇の中、小舟に二人きり。

 鬼である茨姫は人間よりも夜目が利くが、それでもぎりぎり。きっと、海彦からはこちらが見えていないだろう。

 茨姫は立ち上がり、言った。

「……少し、脇にずれておくれ」

 海彦が言うとおりにしたので、彼のすぐ隣の空いた場所に、しずしずと身を寄せて茨姫は座った。

 見えなくても、触れる肩から感覚が伝わった。

 すると暗闇の中で、海彦が隻腕を茨姫の肩に優しく回して抱き寄せようとするのが感じられた。

 茨姫は、ただそれを待った。

 だが。

 一度優しく抱き寄せられたところで、急に、その隻腕が有無を言わせぬ動きになった。

 茨姫が想像していたのとは違う、身体同士の隙間を零にするような強引な抱き寄せ。

「う、海彦!? ら、乱暴だぞ……」

 わ、悪くはないが。

 茨姫はそう思ったが、期待とは違う、切羽詰まった声が返ってきた。

「茨姫、そちら側の縁に櫂がある! つかんでくれ!」

 !?

 何か違和感があって。

 咄嗟に、海彦の言うとおりに櫂をつかんだ。

 同時に。

 船底が、真下の海面ごと勢いよく持ち上がるのを感じた。浮遊感。

 一瞬の間に舟が傾き、上下が回転した。


 逆さまの景色の中。

 ちょうど雲が流れ、星明かりの中で茨姫はそれを見た。

 大質量の水を押し分けて海から隆起した、巨大な入道のような影。


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