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双子の鬼姫  作者: yamainu
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茨の心

 岩場と森とでまだらになっている外輪山をさらに外側へと進んだ。

 最後の森を抜けると、唐突に開けた海の景色が見えた。見渡す限り青く、他の島など見えない水平線まで広がる光景。

 その場所は、この島の周囲の海岸線がほぼ全てそうであるのと同じように険しい断崖絶壁になっていた。

 崖の下には小舟程度なら接岸できる狭い岩場があったが、そこまで降りるにはどうにか一人が足を運べる程度の険しい道筋を歩く必要があった。

 崖の上から見下ろすと、海彦が乗ってきた小舟が見えた。

 蔦姫はさっさと崖を降りようとしたが、茨姫が呼び止めた。

「ツタ、なあ、待っとくれ」

「なんです?」

 茨姫は何か迷っている顔だった。「二人で話したいんじゃ」海彦に顔を向けた。「海彦は先に舟で待ってておくれ。長くはかからん」

 茨姫は蔦姫を促して崖から離れた森の中に入り、しばらく歩いた。

「どこまで行くのです」と、蔦姫。

「えっと、まあ、どこでもいいんじゃけど……」

 茨姫はようやく立ち止まり、蔦姫に向き直った。

 それでもさらに数秒ほど言葉に迷っていたが、言った。

「ツタは、海彦と二人で旅することを何も思わんの?」

「何を聞くかと思えば。

 人間と鬼。私はその間の距離を縮めるつもりはありません。

 あなたは違うようですけどね。

 私は、何も思っていない。ただの旅の道連れです」

 ただ妹が望む恋だから、その道をお膳立てしてあげようと思っただけ。

 妹の恋が父親たちに邪魔されないために、鬼の宝を取ってくる旅に手を貸すだけ。

 海彦個人のことは……どう思っているのだろう? 嫌いではないと思う。だが、それ以上は考えたことがない。あれは、妹の物だ。

 それが、蔦姫の考え。

「だから、イバラはただ待っていなさい」

「……」

「話は終わりですか? では、戻りましょう」

 なぜか珍しくこちらの瞳を深く覗き込んでくる妹の瞳が苛立たしく、蔦姫は話を切り上げて背を向けた。

 後から考えれば、背を向けたのは失策だった。

「なあ、ツタ。

 ウチなあ、分かっとるんじゃ。今も昔も、ウチはその場の衝動に任せて失敗する。失敗して後悔して、ツタにはその尻拭いをしてもらってばかり。

 でもなあ、やっぱり、駄目なんじゃ。

 その時々で譲れないものがあって、それがウチを動かしとる」

「?

 何を言っているのです?」

「ツタ、すまん」


 振り向いて妹の顔を見ようとして。

 後頭部にひどい衝撃があり、視界が飛んだ。


 ◇


 四肢を隠す丈のある華やかな小袿を着た鬼の娘は、しばらくして、急いで崖の場所まで戻った。海面近くの岩場まで降りると、そこには海彦の他に琥珀童子と数人の鬼がいた。

 鬼の娘は少し驚いた顔をしたが、すぐに澄まし顔に戻り、ぴんと背筋を伸ばした立ち姿で彼らがいる場所に合流した。

 父親の琥珀童子が言った。

「おめえがすぐに島を出るつもりらしい、って気がついてな。

 慌てて追ってきたんだ」

「……とと様、心配ありがとうございます。

 でも、すぐに出発します」

「分かってるよ。おめえらは二人そろって強情だからなあ。

 それに、オレも少しぁ思い直したよ。おめえにとっても、いつまでも島だけにいるよりゃ良い経験になるだろ。

 そういや、ツタはどうした?」

「……見送りには、来ません。

 おとなしく私の帰りを待つよう、言い聞かせました」

 鬼の娘は、海彦の隣に並んで舟の上に立った。

 海彦は彼女に少し問うような視線を向けたが、何も言わなかった。

 鬼の娘は父親に言った。

「とと様……。

 事を済ませたら、すぐに二人で戻ります」

「オレとしちゃあ、おめえだけ帰ってくりゃそれでいいがな」海彦をにらんだ。「こいつがツタを諦めてとんずらこいてくれりゃあ、それが一番よ」

 海彦は言った。「そうはならない」

 鬼の娘は、海彦に言った。

「舟を、出してください」

「……分かった」

 海彦は舟を岸につないでいた縄を隻腕で器用に解くと、櫂を持ち、海へと出た。


 ◇


 森の中で鬼の娘が気を失っていたのは数十分程度だったが、起きたときの気分は最悪だった。まず、後頭部がひどく痛かった。

 一撃で意識を飛ばされたのだ。それも、脆弱な人間のではなく鬼の意識を。どれだけの馬鹿力で殴られたのか。

 そして、肌寒さ。

 倒れた姿勢のまま、くらくらする意識で自分の体を見ると、着ていたはずの小袿は脱がされていた。代わりに乱雑に羽織らされていたのは、袖無しの短衣。

 それから、急速に意識がはっきりしてきた。

 怒りとともに跳ね起き、はだけていた服の合わせを申し訳程度に直しながら、鬼の脚力で森から駆け出た。

 海彦の舟があった崖の下の岩場に向かうと、そこには琥珀童子と数人の鬼がいた。舟はもう無かった。彼らに駆け寄りながら沖へ目を向けて、舟を探した。

 琥珀童子が娘の姿に気づき、言った。

「イバラ、見送りに来たのか。

 見ての通り、とっくのとうに行っちまったぞ」

 妹の服を着ているし、誤解されるのは仕方ないだろう。

「……」

 水平線の近くに舟が見えた。

 ここには他に舟はない。追いつく手段がない。

 怒りが、そこで爆発した。

「あの……馬鹿妹があああああああ!」

 琥珀童子は、その時点で気づいた。「おめえ、ツタか? じゃあ、イバラはあっちか?」


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