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第一章(7)

 そうして俺の即席物真似コーナーが始まった。

 彼女が弾いたリズムを聴き、それを覚え、同じように弾く。

 彼女のプレイに比べるとやはり俺の出す音は頼りない感じだが、それに落ち込む間も無く彼女が新しいリズムを刻むもんだから、俺としてはついていくだけで精一杯だ。



 ——ジャッジャカジャッジャカ

    ジャッジャカジャッジャカ——

 ——ジャカッカジャカッカ

    ジャカッカジャカッカ——

 ——ジャカジャッジャカジャッ

    ジャカジャッジャカジャッ——

 ——ジャッ、ジャッジャカ

    ジャッ、ジャッジャカ——



 どれくらいこのやり取りが続いただろうか。

 五分くらいか、それとも十分?

 二十分以上ということはないだろうが、気付かないうちにえらく集中してしまっていたようで、時間の感覚が曖昧だ。

 唐突に彼女の手が止まるまで、俺は無心で右手を振っていた。


「うん、これくらい安定してくれば上出来かな。どう、手応えは?」


 彼女は俺の方を覗き込むようにして、そう訊いてくる。


「やってることはめちゃくちゃ単純だけど、これだけでもなかなか思い通りにはいかないもんだな。まぁでも、少しは慣れてきた、かな? だんだん楽しくなってきたよ」


 俺は正直な感想を述べる。

 そう、まだマトモに演奏とも呼べないようなレベルではあるが、それでも夢中になっていた。

 彼女のお手本が課題で、それをひとつずつクリアしていく感覚は、なんとなくテレビゲームで上手いプレイヤーの真似をしているのに似ていた。

 最初こそただの猿真似でしかなくても、少しずつそのゲームを理解していくことで、そのゲームの本質的な面白さに気付いてくる……そんな感じだ。

 あるいはソシャゲとかで可愛いガイドキャラにおだてられながらチュートリアルを攻略していく感覚にも近いかもしれない。


 そしてたぶん、ゲームに例えるなら、俺はまだ基本的なルールと操作をサッと教えられただけに過ぎない。

 きっと次は、バトルを優位に進めるコンボとか必殺技みたいな、そういう要素を教えてもらうことになるはずだ。

 俺はそう予想し、彼女に問う。


「で、次は何を覚えればいい?」


 そう訊かれた彼女は笑顔で——例の小悪魔っぽい笑顔で、答える。


「今日はこれ以上教えることはないよ? 最後に軽くセッションして終わろう」

「……は? セッション?」

「そう、セッション。最初にも言ったでしょ、ふたりで合わせようって。今日のシメに、最後に一曲合わせて終わろ?」


 当然のように彼女はそう言うが……これまた無茶振りじゃね……?


 俺は思考を落ち着かせるべく、一度大きく息を吸い、吐いた。

 そして冷静になって、今日俺が覚えたことを思い返してみる。

 左手でミュートして、右手でピッキングして、ジャッて感じの音を鳴らすがブラッシング。That's all.


「……いや、無理じゃね?」


 うん、どう考えても無理だろコレ。

 和音どころかドレミも弾けないんだぞ俺。

 できるのはバカみたいに右手を振って、ブラッシング音を出すことだけだ。

 ってかそもそも演奏を合わせるって、普通はお互い事前にこの曲をやろうって示し合わせて、個人練習を経てある程度弾けるようになってからするもんじゃないのか? 


「まーまーまー。確かに今のキミひとりの技術だけで曲を弾けってのは難しいよ。まぁセンスのいいプロなら、ブラッシングだけで一曲作るとかもできないことはないだろうけど……それは例外的なケースかな」


 やっぱそうだろ、合わせるなんて無理だ、チュートリアルの途中でいきなり大ボスが出てきたようなもんだぞコレ、ってかブラッシングだけで曲を作るってどんなマゾプレイだよ……。

 そんな言葉が口をついて出そうになる。

 しかし彼女が「でも」と言いながら俺の口の前で人差し指を立てたので、俺は出かかった言葉を飲み込んだ。


「でも、今は私が一緒にいる。ひとりではできないことも、誰かと協力することで成し遂げられる。それも音楽の魅力だよ。だから今は、私を信じて。ね?」


 そう言って、彼女はまた笑みを浮かべる。

 しかし今度のそれは小悪魔的な感じではなく、子供を諭す母親のような感じだ。

 それはとても優しそうで、それでいて強い意志が伺えて、何より初めて見る彼女のその表情がとても綺麗に思えて……俺は反論の意思を完全に削がれてしまった。


「……分かったよ、やってみる。でも、今日覚えた以上のことはできないからな」

「もちろん! じゃ、楽しいセッションにしようね!」

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