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第一章(4)

 ——そこには、既に彼女が……黒峰茜がいた。


 逆光になっているせいで、その表情までは読み取れないが、両手を背中で握り、少し前かがみになるようにしてこちらを見ているのが分かった。

 俺は心持ち歩を早め、彼女の横に並んだ。


「悪い、待ったか?」


 緊張を悟られないよう、平静を保ちつつ、俺は声をかけた。

 隣に立つ彼女は、うつむきがちにこちらに目線を向ける。

 口元には昼休みと同じ、少し含みのあるような笑みが浮かんでいた。


「ううん、私も今来たとこだよ。……ありがと、来てくれて」


 そう口にする彼女は、どこか恥ずかしそうな、それでいて嬉しそうな顔をしている。

 あぁ、これはビッチパターンじゃなく、一目惚れパターンだな。

 俺はそう確信する。

 ビッチでエッチなお姉さんも悪くない、いやむしろ大好物だが、やはり最初の思い出は純情純潔両思いがいい……間違いない。


「えっと、ここじゃアレだから、こっちに……」


 そう言うと彼女は、今登ってきた階段を降り始める。


「あれ、てっきり屋上に行くものかと思ってた」

「そこ、基本鍵がかかってて開かないんだよ。分かりやすいから待ち合わせ場所にしただけ。こっちに使われてなくて鍵もかかってない教室があるから、ついてきて」


 なるほど、確かに言われてみればその通りだろう。

 俺としては屋上で青空のもと、開放感に包まれながらというシチュエーションも悪くないと思っていたが、鍵がかかってるんじゃ仕方ないな。


 そういえばどうでもいいけど、北海道では道路にあるあの青い案内標識のことを《アオカン》と呼ぶらしい。

 青い看板だからアオカン、なるほど的を射ている。

 北海道という車が必須の生活環境だからこそ、そういう実用的な略称が生まれたのかもしれない。

 北海道の女性ドライバーなんかは道に迷うとアオカンどこかなぁなんて呟いたり、アオカンを探して視線を泳がせたりするのだろうか。

 俺も免許を取ったら、アオカンを探しに夏の北海道を気ままにドライブしてみたいものだ。

 どこまでも続く空、見渡す限りの緑、真っ直ぐに伸びる道、そしてところどころで見かけるアオカン……。

 なんて素晴らしい場所なんだ、北海道は。


 そんなアホなことを考えていたら、先を行く黒峰との間に少しばかり距離ができてしまっていた。

 彼女もそれに気付いたのか、はやくはやく、と声をかけてくる。


 おいおい、そんなに急かさなくても俺は逃げたりしないぜ。

 やれやれ、まったくあんまりモテるのも困りものだな……。

 そんなことを考えながら、俺は早足で彼女に追いついた。


 そのまましばらく歩くと、彼女はひとつの教室の前で足を止めた。

 どうやらここが目的地らしい。

 彼女は一度振り返り、期待と不安が混ざったような目で俺を見つめてくる。

 でも心なしか、口元に浮かんだ含みのある笑みが大きくなっているような……?


「心の準備はいい……?」

「あ、あぁ」


 彼女の表情の真意を掴みかねているうちに、彼女はゆっくりと教室の扉を開けた。

 緊張するな、俺。

 余計なことを考えるな。

 今はただ、現状に身を任せればいいんだ。

 そして俺はひとりの少年からひとりの男へと成長し、新たな世界へと踏み出すんだ。

 そう考えると、この教室の扉が、子供と大人を分かつ象徴のようなものに思えてきた。


 ごくっ、と生唾を飲み込みながら、俺は教室に足を踏み入れる。

 この教室も物置き代わりに使われているようだが、机や椅子のほとんどは部屋の隅にきちんと整理して積み上げられていて、スペースにはかなりの余裕があった。

 定期的に掃除がされているようで、埃っぽいということはほとんどない。

 くたびれたカーテンは閉め切られていて、その隙間から夕焼けというには少しばかり早い陽の光が射し込んでいる。

 窓の外からは野球部やサッカー部が練習する声がかすかに聞こえてくる。

 そして教室の中央には——ふたつのギターが、スタンドに立て掛けられて置かれていた。


「……んんん?」


 えっ、あれっ、あ……。えっ?

 俺の脳は一瞬思考を停止し、その後即座に昼休みの黒峰とのやり取りを必死で思い返しはじめた。

 ……もしかしてこれ、クソダサ勘違いパターンでは?


「さっ、座って座って。早速はじめよっ」


 彼女はそう言うと、俺をそれぞれのギターの横に置かれた椅子のひとつに導いてくれるが……俺はと言えば、まだ状況を理解してない。

 というか理解したら恥ずかしさのあまり大声をあげながらこの場から走り出してしまいそうだったので、思考が停止してしまっていた。


「えーっと……つまり今から、俺にギターを教えてくれるってことか?」


 しばらくの沈黙の後、なんとか思考がまとまってきた俺は、彼女にそう質問する。

 しかしこんなことを訊いている時点で、まだ心のどこかで、先ほどまで脳内で思い描いていた妄想を捨てきれていない自分がいることに気がついた。


「そうだよ。ギターに興味、あるんだよね?」

「えっ、ま、まぁ、うん……ハハッ」


 羞恥心と落胆でしどろもどろになりながら、俺はそう答える。

 ……うん、そりゃまぁそうだよね。

 冷静になって考えてみれば、完全に俺のDT思考回路が暴走してただけだよね……はぁ。


 思わずため息をつくと、彼女は小悪魔的な笑みを顔いっぱいに浮かべた。


「それとも……何か他のコト、期待してたのかな?」

「ソ、ソソソソソンナコトナイヨ!? いやーギターって前々から弾いてみたいと思ってたんだよなー楽しみー!!!」


 彼女の言葉に慌てた俺は、半分裏返った声で心にもないことを言う。

 彼女の方はと言えば、こちらから視線を逸らして窓の方に顔を向け、肩を震わせている。

 時折「……プフッ」という声が漏れ出してくるところを見ると、完全にこの状況が思い通りに進んだことに笑いを堪え切れないようだ。

 彼女としてはドッキリ大成功といった心持ちだろうか。


 クソッ、どうして彼女の表情からこうなることを予測できなかったんだ!?

 完全にハメられた。

 ハメにきたつもりなのにハメられた。

 因果応報ってか、クソッタレ。

 

 ……あぁ、クソ恥ずかしい……。

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