第四章(3)
黒峰に促されるままに、俺は借りているストラトキャスターをケースから取り出して、ゆっくりとテーブルの上に置いた。
固い所に置くときは不用意に傷が付かないか心配になるから、どうしても動作が慎重になる。
「ん、ありがと。さて、ダイダイはエレキギターの音が鳴る仕組みって知ってる?」
置かれたストラトキャスターを確認した後、黒峰はそう質問してくる。
俺は以前彼女から聞いた知識と、自分でググって調べた内容を思い返しながらそれに答えた。
「弦の振動をマイクで拾って、その信号をアンプに送って、それを増幅させてスピーカーから音を出す」
「うん、正解。じゃあ、その音を拾うマイクって、ギターのどの部分か分かる?」
続けざまに黒峰が問いを投げかけてくる。
ここからは彼女から直接教わった内容ではないから少し不安だが、俺は軽くひと呼吸おいてから回答を述べた。
「えっと、確かコレとコレとコレだろ? ピックアップって名前だっけか」
俺はギターのボディに三つ並んだ細長いパーツを順番に指差した。
ネックに近いものと真ん中のものは弦に対して垂直に取り付けられているが、ブリッジに近いものだけわずかに斜めに設置されている。
「お、やるねぇダイダイ。その通りだよ。自分で調べたんだね」
黒峰はそう言って嬉しそうにうなずいた。
俺は正しく答えられたことに胸を撫でおろしつつ、テーブルの上に置かれた瓶コーラを一口飲んだ。
普通の自販機とは別に瓶コーラ専用の自販機が置いてあったので物珍しさに惹かれて反省会の前に買ってしまったのだが、缶ともペットボトルとも違う口当たりが中々に悪くない。
少し割高ではあるけれど。
俺が瓶を机上に戻したのを確認して、黒峰が言葉を続けた。
「エレキギターのほとんどのモデルには二個か三個くらいピックアップが付いてて、適時どのピックアップで音を拾うかを選択しながら演奏するんだよ。ざっくり言うとネックに近いピックアップほど音は太くなるけど輪郭がボヤけて、ブリッジに近いほど音にハリが出るけど細くなるって感じかな」
「あぁ、確かにそんな感じだな。フロントを使うとなんか音がモヤモヤする感じがして気持ち悪かったから、俺はだいたいリアしか使ってないけど」
ピックアップの選択は、ボディに取り付けられたスイッチを切り替えることで行う。
俺が借りているストラトキャスターは三つのピックアップに加えて、隣り合った二つを混ぜた計五つのポジションを選ぶことができるが、俺はリアピックアップと呼ばれるブリッジ側のピックアップを使うことがほとんどだった。
「うん、確かにリアのパリッとした音は悪くないんだけど、このストラトだとアンサンブルの中に入るとちょっと押しが弱いかもね。だから次からは、リアとセンターのハーフトーンで弾いてもらいたいと思ってさ。たぶんその方がダイダイも自分の音を聴き取りやすくなるよ」
「なるほど。あーでも、それだとちょっと気になることがあるな……」
「ん? なにが気になるの?」
キョトンとした顔で訊き返してくる黒峰に、俺は渋い顔をしながら返事をする。
「いや、練習してる時に俺も他のポジション使ったことあるんだけどさ……。弾いてるうちに、気付いたらいつの間にかスイッチがリアに切り替わってるんだよな……」
「……あー、うん、そうだね。ストラトのピックアップセレクターって弦にかなり近いから、ピッキングしてると手が当たって勝手にスイッチが変わっちゃうことが結構あるんだよね。小さい手の振りできちんとした音が出せるようになれば問題ないんだけど、初心者のうちは難しいか」
「あ、やっぱこれ、割とあるあるな話なんだな」
黒峰の反応を見るに、そんなに珍しいことでもないのだろう。
彼女も最初はこのギターで練習していたらしいし、同じような経験があるのかもしれない。
「ストラトだと結構あることかな。でもまぁ、それなら話は簡単だよ。スイッチを固定しちゃおう」
「固定? どうやって?」
「うーん、そうだな……。ダイダイ、あんまり使ってないピックとかある?」
黒峰に言われるがままに、俺はポケットの中をまさぐった。
「コレでいいか?」
そう言って引っ張り出したのは、以前買ったジャズピックだ。
何度か試しで使ってみたはいいものの、どうにも俺にはうまく使いこなすことができなかった。
しかし嵩張るものでもないから、今日も一応持ってきていたのだ。
「オッケー。あとはアンナ、今日マステ持ってる?」
「え? はい、ありますけど……」
突然話を振られたアンナは、要領を得ないといった面持ちでポーチの中からマスキングテープを取り出した。
淡いピンク色で桜の花がプリントしてあって、季節感のある女子力高そうなマスキングテープだ。
黒峰は「ありがとっ」と言いながらそれを受け取った。
「あとはスイッチをセンターリアに合わせて……それ以上奥に倒れないようにピックを置いて……それをマステで固定して……っと」
ブツブツと呟きながら、黒峰はスイッチの奥にマスキングテープでピックを貼り付けた。
「ん、コレでいいでしょ。マステだけだと弱いと思ってピックも一緒に貼ったから、ちょっと手が触れたくらいならリアに切り替わることはないと思う。コレでダメならガムテとかで貼り直してね」
「お、おぅ……」
正直あんまりにも雑な処置だったので、俺は面食らってしまっていた。
しかも貼り付けられたテープの色合いがファンシーなせいで、俺のストラトにやけにキュートでポップなワンポイントが付与されてしまった。
横でカオルちゃんが「あらぁ、カワイイじゃない」なんて呟いてるが、ロックやるのにカワイイってどうなんだ……?
「さて、とりあえずこれで私からの提案はひと段落かな。みんなは他になにか練習してて気になったことあった?」
黒峰はどうやらこの処置に満足しているらしく、やけに晴れ晴れとした感じの表情を浮かべながら、改めて俺たち三人を見回した。
俺はパッと思いつくことがなかったので黙って首を振った。
アンナも少しばかり首を傾げていたが、すぐに「私はもう特にないです」と口にした。
あるいは先ほど俺にキツく言いすぎたと思って、遠慮しているのかもしれないが。
「そうねぇ、じゃあアタシからひとついいかしら」




