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第三章(6)

 ♫




「あらやだ、もうこんな時間じゃない」


 部室の壁掛け時計を見上げながらカオルちゃんが言う。

 俺が部室に来てから、だいたい一時間が経とうとしていた。

 カオルちゃんはこれでタイムリミットのようだ。


 あれから数十分に渡って、ひたすら俺はギターを弾いていた。

 最初は人差し指、中指、薬指できちんとパワーコードを押さえられるように、次いでそこにブリッジミュートを加えて安定した音が出せるように。

 それがある程度カタチになってきたら、今度はブリッジミュートと通常のピッキングを交互に行う練習をした。

 ズンズンジャージャーズンズンジャージャーって感じだ。

 これは黒峰の指示で全てダウンピッキングで弾くように求められた。

 ダウンとアップを繰り返すオルタネイトピッキングより、ダウンだけの方が音の粒が揃ってカッコいい、らしい。

 オルタネイトに比べると右手が忙しくなるが、俺はアップピッキングに少し苦手意識があったから、かえって好都合だった。

 アップピッキングって、弦にピックが引っかかるような感じがして、どうにもうまく鳴らしにくいんだよな。

 これも練習あるのみなんだろうけど。


 その後はさらにそこにブラッシングが加わった。

 ズンズンジャージャーの後にジャジャッジャジャジャッジャって感じでブラッシングを入れていく。

 このブラッシングのトコだけはオルタネイトで弾くように指示されたもんだから、俺はかなり混乱した。

 しかもただ交互に弾くのではなく、間に一回空振りを入れて、ダウン・アップ・アップという順で弾けと言うのだからたまらない。

 黒峰いわく慣れたらこの方が楽だし安定するとのことだが、俺はただただ脳をフル回転させて必死でリズムキープに努めた。

 最後の方は割と安定してきたものの、かなり神経を使った俺はグッタリとしてしまった。


 この練習の間ずっと、カオルちゃんは右手で四拍子を取り、左手で俺のピッキングと同じリズムを叩いてくれていた。

 それを頼りにしたからこそ俺でもある程度リズムを保つことができたが、そのカオルちゃんがいなくなってしまうのでは、今日の練習はここまでかもしれないな。


「あっ、ホントだね。バイト間に合う?」

「まだ少し余裕があるから大丈夫よ。今日は楽しかったわ、アカネちゃん、ダイスケちゃん」


 黒峰の問いかけにそう答えながら、カオルちゃんは片付けを始めた。

 とは言ってもスネアドラムを元の位置に戻して、スティックを鞄に仕舞うだけだから、あっという間に帰り支度は整ったようだ。


「明日はバイトもないから普通に来られるわ。それじゃ、やる曲が何になるか、楽しみにしてるわね」

「うん、きっと気に入ってもらえると思うから。じゃ、また明日!」

「カオルちゃん、今日はありがとな。バイトがんばって」


 各々挨拶を済ませると、カオルちゃんは部室から出て行った。

 去り際にこちらを振り返って、軽く微笑みながら手を振る様は、本当に乙女のようですらあった。

 女子力たけーなオイ。


「さて、俺たちはどうする? もう少し練習続けるか?」


 俺は黒峰にそう問いかける。

 カオルちゃんが抜けたのは痛手だが、歓迎会までの日程を考えると、少しでも多く練習をしたほうがいいのは間違いないだろう。

 しかし黒峰は、首を軽く振って答えた。


「あんまり詰め込みすぎてもアレだし、今日はここまでにしよう。手への負担もあるしね」

「そうか? そんじゃ、俺たちも片付けて帰るか」


 そう言いながら、俺はギターをスタンドに立て掛けた。

 黒峰も同じようにギターを置くが、その後の動きがない。

 どうしたのかと思って彼女の顔を見やると、思いつめたような表情で視線を床に落としていた。


「ねぇ、ダイダイ。昨日はありがとね」


 唐突に、彼女はそんな言葉を口にした。

 昨日のこととはつまり、あの通話のことだろう。

 俺は肩をすくめて、苦笑いを浮かべた。


「気にするなよ。むしろ俺の方こそ、嫌なタイミングで連絡入れて悪かったな」

「そんなことないよ……。ダイダイと話せて、ホントに気持ちが楽になったよ。だから、ありがとう」


 面と向かってここまで感謝されると、少しくすぐったさがあるな。

 俺はなんでもないふうを装って、言葉を続ける。


「それにしても、こんなに可愛い子をフるなんて、贅沢な男もいたもんだな」

「あはは……それ、口説いてるつもり? 傷心の女の子につけ込むなんて、ダイダイは悪い男だ」

「そういうんじゃない、ただの本心だって。しかしフるにしたって、せめてお返しのクッキーくらい用意してもよさそうなもんだけどな」


 そう、俺には縁のないイベントだったからすっかり失念していたが、昨日は三月十四日、つまりホワイトデーだったのだ。

 昨日通話で聞いた話だと、黒峰はバレンタインデーにその男にチョコを渡して告白して、ホワイトデーに返事をしてほしいとお願いしていたそうだ。

 今どきここまで愚直にバレンタインデーに告白する女の子なんているのかと驚いたが、あるいはそれも彼女らしさの表れなのかもしれない。

 ロマンチシストというか、不器用というか。


「まぁ、望み薄なのは分かってたから、仕方ないよ。それに、もし昨日その人に直接会ってフラれてたら、たぶんもっともっとヘコんでたから。だから、これでよかったんだよ」


 そう言って、黒峰は寂しそうに小さく笑った。ホワイトデーの午後六時に部室で待っている、彼女はその男にそう伝えていたそうだ。

 人気のない時間を狙ったのだろう。

 しかし待ち合わせを五分過ぎても十分過ぎても、その男は現れなかった。

 結局特別棟が施錠される七時まで、彼女はその男を待ち続けていたらしい。

 その時の彼女の心情を考えると、俺まで胸が苦しくなる気がした。


 黒峰をフった男がどんな奴なのかまでは聞いていなかったが、恐らくこの軽音楽部の三年生だろうと俺はアタリをつけていた。

 きっと彼女はそいつが卒業する前の最後のチャンスだと考えて、告白を決意したのではないか。しかしこの高校は進学校だから、その男の進学先によっては遠距離恋愛になることも大いに考えられる。

 そういった諸々の事情が折り重なって、こういう結果になったのだろう。

 そう考えれば、望み薄と言っていた彼女の言葉にも納得できる。


「……でも、やっぱキツいね。あはは……」


 自嘲するように黒峰はそう漏らす。

 無理もない。

 もしかしたら彼女は何年にも渡って、その想いを募らせていたのかもしれないのだから。

 そしてその想いが強ければ強かったほど、今回の件は辛いものだったに違いない。


「俺がもうちょいこういう恋バナに明るければ、もっと気の利いた慰め方ができるんだろうけどな……。ゴメン」

「謝らないでよ。こうやって話を聞いてくれるだけで嬉しいんだから」


 黒峰はそう言って俺をフォローしてくれる。

 つーか俺が彼女を励ましたかったはずなのに、逆に彼女に気を使わせてしまった。

 ホントにダメだな、俺……。


「……んー、でも、そう言ってくれるなら、ダイダイに慰めてもらおうかな」


 そう言って、彼女は視線を俺に向けてくる。

 口角を持ち上げるようにして笑顔を見せようとしているが、無理しているのが伝わってきて、かえって痛々しい。


「俺にできることなら。帰り道に何か奢ってやろうか?」

「んーん、そういうんじゃないの」


 黒峰は椅子から立ち上がると、座っている俺の正面に立った。

 彼女は覗き込むようにして、俺の瞳を射抜いてくる。


「キスしてよ、ダイダイ」


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