第三章(5)
「組み合わせればって言ったけど、具体的にはどうするんだ?」
俺は率直にそう尋ねる。
実際に目にして、というか耳にしてみないことには、どうにも納得がいかないからだ。
「じゃあ、ちょっとやってみせるから。カオルちゃん、BPM160強くらいでテキトーに叩いてくれる?」
「いいわよぉ」
黒峰に促されて、カオルちゃんは両手でスティックを構える。
そのスティック同士を打ち合わせるようにして、カッ、カッ、カッカッカッカッとカウントを取り、ふたりのセッションが始まった。
黒峰が最初に弾き始めたのは、ただのブリッジミュートだった。
先ほどの俺と同じ、3フレット上で単調に音を刻み続けている。
「まず基本はコレね。次はコード進行を加えるから」
そう言ってから、黒峰は左手を動かし始める。
人差し指一本で押さえるのは変わらず、左手を3フレットから5フレットへ、次は2フレット、その次は7フレットへと移動させる。
言葉にするとたったそれだけだ。
しかし本当にただそれだけで、音楽らしい起伏のようなものが生まれたことに、俺は気付かないわけにはいかなかった。
「どう? これだけでもなかなかそれっぽいでしょ?」
手は止めずに、黒峰はそう訊いてくる。
俺は無言で首を縦に振ってそれに答えた。
それっぽいどころじゃない、これは完全に、ひとつの音楽として成立していると言っていいくらいだ。
「じゃあ次ね。コード進行は同じまま、ブリッジミュートをしない普通のピッキングも混ぜていくよ」
その言葉通り、ピッキングをする黒峰の右手がリズミカルにブリッジの上を跳ねるように動く。
それまでのブリッジミュート一辺倒だったフレーズに、キレと伸びのあるパワーコードが加わって、より一層アクセントが際立った。
「おぉ……」
無意識に、そんな嘆息が漏れる。
彼女が奏でる演奏は、もはや完全に俺の頭の中にあるロックのイメージそのままだ。
くぐもったブリッジミュートの音をつんざくように鳴り響くパワーコードの力強さ、そしてそれを彩るカオルちゃんのドラムに、俺は圧倒されるように聴き入ってしまう。
「まだまだ。次、ブラッシング」
言葉少なく黒峰は宣言する。
やはりある程度細かいフレーズを弾きながらになると流暢に喋るのは難しようだが、それでも彼女のギターから発せられるリズムは凛として揺らがない。
そして左手が3フレットに戻ると同時に、彼女の演奏にブラッシングが加わった。
既に十二分と言えるほどロックだったその印象が、さらに荒々しいものに変わった。
それまではブリッジミュートかパワーコードの二択だったそれにブラッシングが足し合わされることによって、より一層リズムにバリエーションが増えたわけだ。
派手になるのは予想できたが、実際にそれを聴いてみると、俺の想像力がいかに陳腐なものだったかを思い知らされた。
あるいはこういうフレーズはどこかで聴いたことがある気もしたが、実際に生で演奏を聴くと迫力が段違いだ。
「最後、人差し指、以外も、使うよっ」
黒峰がそう宣言すると、そのプレイは明らかに色を変えた。
人差し指に加え、中指と薬指が縦横無尽にネックを駆ける。
そうして紡ぎ出される音は、それまでの単純なコードの移り変わりとは一線を画す、表情豊かなフレーズに仕上がっていた。
旋律と言ってもいいくらいだ。
しかしそれでいて、骨幹は先ほどまでの進行と同じようで、その変化による唐突さや違和感は毛ほども感じられない。
俺はただ、その魔法のような演奏に魅入られた。
やがて黒峰が7フレット上で指を止め、長い音を鳴らす。
それを察したカオルちゃんはリズムを変え、カウントを取るようにスネアの縁を叩いた。
それに合わせてふたりが締めの一音を奏で、短いセッションは終わりを告げた。
「ふぅ。どう、ダイダイ? イメージは掴めた?」
こちらを覗き込むようにして、黒峰はそう訊いてくる。
俺は依然としてその演奏の余韻に浸っていたが、彼女の言葉で我に返った。
「あぁ……。これはマジでナメてたわ。黒峰もカオルちゃんもすげぇな」
「うふふ、ありがと。でもダイスケちゃんも、歓迎会までにはこれができるようになってなきゃいけないのよ?」
俺の素直な感想に、カオルちゃんはそう返す。
しかし改めてそう言われると、本当に俺がここまでの演奏ができるようになるのか、不安になってきた。
「大丈夫だよ、ダイダイ。今のは分かりやすいように少し激しめに弾いたけど、歓迎会で弾いてもらうのはもっと簡単なのだから」
「そうなのか? っていうかそもそも、歓迎会では何の曲をやるつもりなんだ?」
思い返してみると、今までテクニック的なものは教わってきたが、披露する曲目についての話題は一切出てこなかった。
黒峰は既にそこまで計画しているのだろうか?
「あ、アタシもそれ気になるわ。アカネちゃん、どうする予定なの?」
俺の問いかけにカオルちゃんも乗ってくる。
そう訊かれた黒峰は、ニンマリと笑みを浮かべた。
「まだ秘密。明日には教えられると思うから、それまで楽しみにしてて」
あぁ、この顔はまた何か企んでいるんだな。
まがりなりにも部員勧誘のためのステージなんだから、あまり奇抜な曲をやるとは思えないが、黒峰は一体何を弾かせるつもりなのだろう。
「とりあえず今日は、今までのおさらいをしよう。せっかくカオルちゃんもいるんだし、リズムキープを意識しながら練習だよっ」
「お、おぅ」
なんだかうまくはぐらかされてしまった。
まぁ明日には分かるみたいだし、今焦って問い詰める必要もないか。
それから俺は、カオルちゃんのドラムに合わせて、今まで覚えたテクニックの復習を始めた。
♫




