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第三章(4)

「ねぇアカネちゃん、そろそろレッスンに入りましょうよぉ」

「あ、そうだったそうだった。カオルちゃんのこと自慢したくて、すっかり忘れてたよ」


 カオルちゃんに催促された黒峰は「てへへ」と笑いながらギターを取り出す。

 俺もそれに倣って自分のギターの準備を始めた。

 昨日インストールしたアプリを起動し、簡単にチューニングをする。アンプの使い方はまだ全く習ってないから、シールドを挿して繋ぐだけだ。

 それを確認した黒峰は、彼女と俺それぞれのアンプの電源を入れた。


「今日はまぁ、これくらいでいいかなぁ」


 そんなことを呟きながら、黒峰はふたつのアンプのツマミを微調整している。

 俺にはどのツマミがどんな役割を持っているのか全く分からないが。

 そのうちこういう操作も自分でできるようにならなきゃいけないんだろうな。


「よしっと。じゃあダイダイ、試しにちょっと弾いてみてよ」

「はいよ」


 黒峰に促されて、俺はピッキングを始める。

 最初は適当なリズムでブラッシング、続いて3フレットを人差し指で押さえて、同じリズムでパワーコード。

 相変わらず1〜3弦のミュートは甘いが、昨日よりは多少マシになっている……と思いたい。


「うん、いい感じいい感じ」


 そう言いながら、黒峰は自分のギターも弾き始めた。

 音色のチェックをしているのだろう。

 やっていることは俺と同じブラッシングとパワーコードだが、明らかに彼女のアンプから出る音の方が洗練されている。

 やはりこういうシンプルな技術でも、技量の差は明確に表れるんだな。


「おっけー。じゃあレッスンに入ろうか。今日ダイダイに覚えてもらうのはコレだよ」


 セッティングを終えた彼女は、そう言ってから改めて演奏を始めた。

 彼女のアンプから、ズンズンズンズンズンズンズンズン、という音が響いてくる。


「あ、なんか聞いたことあるな」


 俺はそう呟いた。

 どの曲でとは言えないが、なんとなく色んな曲で聞いたことがあるような音だ。

 これもギターの音だったのか。


「これは〈ブリッジミュート〉っていうんだよ。右手の手刀部分でギターのブリッジ付近に軽く触れて、その状態のままピッキングするとこういう音になるんだよ」

「へぇ。なんつーかパワーコードを弾いた時と、ブラッシングしてる時の中間くらいの音だな」

「うん、大体そんな認識で合ってるかな。普通にピッキングすると伸びる音を、右手で軽くミュートすることで意図的に伸びないようにしてるんだよ」


 なるほど、と俺は呟く。

 今までは左手でしかやってなかったけど、右手でもミュートをすることがあるんだな。

 でも確かに思い返せば、黒峰は確かミュートのことを「音を出さないための技術」とだけ説明していた気がするから、右手でやっても別におかしなことはないか。


「じゃあダイダイもやってみようか。左手は適当なフレットでパワーコードを押さえて、その状態で右手でブリッジミュートをしながらピッキングしてみて。全ての弦を弾く必要はなくて、左手で押さえてる弦だけを弾ければいいから」


 彼女に従って、俺は見様見真似で右手を張られた弦の端、ブリッジに乗せる。

 右手が固定された状態になるので、少し手を動かすのが窮屈だ。

 とりあえず言われた通りにピッキングをしてみると、ズゥゥゥン、という間延びした音が鳴った。


「あー、ちょっとミュートが弱いね。もう少ししっかりと右手を弦に押し当ててみて」

「お、おう」


 言われるがままに、俺は右手が弦に当たる範囲を広くして、再度ピッキングをした。

 今度は、ズッ、という短い音が出る。


「んー、今度はミュートしすぎ。もうちょっと音が伸びるように調整して」

「むぅ。右手を置く位置が結構シビアだな……」

「慣れだよ、慣れ。ピッキングし続けながら、右手の位置を微調整してみて」


 そう指示を受けて、俺は演奏を再開する。

 しばらく試行錯誤していると、だんだんと黒峰に近い音が出るようになってきた。


「こんな感じか?」

「そうそう、いいよいいよ。これが安定するようになったら、とりあえず歓迎会までに覚えてもらいたい最低限のテクニックは一通り揃うことになるから、がんばってね」


 満足げにうなずきながら黒峰は言う。

 しかし俺としては相変わらず不安なままだ。

 初日は左手でミュートしながらピッキングをするブラッシング、昨日はセーハで押さえるパワーコード、そして今日はブリッジミュート……改めて数を数えると、わずか六つの技術を教わったにすぎない。

 しかもそのどれもが、多少のコツが必要とはいえ、シンプル極まりないものばかりだ。


「なぁ黒峰、ホントにこれだけでステージに立って演奏できるレベルになるのか?」


 思わず俺は本音で問いかける。

 黒峰の言葉が信じられないわけではないが、今まで覚えたテクニックだけで、人前で演奏する自分を想像できなかったからだ。

 しかし彼女は自信満々といった様子で、不敵な笑みを浮かべている。


「これだけ覚えれば、歓迎会で一曲弾くだけなら十分すぎるくらいだよ。今まで覚えたことを組み合わせれば、サイコーにゴキゲンなロックができるからさ」


 なんか表現がすげぇアホっぽい。

 ゴキゲンなんて今どき使わねぇだろ。


「そうねぇ。それに、簡単に見えることほど重要だったり、奥が深かったりするものよ?」


 カオルちゃんも黒峰の発言に乗ってきた。

 確かにその通りなのかもしれないが、俺の想像力ではいまいちイメージが思い浮かばないんだよな。


「組み合わせればって言ったけど、具体的にはどうするんだ?」

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