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第二章(12)



 それから三十分ほどかけて、俺は借りているストラトキャスターに新しい弦を張っていった。

 単純に言うと古い弦を外してから新しい弦を通していくだけなのだが、これが中々に集中力のいる作業だった。

 テキトーな仕事をすると演奏中にみるみる音程がズレてしまうようになるらしく、オヤジさんは俺の手際に細かく指示を出してきた。

 そのおかげで初めてとは思えないくらい綺麗に新しい弦を張れたものの、オヤジさんに言われるがままに最後のチューニングをする頃にはクタクタになってしまっていた。


「おっ、綺麗に張れたじゃん。さすがオヤジさん、頼りになるぅ」


 声をかけられ顔を上げると、そこにはサツキさんとホクホク顔の黒峰がいた。

 なんだか上機嫌そうだ。


「おぅアカネちゃん。試奏はもういいのかい?」


 そう言うオヤジさんに、黒峰は少し困ったように苦笑いを浮かべた。


「これ以上弾いてたらホントに欲しくなっちゃいますもん。三年生になったらバイトも辞めなきゃですし、節約しないといけないんで」

「そうか、受験勉強もあるしなぁ。でもまぁ、気に入ってくれたようで何よりだ」

「ホントにサイコーの音でしたよ。ゲインを上げても変な潰れ方しないし、そこからギターのボリューム下げたらしっかり艶っぽいクランチになるし……。特にLEDクリップのワイルドな歪みといったらもう……ふへ……」


 あ、黒峰がまたさっきみたいに自分の世界にトリップしつつある。

 ウットリとしたその表情は少し色っぽいとも思ったが、さすがに楽器屋でする顔じゃないなと判断した俺は、彼女を現実に引き戻すべく声をかけた。


「あー、黒峰。悪いけどチューニングがまだ終わってないんだ。もう少しだけ待っててくれるか?」

「はっ!? う、うんうん! もちろん待つよ、超待つよ!」


 黒峰は焦ったように言う。

 その横に立つサツキさんはやれやれといった感じで肩をすくめた。

 もしかしたら黒峰がこの店に来た時はいつもこんな感じなのかもしれない。


 それから俺は最後の仕上げ、チューニングに移った。

 これは先ほども名前が挙がったチューナーという道具を使って、各弦の音程を合わせる作業だ。

 太い弦から順にE・A・D・G・B・Eとチューナーに表示されるように、ペグと呼ばれる糸巻きを締めたり緩めたりして調整していく。

 さっきオヤジさんが説明してくれたのだが、ギターはドレミをアルファベットで表現することが多いらしい。

 AがラでBがシ、Cがドといった具合だ。

 ややこしい、なんでAがドじゃねぇんだよと悪態を吐きたくなったが、そんなことを言い出しても仕方ないので、俺は黙ってチューニングに集中した。


「アカネちゃん、オクターブピッチはどうするよ?」


 一通りの弦を調整し終わった後、オヤジさんは黒峰にそう尋ねた。


「あ、一応チェックだけしてもらって、ズレてなければ今日はいいです。またおいおい私が教えますんで」

「はいよ。ダイスケくん、ちょっと貸しな」


 オヤジさんはそう言うと俺からギターを受け取る。

 そして12フレットの上に左手を置いて、ポーン、ビーンという音を繰り返した。

 それを六本全ての弦で確認した後「大丈夫そうだな」と呟いて、俺にギターを返してくれた。


「今のは何ですか?」


 俺が率直に質問すると、オヤジさんは不敵な笑みを浮かべる。


「弦交換の後のオマジナイさ。あんまり一度にたくさん教えても仕方ないから、今度アカネちゃんに教えてもらいな」


 なんだかうまく言いくるめられた気がする。

 しかし確かに、俺の頭の中は弦交換の手順を覚えるのだけで精一杯だったから「はぁ……」と言いながらうなずくだけに留めた。


「さて、じゃあ弦も無事に張り替えられたし、今日のレッスンを始めようか!」


 唐突に黒峰はそんなことを言い出した。

 あまりに突然の展開だったので、俺は驚いて彼女に向き直った。


「こ、ここでか? 今?」

「そ。だいじょーぶだいじょーぶ、三分で終わるから。あ、最後に少しだけ時間もらっていいですか、オヤジさん?」


 そう言って彼女は店主に確認を取る。

 オヤジさんは「そんくらいなら構わねぇぜ」と了承してくれるが……三分で終わるレッスンって、黒峰はいったい何をするつもりなんだ?


「じゃあダイダイ、ちょっとギター貸して」


 言われるがままに、俺は黒峰にギターを差し出した。

 それを受け取った彼女は、一番太い6弦のペグを回し始める。


「あぁっ、せっかくチューニングしたのに……」


 思わず俺の口からそんな言葉が出た。

 しかし黒峰はそんなものどこ吹く風といった様子で調整を続けている。


「さっきまでのは〈レギュラーチューニング〉ってヤツなんだよ。ギターの一番基本的なチューニングね。でもダイダイには、歓迎会が終わるまではレギュラーチューニングでは弾いてもらわないから!」


 彼女は高らかにそう宣言する。

 しかし俺は混乱するばかりだ。

 普通こういうのって基本的なトコから始めるもんじゃないのか?


「じゃあ、どんなチューニングにするんだよ?」


 そう問いかける俺に、黒峰は「ふふ〜ん」とか言いながらドヤ顔を向けてくる。

 うわっ、その顔ムカつく。


「じゃじゃーん! これがその〈ドロップDチューニング〉だっ!」

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