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第一章(1)

 俺にとって、図書室は特別な場所だ。


 とは言っても、別に俺は読書家というわけでもないし、図書委員の女の子に片想いしてるなんてこともない。

 ただ単純に、静かな場所が好きなだけだ。

 毎日昼休みになると、購買でサンドイッチをひとつとパックジュースを買い、図書室に向かう。

 室内での飲食は禁止されているが、この図書室には珍しくベランダがあり、そこで食事をするのは許可されているのだ。

 椅子がないからあまりのんびりはできないので、俺はいつもジュースで流し込むようにしてサンドイッチを腹に収め、然るのちに図書室でいつも同じ席に座り、昼休みを過ごしていた。


 別に教室で食べてもいいのだけれど、クラスの連中がぎゃあぎゃあ騒ぎ立てる横では食欲も落ちる。

 それほど親しい友人が同じクラスにはいないこともあって、自然と俺は教室で昼食を摂ることを避けるようになっていた。


 中庭や校舎裏で食べていた時期もあったが、いちいち外履きに履き替えるのも面倒だったし、夏や冬は長く屋外に留まるのは耐えがたかった。

 かといって帰宅部の俺には部室という選択肢はないし、使われていない特別教室は休み時間は施錠されていることがほとんどだった。

 保健室という手も考えたが、あの微妙に薬品臭い部屋で食事というのも抵抗があったし、何より親しくもない保健医に事情を説明して部屋を使わせてもらうのもはばかられた。


 そんなこんなで一時期昼休みは学校中をさまよっては飯を食える場所を探していたのだが、ある日たまたま読みたい本があって図書室に行ったら、司書のおばちゃんがベランダを使っていいと教えてくれたのだ。


 図書室で食事というのは盲点だったが、これが中々に悪くなかった。

 午後の授業で舟を漕ぐことがないように、俺はいつも昼食は軽くしか摂らないため、それほどの時間は必要としない。

 だから椅子のないベランダでの食事もほとんど問題はなかった。

 加えて食事が終わった後は、静かな室内の椅子に腰掛け、適当に本を読むこともできるし、机に突っ伏して寝ることもできる。

 五十分の昼休みを有意義に過ごすには、まずうってつけの場所だった。


 だから今日も俺は午前の授業が終わると同時に早足で購買に向かい、いつもと同じツナと卵のサンドイッチを購入し、図書室を訪れていた。


 期末試験も終わったからか、一時はそれなりに賑わいを見せていた図書室も、今は司書のおばちゃんがひとりカウンターに座っているだけだ。

 俺は彼女に軽く会釈をし、ベランダへ出た。


 三月も半ばに差しかかろうとしているのに、いまだに空気は冬のそれだ。

 本当にあと半月ちょっとで桜が咲くのだろうか、と少し心配してしまう。

 桜が特別好きというわけでもないが、それでもやはり春に桜がないのは寂しいからな。


 俺はビニール袋からサンドイッチを取り出し、口に運ぶ。

 いつも通りの味だ。

 ゆで卵と、ツナと、マヨネーズ。

 なんのひねりもないそれらの組み合わせが、少し乾き始めている食パンに挟まれている。

 これがお気に入りというわけではなく、購買のサンドイッチではこれが一番安いから選んでいるだけだ。

 食費は少しでも浮かせて、小遣いの足しにしたかった。


 ややパサつくそれをいちごオレで無理矢理流し込むと、俺は寒い屋外から逃げるように早々にベランダのドアに手を掛けた。

 ——その時だった。


「……? 何か、聴こえる……?」


 聴きなれない音に、俺は何となく耳をそばだてた。

 ビィーン、ビィーンと鳴るその音は、少しずつ高くなったり低くなったりして、ひと段落ついたかと思うとまた別の音が鳴り始める。

 ビィーン、ビィーン、ビィーン……。

 ビィーン、ビィーン……。

 

 どうやら音は、図書室の近くにある音楽室から聴こえてくるようだ。

 この学校の音楽室は割としっかりとした防音施工がされているらしく、音が外に漏れることはほとんどないのだが……。

 おそらく音楽室の窓が開いているのだろう。

 そしてたまたま俺がベランダにいたから、ここまで音が届いてるってわけか。


 そんなことを考えているうちに、気付けば音が止んでいた。

 先生が楽器の調整でもしていたのか?

 午後の授業で使う楽器の準備かもしれない。

 なんにせよ、さほど気にするようなことでもなかったな。

 そう思い、俺は改めて図書室内に戻ろうとしたのだが……再び、まるで俺を引き止めるかのようなタイミングで、新しい音が聞こえ始めた。


 それは——歌だった。

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