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第二章(6)

「でも、自分の好きなことを胸を張って主張できないヤツは最高にダサい。自分に自信を持てず、他人の目を気にしてばかりで、いつも周りに流されるだけ……。そんな人生、楽しい?」


 そう言う黒峰の表情は、普段の穏和で人懐こそうなそれとは打って変わって、真剣そのものだ。

 その視線に射竦められて、俺は思わず顔を背けた。


「……ずいぶんキツいな」


「ごめんね。でも別にダイダイを貶めたいわけじゃないんだよ。ただ、もしダイダイがギターを弾けるようになったら、どうなると思う? 想像してみて」


 少し声のトーンを柔らかくして、黒峰は続ける。


「ギターを弾けるようになれば、趣味を訊かれたらギターだと答えられる。履歴書にもそう書けるね。ギターを通じて音楽の知識が増えれば、今まで以上に好きな音楽のことを深く理解して、自信を持ってその素晴らしさを語れるようになる。今まで触れてこなかった音楽との新しい出会いもある。読書をしていて音楽の話題が出てきた時、それを理解する助けにもなる。村上春樹だって作品の中でたくさん音楽のこと書いてるでしょ。【ノルウェイの森】なんてタイトルがそのままいい例だよね」


 ぐうの音も出ないくらい、黒峰の言い分はいちいちもっともだ。

 どうして俺に対してここまで言ってくれるのかは分からないが、彼女の顔にはどこか切実そうな感情が見てとれた。


「とにかく一ヶ月、私を信じてついてきてくれれば、ダイダイは立派なギタリストになれる。私が保証するよ。そうすればダイダイは自信を持って他人に話せる新しい趣味を手に入れ、私たちは新入生を迎えてこの軽音楽部を存続できる。お互いにとって悪くない話でしょ?」


「は? この部、無くなりそうなのか?」


 昨日から話していて感じるのだけれど、黒峰はどうも重要なことをサラリと言い放つ傾向があるな……。

 そんなことを考えながら、俺は彼女にそう問いかけると、彼女はまた少し表情を曇らせた。


「……そう、このままだとね。三年生が卒業しちゃうと、私とアンナとカオルちゃんの三人しか残らないから。四月末に活動報告があって、その時点で部員が五人に満たないと、廃部になっちゃうんだよ」


 なるほど、と俺は呟く。

 黒峰がここまで執着する理由が分かってきて、俺は彼女のこれまでの言動が途端に腑に落ちた。


 黒峰としては、なんとしてもこの部を継続させたいのだろう。

 その理由までは分からないが、それくらいこの部を大切に思っているのかもしれない。

 偶然会った見ず知らずの男にいきなりギターを教え始めるその異様なまでの行動力の裏には、こんな事情があったのか。


「だから私たちはあとふたり、部員を集めなきゃいけないの。ダイダイが入ってくれればひとりで済むけど、それは一ヶ月後のステージの後に決めてくれればいいよ。だから今は、私たちを助けると思って……一緒にバンドを、やってほしいんだ」


 そう言って、黒峰は俺に向けて軽く頭を下げた。

 俯いたその目尻には、うっすらと涙が浮かんでいて……。

 あーもう、だから女の子はズルいんだよ。


「……本当に、一ヶ月でなんとかなるんだな?」


 最後の覚悟を決めるために、俺はそう確認する。

 黒峰は軽く目をこすってから顔を上げ、俺を見つめ直してくる。


「うん、約束する。必ずダイダイに、全校生徒が認めるくらいすごいステージを経験させてあげるよ」


 全校生徒が認める、か。

 まともに友人も作らず、路傍の石のような高校生活を送ってきた俺にはあまりに縁遠い表現だ。

 でも、本当にそんなことができるとしたら、それはかなり……。


「……かなりロックだな、それ」


 精一杯の背伸びをした言い回しをして、俺は俺は口元に笑みを浮かべる。

 黒峰は一瞬ぽかんとした顔をした後に、唐突に破顔し、あはははっ! と笑いはじめた。

 ……あれ、スベったか俺?


「なんだよ、笑うなって」


「ごめ、ごめん……。あんまり似合わない台詞だったから……クフッ……」


 表面上は謝っているが、本心はおかしくて仕方ないらしい。

 恥ずかしくなってきた俺は、やっぱり慣れないことはするもんじゃないなと思った。


「でも、ホントにありがとう。改めて、これからよろしく。……アンナも、それでいいよね?」


 そう言って、黒峰はアンナに同意を求める。

 静かに事の成り行きを見守っていたアンナは、やれやれといった感じで肩をすくめた。


「先輩がそこまで言うんなら、私もついていきますよ。ただ……。アンタ、やるなら本気でやりなさいよ。ヌルいプレイして先輩の顔に泥を塗るようなことをしたら、ただじゃおかないから。分かってんでしょうね? ダイ……だい……アンタ、名前なんだっけ?」


 悪びれもせずに彼女は言うが、俺としては面白くない。

 そもそもなんでこいつは俺に対してこんなに高圧的なんだ。


「人に名前を訊くときは、まず自分から名乗るもんだろ。俺お前の苗字知らねぇし」


「はぁ? この私がアンタみたいな優柔不断の女々しいクズ男に、わざわざ名前を訊いてやってんのよ? なにその態度、ムカつく」


 態度が悪いのはどっちだよ。

 いったいどういう人生を歩んできたらここまでスラスラと罵詈雑言が出てくるようになるのか気になるレベルだ。


「もう、これからは大泉大介くんもバンドメンバーなんだから、仲良くしなきゃダメだよ? ね、安斎夏海(あんざいなつみ)ちゃん?」


 そう言って黒峰は颯爽と助け舟を出してくれるが、なんか今聞いたことない名前が出てきたような……。

 アンナは驚いて黒峰の口を塞ごうとするが、黒峰はのらりくらりとそれを躱している。

 俺は先ほど名前を脳内で反芻し、気付いた。


「あ、そうか。アンナってあだ名だったのか。本名かと勘違いしてたわ」


「かわいいニックネームでしょ! 私がつけてあげたんだ〜」


 うん、そんな気はした。

 だってダイダイと全く同じ法則なんだもん。

 しかしそうなると、今まで名前だけ出てきてたカオルちゃんって子も、黒峰がつけたあだ名の可能性があるな……。


「あぁもう! 私の名前の話はもういいですから! とにかくダイスケ! この私がアンタのギターなんかで歌ってあげるんだから、必死で練習して少しでもマシな演奏ができるようにしなさいよ! あと、私のことは安斎さんって呼ぶこと! いい!?」


「分かった分かった。よろしくな、アンナ」


 俺が仕返しのつもりで嫌味ったらしくそう言うと、アンナは「きぃーーーっ!」とか言いながら顔を真っ赤にして地団駄を踏み始めた。

 お、コイツ案外いじられキャラなんじゃないか?


「ほらほら、アンナは今日もこのあと生徒会があるんでしょ? 私とダイダイなら大丈夫だから、遅れないようにしないとね」


 そう言いながら、黒峰は昨日と同じようにアンナの頭を撫でてやる。

 最初こそ不服そうにしていたものの、すぐにアンナは大人しくなり、撫でられるがままになった。

 最初は高飛車暴力お嬢様って印象だったけど、単に子供っぽい性格なだけなのかもしれない。


「そうですね……。じゃあ、私はもう行きますけど……。ダイスケ、アンタ私がいない間に先輩に変なことしたら、キモオタが欲情を抑えきれず女の子に無理やりひどいことしたって言いふらして回るから。覚悟しときなさいよ」


 それだけ言い残すと、アンナは黒峰に軽く会釈をして去っていった。

 あいつ、なんつー恐ろしい脅しをかけてきやがるんだ。

 そんなことされたら問題は俺だけに留まらず、オタク全体の信頼失墜に繋がるじゃないか……。


「それにしても、すっかり前置きが長くなっちまったな。今日は何を教えてくれるんだ?」


 アンナの脅迫を頭から追いやるように、俺は話題を変える。

 黒峰はこちらを振り返り、待ってましたと言わんばかりの笑みを向けてくる。

 それは、よく彼女が浮かべる、例の何かを企んでいるような笑顔だった。


「そうだね。じゃあ今日は、私とデートしよっか!」


「……は?」


 コイツはアレだな、きっと人の裏をかかないと死んでしまう病気にでもかかってるんだな。

 相変わらずの予想を裏切る彼女の言葉を聞いた俺が最初に思ったのは、アンナが帰ったあとで本当に良かった……ということだった。




 ♫

ここまでお読み頂きありがとうございます。

第二章はまだ続きます。

明日(1/19)以降は8時、20時に更新していきます。

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