第二章(5)
「……あの、先輩、そろそろ本題に……。新入生歓迎会であのキモオタにギターを弾かせるって、本気なんですか?」
すっかり空気になっていたアンナが、俺たちの会話の切れ目を見計らって話題を変えてくる。
先ほどまでの話もなんだかんだで興味深い内容ではあったが、俺としても別にアニソン談義をするためにここに来たのではないのを思い出した。
アンナグッジョブ。
でもキモオタとか言うな。
「あ、そうだね、そうだった。もちろん本気だよ。私は歓迎会ではベースを弾くつもりだから」
さも当然といった感じで黒峰は宣言する。
しかしそれを聞いた俺は黙っていられない。
慌てて俺は口を挟んだ。
「ちょ、ちょっと待てって。ってことは、ギターは俺ひとりなのか?」
「そうだよ。その方が目立つじゃん。『ウチの部に入れば、一ヶ月でここまでギターが弾けるようになるよ!』ってアピールするための戦略なんだから、その方がいいでしょ?」
悪びれもせず黒峰は言う。
コイツ、最初からそのつもりで、俺をここに呼びつけてギターを教えていたのか。
ずいぶん打算的な皮算用しやがって。
「私は反対です。こんなド素人のバッキングで歌うなんて嫌ですよ。いつも通り、先輩にギターを弾いてほしいです」
ぶすっとした表情でアンナは言う。
あ、コイツはボーカルなのね、とか新しい発見をしつつも、これはいい流れだと考えた俺は彼女の発言に乗っかった。
「俺としても、さすがに一ヶ月でステージに立つのは厳しいんじゃないかって思うんだけど……。昨日は黒峰が一緒に弾いてくれたからまだしも、さすがにひとりで延々ブラッシングしてるだけってわけにもいかないんだろ?」
俺としてはかなり核心をついた指摘だと思ってたんだけど、それを聞いた黒峰は、なぜか自信満々といった面持ちで俺に視線を向けた。
「そりゃもちろんそうだけど。でも昨日の時点で、テクニック的な意味では、ステージまでに覚えてもらいたいことのだいたい半分は教えてるから。だから余裕だって」
得意げに彼女は言うが、俺は耳を疑った。
昨日の時点で既に半分だって?
俺は落ち着いて、昨日覚えた技術を思い出す。
ミュート、ピッキング、ブラッシング。That's all.
「……いや、マジで?」
あまりに先行きが不安になって、俺はそう尋ねる。
「マジマジ。とりあえず今日はあと二つ演奏技術を覚えてもらうから。そんで明日にはさらにその残りを教えて、余った日数でひたすら課題曲を覚えて、全員で合わせる練習をしていくつもりだよ」
どうやら黒峰の中では、向こう一ヶ月のプランがだいたい決まっているらしい。
しかしその計画の全容が分からない俺としては、ただだた不安しかない。
俺は思わず「いや……」とか「でもなぁ……」と否定的な言葉を漏らしてしまう。
それを聞いた彼女は、やれやれ、といった感じで肩をすくめた。
「あのさぁ……。ダイダイって、趣味は何?」
「は? なんだよいきなり」
「いいから答えて」
そう黒峰に詰問され、俺は自分の趣味と呼べるものを考えるが……正直、ロクなものが思いつかない。
「えーっと……。読書と、音楽鑑賞?」
思わず疑問形で答えてしまう。
こんなことしか言えないのが、少し情けなかったからだ。
「ふぅん。読書って、例えば何を読むの?」
間髪入れずに黒峰はそう尋ねてくる。
一番読むのは漫画だが、《趣味・読書》の回答としては適切でない気がする。
それならばと好きなラノベを並べたてたくもなるが、何となくラノベもこの場合の答えとしては弱い気がするんだよな……。
好きなのは事実だし、すげー面白いとも思うけど、非オタの他人に誇れるほど社会的地位のあるジャンルではない気がしてしまう。
「む、村上春樹とか」
なんとか俺は読んだことのある有名な作家の名前を捻り出す。
ちなみに読んだのは【風の歌を聴け】と【ノルウェイの森】の二作だけだ。
よく分からんかったけど、何となく面白かった気がしないでもない、くらいの印象だが、少なくとも作家の知名度は桁違いだ。
「そう。まぁ村上春樹なんて、ちょっと本を読む人なら誰でも読んでるけどね。じゃあ音楽鑑賞って? さっきみたいな曲以外にはどんなのを聴くの?」
続けざまの辛辣な黒峰の問いに、俺は今度こそ本気で回答に詰まってしまう。
実際に俺が普段好んで聴くのは、ほとんどアニソンばかりだからだ。
アニメのテーマソングを歌ったアーティストのアルバムをレンタルして聴いたりもしないことはないが、結局リピートするのはそのタイアップ曲ばかりということがほとんどだった。
あとは何かないか……。
アニメのサントラとかはソングじゃないからアニソンとは言わないよな、とかいう考えが一瞬脳裏をよぎるが、一般人に違いを納得させるのは至難の技だ。
アーティスト活動をしている声優さんの曲も同様だろう。
水樹奈々さんくらい有名なら説得力も出るかなとも考えたが、結局は同じ気もする……。
考えが堂々巡りして、俺は何の言葉も出てこなかった。
「……あのね。私は別にアニソンが趣味でもいいと思うよ? 音楽に貴賎はない、ってのが私の信条だから」
いつまでもまごついている俺に、黒峰はそう声をかけてくれる。
一瞬彼女の心遣いに助けられたようにも感じたが、それは甘い考えだった。
「でも、自分の好きなことを胸を張って主張できないヤツは最高にダサい。自分に自信を持てず、他人の目を気にしてばかりで、いつも周りに流されるだけ……。そんな人生、楽しい?」