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第二章(3)

「ところでダイダイ、私もこの曲聴いてみたいんだけど」


 うん、全然ひと段落してないねコレ。

 むしろより一層核心部分に踏み込んで来られたね。

 どうしてこうなった。


「な、なんで聴きたいんだ? アニソンだぞこれ?」


 俺は思わず、正直な疑問を口にする。

 黒峰が普段どんな音楽を聴いてるのかは分からないが、あれだけ音楽に精通してる人間が、アニソンを好んで聴くとも思えない。

 なんというかこういうギターとかバンドをやってる人は、マイナーな日本のロックバンドとか、洋楽を中心に聴いているイメージがあった。


「いやさ、ダイダイが普段どんな音楽を聴いてるのか、純粋に興味があってさ。あとそれを知っといた方が、これからギターを教えるうえで参考になるかなーって」


 そう黒峰は言うが、俺としては正直気が進まなかった。

 確かに【春擬き】は素晴らしい曲だ。俺はそう信じて疑わない。

 けれど、それは俺がこのアニメを好きだからってのも少なからずあるし、それを何の予備知識もない一般人が聴いても、同じように素晴らしいと感じてもらえるかは自信がなかった。

 むしろ低い評価をされるんじゃないか、からかわれるんじゃないかと思うと嫌な感じだ。


 しかし彼女はそんなことお構いなしに、俺が首にかけているヘッドフォンに手を伸ばしてくる。

 最初は抵抗しようとしたが……その、なんだ、座った俺の真正面に黒峰が立ってるもんだから、俺の眼前数十センチのところに彼女の胸が迫ってるわけで……それに気付いちゃったもんだから緊張しちゃって、体が固まっちゃったよね。

 いくら黒峰の胸が決して大きくないからと言っても、これだけ近くに寄られると意識しちゃうよね。

 男の子だもんね。

 仕方ないよね。


 ヘッドフォンを手にした黒峰は、それを装着して再生を始める。

 目をつむって右足で軽くリズムを取りながら、真剣な面持ちで音楽を聴くその姿は、なんというかすごく様になっていた。

 俺が同じようにしても、こうもスタイリッシュな感じにはならない気がする。

 音楽やってると、こういうところでも違いが出てくるものなのだろうか。


 しかし、四分半ほどの時間とはいえ、この場の中心人物である黒峰が音楽に集中しちゃってるもんだから、俺とアンナだけが取り残されてるような状態になってしまってるわけで、なんというかすごく空気が重い。

 そのアンナは相変わらず黒峰の背に隠れるようにしながら、こちらに敵意のこもった視線を向けてきてるし……。

 あぁ、早く終わってくれ……。


 永遠にも感じられるような時間が過ぎ、ようやく黒峰はヘッドフォンを外し、再生を止めた。

 やっとこの沈黙が終わると思うと救われる思いだけど、これから黒峰に何を言われるのかと考えるとやっぱり気が重——


「いい曲じゃん。いいセンスしてるね、ダイダイ」


 ——マジで?

 聞き間違いじゃないかと黒峰を見やると、その後ろのアンナも目を丸くしていた。

 どうやら彼女も驚いているらしい。


「あ、ありがとう。……お世辞?」


 思わず、俺はド直球にそんなことを訊いてしまう。


「音楽については下手なお世辞は言わないって。純粋にいいと思ったんだよ」


 さも当たり前といった様子で黒峰は言う。

 そう言ってもらえるのは本当に嬉しい、嬉しいんだけど……やはりどうしても、素直には信じられない。


「……ちなみに、どんな所がいいと思ったんだ?」


 俺はつい、そう尋ねてしまう。

 黒峰のことを疑っているわけではないのだけれど、いいと判断した理由があるのなら、それを聞いておきたかった。


「んー、そうだな。ボーカルが素敵なのは言うまでもないけど、アレンジもすごくいいよね、コレ。ストリングスのオブリガードが綺麗に際立ってるし、リズム隊にもキレがあってカッコいいし。あとはやっぱりギターだね。音がいいのはもちろんだし、曲全体を通しての印象を決定付けてるって感じがするかな。ソロも緊張感と疾走感があってグッドだね」


 ……すげー褒めてくれてるってのは分かるけど、正直言って内容は全然分からん。

 ストリングス?

 オブリガード?

 リズム隊ってドラムのことか?

 それに何より……。


「この曲、そんなにギター目立ってたっけ?」


 正直にそう訊いてしまう。

 はっきり言って、この曲を聴いてる時に、ギターの音に注目したことなんて一度もなかった。

 やなぎなぎさんの歌声は素晴らしいなとは常々思ってたけど、その伴奏はなんとなーく綺麗な感じだなーくらいにしか思ってなかったのだ。


「いやいや、この曲にはかなり重要でしょギター……ってそうか、今まであんまりそういうの、意識したことないんだね」


 そう言うと黒峰は背負っていた大きな黒いバッグからギターを取り出し、昨日と同じように俺の隣の椅子に腰掛けた。

 そのギターをアンプに繋ぎ電源を入れると、右手で弦を弾きながら左手でアンプのツマミを調整する。

「うん、こんなもんかな」と呟くと、彼女は短いフレーズを弾き始めた。

 それは、俺にとってめちゃくちゃ聞き馴染みのあるフレーズだった。


「おぉっ! 【春擬き】のAメロ直前のとこじゃん! あれギターの音だったのか!?」


「そうだよー。まぁ一度サラッと聴いただけだから、これで正確に音とかポジションが合ってるかは分からないけど。でも、それっぽいでしょ?」


 黒峰は何でもなさそうにそう言うけれど……一回聴いただけで、こんなにすぐ弾けるもんなのか?

 これって相当すごいんじゃないのか?


「ギターをある程度の期間弾いてると、シンプルなフレーズなら結構すぐにそれっぽく真似できるようになるんだよ。完コピしようとするなら、さすがにもっと聴き込んで細かい所を詰めていかなきゃだけどね」


 俺の心を読んだかのように、黒峰はそう説明してくれる。

 なるほど、そういうものなのか?


「……じゃあさ、俺もギター練習してれば、同じようなことできるようになるか?」

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