表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

街の景色 残光

作者: 春嵐

 速い。

 雨の幹線道路。夜。後ろからの光線を受けて、車線を変更した。その瞬間に抜き去られ、置いていかれる。

「おい」

「はい」

「何に見えた」

「赤い車だな。特別なチューンには見えなかったから、走り慣れてるんだろう」

 それだけで、この闇と雨の中を、これだけの速度で、走れるだろうか。

 アクセルに脚を掛ける。

「まだ、やめとけ」

「なんでだ」

 せっかくの機会を。

「あれはたぶん、煽ってるんだ。こちらが加速して抜き去った瞬間、ランプが点灯して減点ってさ」

 有り得る話だ。

 実際、この街には赤い悪魔がいるという噂がある。どんな違反車でも追い詰め、減点にする凄腕が。

「でも、それを試しに来たんじゃないのか」

「そりゃまあそうだが、それでも、あの赤いやつは異常だ。この雨であの加速」

「おまえ、さっき特別なチューンには見えなかったって言ってただろうが」

「そりゃ、まあそうだが」

「お前だって、このまま帰るなんて言いはしないだろう」

 助手席の貧乏ゆすりが、なんとなく見える。おざなりの制止は、行けという合図。一瞬目を合わせる。お互いに、うなずく。

「お前が勝つ姿を想像してるよ。なんせ、この車は俺がチューンしたんだからな」

 助手席に座っているほうが、負けず嫌いだった。自分は、勝っても負けても、走れればそれでいいというところがある。

 それでも、一応は、勝利に向かって走る。そのほうが速いから。

 アクセルを踏み込む。

 少しずつ、赤い残像に近付いていく。

 しかし、一定以上のところから、距離が詰まらなくなった。追いつけない。

「どうなってるんだ」

「少し減速しろ。この先は大きめのカーブになってる」

 減速。赤い光が、見えなくなっていく。カーブ。滑りながら、曲がりきる。

「よし、いい感じだ」

 それでも、あの赤い光は、はるか遠く。もうほとんど見えない。

「おい、今の見たか」

「なんだ」

 曲がりきるラインを見極めるのに集中していて、赤い光を見ていなかった。

「あの赤い光、一瞬だけど、消えたぞ」

「消えた?」

 しばらく、加速してじわじわと距離を詰める。たしかに、直線では伸びていない。というより、カスタムしているこちらの車が圧倒的に速いはずなのに、徐々にしか、距離が縮まらない。

「もう少しでわずかなカーブだ。右、左、右。今度は見逃すなよ」

 カーブに入る。少しブレーキインを早め、大きく減速。目線を高くし、赤い光とカーブを同時に視野に入れる。

「なんだっ」

 赤い光が加速した。

 カーブで、減速せず、加速。

 ありえない。

「左だ」

 左にハンドルを切る。

「すぐ右」

 すぐ右。

「おい、あれ」

「消えたんじゃなくて、加速したのか」

 助手席。地団駄を踏む音。

「くそっ」

「さあ、帰るか」

「おいお前、悔しくないのかよ」

 助手席から、絞り出すような声。

 悔しいという感情は、湧いてこない。

「すまん、俺は今、興奮してるんだと、思う」

「なんだと」

 あんな走り方が、あるのか。

 カーブに加速して突っ込むなんて走り方が。

「すごい」

 あれを見た瞬間から、赤い光の、虜になってしまった。

「あんな綺麗な走り方が」

 胸のあたりが、震えてくる。

 赤い光。もう、見えない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ