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 Case9 エリ高に出る幽霊

 世に〝トンデモ系〟と称するジャンルが存在する……。

 UFOとか、未確認生物とか、超古代文明とか、はたまた秘密結社の陰謀論だとか、とまあ、そういったいわゆる〝とんでもない理論〟を展開するものの見方や、あるいはそれを主張するデンパな人々のことである。一見〝中二病〟に似ていなくもないが、そちらが個人的な内向的妄想に終始するのに対して、彼らは外交的でより客観性を志向し、疑似科学な理論武装をしたりなんかもしているので余計始末に悪い。

 だが、その明らかにイってしまっている論理展開もトンデモな人々にとっては揺るぎない真実であり、逆に我々一般人の信じて疑わない世の事象の方がむしろ事実を捻じ曲げた偽りの現実であったりもする。 つまり彼らに言わせてみれば、こちら側にいる人間の方こそ〝常識〟という名の色眼鏡をかけて世界を見ているというわけだ。

 もしもあの時、その色眼鏡をかけて彼女を見ていなければ、俺と彼女の関係ももっと別のものになっていたのかもしれない……。

挿絵(By みてみん)

 その翌日の放課後も、乙波の学校の怪談調査は続く……無論、俺も道連れである。

「――いや、絶対、不審がられるだろ?」

「大丈夫だよ。その時は見学希望の新入生だって言い張れば、なんとか誤魔化せるって」

 プールサイドの片隅に身をひそめ、俺は乙波にそう苦言を呈するが、乙波はまるで聞く耳を持ってはくれない……ま、一応、二人とも体操着に着替えては来ているので、マネージャーとかに紛れて制服姿よりは目立たないかとは思うのだが……。

 それにこの環境ならば、部員達の上げる歓声や水音が天井に木霊し、多少の物音を立てたり、普段通りの声でしゃべっていたりしても特に注目されないのがせめてもの救いである。

 昨日の続きで俺達が三つ目に訪れた怪談の場所は〝引きづり込まれるプール〟だった。

 乙波の説明によれば、昔、このプールで溺れ死んだ生徒の幽霊が、自分の仲間を欲しがって同じくここで泳ぐ者を暗い水の底へと引きづり込むのだそうだ……無論、最近、引きづり込まれたという生徒は存在しないし、もしそれが本当だったとしたら、今もこうして水泳部が平気で泳いでなどいないことだろう。

 ちなみにその当時は露天のプールだったらしいが、数年前に改修されて、現在はこのような屋内プールとなっている。それ故にまだ肌寒いこんな四月の半ばからでも泳ぐことができるのであるが、反面、この中は湿度が高いし、塩素の臭いのする空気はなんだか気持ち悪いような生温かさだ。

「あれ、上敷くんじゃん……と天音さん?」

 そんなほんとに幽霊の出るような生温かさの中、無謀にも堂々と振る舞う乙波の傍ら、俺がそわそわと周囲の警戒に当っていると、不意にどこか聞き憶えのある声が頭の後で聞こえた。

「…っ⁉ ……あ、有尾?」

 俺がびっくりしてそちらを振り向くと、それは有尾菜乃子だった。彼女はタイルの上に水滴を滴らせながら、その身には紺の競泳用水着と頭に白いスイミング・キャップを被っている。

「あ、どうもこんにちは」

 驚きに立ち尽くす俺のとなりで、乙波は暢気にも笑顔で挨拶をしている。

「……あれ、水泳部……だったっけ?」

「うん、そだよ。それよか上敷くんはどうしたの? もしかして水泳部に入りたいとか?」

 有尾は塩素で充血した目をパチクリさせて俺の顔を訝しげに見つめ、そう常識的な判断を下して尋ねてくる。

「あ、ああ、まあ、そんな感じかな……見学というかなんというか……」

 その問いに、俺は彼女から視線を逸らすと、あやふやな言葉で誤魔化すように答えた。とりあえず、ここまでは乙波の「不審に思われた時の対応マニュアル」通りだ。

「ほんと! そいつは大歓迎だよ! そっかそっか。上敷くんも泳ぐの好きだったんだあ……もう入部届け書いた? まだなら用紙もらってきてあげようか?」

 すると、有尾はパッと顔色を明るくし、うれしそうな声を弾ませてはしゃぎまくる。下手な言い訳を信じてくれたのはいいが、有尾は思いの外それを真に受け止めて、異様なほどに喜んでしまっている。

「あ、いや、まだ入ると決めたわけじゃなくて……泳ぐのが好きというわけでもないというかなんというか……」

 このまま入部させられかねない有尾の勢いに、なんとかその誤解を解きつつも、アホな本当の理由を告げずにうまいこと言い逃れようと四苦八苦する俺だったが……思わず戻した俺の視線の先には、彼女の豊満な胸のラインがピチピチの水着越しに浮かんでいる。

 驚きのためにそこまで気が回らなかったが……よく発育した胸にくびれた腰、そこから伸びる引き締まった小麦色の艶やかな太腿……プロポーションのいい有尾の水着姿は、これまた目に毒なお宝ショットである。

「ん? ……はっ! …も、もう! 上敷くん、目がヤらしい……もしかして、水着の女の子を存分に見られるからとか不純な動機で水泳部入ろうとしてるんじゃないでしょうね?」

 不覚にもレーザー光線並に照射されていた俺のガン見視線に気付いた有尾が、恥ずかしそうに胸を両腕で覆い隠すと、軽蔑するような疑いの眼差しを代りに返してくる。

「い、いや、そんなことはけして……」

「じゃあ、なんで水泳部入りたいの?」

「いや、入りたいというかなんというか、ただ見学してるだけというか……」

「ただ見学う~⁉ じゃあ、やっぱり水着の女の子が目当てなんだ!」

 うう……ますます誤解が……。

 俺は慌てて誤解を解こうとするが、解けるどころかさらに誤解は悪い方向へと深まるばかりである。

それに、つきあってるカノジョの目の前で他の女の子の水着姿に目を奪われるとは、当然、乙波も怒っているに違いないと、こっそり彼女の方を覗ってみるのだったが……

「あの、お取り込み中のところ悪いんだけど、有尾さん、もし知ってたら教えてくれないかな?」

 乙波は俺の浮気心などまったくもって眼中にない様子で、不意に話に割って入ると有尾にそう言って切り出す。

「ハァ……ヤキモチ焼いたりとかはしないんだ……」

 俺としてはホッとした反面、なんだかとっても淋しいような……。

「ん? ……なに? 天音さん」

「水泳部員だったら〝引きづり込まれるプール〟の話、何か聞いてないかなあ? 巷じゃ語られていないような、部員しか知らないもっと詳しい裏事情とか」

 きょとんとした顔で振り向く有尾に、乙波は重ねてそう尋ねる。

 また、いきなりな質問だな……いくら水泳部員だからって、んなことそうそう知るわけないだろ? 突然、トンデモなやつに変な質問されて、有尾もとんだ迷惑だろうな……。

「ああ、あの話。うん。先輩達から聞いてるよ。その真相についてもね」

「えっ! 知ってるの⁉」

 だが、予想に反してさらっと肯定してくれる有尾に、俺の方が乙波よりも先に声を上げてしまう。さすが社交的な有尾といったところだが、実はこの娘、伴野以上に情報通なのかもしれない……。

「やっぱりわたしの睨んだ通り……その真相、詳しく教えてくれない?」

「うん、いいよ。わたしが聞いた話ではね……昔むかし、まだこのプールが露天だった頃、ある男子生徒が休みの日に一人でこのプールに来て泳いでたんだって」

 一体、どう睨んだ通りだったのかは知らないが、そう真剣な顔で頼み込む乙波に、有尾も表情を硬くすると、どこか声をひそめるような口調で語り出した。

「でも、そうしたらなぜかプールの水がだんだんと少なくなり始めたの。排水溝の栓を抜いたわけでもないのにおかしいな? と首を傾げたんだけど、そんなこと思ってる内にもみるみる水面には渦巻ができ始めて、慌てて逃げようとしたその生徒もあれよあれよという間に渦の底に飲み込まれちゃったっの!」

 つまり、その飲み込まれた男子生徒が、プールで泳ぐ者を引きづり込むようになったという霊の正体か……。

 しかし、それまでの流れから俺が推測したその結末に反して、話は思わぬ方向へと向かう。

「ま、でも、同時に水も全部抜けて、運良く彼は溺れずにすんだんだけどね。後で調べた結果、水が抜けたのはどうやら底にあった謎の蓋(・・・)が原因だったみたいなんだ」

「謎の蓋?」

 故意に強張らせていた表情を緩め、ウィンクをしてオチを付けるお茶目な有尾に、そのどこか聞き憶えのある響きを耳にして俺は思わず声を漏らす。

「うん。以前、このプールの底には変な鉄の蓋があって、それを開けると中は何に使うかよくわからない空間になってたみたいなんだ。なにせこのプール自体、戦前に作られた古いものだから、そこのコンクリに老朽化で大きなヒビが入って、それでプールの水が流れ出しちゃったらしいんだよ。その事故の後、危険だからってことで埋められちゃったみたいだから、今はもうその扉も空間も残ってはいないんだけどね」

「あの怪談の裏にそんな事件が……プールの底に謎の蓋と謎の空間……これはますます怪しくなってきたね」

 なにか昨日の既視感(デジャヴュ)を感じるその話に、乙波は薄い眉毛を寄せ、難しい顔をして考え込んでいる。

「ま、何はともあれ、そうしてその男子生徒は事なきを得たわけで、死んだんでも無念を残した地縛霊になったんでもないんだけど、その事故の話が広まる内に尾鰭がついて、今聞く〝引きづり込まれるプール〟の話になっちゃったってとこみたいだよ? つまり、ぶっちゃけあの話は嘘だったってことだね」

 まあ、もともと俺は信じていなかったので嘘なのはもちろん想定内であるが、それでも、そんな元ネタの事件が実際にあったとはな……。

 そう言い切って話を結ぶ有尾に、俺は納得しながらも少々驚いている。

 乙波はいつもながら無根拠に怪しがっているが、その〝謎の蓋〟とその下の空間というのは、おそらく昨日見たベートーベンや階段のとこのものと似たか寄ったかの、施設管理をするために必要とされたものなのだろう。あるいはその場所にプールの水を管理するモーターやなんかの機械類がもともとは収まっていたのか……いずれにしろ、なんら怪しいところなどそこには存在しない。

 ただ、昨日から続くこの〝謎の扉〟という共通する符号には、多少、不思議な因縁めいたものを感じてしまったりもする……ま、きっとただの偶然の一致か、あるいはそうしたものが怪談の元ネタになりやすいという、ごくごく自然な法則性の結果に過ぎないのだろうが……。

「ところで、なんでそんな話聞きたかったの?」

 そうして俺と乙波がそれぞれの常識に照らし合わせて考えを巡らせていると、当然思うであろうその疑問を不意に有尾が尋ねてくる。

「それはもちろん、今、わたし達、この高校に伝わる学校の怪談について…」

「あああ! い、いや、ただなんとな~くだよ! なんとな~くこのプール見てたら、そんな話もあったっけな~って思い出しただけで……そ、そう! 下調べだよ、下調べ! 水泳部の入部を考える者として、そうした噂もちゃんとチェックしておかなきゃって思ったんだ。では、天音さん、予定も詰まってることですし、そろそろお暇しましょうか?」

 乙波が正直に即答しようとするがそうはさせん! 俺は慌てて大声を上げると思い付きの言い訳で適当に誤魔化し、さっさと彼女を連れてこの場を退散しようとする。

 乙波とともに学校の怪談を調べているなどと知られたら、俺までトンデモ系として有尾に認識されてしまう。もうこれ以上、変な誤解を受けるのはまっぴら御免だ。

「ええ~……ま、でも、確かに〝兵隊の歩く廊下〟も今日中に見ときたいしね……」

 最初は顔をしかめて抵抗を見せる乙波だったが、どうやら幸いにも俺の出まかせ通りにハードスケジュールだったらしく、今回は素直に従ってくれる。

「じゃ、そういうことで。有尾も部活、がんばれよ!」

「どうもおじゃましました」

「ええ? …あ、ちょっと、上敷くん、入部の話はどうするの~っ⁉」

「ああ~! それはまた日を改めてということで~っ!」

 そして、急な展開について来れていない有尾をプールサイドに独り置き去りにすると、俺はペコリと頭を下げる乙波の手を引き、逃げるようにしてその温室を足早に後にした――。


「――で、ここがその廊下か……」

 続いて俺達の訪れたのは、管理棟校舎の二階、来賓の応接室や校長室なんかの前に位置する長い廊下だった。

「……まったくもってただの廊下だな」

 俺と乙波は廊下の真ん中に立って、左右に首を振りながら端から端までを眺めてみる……。

ここが〝兵隊の歩く廊下〟と怪談に謳われる件の廊下であるらしい……いたって普通の廊下にしか見えないんだけど。

 その怪談によると、戦前、ここが軍の施設だったとかで、空襲で死んだ旧日本陸軍の兵隊の霊が夜な夜なこの廊下を行進する云々…ということになっているらしいのだが、確かこの高校って戦前にできたって話だし、完全に史実と矛盾している。ま、やっぱりただの作り話か、何かの見間違えに後付けの理由が付いたりなんかしたものなのだろう。

 それに、やっぱりどこからどう見てもただの廊下だ。不気味さとかもまるでないし、とてもそんな恐ろしげなものが出るような場所にはどうにも思えない。それどころか、早や黄昏時も終わろうとしているのに、薄暗くなるならまだしも夕陽の色に美しく染められ、むしろイイ感じに郷愁を誘う、レトロで趣ある廊下になってしまっている。

「でもまだ日があるし、とりあえず暗くなるまで待ってみよう?」

 だが、そう言う乙波に付き合わされ、俺は火災報知機の箱の影にその身を隠すと、彼女とともに夜まで廊下を監視することとなった。

 実に不毛で退屈な時間ではあるが、こうして彼女と身体を密着させて隠れているのはなかなかどうして悪い気のするものではない……てか、なんとすばらしい状況なんだ!

 なんのシャンプー&トリートメントを使っているのだろう? 彼女の甘い髪の香りが俺の鼻腔を掠め、嗚呼、もう思わず彼女を後から抱きしめたくなってしまう……って、いかんいかん! ここは学校だぞ? このような聖域で、しかも校長室が目と鼻の先にあるような場所で煩悩に支配されてしまっては……。

「どうしたの? なんか鼻息荒いよ? 顔も赤いし」

 そうして俺の中で本能と理性が飽くなき闘いを繰り広げていたその時、乙波が不意にこちらを振り返ってそう尋ねた。突然、彼女の顔が目と鼻の先に迫ったので、俺は思わず背後に仰け反ってしまう。

「あ、い、いや別に……そ、そんなことより、ほんとに兵隊の行進なんて見たやついるのかな? もしほんとだとしたって、そんなの大昔に目撃されたきりなんだろ?」

 そうした不自然な格好のまま、俺はちょっと変態な劣情を抱いていたことをけして彼女には悟られまいと、慌てて思い付いた質問を口にしてなんとか誤魔化そうとする。

「それがね。実は最近になって、それを見たっていう生徒が現れたんだよ」

「え?」

 だが、ただのその場しのぎにすぎなかったその質問に、乙波は真面目な顔で意外な答えを返してくる。

「それも一昨日の日曜らしいんだけどね。昼間、部活で学校来てたサッカー部の人が部室に忘れ物して、夜になってから気付いて取りに戻ったらしいんだ。そうしたら真っ暗い中、この廊下だけがぼんやりと光ってて、黒い人影の一団が校長室のある方向へ歩いて行くのが見えたんだって。暗くて格好まではよくわからなかったらしいんだけど、もう怪談で話されてる兵隊さんの霊に間違いないよ」

 一昨日というと、ほんとについ最近の話ではないか? ほんとにそんなもん見たやつがいるのか? 俺はその話に少々驚かされ、また少なからず興味を抱く。

 まさか、それほど直近にも目撃者がいるような怪談話だったなんて……ま、でも、暗くてよく見えなかったっていう話しだし、本当に兵隊の幽霊だったのかどうかは怪しいものだ。誰か教師がいたのかもしれないし、もしかしたら泥棒が入ってたなんてことも……ぼんやり光ってたってのは、そいつらの持ってた懐中電灯の光だったり……。

「にしても、幽霊が出るようにはどうしても思えないんだけど……」

 そんなことを考えながら改めて廊下を見渡してみるが、何度見たところでやっぱりただの廊下である。もっとも、俺に霊感があるわけではないので確かなことは言えないかもしれないが、もしあったとしても何も感じない可能性が濃厚だ。

「でも、夜になれば出るかもしれないよ? もう少し辛抱して待ってみよう?」

 しかし、そんな乙波の言葉に反し、暗くなっても多少薄気味悪さが出てくるくらいのもので、夜まで待ってみても集団での行進はおろか、一人気ままに兵隊さんが散歩することもまるでなかった……。


To Be Continued?

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