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 Case7 動くベートーベン


 世に〝トンデモ系〟と称するジャンルが存在する……。

 UFOとか、未確認生物とか、超古代文明とか、はたまた秘密結社の陰謀論だとか、とまあ、そういったいわゆる〝とんでもない理論〟を展開するものの見方や、あるいはそれを主張するデンパな人々のことである。一見〝中二病〟に似ていなくもないが、そちらが個人的な内向的妄想に終始するのに対して、彼らは外交的でより客観性を志向し、疑似科学な理論武装をしたりなんかもしているので余計始末に悪い。

 だが、その明らかにイってしまっている論理展開もトンデモな人々にとっては揺るぎない真実であり、逆に我々一般人の信じて疑わない世の事象の方がむしろ事実を捻じ曲げた偽りの現実であったりもする。 つまり彼らに言わせてみれば、こちら側にいる人間の方こそ〝常識〟という名の色眼鏡をかけて世界を見ているというわけだ。

 もしもあの時、その色眼鏡をかけて彼女を見ていなければ、俺と彼女の関係ももっと別のものになっていたのかもしれない……。

挿絵(By みてみん)

「――とまあ、以上がわたしの集めたこの高校の怪談だよ。いい? ちゃんとわかった?」

 放課後、西窓から射すオレンジの夕陽と色濃い影のコントラストに染められた教室の中で、黒板の前に立つ乙波が教師の如く俺に確認する。

「ああ、なんとなくは……」

 他の生徒達は皆、もうすでに部活へ行くか下校するかしてしまったので、教室内には乙波と俺の二人しかいない……もし他に誰かいたら「一体何をしているのか?」とずいぶん怪しまれたことだろう。俺達がオカルト研究会でも立ちあげて、この教室を部室代わりに活動し始めたのかと思われたかもしれない。

 黒板を見れば、彼女が横書きに箇条書きした怪談のお題が五つほど記されている……本日最後の授業が終わった後も約束通りずっと教室に残って待っていると、そんな俺のもとへ乙波がやって来て、おもむろに襟野五十一高校の怪談についてのレクチャーを始めたのだった。

「えっと……〝動くベートーベン〟に〝数が変る階段〟、〝引きづり込まれるプール〟、〝兵隊の歩く廊下〟、それと〝異次元に通じる校長室の鏡〟だな」

 俺は黒板に書かれた乙波の女の子らしいまる文字を目でなぞりながら、そのいかにもな題名を上から順に読み上げてみせる。誰に頼まれたわけでもないのだが、新聞部並みの粘り強さで取材に精を出し、乙波が集めてきた学校の怪談がこの五つだ。

「まあ、そんなところだね。もっとよく調べてみれば他にもまだあるんだろうけど、今日聞けた範囲ではこんなところだったよ」

 乙波も背後を振り返って黒板を眺めると、そこに羅列された怪談のお題にそう補足説明を付け加えた。

 題名を見ただけで、それがどういった内容のものであるかは大体想像がつくかと思われるが、そのほとんどがどこの学校にでも一つや二つありそうな、ごくごくスタンダードなお決まりのものだ。

 ただ、「トイレの花子さん」とか、もっとメジャーなものがなかったのは少々意外ではあるものの、まあ、このありふれたラインナップからすると、どうせ誰かがおもしろがって後から語り始めた、ただの作り話に過ぎないのだろう。

「で、上敷くんはどこから見に行きたい?」

 シラけた目で黒板を見つめている俺に、対する乙波は目をキラキラと輝かせて愉しそうに尋ねてくる。

「いや、どこと言われても……別に今書いてある順番通りでいいんじゃない?」

「うーん…ま、それが妥当なところか……じゃ、上敷くんのたっての希望通り、今日から順々に調べてくことにするね」

 いや、俺はただ適当に答えただけであって、別に希望したわけじゃないんだが……というか、もし希望を出していいのなら、調査は取りやめにして家に帰してほしい……。

「よーし! それじゃ、エリ高の怪談調査にしゅっぱーつ!」

「おー……」

 まるでレジスタンスを指揮するリーダーの如く、教壇で意気揚々と拳を突き上げる乙波に続き、俺も気だるい鬨の声とともに腕を天に向かって力なく伸ばす。

 こうして、不毛極まりなくも先週の市内都市伝説週間に引き続き、乙波フィーチャリング俺のトンデモな学校の怪談週間が始まったのだった……。


「――まずはここ。第一音楽室の〝動くベートーベン〟だね」

 先ず初めに俺達が訪れたのは、二つある音楽室の内の一方に飾られている、歴史上著名なクラッシック音楽家達の肖像画の前だった。

「………………」

 俺は乙波とともに後方の壁の前に並んで立ち、そこの天井近く、横一列に並べられた肖像画の一枚を一緒に見上げる……言うまでもなく、その視線の先にあるのはかの有名なドイツ人作曲家ルートヴィツヒ・ヴァン・ベートーベンさんの絵だ。

 他にもモーツァルトやシューベルト、バッハ、ハイドンといった錚々たる面々が居並ぶ中、なぜか彼の絵だけが夜な夜な動き出すのだそうだ……どうせなら全員そろって動き出してくれた方が景気よくていいものを……いや、みんなそれぞれに大物だし、そんな豪華共演になると出演料とかいろいろ大人な事情で大変なのか。チープなバラエティの雛段芸人とは格が違うからな……。

 などと業界通ぶってアホなこと考えていると、しばらく眉根を寄せて彼とにらめっこしていた乙波が、いたく真剣な表情で不意に口を開く。

「とりあえず、特に変ったところはなさそうだね」

 おっしゃる通り、なんら怪しむところなど挟む余地のない、いたって平凡なただのカラー印刷による肖像画のレプリカである。実際に画家の描いた生々しい本物であるならばいざ知らず、こんな安価な工業量産品、超常現象を引き起こす呪物には到底思えない。

 んま、それでもあえて特筆すべき点といえば、本物の絵のように豪勢な金縁の額に収められているということか……きっと絵よりも額の方がお値段張るに違いない。

「それじゃ、壁から下ろしてじっくり調べて見ようか」

「え⁉ …いや、下ろすって……見付かったらマズいよ」

 別段おもしろいことも見付けられなかった乙波は、そんなより行動的な次のアクションに打って出ようとする。

「大丈夫だよ。今日は吹奏楽部も合唱部も新入部員の体力作りに外行っちゃってるから。しばらくは誰も来たりなんかしないって。ってことで上敷くん、わたしじゃ手が届かないからお願いね☆」

「えっ……俺?」

 しかも、自分ではなく俺がやるのか?

 どこまでも澄みきったガーネットのような黒目のその奥でキラキラと星の輝く彼女の円らな瞳が、パチクリと瞬きしながら一心に俺のことを見つめている。

「………ハァ…」

「おねがぁ~い、上敷くぅ~ん❤」的な女の子の上目遣いで懇願され、俺は仕方なく壁際に据え付けられた棚の上によじ登ると、手を伸ばしてベートーベンの肖像画を外しにかかる。

 まあ、用意周到にも前もって乙波が調べておいた情報通り、普段は吹奏楽と合唱部が使っているはずのこの第一ととなりの第二音楽室はひっそりと静まり返っている。これならば、誰かに見咎められるという最悪の事態だけは避けられそうだ。

「でもこれ、額ごと壁に打ちつけてあるみたいで、そう簡単に動きそうもないんだけど……ま、近頃は地震多くなったし、こんな頑丈な額落ちてきたら大変…」

 俺は手をかけた額縁から伝わる硬くしっかりとした感覚から、最初、そのような判断を下したのだったが。

 ……ガタ。

「あれ? 動いた……ってか、ヤバっ! 無理矢理剥がしちゃったよ!」

 ちょっと強く力を込めただけでベートーベンの額が壁から取れてしまったのである。しかも、片側の縁はまだ壁にくっ付いたままだという非常に中途半端な状態で。

「……いや、違う。そうじゃない……こりゃ、一体どうなってんだ?」

 だが、よくよく見てみると、まだ壁にくっ付いていると思われた部分には蝶番(ちょうつがい)があり、それは俺のせいで壁から取れたというよりもまるで扉のように開いたといった感じだ。

「どうしたの?」

「それがこの額、扉みたいになってるんだよ……うん。やっぱり手前に引っ張れば、自由に動くようになってる……」

 小首を傾げてこちらを見上げる乙波に、俺は額を押したり引いたり、ギィギィ音を立てながら動かして答える。

「扉? ……他の額もそうなってるの?」

「いや、どうやらこのベートーベンだけみたいだ」

 乙波に言われるまでもなく、もしやと思い他の額も全部調べてみたが、彼以外は重い額縁でも落ちないよう、しっかりと壁に固定されていて、いくら揺すっても動く気配は微塵もない。

「でも、一体なんでこんな仕掛けが……」

 肖像画に隠されていた謎の開閉機構に驚きと興奮、そして大いなる疑問を抱く俺だったが、再びベートーベンに戻ってその額と壁との隙間を覗き見た瞬間、探偵のように頭を捻って推理するまでもなく、その答えはあっさりと明らかになった。

「ああ、なんだ。そういうことだったのか……」

「今度はどうしたの?」

 得心いったという俺のその言葉に、またも乙波が怪訝な顔をして尋ねる。

「ほら、これだよ。こいつのためにこんな仕掛けがしてあったんだよ」

 そんな乙波に俺はベートーベンの額を全開にまで開くと身体を横に寄せ、その扉の裏に隠されていたものが彼女の位置からでも見えるようにしてやる……そこにあったのはもう一枚の、灰色に塗装された小さな鉄の扉だった。

 その無機質で平べったい表面にはなんの装飾も施されてはおらず、唯一、取っ手の凹みと鍵穴だけを認めることができる。

「鍵がかかってるみたいだね……ま、素行の悪い生徒が悪戯すると困るもんな(特に今、俺の背後でこちらを見上げてるやつみたいのが…)」

 一応、取っ手に指をかけて引っ張ってはみたが、やはり今度は額と違って、そう易々とは開いてくれそうにない……が、中を見るまでもなく、その扉の奥に何が隠されているかは大体の想像がつく。

「何、その扉⁉ ……なんだか、ものすごく怪しいね!」

 そのいろいろと妄想力を掻き立ててくれるまさかの展開に、案の定、息を弾ませ、俄かに色めき立つ乙波であるが、俺は好対照に冷静な口調で、そのなんの味気もない、彼女の臨むものとは大きくかけ離れた正体について明らかにする。

「いや、残念ながら全然怪しくなんてないよ。おそらくは電気系統の配線とか点検するための扉さ。親戚に電気屋がいて見せてもらったことあるけど、安全上、定期的に点検とか補修とかしなきゃいけないから、建物にはそういうのが目立たない場所に何ヶ所かあるんだ。このベートーベンの絵はそいつを隠すためのいわば〝飾り扉〟だったんだよ」

 そう……それこそがこの謎の仕掛けが施された真の理由であり、この絵がここになくてはならない存在意義でもある。

 察するに、ベートーベンをはじめとする音楽家達の肖像画は、生徒達が見て親しむ教材であるのはもちろんのこと、それと同時に必要不可欠ではあるが美観を損なう点検用の扉を、普段、人の目から遠ざけるために飾られたカムフラージュではなかったのだろうか? そして、完全に固定しまっては点検ができないので、ベートーベンだけは開閉可能になっていたと……。

 謎の仕掛けどころか、謎だと思っていたのはこちらの勝手な思い込みであり、実は謎でもなんでもない、いたって合理的で現実的な仕掛けだったのである。

 それに〝動くベートーベン〟という怪談の話は、もしかして「この額だけは他と違って動くようになってるよ」的なオチだったんじゃ……つまりは、そのことを知っている何者かが洒落で作ったネタ話というわけだ。

「ほんとにそうかな? ……わたしはやっぱり怪しさをビンビン感じるんだけどね。実はこの中に十数年前行方不明になったまま見付かっていない生徒の白骨死体が……」

 だが、そう補足説明してやっても乙波はまだまだ納得していない様子で、なんの変哲もない鉄の扉を不審そうに細めた目で睨みつけている。

「白骨死体て……いや、よくありそうな怪談ネタだけどさ。てか、さらっと怖いこと言うな……でも、こいつに限っちゃそんな怖い想像挟む余地もない、ただのくだらないジョークだよ。ま、結構よくできた話だけど……さ、謎も解けたことだし、さっさと次行こう?」

 実にくだらなくはあるが、なかなかうまいこと考えたそのオチに俺は少々感心してしまったりなんかしながらも、乙波の視線を遮ぎるようにベートーベンの飾り扉をもとのように閉じた――。

To Be Continued?

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