Case17 真実はトンデモより奇なり
世に〝トンデモ系〟と称するジャンルが存在する……。
UFOとか、未確認生物とか、超古代文明とか、はたまた秘密結社の陰謀論だとか、とまあ、そういったいわゆる〝とんでもない理論〟を展開するものの見方や、あるいはそれを主張するデンパな人々のことである。一見〝中二病〟に似ていなくもないが、そちらが個人的な内向的妄想に終始するのに対して、彼らは外交的でより客観性を志向し、疑似科学な理論武装をしたりなんかもしているので余計始末に悪い。
だが、その明らかにイってしまっている論理展開もトンデモな人々にとっては揺るぎない真実であり、逆に我々一般人の信じて疑わない世の事象の方がむしろ事実を捻じ曲げた偽りの現実であったりもする。 つまり彼らに言わせてみれば、こちら側にいる人間の方こそ〝常識〟という名の色眼鏡をかけて世界を見ているというわけだ。
もしもあの時、その色眼鏡をかけて彼女を見ていなければ、俺と彼女の関係ももっと別のものになっていたのかもしれない……。
それからどれくらい経っただろうか? 普段は静かなこの林道のどん詰まりにはさらに数台のパトカーが押し寄せ、騒がしく現場の実況見分がなされている。
そうした喧騒の中、俺と乙波は肩に毛布をかけられ、片隅に置かれた丸太の上にちょこんと並んで座っていた。特に寒いというわけでもないのに、こういった時、被害者が毛布をかけられるのは一体なぜなんだろう? まあ、人間温まればホッとして落ち着くということもあるだろうが、これも一つのお約束というか、迷信的な側面というのもあるのではなかろうか?
先程、事情聴取される際に聞いた刑事さんの話によると、堂室さん…いや、堂室芽衣はルームメイトの居住詩亜さんをマンションの部屋で殺害し、その遺体をこの赤毛山中――俺達が逃げ込んだこの林道の奥に遺棄したのだそうだ。そして、自分から居住さんが失踪したと周囲や警察に触れ廻り、自らに疑いの目が向かないよう偽装工作をしていたらしい……つまり、あの失踪騒ぎは彼女のでっち上げだったというわけだ。
さらに、これは今回、新たに得た情報と一連の出来事からの推測であるが――。
「――ええっ! 四月一日⁉」
俺は、古場とかいうメガネに口髭を蓄えた中年刑事のその言葉に思わず驚きの声を上げる。
「ああ、堂室が居住さんを自宅で絞殺したのは四月一日の正午頃だが……何か気になることでもあるのかね?」
「てことは、あの入学式の日の……しかも、正午ってことは……」
「わたしがちょうどマンションの上を飛ぶUFOの編隊を目撃した時だ!」
愕然とした顔で呟く俺の傍らで、乙波もその偶然の一致に気付き、俺とはまた質の違う驚きに興奮を覚えている。
「UFO?」
「あああ! ただの独り言なんで気にしないでください……でも、そうなると乙波があのマンションの方を見上げていた時と、居住さんが殺された時刻が重なっていたかもしれないってことか……いや、待てよ。それじゃ、もしかして、堂室さんは……」
乙波のトンデモ発言に興味を示す古場刑事を慌てて誤魔化すと、俺はその奇妙な偶然の一致に何か引っかかるものを感じ、そして、堂室さんの俺達に対する態度を考え合わせてある可能性に思い至る。
まだ彼女の聴取がすんでいないので不確かではあるが、どうもその言動からして、居住さんを殺害したのは計画的ではなく、突発的に起きた衝動的なものだったようだ……となれば、留守宅でもない白昼のマンション。おそらく窓のカーテンは開いていたことだろう。さらにそう広くはないマンションの一室。その窓に面した部屋で……ひょっとしたら、窓辺で殺害が行われた可能性も否定できない……。
だが、もしそうならば、居住さんを殺してしまった直後、その無防備な状況に気付いて窓から外を確認した彼女が、となりの高校の敷地からこちらを見上げる女生徒――即ち乙波の姿を見かけたなんてことも時間帯からして充分考えられる。
もちろん、乙波はまったく別のトンデモなものに目を奪われていたし、そうでなくても高低差があって、あの位置から本当に犯行を目撃できるかはわからないが、罪悪感に苛まれる彼女ならば、乙波に一部始終を見られたと誤解してもおかしくはない。
俄かには信じられないような話だが、そう考えればいろいろと納得いくところがある。
例えば、乙波がMIBからのものだと主張していた、
〝アノ日、見タコトハスベテ忘レロ。モシ誰カニシャベッタラ、命ハナイモノト思エ〟
という脅しの手紙。あれが堂室さんの出したものならば、UFOやMIBなどトンデモ要素を出すまでもなく、極めて常識的な範囲で説明がつく。
あれは、自分の犯行を目撃者した(と思い込んでいた)乙波に口を噤ぐよう脅迫したものだったに違いない。だが、何も知らずにそれでもしつこくつきまとってくる乙波に業を煮やし、ついに堂室さんは乙波と、さらにおまけの俺までをもこんな山の中に連れて出して、そして口封じを……。
その自覚はおろか、まったくもって考えることすらなかった生命の危機に、俺はぞっと背筋の冷たくなるのを今更ながらに感じた。
「へえ~そうだったんだあ……わたし、UFOに夢中で全然気付かなかったよ」
「……なるほどな。だが、堂室と天音さんに面識はなかったのだろう? それにあのマンションからの距離では顔までは判別できんだろう。となりの高校の女生徒とはわかっても、誰なのかまでは特定できんと思うがな」
俺がその推理を話して聞かせると、自分も殺されそうだったことをちゃんと理解しているのか? 乙波はまるで他人事のように暢気な台詞を笑顔で口にし、古場刑事の方はやはり刑事らしく、もっともなその疑問点を突いてくる。
「ええ、まあ、それだけならそうなんですがね……」
……そう。それで終わっていれば、こんな大変な事態に発展することもなかったであろう……ところが、アホウなことにも乙波はマンションへ突撃してあんなデンパ話をかました挙句、その女生徒が自分であることをわざわざ堂室さんに教えてしまったのだ。それも、ご丁寧なことに自から学年と姓名までをも名乗って……ついでに俺の名前まで……。
ま、俺の方は意図せず無関係さを主張したので、その時点では無視してくれたらしいが、そうして乙波の顔を見知った堂室さんは、おそらく校門の前で張るかなんかして学校帰りの乙波の後をつけ、あの脅迫の手紙を家のポストに投げ込んだのだろう。乙波が誰かにつけられた云々言っていたのは、その堂室さんの尾行だったということだ。
「ええ~あれはMIBからの手紙じゃなかったの~! ……なんだ、がっかり……」
それを聞くと、乙波は何を今更…という感じではあるが、がっくり肩を落として非常に残念がっている。こいつの性格を考えると、まあ当然といえば当然なのであるが、本気でMIBの仕業と信じて疑わなかったらしい……。
「確かに、それならば筋は通るか……だが、そんなまどろっこしいことをしてまで脅しをかけたということは、堂室は当初、君らに危害を加えるつもりはなかったということになる。それなのに、なぜ今日になってこんな強行に及んだ? 君達は何か堂室を刺激することでもしたのかね?」
一方、しばし黙って考え込んでいた古場刑事は、メガネの奥の鋭い目をこちらに向けて、再び俺に疑問を投げかける。
「あ、はい……それが……無意識にも刺激するどころじゃないことを……」
その猛禽のような眼差しに、別に悪いことしたわけでもないのに少々罪悪感を感じながら、俺は言い訳でもするかのように、今朝、図らずも引いてしまった最後のトリガーについても打ち明ける。
そうなのだ。知らぬこととはいえ、そして、まったく別のトンデモな意味でだったのであるが、乙波は大胆にも「居住さんは赤毛山にいます」なんて、核心を突く台詞を堂室さんに向かって吐いてくれたのである。
堂室さんにとって、その言葉は「わたしは居住さんの死体が赤毛山に埋められていることを知っています」という意味に聞こえたに違いない……そうやってトンデモ話をする振りをして(いや、本人はいたって本気なのだが…)、自分はすべてを知っているぞ! とでも言いたげな素振りを見せる乙波の存在は、惚けたキャラでネチネチとつきまとっては犯人を追いつめる、某刑事ドラマの主人公みたいに思えたことだろう。
また、それに加えて堂室さんが自分の車に掃除機をかけているところへ偶然、俺達が出くわし…っていうか、トンデモな別件で張り込んでいた乙波がのこのこ出ていってしまったことも、さらに彼女を追い詰める強烈な一撃となった。
今から考えると、あの時、日曜の朝にも関わらず唐突に車の掃除を始めたのは、この赤毛山へ居住さんの遺体を運ぶのに使ったその車から、彼女の毛髪などの証拠を残らず消し去るための作業だったのだろう。もちろん自分に疑いの目が向けられ、警察に調べられた時の用心である。そんな決定的証拠隠滅の現場を、またしても乙波(+今回は俺も)は何気なく目撃してしまったというわけだ。
そういえば、彼女の車の中はかなり消臭剤の臭いがキツかったが、あれも死臭が染みついていないか心配でそのようにしていたものと思われる……だが、そういった彼女の懸命な努力を他所に、そんなつもりはなくとも名探偵のように自分を追い詰めて行く乙波…と、ついでに一緒にいる俺に対し、最早、口を塞ぐしかないとついに堂室さんも最後の判断を下したのだ。
折しもその場には自分の車がある……それに、探偵気取りの乙波は誘えばどこへでもついて来そうだ(実際には探偵というより〝Xファイル〟を追うFBI捜査官気どりであるが)……そこで、人気のない赤毛山のこの場所へ俺達を連れ出し、居住さんと同じように殺害して埋める計画を咄嗟に思い付いたのであろう。
そんなこととは露知らず、おめでたくも彼女の誘いに乗って死のドライブへと出発した挙句に、逆に俺達を助けようとしてくれていた警察の覆面パトカーを必死に撒こうとしていたとは……なんとも知らないというのは恐ろしいものだ。
乙波なんかその道すがら、さらに堂室さんの精神を逆撫でするかのようにデンパな質問を延々と浴びせていたからな。きっと、全部知ってるくせしてそんな惚けた振りをする、なんと嫌なやつだと思われていたに違いない。それでいっそう彼女の殺意が固まったのかも……まったく持って、どこまでもおめでたいトンデモ娘だ。
……ま、かくいう俺だって、自分の命を狙っている人間をお人好しにも哀れんでいたんだから乙波のことは言えないか……ともかくも、辛うじて殺されずにすんだんだし、事件も無事解決したのだからこれで良しとしよう。終わりよければすべて良しっていうやつだ。
「なるほど。それでこんな迷彩服を着込んでいたわけか……ちょっと都市部での張り込みには向かんと思うがな」
俺がすべてを説明し終わると、古場刑事は乙波の方を一瞥し、そのあえてスルーしていた疑問についてようやく納得する。
「はい。俺もそう思います……」
「ええっ? そうかな? 身を隠すにはやっぱこれだと思ったんだけど」
古場刑事のその言葉に、心底同意する俺も苦笑いを浮かべて頷き、逆に乙波の方は首を傾げて不満を呈している。
「ま、それはそうと、これに懲りてこれからはもう、こんな事件に首を突っ込むような危険な真似はしないことだな。じゃ、大体の話は聞いたし、とりあえず今日のところは帰ってもらって構わない。誰かにパトカーで家まで送らせよう。また後日、警察署の方へ来てもらわないといけないがね」
乙波としては事件へ首を突っ込んでいるつもりは毛頭なかったのであるが、そんな俺達に古場刑事はそう忠告すると、長かった拘束からやっとのことで解放してくれる。確か九時頃ここへ来たはずなのに、もう昼もとっくに回っている時刻である。
「あ、そうだ。今回はほんとにどうもありがとうございました。おかげで命拾いしましたよ。ちゃんと乙波…彼女の身辺警護をしてくれてたんですね」
別れ際、そういえば、まだお礼を言っていなかったことに気付いた俺は、畏まって威儀を正すと、改めて古場刑事に頭を下げる。
今、こうして俺達が無事でいられるのも、普通ならホラか冗談かと取りあってはくれないような俺の話を真摯に受け止め、乙波のことを見張っていてくれた警察の皆さんのおかげである。まさに命の恩人だ。
「ん? 身辺警護?」
だが、俺の感謝を込めたその言葉に、古場刑事はなぜだか眉間に皺を寄せて、訝しげに太い首を傾げる。
「俺の頼みを聞いて、この子のことを見張っててくれたんですよね? それで、犯人が俺達を連れ出したの見て、追いかけて来てくれたんですね」
「え? そうだったの?」
どうもうまく伝わらなかったらしいので、俺が改めてそう丁寧に言い直すと、今度はとなりで乙波が驚きの声を上げる。
「ああ、ごめん。言ってなかったっけ?」
そういえば、別に隠すつもりもなかったが、当の本人にはそのことを知らせていなかったことを今更ながらに思い出した。
「君からの頼み? ……いや、我々は以前から堂室を疑っていて、それで今朝も彼女のマンションを張っていたんだが、そうしたら君らを車に乗せてどこかへ出かけるじゃないか? そこで後をつけてみると、急にスピードを上げて山中へ逃げ込もうとする。いや、これはいかんと思い、慌てて追いかけて逮捕に踏み切ったという次第だが……なんだね、その頼みというのは?」
ところが、俺が乙波の方へ気を取られていると古場刑事はさらに怪訝な表情を浮かべ、そんな奇妙なことを口にし始める。いや、奇妙なことを言っているのは、むしろ俺の方だとでもいいたげな様子だ。
「えっ? あの刑事さん達から俺の話を聞いてたんじゃないんですか?」
「あの刑事達?」
「はい。ほら、黒いスーツに黒いハットかぶった、まるでメン・イン・ブラックみたいな二人組ですよ。サングラスなんかもかけてて、背の高い痩せた人と、もう一人は背の低いちょっとメタボの……」
今度は俺の方が眉根をひそめて、彼にあの二人の背格好を身振り手振り説明してみせる。
「いや、うちの県警にそんなやつはいないぞ? ……所轄にもそういった人間はいなかったと思うんだが……」
「え……?」
腕を組み、不思議そうに考え込む古場刑事の姿に、俺は表情を強張らせると、背中になんだか冷たいものを感じた……。
To Be Continued?




