Case14 M.I.B
世に〝トンデモ系〟と称するジャンルが存在する……。
UFOとか、未確認生物とか、超古代文明とか、はたまた秘密結社の陰謀論だとか、とまあ、そういったいわゆる〝とんでもない理論〟を展開するものの見方や、あるいはそれを主張するデンパな人々のことである。一見〝中二病〟に似ていなくもないが、そちらが個人的な内向的妄想に終始するのに対して、彼らは外交的でより客観性を志向し、疑似科学な理論武装をしたりなんかもしているので余計始末に悪い。
だが、その明らかにイってしまっている論理展開もトンデモな人々にとっては揺るぎない真実であり、逆に我々一般人の信じて疑わない世の事象の方がむしろ事実を捻じ曲げた偽りの現実であったりもする。 つまり彼らに言わせてみれば、こちら側にいる人間の方こそ〝常識〟という名の色眼鏡をかけて世界を見ているというわけだ。
もしもあの時、その色眼鏡をかけて彼女を見ていなければ、俺と彼女の関係ももっと別のものになっていたのかもしれない……。
そして、その日の放課後……。
俺は約束通り乙波につきあい、彼女と一緒にとなりのマンションの堂室さんの部屋を見張っていた。
乙波いわく、
「もしかしたら、残された堂室さんもアブダクションされるかもしれないよ!」
とのことである。で、再びUFOが現れるかもしれないのだそうだ。
ただ、ずっとマンションの前に突っ立っていては、こちらが失踪事件に関わる不審人物として警察にしょっ引かれかねないので、俺の懸命の訴えにより、目立たぬよう高校の敷地内からこっそり見張ることとなった。そこで思い付いたが、あの入学式の日に俺が乙波と出会い、彼女がUFOを見上げていたあの桜の木の植わる場所である。
淡いピンクの花はすでに散り、もうすっかり青々とした若葉の茂る頃となっているが、マンションを監視するにはもってこいの位置取りだ。ベランダ側がこちらに面しているため、カーテンなど閉まっていなければ、部屋の中の様子まで覗けてしまいそうである。
とはいえ、堂室さんは留守らしく、カーテンはずっと閉まっていたし、無論、UFOがその上空に飛来するようなイベントも発生することはなく、俺達の張り込みは予想通り不毛なまま、無駄に時間だけが過ぎ去っていったのは言うまでもない。
でもって、かれこれ二時間後。もう少し粘れば堂室さんも帰って来たかも知れないが、あの脅しの手紙のこともあったし、俺はぐずる乙波をなんとか説得して日暮れ前には監視を切り上げ、念のため、彼女を家まで送って行くことにしたのだった。
ま、結果的にはMIBに拉致されそうになるのは勿論のこと、特に危険な目に遭うようなこともまるでなかったのであるが……
「――はっ!」
「もしかして……また?」
「うん。今、見られてるような気がしたんだけど……」
…ってな具合に、帰る道すがら時々振り返っては、物影や人込みの中につけてくる不審な人物がいないか確認して歩くこととなった。それも、乙波ばかりではない。
「……⁉」
「どうしたの? 上敷くんも視線感じた?」
「い、いや……なんでもない……」
彼女の話を聞いていたせいか、俺まで誰かにつけられているような気がして、思わず何度も後を振り返ってしまう。数メートルごとに二人してそんなことをしているのだから、むしろこっちの方が完全に不審人物だ。
……でも、ま、きっと気のせいだろう。人間、そういう思い込みというものは結構あるものだ。俺達のあまりな挙動不審ぶりに道行く人々が痛い視線を送ってきていたので、あるいはそれが原因だったのかもしれない。
ともかくも、そうして無事、高校からさほど遠くない新興住宅地にある彼女の家まで乙波を送り届けた時のこと。MIBや脅しの手紙のことなど最早、忘却の彼方へ押しやってしまうような、エロゲならば大きな分岐点となるであろう重要フラグがついに俺の人生の上にも立つ。
「今日は送ってくれてありがとう。よかったらちょっと寄ってかない? お茶くらい入れるよ?」
などと予想外にも……いや、ちょっと淡い期待を抱いていたりはしたのだが、そう、乙波が俺を家へ寄るよう誘ってくれたのである。
「え? ……あ、うん……それじゃ、お言葉に甘えて……」
その全男子憧れの言葉に、俺は心拍数を急上昇させながらも平静を装いつつ素直に頷く。初めて訪れるカノジョの家……そのシチュエーションに否が応でも緊張してしまう。
「ここがわたしの部屋だよ」
緊張しながら玄関の敷居を跨ぎ、建ててからまだ新しい感じのするその家に上がり込むと、乙波は家人に声をかけることもなく階段を上り、直接二階にある自分の部屋へと俺を案内する。
「さ、遠慮せずに入って入って」
「お、おじゃまします……」
俺は心臓が飛び出るくらい鼓動の音を大きくしつつ、彼女の開けてくれたドアを潜り、その禁断の園へと足を踏み入れる……これが、まだ見ぬ前人未踏の未知なるフロンティア――〝女の子の部屋〟というものなのか⁉
俺は入口に呆然と立ち尽くしたまま、室内をぐるっと見回してみる……ピンク系の色調に統一されていたり、やたらカワイイ小物が多かったりというようなことはなく、特に女の子女の子しているわけでもなかったが、どこか清潔感のある、やはり女子って感じの部屋だ。
ただ、壁一面を覆う大きな本棚の中には失われた大陸の名を冠する某超常現象系雑誌やその別冊トンデモ本、FBIの特別捜査官がとあるファイルに収められた未解決事件の謎を追う某米国テレビドラマのDVDなどがぎっしりと並べら、壁にもアイドルのポスターならぬ古き良き時代のUFOや〝捕まった宇宙人〟、ネッシーや雪男の足跡なんかの白黒写真がお洒落な感じで方々に貼られている。
また、どこで売ってる物なのか? リトルグレイやタコ型火星人のぬいぐるみなんかもベッドの枕元にあったりなんかしたり……そうしたトンデモグッズで埋め尽くされているところがなんとも乙波の部屋らしい。
「じゃ、そこら辺に座って待っててよ。今、お茶煎れて来るから。今日はお母さんも出かけてるし、あんまりおもてなしできないけどね」
……え?
少々ワンダーランドな彼女の部屋の様子に目を奪われていると、彼女はそんな気になることを言い残して、さっさと一階へ下りて行ってしまう。
〝今日はお母さんも出かけてるし…〟
と今、確かにそう言っていたな……お父さんは当然、仕事に行っててまだ帰って来てないだろうし、兄弟姉妹、祖父母と同居してるかどうかはわからないが、家の中はやけにしんと静まり返っていて、他に家族がいるようにも感じられない……それに極度の緊張のあまり思わずスルーしてしまったが、よくよく思い返してみれば、先程、家に入る際に彼女が玄関の鍵を開けて、薄暗い家の中の電気も自分で点けていたような……。
ってことは、今、この家の中には俺と彼女の二人きりなのか⁉
その衝撃的事実を今更ながらに認識し、俺の興奮と緊張は一気にピークへと達する。
心拍数の上昇に合わせて自然と鼻息も荒くなるにつれ、室内に漂う女の子の部屋特有の芳香が鼻孔をいっぱいに満たし、さらに俺の昂った心を春の嵐の如く乱れに乱れさせる。
……初めて訪れる女の子の部屋というだけで興奮ものなのに、そんな、もうそろそろ日も暮れようとしているこの時刻、一つ屋根の下にうら若き男女が二人きり……最初は普段通り楽しくおしゃべりなんかしていたのに、ふとした拍子に会話が止まり、部屋には気拙い沈黙が訪れる……その沈黙の中、何かを予感しながら見つめ合う二人……自然と二人の唇は近付き、彼女は目を静かに瞑って……って、うわああっ! 落ち付け! 落ち付け俺っ! まだ気が早過ぎるぞ!
「いかん。もっと他のことを考えよう……」
これ以上、妄想と色欲で頭の中が満たされぬよう、俺は頭をフルフルと振って気持ちを切り変えると、再び部屋の中の様子をつぶさに観察してみることにする。
トンデモ系物品の他に、調度類としては勉強机にベッド、卓袱台、タンス、それに壁に埋め込まれたクローゼットなんかがある。きっとあのクローゼットの中に、デート…というか都市伝説調査で着て来たコスチュームや装備品などがしまわれているのだろう。そして、あのタンスの方には靴下やTシャツ、それに下着なんかが……下着なんかが……。
……あ、あのタンスの中には、お、乙波のし、下着類が……い、今、俺の目と鼻の先に……ハァ…ハァ…ちょっと手を伸ばして引き出しを引けば…ハァ…ハァ…す、すぐにでも見えるほどの距離に……。
「お待たせ~♪ …あ、まだ座ってなかったの?」
「はうっ…!」
またしても俺が煩悩に取り憑かれてしまっていると、お茶とお茶菓子をお盆に載せた乙波が戻って来て、背後から無邪気にそう声をかけてくる。その声に、俺は心臓が止まるくらいドキリとさせられ、思わずスットンキョウな奇声を上げてしまった。
「……ん? どうかしたの?」
「い、いや、全然……まだ何も問題となるようなことには到ってないから大丈夫だ……」
俺はプルプルと高速で首を横に振ると、慌てて意味不明な言い訳を口走る。
「そう? ……ま、とにかく座ってよ。お茶受けのお菓子はどら焼きでいい? どら焼きって、形がなんかUFOみたいでしょ? だから、わたし結構好きなんだあ」
乙波は怪訝そうな顔で俺のことを見つめていたが、幸いそれ以上、厳しく追求されるようなこともなく、すぐに円盤型のおいしそうなお茶菓子へと興味の対象を変える。図らずもムラムラと沸き上がってしまった健全な男子が故の変態的劣情だけは、どうにか寸でのところで隠し遂せたみたいである。
「で、ついでに今日家に寄ってもらったのはね、あんまり超常現象に詳しくない上敷くんに基本的な知識を付けておいてもらおうと思ったんだ。お茶飲みながら、ここにある本使っていろいろ教えてあげるね」
「は、はい。真面目に勉強させていただきます……」
お茶とUFD(※D=どら焼き)を卓上に並べながらそう告げる乙波に、俺は邪な欲望に満ちた心を入れ替え、行儀のよい生徒として彼女のトンデモ講義に耳を傾けることにした――。
その後、期待していたようなイケない展開になるようなことも一切なく、小一時間ほど彼女のデンパを浴び続けてから、俺は極めて品行方正な紳士的に彼女の家を後にすることとなった。
そして、別れ際、
「じゃ、また明日ね。明日は学校休みだし、朝からマンション監視するよ?」
「あ、朝から? ……ハァ…了解。それじゃ、また明日……」
という残念な業務連絡までおまけに受けて、俺も自分の家に帰宅した後のことである。
――ピーンポーン!
夕食前の穏やかな一時、居間のソファに身を沈めてテレビを眺めていると、不意に玄関でチャイムの音が鳴った。
「まさとし~! 今、手が放せないからちょっと出てくれる~!」
「ええ~? なんで俺が~? こっちだって今、世界を影で動かしている力についての重大な真実が明らかになろうと…」
キッチンから母親の呼ぶ声が聞こえて来るが、番組の内容がちょっと気になったので俺は動くのを渋る。
乙波の放つ毒電波が引き寄せるのだろうか? ちょうどその時、テレビでは都市伝説のスペシャル番組をやっており、世界を牛耳る某秘密結社の陰謀論について、自称都市伝説通の芸能人がまことしやかに語っていたのだ。
なんでも、その結社は智恵のシンボルである〝フクロウ〟を自分達の紋章にしているのだとか……あれ? フクロウって、最近どっかで見たような……
「まさとし~!」
「ああ、はいはい! 今出るよー!」
だが、母親の大声にやかましく急き立てられ、仕方なく俺は重たい腰を上げると、渋々玄関へと向かった。
ピーンポーン!
「ああもう…んな何度も鳴らさなくたって、今出るって……」
そして、再び鳴り響くチャイムにドアの鍵を外し、独り文句を口にしながらノブを回して扉を開ける。
「はいはい。どちらさま…⁉」
しかし、開いたドアの隙間から覗く二人の人物を目にした瞬間、その目は図らずも大きく見開かれることとなる。
「あ、あんた達は……」
黒のコートに黒のスーツ、黒のソフト帽に黒のサングラス……玄関の前に立っていたのは、なんと、驚くべきことにも〝黒尽くめの男達〟だったのである。しかも、あの映画で見た彼らを彷彿とさせるような、まさに全身黒尽くめのメン・イン・ブラックだ。
歳は四〇代くらいだろうか? 二人の内一人は背が高い痩せ形で、もう一人は逆に背が低く太目の男である。なんともデコボコな組み合わせではあるが、なんとなくいいコンビのように思えなくもない。
「上敷正論君ですね? 私達は…」
半開きにしたドアもそのままに呆然と彼らを見つめていると、長身の男の方がそう言って口を開く。
「…あ、ああ、警察の方ですね?」
その見た目に一瞬ギョッとしてしまう俺だったが、男の声に冷静さを取り戻し、相手が名乗る前にこちらからそう尋ね返す。知らねば本当にMIBが訪ねて来たものと思ってしまったかもしれないが、俺は彼らの正体をすでに知っているのだ。
「ええ。まあ、そんなところです。それで、ちょっとお尋ねしたいのですが、君は四月一日の入学式の日に、高校の近くで何かおかしなものを見たりはしませんでしたか? どんな些細なことでも結構です」
俺の言葉に頷くと、続けて長身の男はさっそく本題をぶつけてくる。
やはり俺の思った通りだ……きっと居住詩亜さんの失踪事件のことで、刑事達がうちの高校に通う生徒達のところを一軒々〃聞き込みに廻っているのだろう。仕事とはいえ、なんともご苦労なことである。
にしても、ただの行方不明というだけで、そうまで丹念な捜査をするってことはあまりないように思う……ってことは、居住さんの失踪に犯罪絡みの可能性が出て来たってことか? もしかして、殺人とか?
「何か、気になることでも?」
そんな邪推をしてしまい、思わず返事を遅らせていると、その不自然に長い間を不審に思ったのか、今度は太った方が野太い声で訊いてくる。
「あ、いえ。俺は別に何も……」
俺は慌てて首を横に振ってみせるが、答えてからふと、不意に乙波のことを思い出した。といっても、彼女がUFOの編隊を見たというどうでもいい話の方ではない。そっちではなく、あの彼女に届いたという脅しの手紙の方である。
「そうですか……なら、いいんですがね……」
俺を値踏みするかのように僅かな沈黙を置いた後、嘘は吐いていないと判断したのか、長身の男がそう呟く。
「それでは、我々はこれで」
「あ、あの……」
そのまま背を向け、今にも立ち去ろうとする彼らを俺は恐る恐る呼び止めた。
「……何か?」
「あ、いえ。同級生の女の子の話なんですけどね。彼女がちょっと変なものを見たなんて言ってまして……」
「変なもの?」
俺のその言葉に、二人は無表情のまま、微かに小首を傾げて聞き返す。なるべくならその部分には触れずに話を進めたいところなのであるが、残念ながら前段階の説明として、やはりそこを避けては通れない。
「ああ、いえ、見たっていっても、あのマンションの上を飛ぶUFOの大群を見たなんていうトンデモ話なんで、まあ、それはどうでもいいんですけどね。ただ、ちょっと気になる手紙が届いたらしいんですよ」
「気になる手紙?」
黒尽くめ達は相変わらずの無表情で、今度は反対側へまた少しだけ首を傾げる。その極力動きを見せない様はまるでロボットか、はたまたパントマイムをする大道芸人のようだ。
「はい。彼女、そのUFO見たことで失踪事件も宇宙人の存在だなんて、これまたトンデモなこと考えてて、挙句の果てには都市伝説の…その、黒尽くめの男達につけられてるなんて妄想まで抱いているんですけどね。でも、そうしたら本当に脅しの手紙が届いたそうなんです。〝あの日見たことを誰かにしゃべったら、命はないものと思え…〟的な」
その妄想の原因となった張本人――〝黒尽くめの男達(ぢつは刑事)〟に話していることを思うと、なんだかちょっと不思議な感覚を覚えてしまう。ま、彼らはそのことに気付くはずもないので、そう感じるのは俺だけなんだろうけど……。
「ほう……MIBからの脅しの手紙ですか……」
「ええ。まあ、ただの悪戯の可能性が高いですし、そんな都市伝説の中だけの存在が脅しをかけてくるなんてことはまずないでしょうが、それでもちょっと気味が悪くて……失踪事件のこともありますし、彼女の身辺にも気をかけてもらえたら……」
さすが〝ロズウェル事件〟のUFO番組などで何度も取り上げられてきた有名な都市伝説。どうやら向こうもMIBのことを知っているらしく、それならば話が早い。俺はそんな刑事達に彼女の警護をそれとなく依頼した。俺がわざわざ彼らを呼び止め、痛い目で見られるのを覚悟してまで乙波のトンデモ話を披露したのは、まさにそのことが目的だったのである。
「……わかりました。こちらでも注意してみます」
「どうも、お忙しいところ失礼しました。それではこれで」
また僅かの沈黙の後、二人の黒尽くめは無愛想にそう告げると、やはり捜査が忙しいのか、くるりと背を向けてさっさと立ち去って行ってしまう。
「あ、ありがとうございます! よろしくおねがいします!」
そんな彼らの黒い背中に俺はペコリと頭を下げるが、もう二人は振り返って会釈することも、去り行くその足を止めるようなこともない。
来た時から思っていたが、やはり刑事という職業柄からか、まったくもって愛想のない連中だ。ま、あのサングラスのせいで顔の表情が読めないというのもあるのだろうが……にしても、こんな夜にまでサングラスなんて、あいつら刑事ドラマの見過ぎか?
「ふぅ…ま、何はともあれこれで一安心だな」
彼らの態度やミーハーな格好はともかくとして、これで一応、乙波のことは警察も気にかけてくれるだろう。あの手紙が単なる悪い悪戯で、このぼんやりとした不安もただの取り越し苦労なのかもしれないが、それでも用心に超したことはない。
「まさとし~? どうしたの~? どちらさま~?」
そんな時、背後のキッチンの方から俺の名を呼ぶ母親の声が聞こえてくる。
「ああ、なんでもな~い! もう帰ったよ~。それよりも夕飯まだ~?」
その声に、俺は彼らの溶け込んでいった夕暮れの闇を一瞥すると、周囲を満たす入浴剤と焼き魚の匂いのする空気に空腹感を抱きながら、橙色の電球に照らされる玄関のドアをいそいそと閉めた……。
To Be Continued?




