Case12 ルームメイトの失踪
世に〝トンデモ系〟と称するジャンルが存在する……。
UFOとか、未確認生物とか、超古代文明とか、はたまた秘密結社の陰謀論だとか、とまあ、そういったいわゆる〝とんでもない理論〟を展開するものの見方や、あるいはそれを主張するデンパな人々のことである。一見〝中二病〟に似ていなくもないが、そちらが個人的な内向的妄想に終始するのに対して、彼らは外交的でより客観性を志向し、疑似科学な理論武装をしたりなんかもしているので余計始末に悪い。
だが、その明らかにイってしまっている論理展開もトンデモな人々にとっては揺るぎない真実であり、逆に我々一般人の信じて疑わない世の事象の方がむしろ事実を捻じ曲げた偽りの現実であったりもする。 つまり彼らに言わせてみれば、こちら側にいる人間の方こそ〝常識〟という名の色眼鏡をかけて世界を見ているというわけだ。
もしもあの時、その色眼鏡をかけて彼女を見ていなければ、俺と彼女の関係ももっと別のものになっていたのかもしれない……。
「――五〇三……五〇三……ああ、ここだね」
そして放課後……なんら行く手を阻む障害に悩まされることもなく、俺は乙波とともにやすやす失踪事件の起きた部屋の前まで到達してしまっていた。
必死に目で訴え、乞い願ったにも関わらず、俺がさらなる厄介事に巻き込まれると予想した有尾は嬉々として快く乙波への全面協力を申し出たのだ。その部屋の番号はもちろん、知り得る情報すべてを乙波に伝え、さらにありがた迷惑なことには玄関のオートロックまで一緒について来て解除してくれやがったのである。
しかも、解除するだけ解除しといて――
「じゃ、あたしは部活あるからこれで。そんな野次馬みたいなことしたら、ご近所的にも問題あるしね」
――と言って、さっさと学校に戻ってしまった。いや、ご近所でなくても、そんな警察でもないのに事件の話聞きに行くのは問題大ありだろ⁉
そう。そうなのだ。加えて俺的に不運だったのは、行方不明になった女子大生が独り暮らしではなくルームシェアをしていたことだ……これでは残ったもう一人に話を聞けてしまうではないか!
ピンポーン♪
「堂室さ~ん! いらっしゃいますか~?」
などと、俺が度重なる乙波の幸運――裏を返せば自身の不運を嘆いている傍から、彼女は躊躇いもなく呼び鈴を鳴らして、そのもう一人の住人の名を大声で叫んでいる。
これも有尾が警察やご近所の噂話で知り、その有尾から俺達が教えてもらった情報なのであるが、住人の名は堂室芽衣というらしい。いなくなったルームメイト・居住詩亜と同じ大学に通う女子大生なのだそうだ。今年で三年になるとか言っていたか……。
「堂室さ~ん! ……あれ、留守かな?」
「ほら、だから言ったろ? こんな時間じゃまだ大学から帰って来てないって。それに、もし帰って来てたとしても、たぶんバイトか遊びに出かけちゃってるよ」
「ええ~。でも、午後からは講義がない日かもしれないよ? それか、ルームメイトの失踪がショックでずっと家で伏せってるとかさ」
「いや、伏せってるって……そんなショック受けてる人から話聞こうとすること自体、間違ってると思うんだけど……」
なかなか開かないドアに俺達がそんな言い合いをしていたその時。
ガチャ…。
俺的には留守でいてくれることを切に願っていたのであるが、どうやらどこまでも幸運の女神は乙波に味方するらしい。
「はい。どちら様ですか……?」
ドアノブの回る音がしたかと思うと扉がゆっくりと半分ほど開き、件の堂室さんと思しき女の人が出て来たのである。
茶のショートヘアに白いブラウスとジーンズといった、どこにでもいる女子大生って感じの人だ。加えていうならば、けっこうカワイイ……だが、やはりルームメイトのことが心配なのだろう、その声や表情からは暗く沈んだ印象を受ける。
「あなた達は……となりの……」
「はい。となりの衿野五十一高校の者です。それで、ちょっとお訊きしたいんですけど、ルームメイトの居住詩亜さんがいなくなった日にUFOとか見ませんでしたか?」
ええっ! い、いきなりぃぃ~⁉
だが、こちらの制服姿を見て訝しがる彼女に乙波は相手の心情などお構いなく、直接過ぎるにもほどがある質問をいきなり投げつけてくれる。しかも、その質問をしに来た理由を途中省き過ぎだ。なぜうちの高校の生徒だと、そんなふざけた質問しに来る理由になる? それじゃ、まるでうちの生徒全員がトンデモみたいじゃないか!
「UFO……?」
「はい。他にも何か変ったこととかは? 例えば、その日の記憶が何時間にも渡って飛んでるとか? 最近、テレビやラジオの受信状況が悪いとか? ああ、それから居住さんは以前、宇宙人に会ったことがあるとか、UFOに乗ったことがあるとか、身体に記憶のない手術痕があるんだとか、そんなようなことは言ってませんでしたか?」
突然の予期せぬ来訪者に堂室さんは目をパチクリさせているが、さらに乙波はトンデモ全開な質問を矢継ぎ早に連発する。
「い、いえ、そんなことは……あの、なんでそんなことを……」
わけがわからぬという顔をしながらも、いや、それ故にまともな思考力を奪われてしまったのか、こんなデンパ娘にも律儀に答えてくれる堂室さん。
「それは居住さんがいなくなったという四月一日のお昼頃、偶然、このマンションの上をUFOの編隊が飛んでいるのを目撃したからです!」
だが、怪訝な顔で訊き返す堂室さんに、乙波はなぜか誇らしげに胸を張って、悪い冗談としか思えないその理由を声高々に言い放つのだった。
「………………」
その悪い冗談を聞くと、堂室さんは眉間に深い皺を刻む。無理もない。ルームメイトが失踪して心配しているところへ持って来て、こんなデンパ極まりない話をされたのでは気分を害しても当然というものだ。
「あなた達、一体なんなんですか?」
これも当然のことながら、そんな警察でもないのに根掘り葉掘り事件のことを、しかも、ふざけてるようにしか聞こえない戯言を並べ立てて尋ねる乙波と俺の顔を交互に見比べ、険しい表情の堂室さんは不愉快そうな声でそう俺達を問い質す。いや、俺はただ付き合わされているだけなので、願わくば、ここにいないものと思って無視していただきたい。
「ああ、そういえば、自己紹介がまだでしたね。一年A組の天音乙波とB組の上敷正論です!」
なぬっ…⁉
だが、俺の願いとは正反対に、大バカ野郎にも問われた乙波は自分ばかりか俺のクラスと姓名までをも正直に答えてくれる。今のはそういうことを訊かれたんでもないし、そんなもの教えたら名指しで学校に通報されるだろうが! しかも、道連れに俺まで……。
この前、会議を盗み聞きした市経団連からは今のところ何も言ってきてはいないようだが……嗚呼、これでまた職員室への呼び出し放送に怯え、常にビクビクしながら暮らさねばならない日々が訪れるのか……あ、そういや、昨日の校長室の一件もあったな……。
「……てんね、おとは……さん? それと……」
ほら言わんこっちゃない。もう名前憶えられちゃってるし……。
「あ、あの、俺はただ付いて来ただけでして、別に何も見て…」
「はい! 居住さんを連れ去ったUFOを目撃した者です!」
しかし、そうした心配は毛ほどもすることなく、慌てて弁明する俺の傍らで乙波はもう一度、UFOを見たことを無駄に主張してみせている。
「あっ! ルームメイトといえば、もしかして犬とか飼ってませんか? それで、その居住さんのいなくなった日の夜、ベッドの下にいた犬に手を舐められたりしませんでした? さらに翌朝〝電気を点けずによかったな〟的な落書きが壁にしてあったりとか?」
その上、今度は何を思い付いたのか、さらに奇妙奇天烈なわけのわからぬ質問をいくつも付け加えるではないか。
「な、何を言ってるの⁉ わたしは何も見てないし、わたしは何も知らない! あの日、詩亜はどこかへ出かけたきり帰ってこなくなったの! ほんとに……なんでこんなことになっちゃったのか……わたしにもわからないのよ!」
そのあまりにもあまりな妄言に、それまでは穏やかだった堂室さんもついに形相を歪めて声を荒くする。そりゃあそうだろう。こんなふざけたことずっとぬかされていたのでは、いくら温厚な人格者でも、いい加減、堪忍袋の緒が切れるというものだ。
「警察でもないのになんなのあなた達? ……帰って! もう帰ってよ!」
「あ、は、はい! 帰ります! 今すぐ帰りますんで!」
警察ではないが、逆に警察を呼ばれて、むしろ尋問を受ける方にされかねないその剣幕に、俺も再び口を挟むとなんとか彼女を宥めようとする。
「え? わたしはまだ訊きたいことが…」
「いいから。ほら、帰るよ! それじゃ、どうもお邪魔しましたぁ~!」
「え? あ、ちょっと何すんの? ねえ、なんで引っ張る…ああっ…」
そして、こんなマズイ状況であるにも関わらず、空気読まな過ぎにもまだ話を続けようとする困ったちゃんの腕を強引に引っ張ると、俺達は堂室さんの部屋の前を逃げるように後にした。
なんか、最近こんな退散の仕方ばかりしてるような気もするが、俺達が帰る素振りを見せるのと同時に彼女の部屋のドアもバタン! と大きな音を立ててすぐに閉まり、この五階のフロアは再び静寂に包まれる。芭蕉の「岩にしみいる蝉の声」的にその静けさを強調して聞こえるのは、なおもジタバタと抵抗を続けながら乙波の漏らしている不満の声だけだ。
「もう! 上敷くん、なんで邪魔するの? まだ質問の答え聞いてないのにぃ!」
エレベーターの所まで来るとようやくおとなしくなる乙波だが、腕を放してやった彼女は口を尖らせて俺に文句を垂れる。
「仕方ないだろ? あれじゃろくに話もできないって…ってか、さすがにちょっと失礼だったんじゃない? ルームメイトがいなくなって心配してるって時にあんなぶしつけな質問。怒るのだって当然だよ」
「ううん! あんなにむきになるなんて、やっぱりなんか変だよ! きっと、あの人も宇宙人に何かされたんだ……頭の中いじられて、記憶や感情を操作されたりとか……」
文句のあるのはこっちの方だと、まるで悪びれる様子も見せない乙波に俺は苦言を呈するが、彼女は反省するどころか、さらなるトンデモ理論を繰り広げて自分を正当化しようとしている。頭いじられてるとしたら、むしろお前の方だろ?
「ハァ……ああ、そういえば、あれは一体なんだったの? あの、犬を飼ってるかだの、なんとかいう落書きはなかったかだのってのは?」
最早、怒りを通り越して諦めの域に達してしまった俺は、言っても無駄とばかりに話題を変えると、先程、何を言ってるのかさっぱりわからなかったその質問の意図について代りに訊いてみることにする。
「ああ、あれね。あれは〝ルームメイトの死〟の話だよ。都市伝説の」
「ルームメイトの死?」
なんだ? その、今回の失踪事件と微妙にかぶってる不吉なタイトルは……。
「そう。ルームメイトと二人で暮らしてた女性がある夜遅くに帰宅して、相方を起さないよう電気を点けずにそのまま寝ちゃうんだけどね。その翌朝、起きてみると、そこにはルームメイトが血まみれの姿で殺されてて、血文字で〝電気を点けなくてよかったな〟ってメッセージが壁とかに残されているんだよ。つまりね、もし明かりを点けていたら、犯人と鉢合わせして、彼女も殺されちゃってたってわけ」
ああ、なんか、そんな話どっかで聞いたような……でも、犬はどこで出てくるんだ?
その素朴な疑問についても、乙波は続けて答えてくれる。
「で、この都市伝説のさらに古い形の話に〝ベッドの下の男〟ってのがあって、こっちでは犬と一緒に住んでるんだけど、夜中に不審な物音がしたんでベッドの下にいる愛犬の方へ手をやると、その手を犬がペロペロと舐めるの。それで安心してその夜はぐっすり眠るんだけど、朝起きてみると犬は殺されてて、やっぱり血文字でさっきと同じメッセージが残されてるっていうわけだよ」
……なんとも、背筋がぞっとするような話である……が、それはあくまで都市伝説での話だろ? そんなものをなぜあの場で……。
「わたしはもちろん宇宙人の関与を有力と考えてるんだけどね。ルームメイトの行方不明事件ってことは、もしかしたら、その有名な都市伝説と同じようなケースってこともあるんじゃないかなって、ふと思って訊いてみたんだよ」
んなわけないだろ……ルームメイトってだけでそんなこじ付けをしていたのか? まったく、相変わらずの予測不能なトンデモ思考パターンだ……それに、それではまるで行方不明になった居住詩亜さんがすでに死んでるような口振りではないか!
そのありえないこじ付けをあたかも名推理の如く披露する乙波に、よりいっそうデリカシーのないことを訊いていたのかと俺は改めて呆れ果てる。
「ま、確かにあれじゃ、もう話してくれそうにないね。仕方ない。今日のところは出直すとするか……」
「………ハァ…」
そして、なおもこの件に首を突っ込む気満々な戯言を口走っている乙波に大きな溜息を吐くと、俺は今度こそ本気で、ついに乙波と別れる決心をするのだった。
……あ、でも、そうすると、あの目之頭公園の〝ボートに乗ったカップルは別れる〟っていう都市伝説は本当だってことになるな……。
To Be Continued?




