Ⅳ 嘘から出た真実
※ジャンルは一応「ホラー」ですが、主に恐怖を目的とするという意味においてのホラーとは少々違いま す。読んでいただければわかるかと。
実際に起きた「ヴァンパイア(吸血鬼)」を巡る二つの事件をモデルにしています。
「魔法のiらんど」にも掲載し、なかなか高評価受けてる作品です。
http://s.maho.jp/book/cbf535e0ba35d6cd/6621624001/
あれからジャックの存在を思い出した僕は、急いでウラシマウ氏に謝辞を述べ、彼の家をそそくさと後にした。
すると、ウラシマウ氏宅を出て数秒と経たずに、柵の影に隠れ、こちらをじっと見つめているジャックの姿が目に飛び込んでくる。
ジャックは散弾銃の暴発に驚いて逃げ出してからというもの、ずっとそこで家の中の様子をこそこそと覗っていたらしい。
ジャックの言い分によると、どうやら彼も僕が銀の弾丸で撃たれてしまったものと思い込み、それはそれはもう、僕の身の上を案じていたのだそうだ。
しかし、こうなった原因が自分達のくだらない悪戯であったりなんかもしたものだから、警察や救急車を呼ぶのもなんだか躊躇われ、かと言って自分でウラシマウ氏の家の中に入るのも危険に思われたので、結局、ただじっとその場で無駄に時間を費やすことになったとのことである。
友人が銃で撃たれたというのに、自分の保身のために何もしなかったというのはなんとも薄情なものだが、そのおかげで大きな騒ぎにもならず、実際には僕も撃たれたわけではなかったのであるから、まあ、許してやるとしよう。
「へえ~あの爺さんとずっと話してたのかよ? ……あの偏屈な爺さんとねえ……」
家の中でのことを話すと、ジャックはそう言って驚くとも感心するとも取れぬ声を上げていたが、実際に話をしてみると、ウラシマウ氏はそれまで思っていたような偏屈で性悪なクソ爺という印象ではなかった。
近所にヴァンパイアが住んでいて、自分を狙っているなどというバカげた妄想に取り憑かれてはいるが、根はいたって気のいい老人なのだ。
基本、周りの者達はすべて“ヴァンパイア”であるために普段はあんな態度を取ってはいるが、今回の僕のように一度、相手を“人間”だと認識すれば、親しく普通の御近所さんとして交わることもできるのである。
それにしても、あの時のウラシマウ氏はいつもと見違えるほどに人懐っこく話をしていたな……。
長年、誰ともまともに話をしたことのない老人の一人暮らし……もしかすると、ずっとああして話ができる“人間”を待ち望んでいたのかもしれない。
「ヴァンパイアのことで何か訊きたいことがあったら、またいつでも訪ねて来るがいい」
彼の家を出る時、ウラシマウ氏は最後にそう僕に声をかけた。
僕はその言葉に甘えて、また機会があれば、世間話でもしに寄ってやってもいいかな、と思った。
そして、そうやって話をする内に、彼のヴァンパイアに対する誤解を少しづつ解いていくことができたらな……と。
しかし、そんな僕の期待に反し、僕がウラシマウ氏と親しく話をしたのはそれが最初で最後となってしまった。
いや、彼が他の者とまともに話をしたこと自体、おそらくそれが彼の長い人生の中で最後のこととなったのであろう……。
ウラシマウ氏が、亡くなったのだ………。
それは、ジャックと僕が彼の家を訪れたあの日から5日後のことだった。
彼の家の左隣に住む夫婦の奥さんが、しばらく庭にも姿を現さないウラシマウ氏を心配して様子を見に行ったそうなのだ。
なんだかんだ言って、独り暮らしの老人のことを近所のみんなは気にかけていたのである。
その奥さんが玄関のベルを鳴らしてみたが、何度鳴らしても反応がない。
それに、ウラシマウ氏が取っていたロンドン・タイムスの朝刊もポストにずっと溜まったままだ。
どうにも様子がおかしい。
そう思った奥さんは庭を通って裏に回り、窓の閉まったカーテンの隙間から寝室の中を覗いてみた……。
すると、ベッドの上には目を大きく見開き、苦悶の表情を浮かべるウラシマウ氏の骸が、手で喉を掻きむしるような格好をして横たわっていたのだという。
そんなおぞましい老人の遺体を目撃してしまった奥さんの驚きと恐怖がどれほど強烈なものであったかは想像に難くない。
きっと彼女はその実年齢の割には若く見える顔を硬直させ、耳を劈くような悲鳴を辺りに響かせたことであろう。
そして、それからがもう大変な騒ぎだった。
その第一発見者の奥さんが警察に連絡し、一応、変死体での発見だったために、刑事や鑑識もやって来ての事件性も考慮に入れた本格的な捜査が行われ、「KEEP OUT」のテープが貼られた家の周りには、たくさんのマスコミやら野次馬やらが押し寄せる大騒動となったのである。
かく言う僕もその時ちょうど自分の家にいて、何やら家の裏手の方が騒がしいので外に出てみたら、そんな大騒ぎになっていたので、びっくりした次第である。
同じく騒ぎを聞きつけて出てきたのであろう、近所に住むジャックの姿も野次馬の中にあり、僕らも二人して、いったい何があったのだろうか?と、群衆の中に混じってウラシマウ氏宅の様子を見守ることとなった。
僕は初め、警察関係者が大勢出入りする彼の家の様子に、彼がまた銃でも暴発させてしまったのか、それとも、もしかして今度は本当に訪ねて来た人間をヴァンパイアだと思って撃ち殺してしまったのではないかと推測した。
先日の自分自身で体験した例もあるので、ああ、ついにやってしまったか……と、そう思ったのだ。
しかし、しばらくその場に立っていると、周囲で囁かれる野次馬達の話から、どうもウラシマウ氏本人が自宅の寝室で死亡していたらしいという事実が段々とわかってきたのである。
それも、死んだのはどうやら5日前だというではないか。5日前といえば、僕らが彼の家を訪れたその翌日である!
僕は、先ず自分の耳を疑った。
確かにウラシマウ氏は高齢ではあったが、先日、話をした時の様子からして、少なくともそんなすぐ死ぬような感じはまったく受けなかったからだ。
では、自然死ではなく、自殺や他殺なんかだったりするのか?
まさか、本当にヴァンパイアに襲われたなんてことはあるまいが……。
だが、その推理もどうやら違っていたようである。
どこをどう漏れ伝わって来たものか? その後も野次馬達の会話に耳を傾けていると、現場で検視官が遺体を調べた結果、ウラシマウ氏はなぜかベッドに寝た状態で喉に生のニンニクを詰まらせ、それがもとで窒息死してしまったらしいということも聞こえてきたのである。
検視官や警察は、その状況からウラシマウ氏がニンニクを食べようとした時に起きた単なる事故死だと判断したみたいであるが……その死因に、僕は思い当たる節がある。
そういえばあの日、彼は本で見付けたという新たなヴァンパイア除けの方法として、口の中にニンニクを含んで眠ると良いようなことを言っていたのだ……。
死んだのが5日前となると……ウラシマウ氏は僕が家から帰ったあの後、夜、眠る段になって実際にその方法を試し、そしてそのまま、寝ている間にニンニクを喉に詰まらせて死んでしまったのではないだろうか?
そもそもベッドの中で生のニンニクを食べようとするなど、普通、ありえないように思う。
だとしたら、なんとも皮肉な話ではないか。
ヴァンパイアに命を奪われまいと思ってしたことで、逆に自分の命を縮める結果となってしまったのだから……。
日に日にエスカレートしていくウラシマウ氏の様子に、あの日も、いつかやり過ぎて大変なことになるんじゃないかと僕は思ったのだ……その心配が見事、的中してしまったというわけである。
僕も不注意だった。あの時、ニンニクを口に入れて眠るなどというバカげた行為を老人がする危険性に気付いて忠告していれば、こんな不幸な結果にはならずにすんだかもしれないのに……。
今更ながらに自分の迂闊さが悔やまれる。
そうこうする内に、辺りが俄かに騒がしくなったかと思うと、家の中からはシートのかけられたウラシマウ氏の遺体が担架で運び出されて来る。たぶん、一応は司法解剖に回されるのだろう……。
それまでは頭ではわかっていても、なんだか突然のこと過ぎて、まるで夢の中の出来事のように実感が湧かなかったのであるが、こうして実際に運び出される老人の遺体を目にすると、ようやく僕の中でウラシマウ氏の死はリアリティを獲得する。
すると、このむしろ滑稽にさえ思える不幸な最後を迎えた老人のことが、とても哀れで、そして、とても愚かに思えてきた。
そんな被害妄想のために命を落とすだなんて、それじゃあ本末転倒ではないか……。
まあ、そのヴァンパイアに対する妄想のために死んだということは“ある意味”ヴァンパイアに殺されたと言うこともできなくはないのかもしれないのだけれど。
「まったく、愚かな爺さんだぜ。爺さんがヴァンパイアに襲われるだなんて、んなことあるわけねえっつうのによう……」
僕のとなりで、同じく担架に乗って運ばれていく冷たい老人を見つめていたジャックが、呆れ果てたというような顔でそう呟いた。
その言葉に、僕は哀れみと、虚しさと、そして、やるせなさの籠った声で答える。
「ああ。“僕ら本物”は、もっと若い人間しか襲わないっていうのにね……」
(ご近所はヴァンパイア 了)
THE END
THank you for your time♪
Do you believe in the existence of a vampire?
Maybe also in your neighborhood…….