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 Ⅰ 妄想の中の老人

※ジャンルは一応「ホラー」ですが、主に恐怖を目的とするという意味においてのホラーとは少々違いま す。読んでいただければわかるかと。

 実際に起きた「ヴァンパイア(吸血鬼)」を巡る二つの事件をモデルにしています。


 「魔法のiらんど」にも掲載し、なかなか高評価受けてる作品です。

 http://s.maho.jp/book/cbf535e0ba35d6cd/6621624001/

挿絵(By みてみん)

 それは、僕がフットーボールの練習からの帰りに近所の公園の前を通りかかった時のことだった……。


「おい、あれ見ろよ。あの爺さん、珍しく出歩いてるぜ」


 となりを歩く友人のジャックが、公園の方を顎で指し示しながら言った。


「ん?ああ、ほんとだ。確かに珍しいな」


 僕もそちらに顔を向けると、彼の示したものを確認して相槌を打つ。


 そこには、緑の芝生の上を横切ってこちらへと向ってくる、紙袋を抱えた一人の老人の姿があった。


 老人はかくしゃくとした足取りで歩きながらも、常に周囲を警戒するような鋭い眼つきできょろきょろと辺りを見回している……まるで何かに追い立てられでもしているかのように、そわそわといかにも挙動不審だ。


「爺さん、そんなに怖いんだったら出歩かなきゃいいのによう」


 ジャックがその姿に呆れた顔で呟く。


「まあ、あれだけ家に籠ってたら、たまには外に出たくもなるんじゃないの?それにほら、紙袋持ってるから、たぶん買い物に行ってきたんだよ。さすがに一人暮らしで引き籠ったままじゃ生活できないだろうからね」


 僕は遠目に老人を見つめたまま、友人の言葉にそう答える。


 その老人の名はウラシマウ氏という。僕の家の近所に住んでいる偏屈な爺さんだ。


 話によると、なんでもポーランドからの移民なのだそうだが、このロンドン郊外にある小さな町にやって来てから既に20数年が経つらしく、最早、“移民”という雰囲気はどこにもない。


 見た目や言葉遣いなども普通の英国人に見える。歳は確か今年で70近くになるとか言ってただろうか?


 ただ、この爺さん。一つだけ故郷にいる頃よりずっと変わっていないことがあった。


 それは……


吸血鬼ヴァンパイアは実際に存在する”


と頑なに信じていることだ。


 しかも、自分もそのヴァンパイアに狙われているのだと疑ってやまず、常にああして周りを警戒しているのだ。


 さらに困ったことには、どうやらそのヴァンパイアは僕ら近所に住む者達の中に混じっていて、いつもは普通の人間に擬態して暮らしていると本気で考えているらしい……。


 なぜ、ウラシマウ氏がそのように思い至ったのか不明だが、誰かが誤って彼にヴァンパイアだと思わすような行動とか、仕草だとかをしたのだろうか?


 僕のような若僧はよく知らないが、ポーランドなどの東欧地域はヴァンパイア伝承の残る地でもあるし、もしかしたら、「これこれこういうことをすると、そいつはヴァンパイアだ」というような、その是非を決める判断基準みたいな迷信があるのかもしれない。


 ただ、彼を観察した様子では、どうも「僕ら近隣住民の中にヴァンパイアが幾人か潜んでいる」というところまでは確信しているものの、それが誰と誰なのか? ということになると、そこまでの判断はつかないみたいだ。


 なので、基本、近所の者全員を先ずはヴァンパイアだと疑ってかかり、疑心暗鬼の内に日々の生活を送っている。


 家族はというと、以前は奥さんと二人で暮らしていたが、その奥さんも今はなく、子供もいなかったので淋しい一人暮らしだ。


 歳老いての一人暮らし。何かと不自由だろうから近所を頼ればいいものを、基本、僕ら全員ヴァンパイアなので、頼るどころか付き合いもほとんどない。


 挨拶をしても警戒の眼差しで睨まれるだけだし、何か届け物などで家に行けば、「ついにわしを襲いに来たかっ!」と叫んで、十字架を鼻先に押しつけて追い返す始末だ。


 玄関のドアにもニンニクやら唐辛子やらのヴァンパイアの弱点と信じられている物が掛けられていて、必要最低限以外には家の外に出ることすらない。


 だから、ああして出歩いている姿を見ることは非常に珍しいのである……。


「あ、やべ、目が合っちまった。おい、ジョナサン!また十字架押しつけて怒鳴られる前に早く行こうぜ!」


 珍しいウラシマウ氏の姿に思わず見惚れていた僕を、ジャックが慌てた様子で急き立てる。ああ、ちなみにジョナサンというのは僕の名前だ。ジョナサン・エドワーズという。


「あ、うん……」


 僕は相槌を打つと、こちらを鋭い眼光で睨む老人を斜に眺めながら、その場をいそいそと後にした……。


 さて、それから幾日か経ったある日のこと……。


 僕の家に、間違えてウラシマウ氏宛の郵便小包が届いていた。


 どうやら祖国ポーランドよりの荷物らしいが、僕の留守中、母さんがろくに宛名も見ずに受け取ってしまったらしいのだ。


 どう見ても英国人らしからぬ宛名なのに間違えたポストマン(郵便集配人)もポストマンだが、それを受け取った母さんも母さんだ。


 ……で。仕方なく、僕が彼の家へ届けることとなった。


 ウラシマウ氏の家は僕の家の裏手にある。一人暮らしの老人には相応しい、こじんまりとした小さな家だ。


 ま、父母妹と四人暮らしの僕の家も、それと似たか寄ったかの大きさなのだが……。


 僕は嫌々ながらに小包を抱えると、自宅の裏口から出て細い路地を渡り、ウラシマウ氏宅の門を潜る。


 幸いなことに、この家の門柱に扉は付いていないため、玄関までは無事に行くことができた。


 もしこれで扉でもあった日には、きっと頑丈な鍵を据え付けられて、何人たりとも玄関はおろか敷地にすら足を踏み込めなかったに違いない。


 この家はウラシマウ氏自身が建てたものではなく、移民して来た折に空き家だったものを買ったとのことだが、扉を付けなかった最初の住人に感謝である。


 それにウラシマウ氏も門扉の増設など考えないでよかった……ただ、これも建てられた当初からのものだとは思うが、敷地を囲う鉄柵の槍のように尖った先端が、如何にも侵入者を拒んでいるようでいて、ちょっと怖い……なんか、映画とかのヴァンパイアみたく、あれで心臓を一突きにされそうだ……。


 その鉄柵に囲まれた敷地には、狭いながらもちょこっとした植え込みがあり、それなりに手入れがなされている。


 無論、彼が信用できない他人の庭師に手入れを頼むわけもなく、それは本人自らが行っているのであるが、その姿が時折、近隣住民達によって目撃されている……というか、それ以外に彼を目にすることは滅多にない。


 この前、僕らが彼を見かけたのはまさに宝くじに当たるくらい稀なことであり、普段はひたすらに家の中へ閉じ籠っているのだ。


 そういえば、働いている様子はまるで見かけられないが、いったい何をして生計を立てているのだろうか?


 派手な暮らしをしているようにも見えないし、年齢からするとペンション(年金)だけで生活しているのかもしれない。


 それとも、実はかなりのお金持ちで、株やらなんやら投資を生業にしているとか?


 ちなみにまだ若い頃、ここまで引き籠りになる以前はどこかへ勤めていたらしいとのことだが、その頃のことを僕は詳しく知らない。


 さて、門より玄関までは僅か1ヤードほど(約91センチ)しかないというのに、僕がこうしてつらつらと物想いに更けっている理由……それは、玄関のベルを鳴らすのが怖いからだ。


 あの爺さん、普通の人と違って、本気で僕らをヴァンパイアとして見ているから、何をされるかわかったもんじゃない。


 前にも言ったが、届け物などで訪れた人間は軒並み酷い目にあっているのだ。それは近所の人間ばかりでなく、郵便局や宅配業者の集配人に対しても例外ではない。


 あ!もしやそれで僕の家にわざと間違えて……

 

 僕はそこで、そんなポストマンへの疑惑に思い至った。


 ともかく、そのような状態なので、本来なら家を尋ねるなど絶対に避けたいところなのだ。


 だったら、このまま玄関先に荷物を置いて退散してしまえばいいようなものなのだが、それも何か不用心だし、もし雨でも降れば濡れてしまいそうだし……


 と、僕もお人好しといおうか、心配症といおうか、一応、人情というやつで、そうするのもなんだか心苦しい。


「ハァ……」


 そんなわけで、僕は深い溜息を吐くと、仕方なく玄関のベルを鳴らした。


 しばらく出てくるのを待つ……。


 しかし、一向に出てくる気配はおろか、返事すらない。


 留守なのかな?


 と、僕は一瞬思った。


 しかし、今更言うまでもなく、ウラシマウ氏が外出するなど滅多にないことだ。ならば、まだ夕暮れにも早い時刻ではあるが眠ってででもいるのか?


 そう思いつつ、僕はドアのノブに手をかけて回した。


 ガチャ…。


 すると、簡単にノブは回った。


 鍵はかかっていない。では、やっぱり眠り込んでいるのか? にしても、鍵かけてないのは不用心な気がするが……。


「すみませーん……ウラシマウさんいませんかあ……」


 僕は不思議に思いつつ、そう声をかけてドアを静かに開けてみたのだったが……


 バシャッ…!


 ドアが開いた瞬間、僕は顔面に水のような液体をぶっかけられた。


「うっぷ…!」


 僕は思わず目を瞑って、頓狂な声を上げてしまう。


「どうだ、ヴァンパイアめ! 教会で清めてもらった聖水はよく効くだろう!」


 そんな僕の耳に、今度は老人の罵声がすぐ近くで響く。


 小包を抱えていたために両手は塞がっていたが、頭を左右に激しく振って水を払い、なんとか目を開けてみると、目の前には件のウラシマウ氏がものすごい形相で立ちはだかっていた。


「どうだ! 参ったかヴァンパイア!」


 その恐ろしい形相の老人は、さらに罵声を浴びせてくる。


 水が沁みる目をパチクリとさせ、僕はしばし状況を把握できずに呆然としていたが、時間が経つにつれ、ようやく何が起きたのかを理解し始めた。


 まだ、ぼんやりとフィルターのかかった眼でウラシマウ氏を見ると、その手には香水か何かの容物のようなガラスの瓶が蓋を取った状態で握られている。


 この瓶と今の言動から鑑みるに、どうやら彼は僕が自ら入って来るのをドアの向こうで待ち構えており、僕がドアを開けた瞬間、不意打ちのチャンスを逃さず、その聖水とやらを僕にお見舞いしてきたらしい……。


 なるほど。確かに聖水はヴァンパイアの弱点とされているものの一つだ。


 だが、聖水といえどもただの水。そんなもので僕が参るわけがない。


 無論、火傷なども負ってはいない…ってか、逆に冷たい。


 いや、身体的ダメージは食らっていないものの、精神的な衝撃はそれなりに大きい。突然、顔に水を浴びせられれば、そりゃあ、気分が良いわけがない。


「な、何するんですか⁉ いきなり!」


 当然のことながら、僕は荒げた声でウラシマウ氏に文句をつける。


 しかし、この偏屈な爺様は僕の言葉などまるで聞く耳を持たない。


「おのれヴァンパイア! まだくたばらないかっ⁉ ならば、これでどうだっ!」


 今度はそう叫ぶや、玄関のドアに掛けてあったニンニクと唐辛子の束を引き千切って、再び僕目がけて投げつけてきたのである!


「痛っ! ちょ、ちょっと、やめてくださいよ! ぼ、僕はただ、間違って届いた郵便を届けに…ああっ!」


 その懇願と弁解の声も老人の耳には入らない。僕はニンニクのぶつかる痛みとその悪魔のような剣幕に、とうとう小包をそこへ放り出して、一目散に逃げ出した。


「痛っ!」


 走り去る僕の後頭部に、なおも投げつけてくるニンニクがぶつかる。


 全力投球されたニンニクの塊は当たると結構痛いのだ。ニンニクがヴァンパイアに効くなど迷信に違いないが、そういう意味では、ニンニクは確かに効いた。


「フン! ヴァンパイアめ! ぜったい、わしは貴様らの餌食になんぞならんからなーっ!」


 逃げて行く僕の背後で、そんな老人の狂気に満ちた叫び声が響いていた……。

To Be Continued…

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