初依頼2
「よくやったわ尊!」
部室内に神楽坂の歓喜の声が響き渡る。
広瀬知佳から雨の日に現われる妖怪の討伐依頼を受けた俺は、すぐに部室に直行し、事のあらすじを報告した。
俺の報告が終わると、鮮やかな紅の髪の少女は読んでいた本をテーブルに放り投げ、勢いよく立ち上がった。
そう……この少女こそが妖怪討伐部の現部長、神楽坂桜琴。
「入部してすぐに初依頼を持ってくるなんてさすがね。アンタをこの部活に入れて大正解だったみたいね」
俺は部活に入ったことを早くも後悔しているがな。
「それにしても、あれだけ嫌々ながら部活に参加していた神宮君が依頼をとってくるとは……どういう風の吹き回しですか?」
俺の右斜め後ろから声が上がる。振り返ると、四人分の紅茶のカップをお盆に乗せた陽向が立っていた。
この悪意など微塵も感じさせない、それでいて四六時中、ニコニコスマイルのこの男は陽向一樹。
同じ部活メンバーで、確か神楽坂のお世話係だったか。
「元クラスメイトなんだし協力するのは当然だろ?」
「それは、そうですが……」
陽向は納得がいかない様子だったが、少しすると部活メンバーに紅茶を配り始めた。
まあ、実際は広瀬が牛タンカレーをご馳走してくれるというから、仕方なくなんだがな……
陽向の淹れてくれた紅茶を啜りながら、平静を装う。
食べ物に釣られて仕方なく依頼を受けた、なんて言ったら、神楽坂がどんな形相をするか分からん。
「それで美咲はこの件、どう思う?」
神楽坂は自身の左隣に向き直りながらそう言った。
先ほどから会話にも参加せず、ひたすらパソコンの画面とにらめっこをしている人物、神月美咲。
神楽坂の幼い頃からの知り合いで、この部活では主に妖怪に関する情報収集を担当している。
「それはおそらく雷獣だと思う」
神月は顔を上げることなく、カタカタとキーボードを鳴らしながらそう言った。
「雷獣、落雷と共に現われる日本の妖怪。外見は体長一メートルくらいの子犬、または狸に似て、尻尾が約二十五センチ、赤黒い体毛で鋭い爪を持ってる」
……すごいな。資料を見ているわけでもないのに、ここまですらすらと妖怪の情報を言えるとは。
まさか全ての妖怪の情報を暗記してるのか?
「依頼者との情報とも一致するし、おそらくビンゴね」
神楽坂が頷く。
「一樹、一番近い暴風雨の日は?」
日向はすぐに制服の胸ポケットからスマホを取り出した。
どうやらネットで検索をかけているらしい。
「天気がどうしたんだ?」
「美咲がさっき言ったでしょ。落雷と共に現われるって。雷獣は悪天候の時に活発になるのよ」
そういえばサッカー部の連中が襲われたのも、大雨の日だって広瀬が言っていたな。
「お嬢、いえ神楽坂さん。一番悪天候なのは、来週の土曜日。午後からの降水確率は百パーセントで十五時から最も天気が荒れるとのことです」
「分かったわ。一樹、その日の学園への出入りを禁止するよう学園長へ伝えておいて。例え教師であっても絶対に立ち入るなってね」
「了解しました」
おお……なんだか神楽坂が部長っぽく見える。
いや、実際には現部長なのだが、部室ではお茶を飲みながら妖怪関連の本を読んでる姿しか見なかったからな。
「神楽坂桜琴が宣言する!」
神楽坂が立ち上がり、声を張り上げた。
「雷獣討伐作戦の決行日は来週の土曜日! 各自、それまでしっかりと準備しておくこと。必ず雷獣をやっつけるわよ! いいわね?」
『おお~!!!』
陽向と神月も立ち上がり神楽坂に続いた。
なんだこのノリは……
俺はというと小声で「おー」と呟いておいた。
三人はさっそく雷獣対策をあれよこれよと話し合っている。
ん? あれは……
暇を持て余していると、神月がさっきまで弄っていたパソコンが目に付いた。
神月が何を見ていたか気になるな。
俺は神月の席に移動するとパソコンの画面を覗き込んだ。
えーと何々、私立織音学園、妖怪討伐部オフィシャルサイト?
「あ、それ私が作ったの」
神月がトコトコとそばに来て俺を見上げてくる。
「どう? 中々の出来栄えでしょ?」
……近い、近いぞ神月。
気付くと神月の顔がすぐ近くにあった。少しでも動けば顔と顔がゴッツンしそうな距離。
それに神月の黒髪から良い匂いが……
ってイカンイカン。
俺は「ああ」とだけ返すと急いでモニターに目を移した。
サイトのほうはシンプルなデザインでとても見やすく作られていた。
活動内容に情報交換掲示板、メールボックスに妖怪図鑑か。
俺はとりあえず活動内容のところをクリックしてみた。
どれどれ、日常生活に潜む超常現象、オカルト、妖怪、化け物退治、ミステリー、は我々にお任せあれ!
あなたの依頼、待ってます!
なお問い合わせはメールか、織音学園2-B組、神谷尊まで。
ちなみに報酬が食べ物だとものすごくやる気がでちゃいます!
「…………………」
「ふざけるなああああああああああああああ!」
俺の叫び声に神楽坂と陽向も集まって来た。
「なるほど。これで納得しました」
「あきれた。食べ物に釣られたってワケね。せっかく見直したのに」
「尊、気に入ってくれた?」
「誰が気に入るか!」