初依頼1
「はぁぁあああああ………………」
体の奥底から深いため息が出る。
またあそこに行かないとならんのか。
この憂鬱の原因はそう、俺が所属している部活、妖怪討伐部にある。
三日前、奴らの巧妙な手口?に騙された俺は入部届けを出してしまったのだ。
おかげであれから、俺の神聖な放課後食べ歩きタイムは一度も堪能出来ていない。
依頼がこない今、部活終了時間になるまで俺は、妖怪に関する勉強をずっとやらされている。
学園の授業だけでもうんざりなのに、なぜ妖怪のことまで覚えねばならんのだ。
いくらグルメの為だったとはいえ、入部したのは過ちだったのではないか。
ああ、だんだんそんな気がしてきた……
「あの……|神宮君、だよね?」
ん?
重い足取りで一階の廊下を歩いていると、背後から俺を呼ぶ声が聞こえた。
立ち止まって声の主を確認するため後ろを振り向く。
そこにいたのは黒髪で眼鏡をかけた大人しそうな一人の女子生徒だった。
コイツは見覚えがある。確か…………
「広瀬、か?」
「うん。そうだよ。良かったあ。覚えてくれてたんだね」
女子生徒、広瀬知佳はそう言うとほっと胸を撫で下ろした。
最初に声かけてきたとき顔が若干強張っていたし、おそらく俺に自分が認識されるか心配だったのだろう。
あいかわらずの心配性だなコイツは。
広瀬とは一年の時、同じクラスだった間柄だ。
だが親しい関係でもなく、顔を合わせればたまに挨拶をする程度だったはず。
現に二年になってからは一度も口を聞いていない。
だから今日こうして広瀬が自分から話しかけてきたのは、結構驚きだ。
…………一年の時、俺、広瀬に何もしてないよな? うん。してないはずだ。では何故…………
広瀬が話しかけてきた理由を頭をフル回転させ思案していると――――
「その……神宮君って部活入ったんだよね? 妖怪討伐部に……」
「ああ。確かにそうだが……」
待て。何でその事を広瀬が知っている?
何故なら俺が部活に入ったことは誰にも言ってないのだ。
このまま広瀬と話していると厄介事に巻き込まれる気がする。
俺の脳がそう警鐘を鳴らし、自然に足が後ろへと一歩、二歩と向いてしまう。
「悪い広瀬。俺、急いでいるんだ」
そう言いってこの場を立ち去ろうとしたが……
「お願い待って! 私、神宮君しか頼る人がいないの!」
急に広瀬が俺の手を取ってきて、すがる様な目つきで懇願してきた。
その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。
うっ! 思わず視線を逸らしてしまう。
な、何だこの状況、どうしてこうなった……
「わ、分かった、分かったからとりあえず少し離れてくれ」
広瀬の両手をやんわりと解く。
「あ、ごっごめん神宮君! 私、何てことを」
慌てて広瀬が後ずさった。
さっきまでの距離感に気付いたのか、今頃になって頬を朱色に染めている。
互いの呼吸が感じられる距離だったからなあ。
それこそ誰かに見られれば、勘違いされてもおかしくなかった。
ゴホンと一つ咳払いをして、広瀬に向き直る。
「気にしなくていい。それで、何があった?」
「実は…………妖怪を退治してほしいの」
は? 妖怪?
いや実在していることは分かってる。実際、遭遇したしな。
驚きなのは広瀬が妖怪と口にしたことだ。
それとも俺が知らないだけで世間に妖怪は知れ渡っているのか?
「神宮君は私がサッカー部のマネージャーをしてるってこと分かるよね?」
「あ、ああ」
何故ここでマネージャの話しが出るのか疑問だったが、とりあえず頷いておく。
「実は二週間前の大雨の日、サッカー部の部員が三人、何者かに襲われて怪我をしてしまったの」
二週間前の大雨……あのゲリラ豪雨のことか。
買い食いの途中で突然降られてしまったからな。あの時は食べかけのコロッケを、雨から必死に守ろうとして大変だったのを覚えている。
「グラウンドから引き上げる途中だったらしいんだけどね。怪我をした部員が言うには、電撃を纏った一匹の子犬らしき生物が現われて自分達を襲ったって……」
「その時、広瀬は一緒にいなかったのか?」
「私はその日は家の用事があって部活をお休みしていたの。幸い三人の怪我は軽症でもう完治しているんだけど、その事がトラウマになって部活に出てくれないの」
腕を組んで思案する。
電気を放つ子犬だと!? おそらく妖怪の類だとは思うが……
あの河童よりも確実に危険度は高いだろう。
ああ……この話しを聞かなかったことにしたい。
「だからお願い神宮君! その妖怪を退治して三人を安心させてあげて!」
広瀬が深々と頭を下げてくる。
ほらきた、この展開!
神楽坂に相談すればこの件は解決出来るだろうが、間違いなく俺も借り出されるだろう。
俺も犠牲者の一人になるのは嫌だぞ。
広瀬には悪いがここは丁重にお断りしよう。
「お願い神宮君! もし退治してくれたら学食の牛タンカレーをご馳走するから!」
「…………その依頼、引き受けた!」
広瀬の両手をがっちりと掴み、宣言する。
ああ……やってしまった……