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俺とグルメと妖怪と  作者: 夜桜満月
7/10

勧誘3

「ああ……美味い……俺は今、幸せの絶頂にいるかもしれん…………」

 このフォークで持ち上げられるかどうかの柔らかさ。

 とろけるかと思うほどの独特な食感が口全体に広がっていく。

 そしてニッキ、抹茶、生姜、どの味も甘すぎず品がある。

 これが茶洛のわらび餅、か。


「お茶のお代わりはいかがですか?」


「ああ、頼む」


「ふう………………」

 陽向(ひなた)が入れてくれたお茶を啜り、一息つく。

 神楽坂(かぐらざか)が近くにいることを除けば、この時間も中々、悪くない……


「ちょっと(たける)! 何やりとげた感だしてるのよ! アタシたちの話し、聞いてくれるんでしょ!?」

 神楽坂が眉を吊り上げ、こちらを睨んでくる。

 クソ! せっかく食後の余韻を楽しんでいたとこなのに邪魔をするとは。


「分かった分かった。ただ、手短に頼む」

 元はといえば、俺が今ここにいるのは、妖怪討伐部というワケの分からん連中の話しを聞きにきたんだったな。

 茶洛のわらび餅をご馳走になった以上、やっぱり嫌だとも言うわけにもいかんしな。


「じゃあまずはアタシたち神楽坂家について。神楽坂家は古の時代から妖怪退治を主としてきた一族よ」


 それは聞く前から大体予想出来ていたことだ。

 初めて会った時は河童に追われ、学園では妖怪討伐を目的とした部活を立ち上げているぐらいだしな。

「陰陽師とは違うのか?」


「厳密には違うけど、ただ今はその解釈でも構わないわ」

 そこまで言って神楽坂は一旦お茶を一口飲んだ。


「アタシたちが遭遇した河童もそうだけど、今現在、日本に現われている妖怪は全て魂だけの存在よ」


「……そういえば前もそんなことを言ってたな。その魂だけの存在ってのは結局どういうことなんだ?」


「簡単よ。全ての妖怪は、はるか昔に神楽坂家が封印しているわ。だから肉体はとうに朽ち果ててるってわけ」


「なるほどな。だから妖怪たちは完全に復活するために人間にとりつくってわけか……………っておい、妖怪は全て封印したって言ったよな? じゃああの時の河童もどきはなんなんだよ」


「それは………………」


 ん、なんだ?

 何故か急に神楽坂は俯き加減で口ごもってしまった。

 出会って間もない俺が言うのもなんだが、何だか神楽坂らしくないな。

 普段のコイツならどんなことでもハッキリと言うはずなのだが。


「それは僕から説明しましょう」

 陽向が椅子と体をこちらへと向ける。

 っておい、ちょっと近くないか?

 それにその意味ありげなニコニコ顔はなんだ。ただ、話しするだけなんだよな?


「確かに神宮君の言うとおり、妖怪は全て封印されており、二度と表舞台に現われることはないはずでした。しかし二年前にある事件が起きたのです」


「ある事件?」


「京都にある神楽坂本家が何者かに襲撃されたのです。そして封印が解かれ、全ての妖怪の魂は日本全国各地に散らばっていきました」


「そして散らばった妖怪たちを再び封印するためにお前たちは動いているって訳か」


「ええ。ですが未だに犯人の正体、足取りは不明。さらにその一件でお嬢様の姉上様が…………」


「一樹!! その話しは、しないで!!」


 神楽坂が悲鳴のような大声を張り上げる。


「…………申し訳ありません。お嬢、いえ神楽坂さん」

 陽向が深々と頭を下げる。

 多分、神楽坂の姉とやらはその事件で亡くなったのだろう。

 でなければあそこまでは取り乱したりはしない。

 大声を出したことを後悔しているのか、神楽坂は下唇を噛みながら苦しげな表情を浮かべている。

 場を重苦しい沈黙が支配する。


「それで私と一樹、神月家と陽向家は古くから神楽坂家に仕えている家系なの」

 読んでいた本をパタンと閉じ、神月(こうづき)が口を開く。

 神月の表情には少しの乱れも感じられない。

 この空気で平然としているとは、マイペースというか肝が据わっているというか……


「だから私たち二人は桜琴(みこと)の補佐役ってかんじかな。私は妖怪に関する情報集め」


「僕は神楽坂さんの身の周りのお世話と、神器の管理をさせてもらっています」

 陽向が神月の後に続く。


「それで尊にはこの部活に入ってもらって、私たちと一緒に妖怪を退治してもらいたいの」


「え!?」


「ちょっと美咲!」


「どうしたの桜琴? この部活に入って貰うために尊を呼んだのでしょう?」


「それは、そうなんだけど……」

 神楽坂の声が萎んでいく。

 ってそれはどうでもいい!

 意味不明、意味不明、意味不明だ。

 神楽坂たちの事情は大体分かった。だがそれと俺の入部に何の関係があるんだ!?


「悪いが意味が分からん。素人同然の俺が入るより、専門家のお前たちだけでやったほうがいいんじゃないのか?」


「ええ、それが出来れば一番いいのですが、残念ながら僕と美咲さんは戦闘は専門外ですので……」

 陽向に続き向かいの席で神月がうん、うんと大仰に頷いている。

 いや、うんうんじゃねえよ!


「そうだとしても神楽坂がいるだろ!?」


「神宮君が遭遇したという河童。実はあの戦いが神楽坂さんの初勝利だったのですよ」


「はあ!?」

 あまりの驚きに声が裏返ってしまった。

 ってことは……


「封印が解けてから二年間、数多くの妖怪に遭遇すれども桜琴が封印できたのはたったの一匹だということよ」


「ちょっと美咲!」

 勢いよく立ち上がった神楽坂が叫ぶ。

 羞恥と怒りで顔を真っ赤に染めながら、神月を睨んでいる。

 だが神月はさも気にした様子もなく続けた。


「妖怪を一人で封印出来ない落ちこぼれ、と何度も言われたわ。それでも桜琴はめげることなく今日まで修行を続けてきた」


「…………美咲」


「そんな神楽坂さんがあなたと出会ったことで、初めて妖怪を封印出来たのです。だから神宮君なら神楽坂さんの力を引き出してくれるだろうと思い、今日ここに来てもらいました」


「ほら、桜琴からもお願いして」


「う、うん……」

 神月に背中を押され、神楽坂が俺に向き直る。

 うっ!

 神楽坂は頬を赤めながら上目遣いでこちらを見つめてくる。

 ってなんだそのしおらしい態度は!?

 いつもの勢いはどこいった。


「二人の言うとおり、アタシは神楽坂家の落ちこぼれよ。でもアンタと……尊と一緒なら出来る気がするの。だから、お願い! アタシと一緒に戦ってほしい!」

 神楽坂が深く頭を下げる。神月と陽向もそれに倣う。


 おいおい、なんだよこの状況は。

 頭を下げている三人と下げられている俺。

 しかもこいつら俺が答えるまで動く気配がない。


 くそ! ここまでされたら断れるわけがない。

 だが、俺は、俺は…………




「断る!!」


 場が一瞬で凍りついた、気がした。


「尊。普通こういう場面って嫌々ながらもOKするんじゃないの?」

 神月がジト目で睨んでくる。


「ああ。普通の主人公ならそうするのだろう。だが俺は普通じゃないからな」

 神楽坂に協力したいのは山々だが、俺には守るべきもの、グルメライフがあるからな。

 悪いな神楽坂。どうにか三人で頑張ってくれ。応援してるぞ。

 俺は背中越しで手を振り入り口のドアに手をかけた。


「とても残念です。もし入部してくれれば、部費で全国各地の名物を食べ放題だったのですが……」

 ピクッ。ドアにかけていた力を緩める。

 なん、だと!?


「それに有名な旅館、ホテル、温泉も堪能し放題です」


「それは、本当か?」


「ええ。もしよろしければこの入部届けにサインを」


「分かった!」

 陽向から入部届けを奪い取り、自分の名前を記入する。


「尊、アンタ……」

 何故か神楽坂と神月が呆れた様子でこちらを見ていたが、気にしない。

 これはあくまで俺のグルメライフの為だ。うん。そうに違いない!

 



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