再会
ああ、眠い、眠すぎる!
学生なら学園の授業、社会人なら仕事が始まる一週間でもっとも憂鬱な日だ。
それに加えこの眠気で体が動きたくないと悲鳴をあげている。
本来なら昨日たっぷり休んで英気を養っておくはずだったのだが、警察を恐れるあまりほとんど眠れなかった。
くそ! 全てあの赤髪女のせいだ!
事の始まりは土曜日、遠野市に出かけた俺は河童? に追われている赤髪の女と出合い、散々な目に合わされた。
食べようとした遠野バーガーは台無しにされ、妖怪とのバトルに巻き込まれ、最後は警察に追われる始末。
今でも警察が俺の身元を割り出し、もうすぐこの家にやってくるのではないか心配だ。
…………とりあえず朝飯でも食べるか。
いつまでも怯えていても仕方ない。
ここは朝飯で少しでも元気を出そう。
今日のメニューはトースト、目玉焼きにサラダにコーヒー、それにとっておき、ホップの若芽ウインナーだ。
土曜日、あの事件に巻き込まれる前に買っておいたホップの若芽ウインナー。
これは遠野産のホップの若芽を岩手県産のポークに練りこんだものだ。
普通にボイルしても美味いのだが、ボイル後に表面をキツネ色に焼くのが俺のおススメの食べ方。
若芽ウインナーを一口でいただく。
うん。ジューシーな豚肉本来の美味さと、ホップの風味が口の中で見事に絡み合う。
これは普通のウインナーには出せない味だ。
多分ビールのつまみとして最高の品だろう。
まあ俺は未成年なのでこの楽しみは将来にとっておこう。
時刻は七時三十分、ちょうどいつも学園に向かっている時間だ。
洗い物を終わらせ、カバンを持ち玄関へと向かう。
ピンポーン!
靴を履いていると突然、来客を知らせる音が鳴り響いた。
誰だ!?
自慢じゃないが俺に友達はほとんどいない。
だからこの家を訪れる者は業者、勧誘がほとんどだ。
しかもこの早い時間、知り合いである可能性は皆無に等しい。
ってことはとうとう警察が俺を逮捕しにやってきたのか!?
いや、新たな新聞勧誘かもしれん。
様々な考えが頭に浮かんでは消え、中々ドアを開けることが出来ない。
ドアの前で何をするでもなく、うんうんと唸っていると――――
ピンポーン、ピンポン、ピンポン、ピンポーン!
くそ! 連打してきやがった。
もはや俺に選択肢はないのか……
ええい! ままよ!
覚悟を決め、ドアを開く。
「遅い! ドア一つ開けるのに一体何分かかってるのよ!」
「お前は…………あの時の妖怪女!」
俺より少し低い背格好、それにどこにいても一目を引くこの紅色の髪。
間違いない。こいつは俺の遠野バーガーを台無しにしたあげく、厄介事を押し付けてとんずらしたあの女だ。
「誰が妖怪女よ! アタシの名前は神楽坂桜琴! この前そう言ったでしょ」
「ああ……そうだったな。で、その神楽坂さんが俺に何の用だ? 元より何でここが俺の家だと分かった?」
「今のご時世、名前さえ分かれば住所を割り出すなんて簡単よ」
情報型社会恐るべし……
それと土曜日の俺よ……何でこんな奴なんかに名前を教えてしまったんだ……
「家の件は分かった。で結局俺に何の用だよ?」
「そんなの決まってるじゃない。学園に行くのよ。アタシと一緒にね」
「は!?」
「いや~アタシも調べた時は驚いたわ。まさかアンタも同じとこに通ってるなんてね」
……なんでだ。なんでこうなった。
俺と神楽坂は今、二人で通学路を歩いている。
今朝会った時、なんだか見覚えのある制服を着ているなとは思ったが……
まさかコイツも同じ学園に通っているとは……
俺の家から学園までは歩いて十分程度とはいえ、コイツと一緒だとわずかな時間であっても、何か厄介事に巻き込まれそうで怖い。
「なあ、お前の家には警察来たか?」
もし神楽坂に再び会ったら聞こうと思っていたことだ。
元はといえば刀を振り回していたのは神楽坂一人で、俺は巻き込まれただけにすぎない。
まあ、最後の方は俺も協力はしていたが……
「警察? ああ、その事なら大丈夫よ。本家のほうが手をまわしてくれたから」
「本家?」
「うちと警察はちょっとした繋がりがあってね。あの件は揉み消してもらったの。だから心配しなくていいわよ」
「本当か!? はあ……これで安心して眠れるな」
よく分からんが、どうやら俺が捕まる心配は無くなったようだ。
これでようやくいつものグルメライフに戻れるってことか。
「さあ、着いたわよ」
神楽坂と話している間に学園に着いたようだ。
私立織音学園。
鳴櫻市の中でも比較的大きい、俺と神楽坂が通っている学園だ。
「アンタ、何組だっけ?」
「2-Bだ」
「そっ。アタシは2-Aだから。あ、大事な話しがあるから放課後、教室で待ってなさい。それじゃね!」
「はあ!? ってお、おいちょっと待て!」
神楽坂は言うだけ言って、走り去ってしまった。
話しがあるから放課後、待ってろだと……
神楽坂が言うことだ。どうせろくでもない、もしくは厄介事に違いない。
となれば選択肢は一つ!
素早く学園を出て、喫茶店でお茶でもしよう……
俺はそう固く決意し、自分の教室へと向かった。