#木と花
まるで宙を浮いているかのようにフワフワとした感覚。それは眠りから覚める前の微睡みのようで暖かく心地が良い。
と、いきなりズシリと体に重さが加わり、無理矢理意識は浮上する。
ヒンヤリとした風が体の表面を撫で、寒さにゾワリと鳥肌が立つ。
寝ている間に蹴飛ばしてしまったのだろうか?
毛布を被り再度微睡みの中に潜り込もうと、薄らと目を開け毛布を探す。
と、なぜか視界に入るのは緑一色。
(ん?どこだここ?)
眠気で落ちかけていた瞼を無理矢理上げ、慌てて体を起こして回りを見渡す。
周りには木、木、木。そこにいつもオレが寝ているベッドは跡形もなく、もちろんオレの部屋の面影すらもない。
それどころか周囲はまるで森のように木がたくさん生えており、地面は苔がびっしりと埋め尽くしている。もちろん、記憶にある限り全く見覚えのない場所であった。
おまけに土の見えない程、一面が苔に覆われた地面は、ジメジメしていないどころかそこで直接寝ていたのにも関わらず制服が濡れていない。
苔はジメジメしている物のハズだが、これはどちらかと言うと乾ききっていて手で触れると地味にチクチクして少し痛い。
……うん!もう一度言おう。
ドコだココ?!
周囲をグルリと見渡すと、たくさんの木。
そのうち、一本の木に隠れつつこちらをソォっと覗いている人物に目が止まる。
目が合うと彼女はビックリしたように幹の後ろへと隠れてしまった。
――――誰だっけ?
あの人、見たことあるような無いような~?
背中まで伸びた真っ直ぐで重たそうな、真っ黒い髪。前髪は目に入りそうな程長い。
心の奥底まで見透かされそうな、濁り無く澄んだ真っ黒い瞳。
幽霊のような青白い肌。
憂鬱そうな表情。
オレを見る悲しそうな笑み。
……シーズンに乗り遅れたのか、友達らしい人物もできないでいるようで教室ではいつもボッチ(笑)
ノリが悪く、ギャグすらも理解できない頭の固いめちゃくちゃ真面目な奴ww
かといって、新学年に上がると同時に行われたクラス替えからまだ1ヶ月ちょい。未だ、各々のクラスでの立ち位置・力関係がハッキリしていない今、彼女がいじめの対象になっているわけではない。
「チッ。」
無意識のうちに軽く舌打ちをしていた。
何故か、彼女――雛菊麻美花――の事となると調子が狂う。
初めて同じクラスになった初対面同士なのに、視界に入る度激しい胸騒ぎと共に背筋に悪寒が走る。
恐らく、相性が最悪なんだろうな!(笑)
それにしても、大きな木である。
周りの木と比べて、10倍ほどの太さではないだろうか?
――鉛筆何本出来るっかな~?
思いつつも、もう一つのツッコむべき所に目を向ける。
二組の椅子と机。
片方の引き出しはキチンと整頓されている。
対して、もう片方の俺の机はグチャグチャであちこちからプリントの端がはみ出ている。
――こうして並べてみると、オレの机の汚さが浮き彫りに……じゃなくて、なんでこんなものまであるんだよ?
自分の机のあまりの汚さに現実逃避の一環として、問題点をすり替えておく。
しかし、考えても答えが出るわけではない為、現実逃避になり得ない。
「よし!」
別の現実逃避法を思い付く。
こちらを覗き見ているボッチさん(笑)に話しかけてみよう!
……えーと、名前はなんだっけな~?っと。
「えぇと、雛菊さん。そこで何してるんですか~?」
「……!!!!」
クルッと振り向いて声を掛けると、彼女は慌てて引っ込んだ。
「こっち来ませんか~?ずっと見られてるのも居心地悪いので~。」
「………………ん……さい……。」
「え?あ、ごめん。今なんて言った?」
思わず聞き返してしまう。
すると雛菊は、恐る恐るといった感じでこちらへ近づいて来た。
「………………ごめんなさい。」
小さな声で言った彼女はズルズルと後退し、再度大木の幹に姿を隠してしまう。
「えっと……。あ、うん…………。」
――――別に、謝ってもらいたかった訳ではないのだが……。
彼女はオレの言った通りに、ジーッと長時間見るのは止めていた。しかしその代わりたまにコソッと時折こちらを覗いては、オレと目が合ってしまい慌てて隠れるのを繰り返していた。
オレは、彼女を覗く頃を見計らって彼女の方を見、慌てさせるという、よくわからない遊びをしばらくしてみたものの、すぐに飽きた。