月の影
どうもセトラです。
今回結構更新速くないっすか?頑張ってみたんですけどwww
本当は常時これくらいが望ましいんですけど、次回からはまたふつうに遅くなるかもわかんないですねこれ。
とりあえず今回も楽しく書かせてもらったんで、ぜひ読んでいってください。
──扉が開く音がして、藍は振り向いた。
突然の来客に少し眉を上げたが、藍は微笑んで応じた。
「あら、珍しいわね月影ちゃん。あなたはてっきり、不動の要塞みたいな物だとばかり思っていたのだけれど」
「せめて物じゃなくて、人とか鬼とか呼び方があんでしょうが」
そうは指摘するものの、特別気にしていないような調子で軽くいなす声。それの主は、適当に扉を閉めると手近な椅子にドサリと腰掛けた。
亜凛は、さっさと要件を済まそうと藍の方を向いた。
すると、藍は少しだけニヤニヤしながら、頬杖をついて亜凛を観察していた。
「何よ?」
「……道に迷ったでしょ?」
「なっ!?」
亜凛は、思わず声を上げた。
そして頬を赤らめ、藍を睨みつけて口を開いた。
「今はそれ関係ないでしょ!?なんでこのタイミングで聞いてくるのよ」
「ふふふ、ごめんなさい。ただこの学校はずいぶん広いから、ご来賓の方はだいたい迷っていくのよ」
藍はおかしそうに笑った。そこで亜凛は初めて、カマをかけられていたことに気がついた。
「ま、まあ確かに広いけどね。あたしはこことはほとんど無縁だから迷うのは当然で──」
「でも、この生徒会室は玄関から階段を登ってすぐよね。そもそも、玄関には校内案内図があったと思うんだけれど」
「っ……う、うるさいわね」
自分から突撃してきたというのに、亜凛は完全に主導権を取られていると思った。頬を赤くしたまま、ふて腐れた顔でそっぽを向いた。
「別にそんなに拗ねなくてもいいでしょう?今日の要件は?」
やはり藍が進行させている。別にこれといって重大な用事ではないからいいのだが、気分的に納得がいかなかった。
「……名簿を見せて欲しいのよ。全校生徒の。それが無理なら空亡のクラスのだけでも」
亜凛はムスッとしたまま、ボソボソとそう言った。
顔は逸らしたままだったが、亜凛は雰囲気的に、藍が少し考えているのがわかった。
しかし、藍の答えは案外あっさりだった。
「ええ、いいわよ。見せるだけでいいの?」
今度は、亜凛が考える番だった。
このチャンスは慎重に使っていきたい。見るだけでもいいとは思うが、それだけでは足りない気がする。
「あー……もしかしたら写真撮るかもしれないわ。それは大丈夫?」
「使い終わったら必ず消すことを約束してね。あ、使い終わったらといえば」
藍は思い出したようにそう言うと、少しだけ身を乗り出した。
「何に使うの?」
亜凛はため息をつくと目を閉じて、気のない声で答えた。
「どーせ教えたら、またあんた達が首突っ込んでくるんでしょー?今回は黙秘しとくわー」
「ふふふ……そう」
藍はそれ以上、言及はしてこなかった。
椅子から立ち上がって壁一面に広がる本棚へ向かうと、何やらブツブツと言いながら人差し指で名簿を探し始めた。
亜凛は座りながら腕を組んで、欠伸をした。そして、何気なく藍の後ろ姿を見た。
「そういえば、今日は他のメンバーはいないの?」
「んー?ええ、そうよ」
藍は本棚をいじったまま、そう答えた。
「私も今日はちょっと、この間の全校持ち物点検の結果表整理に立ち寄っただけだから、あなたが私に会えたのは結構幸運だったのよー」
「ふーん……」
聞くところだと生徒会はいつも忙しそうだったので、これは亜凛にとっては少し意外だった。
「ま、詮索好きのあの子がいないから、今日は気楽でいいわー。あいつは饒舌過ぎて対応が疲れるし」
「竜胆ちゃんのことかしら?」
藍は、相変わらず本棚から目を逸らさないままそう言った。
「ふふふ、そんなこと言うものじゃないわよ〜。よく気が利くし、ハキハキしてていい子なのよ。ただたまーにサボり癖があって──」
藍はそう言うと、本棚からくたびれたファイルを引き抜いて振り返った。
「物を適当にしまうことがあるけれどね」
手に持っているのが、目的の名簿らしかった。毎年中身だけを入れ替えているのか、ファイルは大分年季が入っているように見える。
藍はそれを持ってきて、亜凛に渡した。
「ありがと。さーてと……」
亜凛は満足そうに呟くと、ファイルを開いた。
中身には、紙を滑り込ませるタイプの透明なページがたくさんあった。その中に、1ページに裏表二枚組で名簿用紙が入れられていた。
「名前……性別……出生……血液型……ランク……能力……住所……電話番号……へえ、結構詳しく書いてるんじゃない」
亜凛は、ザッと目を通して読めたものを口に出した。
これだけの情報量があれば、空亡の抽選券を盗んだ犯人が見つかるかもしれない。
しかし、情報量が多い分、文字や顔写真はより細かった。これから名簿部分の全ページを写真に撮る身としてはありがたかったが、目が疲れるのもまた事実だった。
「どう?気に入ってくれた?」
藍はそう尋ねた。
確かに亜凛からすると、この名簿は予想を遥かに上回る情報の宝庫だった。
「うんうん、結構良さげね。じゃあ全ページ撮らせてもらうわね」
それから10分ほど、シャッター音は続いた。ページをめくっては撮り、めくっては撮りを繰り返し、携帯の写真フォルダはみるみるうちに膨れ上がっていった。
やっと最後のページを撮り終えると、亜凛は達成感に満ちた顔でフォルダを遡り始めた。
「お疲れ様。その写真は使い終わったら、携帯ごと私のところに持ってきてね」
藍はファイルを本棚にしまいながらそう言った。
そして亜凛の方を振り向くと、静かに、しかし嬉しそうに微笑んだ。
「……ずいぶん仲良くなったのね」
亜凛は目を見開いた。
しかし、携帯の電源を落としてポケットに入れながら、亜凛は窓の外の遠くを眺めた。
「……別に。毎日毎日ああやって愚痴聞かされてたんじゃ、こっちもたまったもんじゃないのよ」
それを聞いても、藍はクスクスと笑っただけだった。
亜凛は足早に入り口へ向かった。しかし、取っ手に手をかけたとき、不意に振り返った。
「そうだ。持ち物点検の結果表って、見せてもらえる?」
──亜凛は携帯を閉じた。すると、部屋の中はずっしりと重い闇に包まれた。
「まったく……『仲良くなったのね』なんて、勘違いもいいとこだわ。あたしとあいつは、一度だって仲が悪かったことなんてないわよ」
一人そう呟くと、窓の方へ行きカーテンを少しだけ開けた。
綺麗な満月だった。開けた隙間から入る月明かりだけで、部屋の中は青白い光に包まれた。
「月も隠れる天災、か……。マトモな目的のある喧嘩なんて、いつぶりかしらね」
まだ気が早いだろうか。たった今スクリーンショットした名簿の人物が本当の犯人かもわからないし、そもそも空亡の抽選券は盗まれてなんかいないのかもしれない。
しかし、亜凛には一つだけ、確かな確証があった。
空亡が、大切な物を失くすはずがないのだ。
そういう質だ。特別物の整理が得意なわけではないが、本当に大事な物は失くしているのを一度も見たことがない。
亜凛はもう一度携帯を開くと、画面を見ながら口角を上げた。
「抽選会は明日……開始時刻は午後7時。場所は……丁度良い。ルートが一つしかないわね」
本当に、最近の機械というものは便利だ。欲しい情報は一瞬で手に入る。
亜凛は携帯画面に写真を表示すると、溜息をついた。
「抽選番号は490315。持ってる番号が被った時点で、あんたのチェックメイトよ」
画面には、前髪で片目が隠れた女の子の写真が映っていた。
「あぁーもう今日当日だよおおーー!!」
空亡が唐突に声を上げた。亜凛はビクリとして、眉を寄せて空亡を見た。
「な、何よ朝っぱらから。抽選会のお話?」
「うん……」
亜凛は箸を下ろすとそう尋ねてきた。空亡はこくりと頷き、ため息をついた。
今日がタイムリミットだ。ここで抽選会の時間までに抽選券を見つけられないと、PCの話は無かったことになる。
空亡は今や絶望顔で、暴風雨を呪い殺しそうな勢いだった。元はと言えば、暴風雨さえ無ければこうはならなかったのだ。
しかし、今更そんなことを思っても意味がないのは、空亡にもわかっていた。
「……諦めちゃおうかなぁ。やっぱり、ちゃんとバイトしてお金貯めた方がいいのかもしれない」
空亡は朝食そっちのけで、テーブルに置いた箸はもう手に取らないのではないかと思われた。
「いや、あんた学校があるでしょ。あたしから見るに、放課後のバイトは疲れてやめるだろうし、土日のバイトは休みが勿体無くてやめると思うわよ」
亜凛はニヤリと笑いながら、鋭く指摘した。
これは面白がっているのだろうか。それとも、諦めるなと言っているのだろうか。
空亡にはわからなかったが、今はそんなことを考える余裕は無かった。
「それじゃあどうやってPC手に入れればいいー?」
そう言う空亡の声は、半分食い気味である。しかし亜凛はそれを気にすることもなく、椅子から立ち上がって食器をさげ始めた。
「さあねぇ。それはあたしにはわかんないわ」
空亡はそれを聞いてムスッとした顔をし、無言で朝食の残りを食べた。なんとなく、喉の通りが悪かった。
それからしばらく、空亡の頭から抽選券とバイトが離れなかった。
歯を磨く時も着替える時も、鞄を背負う時も靴を履く時も、それは頭にまとわりついていた。
確かに、亜凛の言うことは的を射ている。恐らく自分には、バイトは長続きしない。
しかしそう言って甘えていても、PCは手に入らないのだ。
そう考えると、やはり抽選会というものが一番のチャンスであった。誰がなんと言おうと、ここが一番の正解ルートな気がする。
結局家を出る頃には、空亡の抽選券捜索魂に再び火が点いていた。
家から出て間も無く、灰色の簡素なゴミ捨て場が見えてきた。
「もしかしたら、うちの近くで落としたやつを捨てられたのかもしれない……いざ!!」
空亡はそこに目をつけると、一気に突っ込んだ。
見つからなかった。
当然といえば当然だが、ここには二度と突っ込まないと心に決めた。
いくらか中身の散乱したゴミ袋もあったが、空亡は見なかったことにしてその場を後にした。三角コーナーが本気で嫌いになりそうになった。
今日も快晴であった。暖かい風が吹いており、時折遠くから聞こえてくる電車の音が耳に心地良い。
空亡はリフレッシュされた気持ちで、卵の殻を肩から払い落としていた。少し高価めの茶色い殻なのが妙に腹が立った。
空亡は二度か三度、いかにもな物陰を見つけては飛び込んだ。
しかし、どれだけ捜索しても、結局は制服の汚れが増えるばかりであった。
無駄な抵抗もいいところだ、と空亡は思わざるを得なかった。
外に落としてたとしても、落としたものは紙なのだ。普通ならもう、どこかに飛んで行ってしまっている。
そんなものを探そうとするなんて、それこそ洗脳されてしまっているようなものだ。
「……なんで、失くしたんだろう」
自然に口から溢れた言葉は、これまでの全てに対する疑問であった。
ずっと最初から気になっていたのだ。
ここまで落ち込む前に、なぜもっと厳重に保管しなかったのか。
学校を出る前、学校を出た後、家に入る前。このときに持ち物をしっかりと確認していれば、こうはならなかったのではないだろうか。
いずれも、自分自身の不注意に直結する。
「ごめん亜凛……自分やっぱり、見つけられそうにないよ」
空亡は目を落とすと、溜息をついた。
亜凛は恐らく、口振りから抽選券を最後まで探し続けることを推していた。そのために空亡が弱音を吐く度に何か言葉をかけてくれたし、明るく振舞おうとしてくれた。
思い込みと言ったらそこまでだが、空亡が罪悪感を感じることには変わりなかった。
その後の空亡は、完全に意気消沈していた。
授業で当てられても反応できなかったり、友達が何を喋っているのかわからなくなったりしていた。
さらには社会の時間に言われたページ数を必死に英語の教科書で探したり、数学の時間にノートを半分ほど書いたところでそれが国語のノートだったことに気づいたりと、意識的な方面で崩れていたのだ。
しまいにはお茶を箸で食べようとしたりで、今日の空亡は特別目立っていた。
「はぁ……忘れなきゃ……抽選券はもう……」
家路に向かう時のことだった。
今日の学校は気持ち的に色々疲れるものがあり、空亡は人一倍老けたように見えた。
何気なく腕時計に目をやると、時刻は16:03を指していた。抽選会は、あと三時間ほどで行われる。
空亡はこの三時間を、何も考えずに過ごすことにした。考えたところで抽選券が降ってくるわけでもないし、嫉妬に燃える苦痛が待っているだけだからである。
とりあえず亜凛にかまってもらえれば時間は容易に経過するので、空亡は自分の住むアパートへと急いだ。
「ただいまー……」
自宅に着くと空亡は、靴を脱ぎながら家の中に向かって声をかけた。
しかし、いつもの返事をする声が返ってこない。空亡は不思議に思いながら、リビングへ向かった。
リビングには誰もいなかった。
カーテンは開いたままで、そこから夕日が射している。特に変わったところは無いようだったが、ソファの上だけはクッションやらが乱れていた。
しかしよく見ると、テーブルの上に紙が置かれていることに気がついた。
「……?なんだろ」
紙に近づくと徐々に、何やら文字が書かれているらしいことが目視出来てきた。細い、刺々した文字だ。
《昨日食べてしまった分のカップ麺を買ってきます。ついでに、なんらかのお菓子も見てくるかもしれないので、帰りは遅くなります。
亜凛
追記・プレステのコントローラーしまうとき紐グルグル巻くのマジでやめてください接触悪くなります》
「あ、亜凛が……昨日の今日でもう買い物……!?自分から!?」
空亡は両手に紙を持って凝視し、思わず声を上げた。
いつもの亜凛ならカップ麺の一つや二つ、食べた翌日は大体何事も無かったかのようにソファと一体化している。そのはずが今日は、まさかすぐに自分から外に出るとは……。
空亡は半ば信じられない気持ちもあったが、亜凛にも思うところがあったのだろうと自己完結させた。それが一番、自然だったからである。
「やっぱり亜凛も亜凛だなぁ〜。へへへ」
空亡は、ここ数日には珍しく笑った。せっかくだから、今日の夕飯は何か亜凛の好物を作ってやろうと決めたのだった。
空はすっかり暗くなり、広い道路に沿って立ち並ぶ街灯やビルなどの光によって、キラキラと煌めいていた。
そんな夜にもなると交通量はいくらか減り、街は日中に比べるとまだ静かだ。
そんな中に、一つの人影があった。
「この夜景も綺麗なんだけど、残業してる社畜達が出してる光って考えたらなんとも言えないわねー……」
亜凛は手に買い物袋を提げて、歩道を歩いていた。
歩道は基本的に白色で、タイル状のデザインだった。そしてその横を、服屋のショーウィンドウなどが明るく飾っている。
二度か三度信号無視をした後、亜凛はポケットから携帯を取り出した。そして、電源をつけて時刻を確認した。
現在時刻は18:37。それだけを確認すると、亜凛は口元を少しだけニヤつかせた。
そして歩く足を止めることもなく、携帯の画面を消しながらポケットに戻した。
「……ひっさびさの夜遊びね」
信号は青だった。
次の信号も青。その次も青である。
しかし、人影は全く驚く様子も無かった。ただただ悠然と歩き続け、着々と目的地へ足を運んでいく。
マンションの前を歩き、『この先工事中』の看板の前を通っていくと、開けた道路に出た。
人影はそこで、一旦足を止めた。
不意にポケットから紙切れのようなものを取り出すと、それを軽く折ったり丸めたりし始めた。
その奇行は、特別長くは続けなかった。まもなくすぐに気が済んだのか、その紙を広げた。
するとその途端、背後に強烈な気配が現れた。
「490315〜?なんだか既視感あるわねえ」
「ッ!!?」
人影は、慌てて距離をとった。すると、陰になっていた暗闇から亜凛が現れた。
「いやぁ〜、もしかして『絶対当たるおまじない』かなんかの途中だった?」
亜凛は嘲るように笑うと、相手を真っ直ぐに睨みつけた。
「あんたが犯人で間違いないわね?麗戯 裕姫」
人影は、やっと明るい場所に出てその姿がはっきりとした。
裕姫は、紺色の髪をしていた。前髪で片目が隠れている。
明らかに亜凛の登場に動揺している様子だったが、表情にはまだ余裕が浮かんでいた。
「……だとしたら?」
裕姫は、それしか言わなかった。
すると、亜凛はそれをさもつまらなそうな顔で聞き、ため息をついた。
そして空を見上げた。空には、綺麗な満月が登っていた。
「思い出補正だったのかね」
裕姫はまだ動かなかった。亜凛の底を、ポテンシャルを探っているのかもしれない。
「お月さんは今日も元気みたいよ。『月も隠れる天災』は、いつの間にかあんたみたいなジャリ一匹ごときにも舐められるようになっちゃったみたいね」
そう言うと、亜凛は首を回してポキポキと音を鳴らした。
「お茶を濁すんじゃないわよ。あんたは黙ってあたしの質問に答えればいいんだから、質問に質問で返してくるのはやめなさいよ」
「あっはは、ごめんね〜。ボクも案外急いでるもんでさ」
裕姫が言ったその瞬間、頭上から何かがギシギシと軋む音が聞こえた。亜凛は咄嗟に上を向いた。
看板だった。
ビルの屋上に立っていた、巨大な鉄の看板だ。それが亜凛目掛けて、一直線に落下してきた。
しかし、亜凛は一瞬驚いた顔はしたものの、そこから避けようとはせず、かわりに片手をかざした。
しかし今度は、途端に買い物袋が軽くなった。
「えっ……!?」
思わず買い物袋に目を落とすと、袋が破けて中身が散乱していた。カップ麺数個はもちろんのこと、亜凛が買い込んだ細いお菓子類も地面にバラバラと転がっていた。
それが命取りだった。
亜凛が気づいた頃には、看板は地面まで残りわずかだった。亜凛は急いでそこから走ると、ジャンプして飛び込み前転をした。
背後で、頭に響く衝撃音が鳴った。素早く立ち上がって確認すると、買ったものが転がっていたあたりには、ずっしりと重そうな巨大な看板がのしかかっていた。
「チッ……見れば見るほど癪に触る能力ね『乱数調整』ッ!!」
亜凛は裕姫を睨みつけて叫んだ。しかし裕姫は笑っただけで、ポケットから何やら金属のコントローラーのようなものを取り出していた。
「ボクの能力知ってるんだね。そう、ボクが操るのは『乱数』」
裕姫は片手にコントローラーを持つと、ボタンを押し始めた。
「現実で言うと『バタフライ効果』。君の正体が空亡の友達なのか何なのかはわかんないけど、どんな経験も偶然には負けちゃうってわけ」
亜凛は一度、深呼吸をした。
駄目だ。せっかく貯めたお金が全て水の泡になった。今日の明るい時間からずっと厳選し続けてたお菓子も、今はパーなのだ。憤りを隠すのは難しいかもしれない。
すると、今度は地鳴りが響き始めた。体の芯を直接揺らしてくるような、気持ちの悪い振動だ。
「!!……これは……?」
地鳴りはどんどん大きくなってくる。そして、亜凛は目を見開いて足元を見た。
次の瞬間、亜凛がいた辺りの一帯は派手に爆発した。
土と瓦礫と煙が飛び散り、近くの建物は窓ガラスをガタガタいわせている。
裕姫は、悦に入った表情で煙を見つめた。これで終わりだ。あとは会場に──
「……なーるほど。地下にある何かのパイプを破壊したわけだ」
「!!」
煙の中から、亜凛の声が聞こえた。全くダメージを受けていないようだ。
すると、立ち込めていた煙が、轟音と共に瞬時に空へ巻き上がって消えた。
そこには、宙に浮く亜凛がいた。
亜凛はそれ以上言葉は発さず、裕姫を見据えて突進した。
間一髪である。慌てて避けた裕姫が先ほどまでいた場所は、亜凛の飛び蹴り一発で粉々に砕け散った。
しかし、それだけでは終わらない。
亜凛はすぐに裕姫を捉えると、足で地面を踏んづけた。
すると、一斉に巨大な地震が起き始めた。地面が割れて炸裂する。
不思議と建物は倒壊しなかったが、吹っ飛ばされた裕姫は地に伏していた。
「ほらほらどうしたのよ!!見せなさいよ、あたしにも勝る『偶然』ってやつを!!」
そのとき、あたりがピカッと光った。
続いてゴロゴロと音が鳴り、それと同時に、裕姫のすぐ真横に雷が落下した。それは地面を叩き割り、激しい衝撃音を鳴らした。
裕姫は直撃こそしなかったものの、衝撃で再び飛んだ。しかし、飛びながらコントローラーをいじると、飛ばされた先は一番地面が平らな場所だった。
「ぐっ……!」
裕姫はすぐに体勢を立て直すと、片手で素早くコマンドを押した。
すると今度は、途中まで裕姫目掛けて降ってきていた雷が急に軌道を逸らした。それはそのまま真っ直ぐ、亜凛へ向かって降ってきた。
亜凛は眉を上げると、雷に手を向けた。
すると、手から大洪水のような水圧のビームが射出された。それは雷にぶつかると一瞬弾けたものの、すぐにそれすらも飲み込んだ。
しかし、再び攻撃しようと視線を戻した亜凛は、キョロキョロと辺りを見回した。
裕姫は、姿をくらませていた。
「はぁ……なんなのよあいつは」
裕姫は、建物と建物の間の狭い通路を通っていた。
当然光は無い。車一台がやっと通れるくらいの幅しかないその場所は、人を見つけるのは困難なように思われた。
しかし、その考えが甘かった。
空から、猛スピードで亜凛が飛んできた。一直線に裕姫を狙って、拳を構えて突進してくる。
裕姫がそれに反応したのは少し遅く、もう手遅れのタイミングだった。
「んぶっ!!」
亜凛は、全力で裕姫の顔を殴りつけた。すると裕姫はそのまま数メートルも吹っ飛び、ゴミ箱の群れに叩きつけられた。
ゴミ箱はガラガラゴロゴロと大きな音を立て、四方に倒れた。その様子を眺めながら、亜凛は腰に手を当てた。
「さーあ観念して頂戴。あんたごときが天下の亜凛様に逆らおうなんて1兆年早いわ」
裕姫はしばらく、倒れた状態のまま息を切らして胸を波打たせていた。しかししばらくすると、再び動き出そうとした。
亜凛は、そこを見逃さなかった。
その瞬間、何かが降ってきて大爆発を起こした。ちょうど、裕姫の後ろだ。
亜凛は風圧で服をはためかせただけだったが、咄嗟の事態に混乱した裕姫は、その場で硬直した。
「逃がさないわよ。さっさと抽選券返して」
裕姫は、亜凛を見上げた。まだ生気のある目をしていたが、もう諦めた様子だった。
「君は……一体全体、どーいう──!?」
「あたしの能力は『裁量災害』。小さな範囲から星単位まで、自然災害は全てあたしの手の内なのよ」
亜凛はそう言うと、面倒臭そうにため息をついた。
昔から恐れられ、忌み嫌われ、たまに尊敬される。そんな能力だった。1人の中学生女子ごときが、どうにかできるものではない。
降らせた隕石は、牽制をするのにはあまりに十分すぎた。
「あんたもあたしが相手でツイてなかったわねー。それより」
亜凛は、今日イチ恐ろしい剣幕で裕姫を睨みつけた。裕姫は、心なしか縮こまったように見えた。
「なんで空亡の物を盗んだのよ……失くなったって気づいてから、あいつがどれだけ落ち込んでたかわかってんの?」
あわよくば、もう一撃浴びせてやろうと考えた。答えはほとんど限られているし、まずマトモな理由じゃないだろうからだ。
裕姫は俯いた後、少し笑って口を開いた。
「……弟の誕生日が、近いんだ」
亜凛は目を丸くした。力んでいた拳が思わず緩む。
「パソコンが欲しいっていうのは、前々から聞いてたんだよ。そしたら丁度、抽選会の賞品でパソコンが手に入るって話を聞いてさ」
裕姫は、自分の掌を見下ろした。今は傷だらけの手がそこにはあった。
「ボクになら、一等を当てることができる。そう気づいたんだ。でもいざ例の雑誌を買いに行ったら、もう売り切れてて」
目を閉じて首を横に降ると、裕姫は口角を上げたままため息をついた。
「どこもかしこもだよ。暴風雨とかなんとかの影響だって。ボクがせっかく見つけたチャンスは、それだけで──」
「それで空亡の物に手を出したわけね?」
亜凛は裕姫の話を遮った。裕姫は一瞬驚いた顔をしたが、一言「うん」と言って頷いた。
「はぁ……」
亜凛は、暗い目で裕姫を見下ろした。
そして、足を一歩踏み出す。もう片方の足も一歩踏み出す。そうして、一歩一歩裕姫に近づいた。
裕姫は覚悟を決めた顔をしていた。しかし、やはり不安は隠せない様子だ。亜凛が近づいてくる間、ひたすら目を泳がせていた。
最後の一歩は、やけに大きく鳴り響いたように感じられた。ゴミ箱の群れにもたれかかるように倒れる裕姫の真ん前に、亜凛は仁王立ちする。
亜凛の手が動いた。それは上に上げられ、今にも振り落とさんとされた。
裕姫は目を瞑った。
──ゴツン。
狭い路地裏に、鈍く硬い音が鳴り響いた。
裕姫は、目を見開いていた。頭がジンジンする。しかし、それだけだ。
上を見上げると、拳を掲げた亜凛が見下ろしていた。
「バーッカ。そんなもんでパソコン手に入れたって、あんたの弟が喜ぶわけないでしょうが」
亜凛はいつやったのか、すでに盗んだ抽選券を片手に持っていた。
「でもま、今回はあんたの事情に免じてこれで大目に見といてあげるわ。その代わり、次に空亡の物に手を出すときは、先に遺書を用意しとくことね」
まだ信じられないという顔の裕姫をよそに、亜凛は踵を返して歩き始めた。
しかし途中、一度足を止めると振り返ることなく口を開いた。
「……弟は大切にしてやりなさいよ。姉のあんたがお手本になれなくてどうするのよ」
手ぶらになった亜凛は、服の両袖をヒラヒラさせながら、街の中へと消えた。
ガチャリと音が聞こえた。
すると、空亡はドタドタと音を立てて玄関へ向かった。
「亜凛!もうとっくに7時すぎてるよ!?せっかくご飯作ったのにまたチンして──!!」
しかし、空亡の説教はそこで途切れてしまった。口が開いたまま顔が固まっている。
玄関には、亜凛が立っていた。しかし置き手紙にあったようにレジ袋は持っていない。代わりに、手には『一等賞』と記された紙袋を下げていた。
「……よ、寄り道してたのよ。ほら」
亜凛は頬を赤らめると、自分の真横にあった壁を睨みつけた。そして、紙袋を持った方の手を突き出した。
その瞬間だった。
その一瞬で、空亡は亜凛に飛びついた。
「あああああああああッ亜凛様ぁ〜〜〜!!」
「うわあっ!?ちょっや、やめっ、やめなさいってばっ……空亡!!あんたいい加減に……!!」
亜凛を全力でホールドする空亡に対して、亜凛は真っ赤なまま振り解こうともがいた。しかし、その様子は生き生きとしていた。
「それで?あなた的にはどうだったの?」
「はぁ?」
携帯の画面を見ながら、藍が亜凛に尋ねた。
亜凛は、再び柊花中学校の生徒会室を訪れていた。約束の通り、携帯に入っている画像を消しに来たのだ。
亜凛はなんとなくで会話している風にしていたが、ただ単に言葉を濁しているだけだった。
「別に……。あたしはなんとも」
「ふふふ、相変わらず素直じゃないわねぇ」
名簿フォルダの画像を消していきながら、藍は面白そうに笑った。
「もー亜凛さん嘘つかないで下さいよー!昨日だって空亡さんが例のパソコンいじってたとき、すっごい嬉しそうに見てたじゃないですか!」
鏡子が机に手をついて立ち上がると、ニヤニヤしながら横槍を入れた。すると、亜凛は図星といった様子で呻いた。
「うっ……だからあんたは苦手なのよ……っていうかなんでそれ知ってんのよ!!?」
「フフフ……私のミラーネットワークは、全世界に通じているんですよ」
鏡子は誇らしげだった。しかし反対に亜凛は真っ赤で、ムスッとした顔をしていた。
本当にこいつは情報が速いし、いつも起訴すれば勝てそうなくらいまで深く突っ込んでくる。
「……今日、空亡を見かけた。とっても、嬉しそうだったよ……」
縡破がパソコンの画面を見てキーボードを打ちながら、そう言った。すると、それを聞いた亜凛は眉を上げた。
「そ、そう……?」
「まあ、何はともあれ、事件はそっちで解決できたみたいね」
画像を消し終えたのか、藍はニコニコしながら携帯を持ってきた。亜凛はそれを受け取ると、「まあね」と呟いた。
「御影ちゃんの言う通り、歩尾ちゃんも今日は元気そうだったわよ」
これには、さすがにどう答えてよいのかわからなかった。亜凛は代わりに椅子から立ち上がると、少し目のやり場に困りながら口を開いた。
「……まあ、あたしがあれだけ努力してやったんだもん。つまらない顔なんかさせないわよ」
そう言うと、あとは何も言わずに出入り口へと向かった。
しかし急いでいたのは、場の空気に耐えられなかったのではなく、縡破が『地下パイプ……アスファルト……ゴミ箱……合計、10万、20万、50万……』と呟いていたからだった。
あ、亜凛推してますけどだから亜凛ageしたわけじゃないですよ。前回の話を書き始める前の時点でこういうシナリオって決まってたんでw
乱数調整って現実でできたらめっちゃ便利そうですよね。テスト内容いじったりとか。
まあこの世界ではそういう不正はできないようになってるんですけどwその辺の設定もおいおい書いていきたいですね。
では、また10話でお会いしましょう!