抽選厨の親玉妖怪
どうもセトラです。
思ったより期末テストの結果が雑魚だったので、ヤケになって書き上げました。結局遅いけど更新ペースはこのくらいに安定させたいですね。
今回はなるべく起承転結を先に考えてから書き始めたので、ぽんぽんと書き進められた感じがありますね。でもその分淡々としすぎたかもしれません(?)
とりあえず、第8話です。
空に雨雲が溜まり、啖呵を切ったように雨が降り注いでいた。
とても広い範囲である。町一帯を丸々飲み込むように広がるそれは、太陽が消滅してしまったかのように錯覚するほど、空の青さも明るさも遮ってしまっている。
そんな天気の標的の中に、ぽつりと寂れた駅があった。
そこら辺の駄菓子屋を少し大きくしたくらいのサイズの駅である。観音開きのガラスの出入り口は手動タイプで、建物は古びた色の木造だ。
中にはアンテナをつけた小さなアナログテレビが設置されており、『──部地域に33年ぶりの記録的な暴風雨が発生し、全交通機関がストップ──』と、あまり興味のそそられないニュースが流れていた。
出入り口の前にはトタンか何かでできた屋根がついており、バラバラと大きな音を立てながら、雨がしきりに打ち付けられていた。
そしてその下に、一つの人影があった。
雨宿りをしているのか、雨の音を楽しんでいるのかはわからない。しかし手には傘も持たず、かといって困っている様子でもないのだ。
そこへ、一羽の烏が降りてきてとまった。羽を濡らせて、表情の無い顔をキョロキョロさせている。
すると、不意にその人影が話し出した。
「いやぁ〜参っちゃうね〜。こっちの都合は全く考えないんだからさ」
人影は、女学生だった。
あまり長くない紺色の髪をしており、前髪が右目を覆って隠している。
烏は言葉を理解していないのか雨音で聞こえていないのか、全くもって反応を見せなかった。
しかし少女はそれを気にすることもなく、肩に掛けていた鞄を背負い直して口角を上げた。
「まぁ、自然に悪意は無い訳だし、この雨も偶然に過ぎないんだろうけど」
そう言うと、地面に爪先を二回トントンと当てて靴を履き直し、空を見上げた。
そのとき、雨音がピタリと止んだ。
途端に訪れた静寂は、むしろ耳を圧迫するようだった。屋根から滴り落ちる雫の音しか聞こえなくなり、あたりも明るくなり始めた。
そして、雲と雲の間から陽光が射し始めた。それは次第に大きくなり、間も無く空は嘘のように青空となった。
「降るのが偶然なら、晴れるのも偶然。ふふ、これこそが必然だね〜」
飛び去る烏をよそに、少女はそう言った。
特別、雨宿りという概念は無いみたいだった。
しばらく、ガタゴトと籠った音が鳴っていた。
何かを探すような音だ。大きな塊を退かしたり、何かの紙を払いのけたり、結構まあ焦り気味の様子である。
しかししばらくするとそれは止み、今度はドタドタという足音に変わった。
音からして、その足音は騒音を発し続けていた部屋のドアを開けたらしく、より一層足音がうるさくなった。
そして次の瞬間、部屋のドアがバーンと開いた。
「自分の抽選券がない!!どーいうことか聞かせてもらおうか亜凛!!」
「……空亡。人の部屋にはノックしてから入るのが礼儀って教わんなかった?」
開け放たれたドアのところで仁王立ちする空亡は、緑の髪に赤縁眼鏡の女の子だ。そこそこ長い髪で、先の方を一つに結んでいる。前髪もやや長い。
今は怒りの中に奇妙な満足感を覚えたような顔をしており、比較的パッチリした目から注がれた視線の先に亜凛と呼ばれた人物がいた。
亜凛は床に寝そべっていた。
髪は紫で、肩と同じくらいか少し長いかくらいの長さだ。頭の後ろの髪の一部だけを結んでいる。
そしてどういうわけか前髪をかき分けるように、額から角が2本突き出ている。
こちらは真っ赤な瞳で、まるでやる気のない目をしている。
限界まで体を動かさないように目線だけを空亡に向けるものだから、凄まじい形相で睨んでいるような顔になっていた。
「で、何?」
「何?じゃなくて!!自分が今日手に入れた抽選券!!一等当選すれば、どこだかの会社が今度出す最新PCが発売前に手に入っちゃう神の抽選券なんだよ!!」
亜凛はあからさまに面倒くさそうな顔をした。
「あーはいはいわかったわかった。つまりあんたは、その抽選券が無くなったのはあたしが盗んでったからだと思ったわけね?」
「違うの?」
「そんな得体の知れないもん誰が盗ってくっていうのよ……」
空亡は真剣な顔で考えを巡らせているような雰囲気を醸し出しているが、醸し出しているだけだった。
亜凛は欠伸をすると寝返りを打ち、空亡を見た。
「どっかに落としたんでしょ?学校とかにあんじゃないの」
「それじゃあもう絶対見つからないじゃん!!ゴミに捨てられてるか誰かに拾われてるかの2択だよ!!」
「はぁ……じゃあ後者であることを祈ってればいいんじゃない?」
「ぐむむむ……」
空亡は話しているうちにもどんどん落ち着かなくなってきたらしく、今度はソワソワと歩き回り始めた。
「あ、ていうかさ。その抽選券っていうのは、どこに売ってるの?そんなに必要ならもう一回買ったほうが早いんじゃない?」
亜凛がそう言うと、空亡はため息をついて首を振った。
「それがダメなんだよー……その抽選券もともと雑誌の付録なんだけど、肝心の雑誌がアホみたいな暴風雨のせいで輸送ストップになってるみたいで」
「てことは、この辺に売ってるその雑誌はもう在庫ゼロってこと?」
「今日自分が買ったやつが最後……」
亜凛は、これはもう救いようがないな、と思った。
そもそも、その抽選券が見つかったところでどこだかの会社の最新PCが手に入るわけでもない。
「じゃ、ご愁傷様ってことで。お疲れ」
亜凛がそう言うと、空亡は深いため息をついた。そしてそのまま、何も言わずに部屋を出て行った。
亜凛はしばらく、閉められたドアをなんとなく眺めていた。
「まったくー……あんな冷たい言い方があるかい。身体だけじゃなくて心まで鬼ってか」
空亡は、自分の部屋に引っ込んでいた。
戻ってみると意外と埃がすごかったので、窓を開けている最中である。
「(でも、こんなに探したんだし、うちに無いのはほぼ確定かなぁ)」
空亡は、再びため息をついた。
まずは明日、一度学校を探してみるしかない。通学路も含めてだ。
そして、なるべく人には聞かない。『抽選券がどこかにある』という噂が立つと危ないからだ。あくまで『探し物』に止めておこう。
実際成果はまず期待できないが、行動しないよりはマシだろう。
「あぁーもうほんとモチベ下がるなぁー……どうやって見つけろっていうんだよー……」
ベッドに大の字に倒れこみながら、空亡は既に音を上げていた。
「……」
「……」
「……」
「あああああもううるッさいなぁ!!」
「!?」
澄み渡る青空の下、一つの怒号が飛んだ。
怒号の主は空亡である。現在通学真っ最中で、抽選券が落ちている確率の高そうな自動販売機を調べている途中だったのだ。
しかしその調べ方のあまりの徹底ぶりに、道行く人は皆何かをヒソヒソと喋ったり笑ったり、とにかく絶体絶命の身からすると耳障り極まりなかったのである。
「お、おう……朝からどうした」
声をかけてきたのはこいつが初だ。そう思いながら振り向くと、そこには赤髪の女の子と桃色の髪の女の子が立っていた。
「なーんだ彩莉か。……ってうおお!?」
空亡は声を上げて飛び退いた。それにつられて、彩莉と美鑑も飛び上がった。
「ど、どうしたの」
美鑑が怪訝な顔で尋ねた。
これこそが余計な反応だった。『事情は一切詮索させない』という自分ルールのせいで、その事態に繋がりそうな場面に対して過剰になってしまっていたのだ。
冷静になるのだ。たかだか抽選券一枚で血眼で争奪戦なんていう地獄絵図にはふつうならない。ましてや、相手は美鑑と彩莉だ。変態の多いあの学校の中では、まだマトモな部類に入るはずだ。
冷静になるのだ。
「いやー、ちょっと悪霊飛んでるの見えたもんだからー!最近多いから二人も気をつけてね」
「ええっ!?いや、えっ悪霊……えっ」
空亡は苦笑いで適当に誤魔化したつもりだったが、悪霊ジョークは美鑑によく効いたみたいだった。
「悪霊って……お前は能力が能力だけにウソかホントかわかんないんだから、ネタで言ってるんならほんとやめろよな」
彩莉は苦笑いしていたが、やはり警戒している様子だった。どれだけ強い能力者でも、幽霊は怖いらしい。
空亡はここで、『抽選券のことを隠す』という意識を解いた。
もちろん教える気は無いが、そこまで必死に隠す必要も無さそうだからである。
「ごめんごめん!まあマジレスすると自販機の下にお金落としただけだったんだけどさー!もしかしたら『ジュース買わないほうが良い』っていう神のお告げかもしんないねー」
この言い訳だ。これで全て片付く。なんで思いつかなかったんだろう。
空亡がそう言うと、美鑑も彩莉も納得した様子だった。ここは探索ポイントが自販機下であったことに感謝すべきだろう。
結局その後、空亡は通学路を調べる事なく学校まで着いてしまった。なんだかんだで、結構精神的に来ていたのだ。
しかし、さらに精神的に来るのはこれからである。
というのも、学校に着いた途端、目的意識が格段に燃え尽きてきてしまったのだ。
通学中は、望みはないにしても手当たり次第に探せる場所がたくさんあった。しかし、学校はそうはいかない。
毎日執拗ともいえるくらいに施される教室掃除。こいつが、大半の希望を奪っていく。
『教室に落としていたのなら、教室掃除が気づくはずだ』
『拾われていないのなら、もうゴミになったに違いない』
教室掃除はいつも、こうして紛失物を探す者達に厳しい現実を突き付ける。こうして知らず知らずのうちに、学校には負の感情が渦巻くようになっていくのだ。
「昨日は1日教室から出てないし、落としたにしては完璧に消滅しすぎてる気がするなぁ……」
空亡は鞄から教科書類を取り出しながら、独りそう呟いた。そして、顔をしかめてため息をついた。
嫌な考えが頭に浮かんだのだ。しかも、正直なところ昨日から少しずつ警戒していた考えだ。
誰かが盗んだ。
もちろん、こんなことは考えたくない。何より、自分の『敵』にあたる人物がこの教室内にいるということが、実は少しだけ耐えられない。
しかしそのとき、同時にもう一つの考えが頭をよぎった。
「……誰かが拾ってくれた?」
これは有り得るだろうか。
実際、教室内に見知らぬ抽選券が落ちていたら、拾って先生に渡すのがふつうの対応じゃないだろうか。
そう考えると、朝のHRが鍵となってくる。
ここで落し物情報が出なければ、残念ながらほとんど敗北を認めなければならないだろう。
すると、今度は緊張してきた。
まさか今日のHRが運命の分かれ道になるとは、寝ぼけ眼に眼鏡をぶっ刺して悶絶していた朝の自分には思いも寄らなかった。
「これ歩尾ちゃんのかしら?すぐそこに落ちていたんだけれど」
「えっ?」
心臓が宙返りしたような気がした。
まさかそんな近くに落ちていたなんて……全く気がつかなかった。
期待顔を輝かせて振り向くと、そこにはポケットティッシュを持った藍が立っていた。
「あれっ、うーんと、抽選券……あっ、うん。自分のだわそれ」
「う、うん?そう……?はいこれ」
受け取る手が覚束なかったのは覚えている。言葉の通り、魂が抜けたような感覚だった。
人生そう上手くはいかないものだ。こういうフェイクも紛れている。
空亡は再びため息をついて、机に頭を乗せた。
何をして時間を潰そうか。いつもの通りに漫画を読むにしても、今のこの状況下では内容が頭に入ってこないだろう。
空亡は、ぼんやりと時計に目をやった。
現在時刻は8時6分。あと登校時間終了までは9分あるし、HRが始まるのはさらにまだその後だ。
それを考えると、結局漫画を読むのが一番だという結論に至った。体勢はそのままで、片手を机の中に突っ込んだ。
少し探った後、漫画独特の派手さのある表紙が顔を出した。
この学校は、漫画の持ち込みが許されている。『読書は休憩時間にするためのものなので、その時間くらい何を読んでも構わない』というのが理由らしい。特別誰かが抗議したわけではなく、創設時の校長から今の校長までの全員が有能だったというだけの話である。
しかし今は、校則に関してはそこそこ気に入っているものの、もっと落し物捜索の強化をした方がいいというのが本音であった。
漫画を開いてはみたが、絵しか頭に入ってこない。たかが抽選券で大袈裟かもしれないが、空亡にとっての最新PCは、それほどの価値があった。
結局、担任が来るまで何もできなかった。10秒おきに時計を見るのが永遠に続いたような気がした。
鼓動は、速くなるばかりである。ここで落し物の知らせがあれば、この不安は解消されるのだ。
空亡は藍の号令に合わせて、半分自分が何をしているのかわかっていないまま礼をした。
「はいおはようございます。えーっとじゃあ連絡入ります」
担任がそう言うと、空亡は競馬でも見ているかのように担任を凝視した。
「んー……あ、そうそう。まずは先生の方の都合で二時間目の数学と三時間目の異能学入れ替えだから」
国語と社会が入れ替わるだけか。いいから早く次の知らせに移れ……。
「それから……吹奏楽部の演奏会があるらしいから行きたい人は明日までに先生に言ってください」
野球部の演奏会とか誰が見に行くんだよ……いいから次。
「あとは……あ、美術の課題終わってない人は昼休み美術室に行ってください」
終わったと言えば終わりなんだよ……それが自分の感性だ。次。
「あと今年結構暑いみたいで明後日から夏服移行期間入ります」
既に着てる奴毎朝五人くらい見るんだけど……次。
「以上です」
「は?」
空亡は目を剥いた。
予想はできていた。しかし、覚悟ができていなかったのかもしれない。
つまり昨日の時点で、もうこの教室そのものから抽選券が消えていたことになる。
そうなると、もう手立ては無い。
「そんな……自分の抽選券が……」
空亡はフラフラと立ち上がり、礼というよりもただただ身体を脱力させながらそう呟いた。
「……亜凛は何て言うかなぁ」
「あっはっはっは!!え、結局見つからなかったの?」
夕飯時だった。
亜凛は大笑いで、昨日のときよりよっぽど興味が湧いたようだった。
「他人の不幸がそんなに面白い?」
空亡はムスッとしており、野菜炒めを食べるともなく突っついていた。
「あんただから面白いのよ。そんなに大切なもんなのに失くすことなんて、あんたにもあるのね」
亜凛は、白米を大量に口に放り込みながらそう言った。単純に面白がっているようにも見えたが、その目は興味深そうに空亡を観察していた。
「自分も誤算だったよー……管理状況は完璧だったハズなのになぁ……」
空亡の頭の中には、まだ前日の学校の風景が浮かんでいた。
厳重にプリント入れに保管してから、一度も取り出していないし、話題にも出していない。昨日の朝にコンビニで雑誌を買ってからというもの、一度中身を確認するために雑誌を開いて抽選券を抜いてから、触っていないのだ。
「で、どうするの?諦めちゃう?」
亜凛はそう尋ねてきた。
もちろん実際のところ、まだ諦めたくはない。しかしもう手掛かりが無い以上、探しようがないのだ。
それに気がつくと、抽選券ごときで舞い上がっていた自分がバカだったように思えてきた。
空亡は抽選券を手に入れた時点で、自分が一等に当たる姿しか考えていなかった。しかし、本当はそんな確率、ごくごく僅かなのだ。想像して簡単にその通りになるほど、抽選というものは甘くない。
少し、抽選会を神格化しすぎていたような気がした。
「うーん……やっぱPCは自分でお金貯めて買えってことなのかなぁ」
「ふーん……」
亜凛は窺い知れない表情で、口をモグモグと動かせながら空亡を観察した。空亡は、少しだけ目を逸らした。
「あたしはうまい話なんて、この世のどこにでもあると思ってるんだけどね」
亜凛がそう言ったのを聞き、空亡は驚いて顔を上げた。
「だってその抽選だって、必ず当たる人が一人、この世のどこかにいるわけでしょ?それがあんたでもなんにもおかしくないじゃない」
元気付けてくれているのだろうか。よくわからないが、空亡の極端に落ち込んだ気持ちを、亜凛は最初から察していたのかもしれない。
「でも、自分は今抽選券すら持ってないんだよ?」
「あーもううっさいわねえ」
空亡が訴えかけると、亜凛は箸を置いてため息をついた。
「そうやってマイナス思考吐きまくるから、上手くいくもんも上手くいかなくなるのよ。亜凛様の言うことは百発百中なんだから、必ずどっかから抽選券が出てくるって信じてた方がこの先明るいわよ」
ハッタリなのか説教なのか、何かを仕込んでいるのかはわからなかった。しかし、そんなことを考えるのはおこがましい程に、亜凛には説得力があった。
「……なんだかんだで亜凛も、やっぱ長いこと生きてるんだね。それって人生経験か何か?」
空亡がそう言うと、亜凛はふふっと笑った。
「最近じゃうまい話も減ったもんだけどね。パチンコの規制が厳しくなっちゃったのは、この身体の見た目も含めて許せないわ」
翌日も、空亡は学校の中を散策した。しかし、昨日よりも少しだけ自信に満ちていた。
常に希望を持って行動し続ければ、いつかは報われる。そんな気がしたのだ。
しかし、とうとう抽選券が現れることはなかった。
眩しい夕焼けの中、空亡は自分の住むアパートの汚れた階段を登った。
結局、そうして重い玄関扉を開けるのも、いつもと同じだった。進展は、驚くほどに何も無かった。
「ただいまー……」
「はいはいお帰り」
覇気の無い空亡の声に、亜凛はやる気の無い声で応えた。
もう興味が尽きてしまったのか、空亡の気持ちを察してのことか、亜凛は抽選券については尋ねてこなかった。
いずれにしても空亡はそれをありがたく思い、自室の扉を開けてそこに鞄を放り投げた。
ゴンッと重い音がして、鞄はおおよそ机の隣に着地した。
しかし、キッチンに行くと新たな問題が現れた。
「ちょっ、亜凛!今日の晩御飯はそっちの当番だよね!?」
空亡は叱るようにそう言った。
昨日の晩御飯を作ったのは、空亡だった。本当なら、今日は亜凛の日なのだ。
しかし、キッチンはガラリと綺麗だった。何を作った形跡も無く、料理器具も食器も何も出ていない。
しかし、カップ麺が二つだけ、ポツンとそこに置かれていた。
そのとき、欠伸をしながら亜凛がキッチンに来た。そして空亡を見ると、適当に笑った。
「ふふふ、ごめんなさいねー。どうしてもやる気が起きなかったから、カップ麺で許してね」
空亡は、眉間に皺を寄せた。
「あのねー亜凛。このカップ麺は、自分と君が二人ともどうしても晩御飯を作る時間が無かったときのために買っておいたんだぞー?それを面倒くさかったときのために使うって……」
一瞬、間が空いた。そして少し遅れて、亜凛が口を開いた。
「いや、まあそうよね。ごめん」
空亡は、ひどく驚いた顔をした。いつもの亜凛と違って、異様に素直だったのだ。
「わ、わかればいいんだけど」
空亡は亜凛の顔を窺った。
別に、この場を切り抜けるために演技しているようにも見えなかった。そもそも、亜凛はいつもなんとなくであしらってくるので、切り抜ける必要が無いのだ。
それなのにこのかしこまった態度は、単純に反省しているのかもしれない。
「でも、たまにはカップ麺も悪くないか。じゃあ当番通り、亜凛が二人分作ってね」
空亡がそう言うと、亜凛は少しだけホッとした様子だった。そして、すぐにポットの準備を始めた。
その夜、空亡は携帯をいじっていた。
動画サイトのアプリを開いて、ゲームのプレイ動画を観ていたのだ。
しかし、画面を見る空亡の顔は若干不満そうである。
そのとき、洗面所の扉が開いて亜凛が出てきた。ちょうど風呂上がりで、頰に赤みが差している。
「ふぅ〜……いい湯だったわぁ。ん?どうしたの?」
鋭い視線で画面を見る空亡に気づき、亜凛は眉を上げた。
「いや、この動画なんだけどさ……タイトルにはプレイ動画って書いてるけど、どうもTASくさいんだよね」
空亡は、画面から目を逸らさずにそう答えた。
それを聞いて、亜凛は不思議そうな顔をした。そして空亡の隣に行き、画面を覗き込んだ。
「たす?ってなんなの?聞いたことしかないんだけど」
亜凛は何気なくそう尋ねた。すると、空亡は少し考えるように上を向いた後、再び画面に視線を向けながら口を開いた。
「うーん……簡単に言うと、理論上では実現可能な神プレイをやってのけるツールのことかな」
空亡はかなり簡単になるように説明したつもりだったが、亜凛の頭にはまだクエスチョンマークが飛んでいた。
「えーと……?」
「そうだなぁ……例えば、人間の指だと出し切れないスピードで操作したり、乱数調整したりってとこかな」
「乱数調整……乱数調整?」
亜凛はまだ何か悩んでいる様子だったが、乱数調整にピンとくるものがあるらしかった。
しかし、ただのゲームの知識にしては、やけに真剣に食いついてきた。
「それってどんなやつだっけ?」
「えっ、うーんと……敵の動きとかその他諸々が決まる数値を『乱数』っていうんだけど、TASはそれを確認することができるから、自分で特定の行動をして思い通りに調整できるんだよね。それのことだよ」
少々説明が長くなった気がしたが、空亡にはこれ以上まとめることができなかった。
「ふーん……なるほどねぇ」
亜凛は少しだけ感心したようだった。もしかすると、現実で使えたらどんなに楽しいかと考えているのかもしれない。
間も無く亜凛は立ち上がり、自分の部屋に引っ込んだ。空亡は観ていた動画への興味が逸れてきたので、別の動画の検索を始めた。
急いでいたのか、部屋の中は真っ暗だった。
その中で、亜凛の手に握られている携帯だけが白く光を発している。
携帯の画面には、写真フォルダが表示されていた。そこに、何やら細かい文字の書かれた資料のようなものの写真がある。
亜凛はその写真を拡大して、しきりに文字を読んでいた。
「これは見落としてたわ……一番こいつが疑わしいわね」
部屋の中に、スクリーンショットする音が鳴り響いた。
新キャラのストックはまだまだあるんですけど、まさか今回だけで何人も同時に出すとは思ってませんでした。
最近は亜凛さんが一番お気に入りなので僕は浮気性かもしれません。怖いですね二次元って。
そういえば、もう何話か書いたらここまでで登場したキャラの一覧でも投下してみようかと思ってます。ちょっとしたプロフィールと一緒に、主要人物を中心に書いていってみようかと。
キャラの設定は登場させる前にあらかた作ってるので、そこから一部書いていってみます。
とりあえず、第9話もよろしくお願いします。