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異能の用途が広すぎる  作者: セトラ
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隠し事と各仕事

どうもセトラでございます。

なんか投稿ペースが果てしなく気まぐれですが、飽きたことはありません。ええ、ありませんとも。

結構前になりますけど「夢想メディオーカ」っていうこの小説のOP的な曲作ってみたんですよね。僕の中ではとても好評です。(ちなみにYouTubeにあげてからとある友達に聴かせたらどういうわけかEDっぽいと言われました)

とりあえず今回はくだらない話が書きたかっただけです。

 (かさね)は、額を腕で拭った。

 今日の空は、雲ひとつない快晴だった。果てしなく続く短調な青い空、ギラギラと照りつける太陽。

 そしてなにより、昨日の雨の影響で残っている水たまり。これが太陽の熱さによって蒸発して、空気を蒸し蒸しとさせていた。

 そんなことから、まだ5月だというのに今日は真夏のように暑かった。時折吹く風も生暖かく、まったく助けにならない。


「もう……なんでよりによって今日がこんなに……」


 重は一人ぼやいた。ちょうど重の傍を、自転車に乗った男の子たちが涼しげに通り過ぎていくところだった。

 重は今日、母にお使いを頼まれたのだ。今は田園風景の広がる舗装されていない道を歩いており、両手は買った荷物の袋で悲鳴を上げていた。


「いくら休日だからといって、この人使いは粗すぎますって……」


 重はため息をついたが、もう帰るだけだと自分に言い聞かせて、重い足を動かし続けた。

「……自転車に、乗れたらなぁ……」







「ただいまー……」


 重が玄関の扉を開けながら、疲れた声で言った。


「あ、じゅうちゃんお帰り〜。お疲れ!」


 家の奥から、母の声が聞こえてきた。重は思わず頰が緩んでしまった。

 『じゅうちゃん』とは、家族の中での重のあだ名である。『重』という字を別読みしたものなのだが、重はいつも「どうして自分でつけた名前なのに違う呼び方にするんだろう」と疑問に思っていた。正直、響きもあまり好きじゃない。しかし、そう呼ばれると安心するのもまた事実であった。

 靴を脱いでいると、リビングから母が出てきた。重と同じく白髪だが、もっと背が高い。しかしそれは、母が特別高いわけではなく重が小さいだけであった。

 母は「ありがとう」と言うと重から買った荷物を受け取り、せっせとリビングに歩いていった。重は手を洗うために洗面所へ向かった。

 手を洗いながら、重はとりあえずお使いを終えたことにホッとしていた。しかし、この先も歩いて行くことを考えたら気が遠くなった。


 自転車を持っていないわけではなかった。使うことを禁止されているわけでもない。

 そう、新品の(・・・)自転車はもっているのだ。

 重は補助輪無しの自転車に乗れなかった。小学2年生までは悩む事なく補助輪付きに乗っていたものの、高学年になるにつれて使うのが恥ずかしくなってきて、ついには乗らなくなってしまったのだ。

 母からは「いつか乗れるようになったときのために」と自転車を買ってもらっていたが、それも家の傍の物置にお蔵入りとなっていた。


「練習、しますかね……」


 重は顔を上げて、正面にある鏡を見た。果てしなく不安そうな顔の自分が、そこには写っていた。

 そのとき、ポケットに入れていた携帯が鳴り、重はドキッとした。慌てて携帯を取り出すと、画面に受話器マークとともに『美鑑様♡』と表示されており、重は急いで電話を受けた。


「──あっ、つながったよー」


 電話の向こうから、くぐもった美鑑の声が聞こえてきた。


「あ、あの、もしもし?」重が言った。

「あ、重ちゃん!あのね、今日彩莉(ひかり)と一緒にいろんなお店を回ろうと思ってるんだけど、よかったら重ちゃんもどう?」美鑑が楽しそうに尋ねた。

「ふえっ!?お、お出かけですか!?」重は驚いて聞き返した。

 

 今から自転車を練習しようとやっと決意できたばかりだったので、行きたいやら残念やらで複雑な気持ちになったのだ。


「(で、でも、休みならまた来週にもありますし、なにも今日じゃなくっても問題ないですよね!)」


 重は自分に言い聞かせると、口を開いた。


「いつものバス停で大丈夫ですか?」

「あ、ううん。今日は天気もいいから、自転車で行くことにしたの」


 電話の向こうから、美鑑が屈託の無い声で言った。


「(じっ、自転車……ッ!!!?)」


 重は心の中で声を上げた。

 重は、世間では自転車を持っていない設定で通していた。こうすることで、今までの友達との遠出はいつもバスで済ませていたのだ。そんな理由から、どうして突然自転車の話が持ち上がったのだろうと疑問に思った。


「え、え〜と……私自転車は持ってないんですけど……」


 重が冷や汗をかきながら言った。


「え?でも、この前物置に自転車があったって彩莉が……」

「えっ!?ど、どうして──!?」

「いやぁ、この前そっちの家に私と彩莉が遊びに行ったときに、あまりにもやることなさすぎてかくれんぼしたでしょ?あのときに彩莉が──」






──「うーん……この家整理されすぎててまったく隠れる場所がないな……」


 彩莉がキョロキョロしながら二階から降りてきた。すると、ちょうど重の母がリビングから出てきたところだった。重の母は、彩莉を見つけると少し驚いた顔をした。重に似た雰囲気がある。


「あれ、彩莉ちゃん。どうしたの?」

「えっ?あっ、あぁ〜かくれんぼしてるんですよ。でもあんまりにも整理されすぎてて隠れる場所が〜みたいな。あはは……」


 彩莉は頭を掻いた。すると重の母は少し考えた後、ピンときた顔をして口を開いた。


「あぁ〜それなら、物置とかどうかな?」


 重の母が、親指で外の物置のあたりを指した。

「も、物置?」彩莉は驚いた。


「でも、いいんですか?」

「うん。ちょっとゴチャゴチャしてて埃っぽいけどね」


 重の母はそう言うと、再び微笑んだ。


「おおおぉぉ……!!それじゃあ遠慮なく!」


 彩莉はうれしそうにそう言うと、家の外へと駆け抜けていった。






「──それで物置に自転車があるのを見つけたって」

「(あんの白髪ぁぁああぁぁあああッ!!!)」


 重は鬼のような形相をすると、心の中で叫んだ。そもそも、中学二年生と中学三年生の女子が室内でかくれんぼなんぞをおっぱじめたということに何の疑問も抱かない時点で、もはや流石としか言いようがない。

 しかしこれではもう、言い逃れのしようがない。いざこうなってみると、本当に頭が回らない。全く誤魔化し方が思いつかなかった。


「え、えーっと、重ちゃん?」

「ひえっ!!?」


 重は変な声を上げた。どうやら、しばらく沈黙が続いていたらしい。


「あー……もしかして、家の人のものだった?」


 美鑑の声が、おずおずと尋ねてきた。


「えっ?家の人の……あっ」


 重は、ここで初めて誤魔化し方を見つけた。まさか美鑑から言ってくるなんて思いもしなかった。


「そ、そうです!あれは私の母のもので……!乗るの禁止されてるんですよ!!」


 重が、上ずって変に高い声で言った。


「や、やっぱり!?ごめん、私知らなくて……!」


 美鑑の申し訳なさそうな声を聞いて、重はますます罪悪感を感じた。しかし、なんとか難を乗り切ったということで考えないことにした。


「いえっ、気にしないで下さい!!では私はこれで!!」


 重はそう言い、光の速さで通話を終了した。一瞬の静けさが漂う。


「はぁ〜……さすがに終わったかと思ったぁ……」


 重は深いため息をつくと、すっかり脱力してしまった。

 自転車のことがバレそうになったのは、今回が初めてだ。自転車については、いつも重の事情どころか話題そのものさえを避けていたからだ。


 洗面所を出た重は一旦自室に戻り、窓の外を見た。

雲ひとつ無い快晴。しかし太陽の光が強すぎて、絶好の自転車日和とは言えなさそうだ。


「いやいや、何を考えているんですか圧白(あつしろ) 重!気合入れてください!」


 重は自分に喝を入れて、机の引き出しの中から物置の鍵を取り出した。


「さよならアンチ自転車勢の私……いま会いに行きます、トップアスリートの私……!!」


 何となく、幸先は悪かった。








 物置の扉は、ガラガラと古臭い音をたてて開いた。

 中はジメッとしていて薄暗く、キャンプ用品のシートやよくわからない錆びた工具、スコップなんかが雑多に詰め込まれている。そしてそれらに囲まれるように、自転車が収納されていた。

 自転車の黒いハンドルとサドルには埃が被り、上半分が灰色になっている。それによく見ると、蜘蛛の巣までかかっているようだ。重は、我ながら自転車がかわいそうに感じた。


「自転車苦手は脱却です……!待っていてください自転車さん……!!」


 重はそう呟くと、外に引っ張り出そうとハンドルをつかんだ。

 すると、重の手にハンドル以外の異物の感触が触った。


「え?」


 手を見た重の顔が固まる。

 薄暗い中でも、背後の開いた扉から入ってくる光で十分見える。

大きな蜘蛛が、手のひらにのっしりと乗っていた。


「ぎいいいああああああああああぐも"おおおおおおおおお!!!」


 重は大絶叫と共に飛び上がり、蜘蛛は手の上で盛大に弾けた。形容したくない物体が、わずかに手のひらに残る。

 重はバランスを崩して高く積み上げられた工具類にぶつかり、ガラガラゴロゴロと大きな音をたてながら転んだ。


「はぁ……はぁ……わ、私としたことが……ただの虫なんかに能力を……」


 重はそう言いながら、手のひらを見て身震いした。

 最初からすでに幸先が悪い。放置していた罰だろうか。


「……否!こんなもので折れてしまっては元も子もないです!私はやればできる!」


 グッと拳を握り、ガッツポーズをした。


 数分後、重は家の前の道路に立っていた。傍に自転車も置いている。

 本当に、嫌味なくらいに暑かった。このあたりにも水溜りがあり、それのせいで湿気が増している。


「う〜……あづい……」


 重は、早速モチベーションを奪われ始めていた。


「こんな日はアイスが食べたいですね……って、それどころじゃないか」


 重は一先ず、自転車に跨ってみた。ずっと乗っていなかったから、まずは感覚を慣らすつもりだ。

 そして、あることに気がついた。


「サドルの高さ、ぴったりじゃないですか……」


 絶望だった。最後にサドルの高さを合わせたのは、小学生のときだ。

 もう二年も経つのに、まったく身長が変わっていないらしい。


「……とりあえず、やってみよ」


 重は、おそるおそる地面を蹴った。


「う、うわっ──」


 しかしあわてて足をつく。

 すぐにバランスが崩れた。美鑑や彩莉がいつも乗っているみたいに、真っ直ぐ前に進まない。


「こ、これめちゃくちゃフラつくじゃないですか……」


 重は不安そうに呟いた。そして、もう一度地面を蹴る。

 やはり一瞬だけ足を離すも、すぐにフラついて両足をつけてしまった。そして、一瞬考えるようにフリーズする。

 すると今度は、一気に両足をペダルに乗せた。どうやら勢いに任せるつもりらしい。

 しかし、最初に漕ぎ出す前にバランスを失い、重は地面に叩きつけられた。


「いッ──!!」


 感覚的に、肘を擦りむいたらしい。重はゆっくりと起き上がると、自転車を起こした。

 その後、何度も何度も同じ茶番が繰り返された。その度に重は、変な声を出して転んだ。


「なんですかこれ!無理じゃないですかこれ!」


 重はハンドルをバンバン叩きながら声を上げた。すると、ご近所さんが心配そうにこちらを見てきた。


「あ、あぁ〜ははは……こ、この子が言うことを聞かなくてですね〜!」


 重は咄嗟に引き攣った笑みを浮かべると、自転車をポンポンと叩いた。すると、ご近所さんは明らかにショックを受けた表情で、憐れみのような視線を向けて何処かへ行った。

 重は、しばらくそのままの表情で硬直した。


「(死にたい!!!!)」


 両手両膝を地面について、カッと目を見開いた。


「なんですかなんですか!!世の人間はみんなこんな苦行の末に自転車に乗っているんですか!!?私には無理です!!不可能です!!これ以上は私のメンタルがストレスマッハです──!!」

「んとー、どうしたの?」


 重は凄まじい形相のまま横を向いた。笑顔の鏡子(きょうこ)の顔が、水溜りから覗いている。

一瞬、沈黙が続く。


「うわあああああああああああああッ!!!!」

「ぎゃあ」


 重が絶叫し、鏡子は笑顔のまま絶叫の真似をした。


「きょ、鏡子──どうしてここに……っ!!?」

「いやぁ、生徒会の仕事でちょーっと寄っただけ。そしたら重ちゃんが面白い感じになってたからこれはちょうどいいなーと」

「何がちょうどいいんですかね」


 笑顔のままケロりと答える鏡子に、重は絶望したように言った。


「それで、何してたの?」

「えっ」


 鏡子は相変わらず顔と腕だけを地表に出しながら、重に尋ねた。重は表情が固まった。


「(知ってるくせに……!!!知ってるくせにこいつは……ッ!!!!)」

「むむむ!なんだかよく見るとボロボロだなぁ!それにその自転車は如何に?」


 鏡子は白々しく驚いたフリをして、重を観察した。


「きょ、鏡子が期待するほど面白いことなんて何もないですよ!?それに仕事中なら寄り道は良くないんじゃ──!」

「あー、それなら問題ないない!仕事中っていっても、雲を掴むような作業ばっかりだし」

 

鏡子は無造作に手を振った。


「それに、正直会長も成果は期待してないように見えるしね」

「それもうただの散歩じゃないですか……」

「むむ、散歩とは人聞きが悪い!これも立派な仕事!」

「どっちなんだか……」


 重はため息をついた。

 鏡子の能力、「鏡間転移(ラウンドミラー)」は、鏡の中に入り込むことができる能力だ。

 とはいってもひとえに鏡だけとはいわず、反射して物が映り込んでいるものになら何にでも入れるらしい。鏡子はいつもそれを駆使して、仕事である情報収集に徹していた。本当に厄介である。


「ほんと、水溜りってとことん迷惑ですね……」


 重がそう言っていると、鏡子は鏡の世界から出てきた。仕事に戻るどころか、しばらくここに居座るつもりらしい。


「そんなあからさまに嫌な顔しないでよー」


 重の顔を見て、鏡子が不満そうに言った。


「そりゃそうですよ!秘密にしてたのに〜……」


 重は、両手で顔を覆った。(ひじり)を除いて、鏡子はもっとも知られたくない人物だ。


「まあ、むしろよく今まで隠し通せたなって気持ちは隠しきれないけど」


 鏡子は感心半分、おかしさ半分で言った。


「……えと、約束してください……絶対に他の誰にも触れ回らないって」


 重が真剣な表情で言った。すると、鏡子は笑った。


「ふふふ……それはどうかなぁ。オイシイネタになることは間違い無──」

「 約 束 で す よ 」


 重が地面のアスファルトにピキピキとヒビを入れながら、目を見開いて顔を近くして鏡子に言った。


「ひいいっ!?や、やだなぁ冗談だってば〜……」


 鏡子は引き攣った笑顔で言った。


「そ、それで、どのくらいできるの?」

「え?あ、全く乗れないですよ……」


 重は愚痴のように言った。もうそろそろ諦めようかと思っているくらいだ。


「ふーん……」

「……それなら!この私がレクチャーしよう!」

 

 鏡子は胸に拳をポンと当て、得意げに言った。しかし、重は目を細める。


「何を企んでやがるんですか……?」

「え?」

 

 鏡子は驚いたように重を見た。


「いや何も企んでないんだけど……」

「本当ですか……?」


 重はなおも警戒を続ける。すると、鏡子は頬を膨らませた。


「そんなに警戒しなくたっていいじゃん……だって、友達が困ってるんだよ?他人には笑われるような悩みでも、重ちゃんは真剣に思い詰めてるのがよくわかる。それなのに、重ちゃんの中での私は、私利私欲のためにしか協力しないほど非情な人間なの?」


 

重は、目を丸くした。

「正直そうですね」

「知ってた」




「それじゃあ、今がどんな具合なのか見せてもらえるかな」


 鏡子が重に声をかけた。重は自転車に跨っている。


「は、はい……」


 しかし、ペダルに両足を上げた段階で重は両足を地面につけた。


「こ、こんな具合なんですけ──」


 鏡子は目が点になっていた。


「なんですかその顔!!そんな「予想以上」みたいな反応しないでください!!凹みますよ!!」


 重が真っ赤になって言った。すると鏡子は、曖昧に笑った。


「い、いやぁそんなことないよ?ただちょっと……うん……」

 

 重の運転技能は、鏡子の予想の斜め上をいっていた。

 通りで転ぶわけだ。どれだけ自転車に乗れる人でも、スピードが無ければバランスは保てない。しかし重は、自信の無さからそれができないでいる。


「(なーんか単純というか……あまりに問題が根本的すぎて、逆にできるかどうか……)」


 鏡子は腕組みをして考えた。乗れない人にとっては、何をしてもバランスを崩すという恐ろしい乗り物だ。何度やっても転ぶから、しまいには「何か特別なやり方があるんじゃないか」「自分にはきっと不向きなんだ」などと変に勘繰って悪循環してしまう。


「えっとー……もう一回やってもらえる?」


 鏡子は重にお願いした。


「わ、わかりました……でも、もうさっきみたいな反応はやめてくださいね。こっちもなんか恥ずかしいです」


 重は早速渋々といった様子だったが、再び地面を蹴った。

 やっぱりだ、と鏡子は思った。

 ペダルの初期位置が悪い。私自身もそうだったが、自転車に乗れなかった原因の8割はこれだった。

 左右のどちらが上下に傾くわけでもなく、常に真ん中で平行。これだと、地面から足を離した後すぐに大きく漕ぎ出すことができない。


「重ちゃん。乗れない原因……わかったかもしれない」

「えっ!!?」


 

 鏡子の一言に、重は驚きと喜びの入り混じった声を上げた。


「まあ、結構常識的な話だけどね。これを聞いて乗れるようになるかどうかは、結局重ちゃん次第かな」


 鏡子は一応先に防衛線を張っておいたが、重は「そういう前置きはいいから早く」という気持ちが顔に出まくりだった。


「わ、わかったってば……んとね重ちゃん、漕ぎ出す前にペダルの右か左を上に持ってきて、最初にそれを大きく漕げばいけるかも。ある程度スピードさえつけば転ばないから」


 話していくと、重の顔からどんどん興味がそぎ落とされていくのが見えた。もっと画期的な方法があるとでも思っていたのだろうか。


「それだけ、ですか……?」

「それだけです!あとは重ちゃんがどうがんばるか次第」

「わかりました……」


 重は頷くと、言われた通りにペダルを調整した(ペダル調整の時点でよろけていた)。

 足をかけると、不安そうに足元を見る。そして、ついに自転車を漕ぎだした。


「おおっ、重ちゃんいい感じ──!!」

「あら、竜胆(りんどう)ちゃん」

「ヴェッ!!?」


 突如新たに加わった声にびっくり仰天し、重は思い切り転んだ。一方鏡子はというと、血の気の引いた顔で棒立ちしている。

 鏡子の視線の先には、柊花(とうか)中学校現生徒会長である比奈瀬(ひなせ) (あい)が立っていた。


「か、かかか会長ー!!ど、どうしてこんなところにいらっしゃったんですかー??」


 鏡子は作り笑いを浮かべると、上擦った声で尋ねた。すると、藍は眉を吊り上げた。


「奇遇ねぇ。私も同じ質問がしたかったの」


 藍は柔らかな口調でそう言ったが、その声には威圧される凄みがあった。


「えっ、と、あの、それはですね……え、ええと……」

鏡子はたじろいだ。


「わ、私のせいなんです!」


 唐突に、重が言った。藍と鏡子は同時に振り向いた。


圧白(あつしろ)ちゃん?」


 藍が首を傾げた。


「すみません……休日で、その、暇だったものですから……たまたま通りかかった鏡子に声をかけて、無理矢理、話し相手になってもらってたんです」


 重は言いにくそうだった。鏡子は目を丸くしている。

 すると、藍はじっくり観察するように重を見つめた。重は、少しだけ目をそらした。

「……そう。またうちの子がサボったのかと思ったわ」

藍はため息をつくと、微笑んだ。


「もしかしたら、竜胆ちゃんがただ散歩をしているように見えちゃうかもしれないけれど。これは立派な情報収集のお仕事なのよ」


 重は、驚いた顔をした。


「圧白ちゃんの気持ちもわかるけれど、お仕事中はそっとしておいてあげてくれないかしら」


 重は複雑な気持ちだった。こうは言われても、実際それを一番理解していないのは他でもない鏡子である。おまけに、こんな鏡子のことをまだ思いやるだけの信頼を寄せられていて、鏡子はそれをないがしろにしているのだ。鏡子は罰回避、重は自転車の件が漏れるのを回避したいがためにこうしているが、正直なところなんかもうバレてそうな気がする。


「は、はい……すみません…」


 重はぺこりと頭を下げた。

 すると、藍は胸の下で腕を組んで口を開いた。


「人は往々にして、失敗から学び成長する生き物。失敗無くして成長しない生き物よ。失敗したときは辛い思いをしていても、それは成長への道を見つけたことも意味するわ」

「は、はぁ……」重は困惑した顔をした。


「だから、たくさん失敗してみなさい」


 重は、目を大きく見開いた。


「努力は、思い描く形ほどでなくとも、ある程度は必ず報われるんだから」


 やっぱり気づかれていたのだろうか。重の作り話に対してとも、自転車の練習に対してともとれる。しかし、前者に関して言っていたのだとすれば、やや大袈裟な気もした。


「あの……ありがとう、ございます……!」


 重は嬉しそうに笑った。藍はそれに応えて微笑むと、次は鏡子に目をやった。


「さて竜胆ちゃん。すぐに学校に戻るわよ。どうやら時雨(しぐれ)君が何か手掛かりを見つけたみたいなの。さっすがよねぇ」


 藍は時雨の名を出した途端、ほわわんとした表情になった。鏡子は隙を見計らって、重に「まーたこれだよ」としかめ面を見せた。しかしその後、おそろしいまでに上手い作り笑いをした。


「そうですねー!戻りましょう!……って、それを伝えにわざわざ私を?」

「当たり前でしょう?貴女が『向こうの世界』にいるときは携帯の電波も通らないんだから」


 藍はため息をついた。


「でもそんなにずっとこっちにいたんだったら、メールの一つも打っとけばよかったわぁ。まあ、もう過ぎた問題だけれどね」

 

 そのとき、三人に夕陽が降り注いだ。あたりの家々が、くっきりとした影を地面に落とす。


「あら、もうこんな時間!竜胆ちゃんの収穫は戻ってから聞くことにするわ。それじゃあね、圧白ちゃん」

「ちゃんとがんばるんだぞー!あ、えっと色々ね……って、えっ収穫ですか」


 鏡子は色々ときょどりながら、藍はそれを楽しむように帰っていった。重は苦笑いしながら曖昧に手を振った。


「……そうですよね。諦めるのは、まだ早いかもしれないです」


 重はそう呟くと、悟った表情で自転車に目をやった。







 重は、額を腕で拭った。

 今日の空は、雲ひとつない快晴だった。果てしなく続く短調な青い空、ギラギラと照りつける太陽。

そしてなにより、昨日の雨の影響で残っている水たまり。これが太陽の熱さによって蒸発して、空気を蒸し蒸しとさせていた。

 そんなことから、まだ5月だというのに今日は真夏のように暑かった。時折吹く風も生暖かく、まったく助けにならない。


「もう……なんでよりによって今日がこんなに……」


 重は一人ぼやいた。

 そのとき、重の傍を自転車に乗った男の子が二人涼しげに通り過ぎて行ったが、1人が地面の大きな窪みにはまって盛大に転んだ。もう1人は自転車をとめて、慌てて駆け寄った。


「……猿も木から落ちるんです。私だって、まだまだこれからですよ!」


 重は満足そうで、決して男の子を助けようとはしなかった。

僕自身が小学三年生まで補助輪なしの自転車に乗れなかったので、乗れない子の気持ちが今だにしっかりわかるんですよね。特別そうやって自慢できることでもないんですが。

ところで「逃月夜とリミット」というこの小説のEDをYouTubeに投稿したところ、なかなか好評でした。僕の中で。

でも歌詞がそのうちネタバレになるかもしれないですね。

早く登場させたい新キャラがまだたくさんいるので、そのうち出していきます!

ありがとうございました

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