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異能の用途が広すぎる  作者: セトラ
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晒し

どうもせとらですよ

やっと五話だって感じがしますね。書き始めてから何カ月も経ってるのにこの進行速度はちょっと先が思いやられる…

最近またキャラを作り始めたので、お気に入りのキャラも増えてきました。なんというかさっさと登場させたいです。

しかし絶妙なタイミングを狙ってるので、血迷ってはいけませんね。ここでと決めたキャラはそこになるまで絶対に出さない所存でございます。

とりあえず、第五話です。

 二人はひとまず、公園に駆け戻った。公園の方が広いからだ。

 それから耳をそばだててじっとしていたが、それで何かが聞こえるとは思っていなかった。周囲の風景が幻なのだとしたら、聞こえている音すらも幻かもしれないからだ。

 美鑑(みかん)は、激しく考えを巡らせた。今は彩莉(ひかり)も一緒にいる。相手は幻覚を見せることができるだけで、攻撃手段自体は無能力者と一緒だ。

 勝算は十分にあった。しかし、ここでただ争って勝ったとしても、まったく意味が無い。

 そこで美鑑が思いついた手段は、一つだった。


(あい)に連絡してみる」

「わかった」


 彩莉の返答は単純だった。

 美鑑が携帯をいじる間、彩莉はずっと周囲に目を走らせていた。


「藍?まずいことになっちゃったよ……!正矢(まさや)にまた捕まっちゃったみたい!」


 美鑑は携帯に訴えかけていた。携帯からの声は聞こえなかったが、藍がすぐに自体を把握したのは明白だった。

 そのとき、美鑑の携帯がはたき落とされた。美鑑は短い悲鳴をあげ、その場から飛び退いた。彩莉は、間一髪で携帯をキャッチした。

 そして、やはり正矢が立っていた。いつものだらりとした髪に丸いメガネだったが、なんだか余裕が無いように見えた。


「お前……いい加減にしやがれ!!」


 彩莉が正矢に向かって怒鳴った。正矢は目を細めた。

「うるさい……君にはわからないんだ……」正矢が吐き捨てるように言った。


「ああわかるもんかよ!お前の奇行の数々の理由なんて!はっきり言って大迷惑だ!」


 彩莉はなおも怒鳴り続けた。美鑑は、正矢の顔がショックで歪むのを見た。

「彩莉」美鑑が言った。彩莉は驚いた顔をしたが、少し俯いて「ごめん」と呟いた。


「えっとさ……正矢は、どうして生徒を襲うの?」


 美鑑は、正矢の目を真っ直ぐに見つめて尋ねた。正矢は、眉間にしわを寄せた。


「教えられない……絶対にダメだ……!!」


 正矢は呟いた。美鑑と彩莉は、顔を見合わせた。


「でも、このままじゃ柊花(とうか)中のみんなから敵視されるよ!何をしてるのか教えてくれれば、私たちにだって何かできるかも──!!」

「それじゃあ」


 正矢が大声で言い、美鑑を遮った。


「それじゃあ、僕の味方につこうとしないでくれ。君たちが僕にしてあげられるのは、僕の標的にされること。それだけだ」


 正矢は暗い目で美鑑を見た。


「第一、君たちの間では僕は悪役のはずだ……なのにどうして、君たちは僕の力になろうとする?もし僕が受け入れて、目的を話した時にその内容が悪だったらどうするつもりだったんだ!?」


 正矢は、美鑑に詰め寄った。しかし、美鑑は一歩も退かなかった。


「確証が、あるからだよ……正矢が決して悪じゃなくて、ちゃんと目的を持ってるって言い切れる。そんな確証が」


 美鑑ははっきりと正矢にそう言った。そして、少し微笑んだ。

すると正矢は、突然友達に殴られたかのような顔をした。


「ば、馬鹿げてる……いったい、何を以ってそんな……」

「だから、私たちにも教えて欲しい。正矢が今、どんな──」

「ふざけるな!!」


 正矢が唐突に叫んだ。美鑑と彩莉はびくりとした。


「部外者が……!!僕の苦労も知らないで……!!安安と介入しようとするな……!!」


 正矢は切羽詰まった様子で、声が震えていた。


「くだらないかもしれないさ……でも今は、計画を続行するだけだ」


 正矢はそう言うと、再び溶けるように透明になった。


「美鑑!!お前は宙に──!!」


 彩莉が美鑑を見た。しかし、美鑑は首を横に振った。


「それじゃダメだよ……正矢の目的が私たちを狙うことなら、私は正面から戦う」


 美鑑ははっきりとそう言った。彩莉は信じられないという顔をした。


「お前っ……あいつはこの前、ナイフで切りかかってきたんだ!!今度は銃だって出してくるかもしれないんだぞ!?」

「それでもだよ!」


 美鑑はその場に身構えて、そう言った。それを聞いた彩莉は、言葉を探して黙ってしまった。

 しかし、いつまで経っても正矢は攻撃してこなかった。たまに吹く風だけが、耳元で大きく聞こえた。


「ど、どうしちまったんだあいつ……?」


 彩莉があたりをキョロキョロと見回しながら言った。美鑑も不思議そうな顔をした。

するとそのとき、背後から声が聞こえた。


「なぜだ!!」


 二人が驚いて振り返ると、そこには正矢が立っていた。悔しそうに、ギュッと唇を噛んでいる。


「どうして全力で戦わない!!?手を抜くな!!」


 正矢が叫んだ。


「じゃあ正矢は、どうして戦うの!?そこまで執着する理由は何!!?」


 美鑑も叫び返した。正矢の表情が歪むのが見えた。

 するとそれと同時に、そこに新たな声が加わった。


「正矢!!!」


 三人は、思わずそちらを向いた。

 声の主は(かさね)だった。公園の入り口で、これまでにないほど鋭い表情で立っている。彩莉は、正矢の顔から血の気が引いていくのを横目に見た。

 重は真っ直ぐにこちらを見つめて、ゆっくりと歩いてきた。正矢は、数歩後退りした。

 美鑑と彩莉は顔を見合わせ、空気を読んでそこから少し離れた。

 間も無く、重は正矢の真正面に立って、表情を崩さずに顔を見つめた。しかし、正矢は目をそらした。

 すると、重は右手をあげて、思い切り正矢の横っ面を張った。鈍い音が鳴り響き、正矢は状況を理解できないまま大きくよろめいた。美鑑は、あまりの威力だったので重が能力を使ったのではないかと思った。


「何やってやがるんですかこの馬鹿ッ!!」


 重が叫んだ。正矢はびくりとした。


「私が連絡しても無視!!家にはいないし!!どこをほっつき歩いているのかと思えば、今度は私の大切な方々にちょっかいですか!!」


 重は、堰を切ったように畳み掛けた。そのあまりの気迫に、正矢はまた数歩後退りした。


「なんで返信もくれなかったんですか……!!私がどれだけ心配して……!!」

「………ごめん……」


 正矢が、ボソボソと謝った。


「まだ許せないです!!私、事情は全部会長様からお聞かせいただきました!」


 重は、正矢を押し潰すかのような勢いで続けた。


「単刀直入に聞きます。何をしてたんですか?」


 正矢は、唇を震わせてじっと俯いた。何かで葛藤しているようだった。

 美鑑は、ここまできてもまったく結末が見えなかった。それは、彩莉も同じようだった。


「……力が、必要だったんだ……」


 正矢が、ついに口を開いた。美鑑と彩莉は、驚いて顔を見合わせた。


「僕が最後に重ちゃんに会ったあの日……あの後、僕はあの奇人について調べたんだ」


 美鑑は、「あの奇人」が重の言っていた「フードの人」だと察した。


「身元や名前まではわからなかったけど、あいつが白黒丸(びゃっこくまる)で何をしようとしているのかはすぐにわかった」

「必要なのは臓器……そうだよね?」


 美鑑が言った。正矢は少し驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。


「あいつは商売用の薬を作ってたか何かに違いない……でも、あいつはそのために他人の飼い猫を……家族を殺そうとしたんだ!だから、なんとしても僕があいつを倒して、捕まえると決めた。でもそれには、足りないものがあったんだ……!!」

「力、だな……」彩莉が言った。

「そうだ…そこで僕は、いろんな文献を調べて、ある一つの強化薬に辿り着いたんだ」


 正矢はそう言うと、ポケットから小さな透明の袋を取り出してみんなに見せた。中には、見たことのない錠剤が入っていた。

 しかしそのとき、美鑑は藍の独り言を思い出した。


『単に強くなったのか……それとも、なんらかの方法で強化したのか……。でも、強化には総じてリスクが伴うわ……』


「そうだよ咲峰(さきみね)さん」


 美鑑の表情を察した正矢が言った。


「もちろん副作用もあった……それに、例え使用したとしても、体への適合性には個人差がある……」

「まだ話が見えないです」


 重が、容赦無く指摘した。美鑑も理解できていなかったが、彩莉は険しい顔をしていた。

 すると正矢は、改めて周りの三人を見回した。どう話すべきか迷っているようだった。

 美鑑は、先ほどからこれが気になっていた。見ている限り嘘はついていなそうだったが、それでもどこか慎重であるというか、常に一線を保って話しているように感じていた。

 しかし、正矢はついに口を開いた。


「適合性のテスト」


 瞬間、その場の空気が凍り付いた。彩莉は腕を組んでますます険しい顔をしたし、重は呆気にとられた顔をした。美鑑も、思わず口が開いた。


「えっ、と……つまり、私たちは……被験体?」


 美鑑は、考えながらゆっくりと尋ねた。正矢は捨て鉢に頷いた。

 彩莉がおそるおそる重を見た。重は硬直していた。もう、声も出せないのではないかと思うほどだった。


「……強い能力者だけが襲われてた。果てには柊花中学最強の藍にまで喧嘩を売っといて……その動機がテスト、ねぇ」


 彩莉が信じられないとばかりに言った。

「ありえないですよ……」重が呟いた。声が震えていた。


「そんな……そんなことのために……復讐なんかして、何になるって言うんですか!!」


 重が再び叫んだ。正矢はびくりとした。


「なんで一人でやろうとするんですか!白黒丸のことについてはうれしいです……でも、それならどうして私にも話さないんですか!!協力だってできたのに!!」


 重は一言一言に合わせて、一歩ずつ正矢に詰め寄った。正矢はまたも、後ろに数歩退いた。

 真っ直ぐに正矢の顔を睨み続ける重の顔から、正矢は目をそらした。それから何度か、何かを言おうか言うまいか口をパクパクさせていたが、やがて口を開いた正矢の答えは簡潔だった。


「私情なのに……迷惑かけられるわけないだろう……」


 美鑑は、目を見開いた。彩莉も、少し俯いて何かを考えているようだった。

 重はその答えを聞いて、少し吟味するように間を置いた。それから、唐突に口を開いた。


「嘘つかないでください」


 三人とも、驚いて重を見た。しかし重は、まったくたじろぐ様子を見せなかった。


「いくらなんでも、動機が薄過ぎます。白黒丸は元気ですし、そこまで血眼になって勝機を探る必要はないはずです。特に正矢は」


 重はズバズバと言った。


「そんな余計な執念に憑かれるような人じゃないはずです」


 美鑑と彩莉は、正矢の顔を見た。正矢は、かなり焦っている様子だった。


「……でも、今回は許すとします」


 重は、静かに言った。


「正直、正矢が無事で……私はそれだけで、もう満足なんですから」


 正矢は目を見開いた。喜んでいるような、暗い気持ちを抱えているような、複雑な表情だった。


「か、重ちゃん……!ありが──」

「さってと伏御(ふしみ)君。お話はすべて聴かせてもらったわ」


 正矢の声は、途中で遮られた。

 見ると、公園の入り口から藍が歩いてくるところだった。


「せ、生徒会長……!!?」


 正矢は、衝撃を受けた顔をした。藍はニンマリと笑った。


「理由はどうあれ、罪は罪なのよねぇ。私の生徒会のことも小馬鹿にしてたとか」


 正矢は助けを求めるように重を見た。しかし、重は申し訳なさそうに微笑んだ。


「私、さっきまで会長様と一緒にいましたから……もう了承済みなんです」


 美鑑は、藍が重に放課後来るように言っていたのを思い出した。


「まあ後の処置は、生徒会で一切を決めさせてもらうわね」藍が言った。

「さっき連絡したから、時雨(しぐれ)君たちももう生徒会室にいると思うわ」


 正矢は相当不安そうな顔をしていた。それを見た藍は「そんなにひどいようにはしないわよ」と言った。


「それじゃあ私たちは帰っていいか?なんか、もう疲れた……」


 彩莉がため息をつきながら尋ねた。


「そ、そうだね。私もちょっと…」


 美鑑も困ったような笑みを浮かべながら、遠慮がちに言った。


「ええ、むしろそうしてもらいたいわね。圧白(あつしろ)ちゃんも、今日は一旦帰宅してもらえるかしら」

「えっ?あ、は、はい」


 重は驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。


「それでは正矢……ちゃんと、学校に来てくださいね」


 重が、正矢を見て言った。正矢は驚いた顔をした後、少し微笑んだ。

「ああ……約束だ」




 三人は、ようやく帰路についていた。夕陽は真っ赤に燃え、真っ黒いアスファルトにすら反射していた。

「はぁ……まったく、美鑑が弁当食べたらすぐ帰るつもりだったのに……」


 彩莉がぼやいた。美鑑は申し訳なさそうに笑った。


「でも重ちゃんは、どうして急に正矢を許したの?」


 美鑑が重に尋ねた。重は、考えるように上を向きながら話し始めた。


「そう、ですね……正矢って、私がさっき言ったように、異常な執着心は見せない性格なんです。もっといえば、私にすら言えない理由……そんな何かがあの人にあるっていうことが、私には理解できたんです」


 彩莉は頭の後ろで腕を組みながら、感心したように重の話を聞いていた。


「へぇ〜……ほんとに信頼しきってるんだな。でもまあなんというか……お互い噛み合ってない感じではあったな」

「え?噛み合ってないって……?」


 美鑑が不思議そうに尋ねた。


「ああいや、推測だよ推測……あんまり気にしなくていいぜ」


 彩莉は無造作に手を横に振った。重と美鑑は顔を見合わせた。


「それにしても、私たちを襲った目的がまさか動作確認だったなんてなぁ……私はそこに一番驚いてる」彩莉が言った。

「そうだよね。だからあんなに戦うことにこだわってたんだ……」美鑑も頷いた。


「でもたぶん、どれだけやっても美鑑様や会長様を倒せなかったから、焦ってたんだと思います」


 重が言った。彩莉は少し悔しそうな顔をした。


「そういえば、彩莉が負けるなんて珍しいよね。何かあったの?」


 美鑑が思い出したように彩莉に尋ねた。


「うげっ!?」彩莉は少し赤くなった。

「ほんとにお前は……もう少しデリカシー持てよな」


 彩莉はため息をついた。その様子を見て、美鑑は首を傾げた。


「あー、苦い思い出をいちいち蒸し返さないでほしいな。私はただ、周りにも被害が及びそうだったから能力を使わなかっただけだ。それが敗因だよ」


 彩莉はあまり言いたくなさそうだった。しかし、美鑑は更に踏み込んだ。


「でも、私は爆発を聞きつけて彩莉を発見したんだよ?あれって──」

「だああもう!そうだよ結局使ったよ!使ったけど状況が状況だけに当たんなかったんだよ!」


 彩莉は自分の髪をクシャクシャにした。


「美鑑様!無自覚なんだとは思いますけど、少し控えた方が……!」


 重がオロオロしながら言った。


「えっ、そ、そう?ごめん」美鑑が驚いて言った。

 彩莉は、昔から負けず嫌いだった。勝負事には熱く、それがゲームの強さの要因でもあった。一方美鑑は争い事が嫌いだったが、ゲームに関しては全くの逆だった。本人曰く「ゲームではどれだけ戦っても傷付く人がいないから」だというが、美鑑のその鬼畜な技術で心をズタズタにされた人が世界にどれだけいるかを、本人はまったく自覚していなかった。


「美鑑様は少々天然なところがあるんですよね」


 重が苦笑いした。彩莉も、うんうんと頷いた。


「そ、そんなことよりさ!正矢はどうなったかな!」


 美鑑が慌てて話題を変えた。すると、彩莉はニヤッと笑った。

「さあなぁ」








「ここよ」


 藍はしばらく歩くと、普段は入らないような廊下にある扉の取手に手をかけてそう言った。扉の上方に、「生徒会室」と表記された札が飛び出している。


「みんなも帰りたがってることでしょうし、嘘偽り無く一切を教えてもらうわね」


 それを聞いて正矢は、あわてて口を開いた。


「ま、待て!僕はさっきすべてを話し──」

「あら?私にはまだ足りないように感じるのだけれど。少なくとも、あなたからさっき聞き出した情報をすべて繋ぎ合わせても、まだ空白の部分があるわ」


 藍は淀みなく言った。すると、正矢は不思議な力で止められたように黙り込んだ。まるで藍から出るオーラ的な何かが、正矢を黙らせたかのようだった。

 藍はその様子を一瞥すると、取手を引いて扉を開けた。


「さあ、入って」


 藍は少しだけ微笑んだ。正矢は俯きながら、藍の前を通って先に中へと入った。その後に藍も続いた。

 生徒会室の中は、わりとどこにでもあるような風景だった。入り口から見て縦一列、向かい合わせに二組置かれた事務机と、その奥にこちらと向かい合う形で置かれた事務机。それぞれに座り心地の良さそうな椅子がついていたが、一番奥の事務机は空席だった。正矢は、藍の席なのだろうと察しがついた。

 その他の四つの事務机には、すでに人が座っていた。おそらく一年生であろう小柄な生徒が一人と正矢の同級生が二人、眼鏡をかけた真面目そうな生徒が一人だ。

 横を向いた時、正矢は初めて壁に大きな鏡がかかっていることに気がついた。そこに写る自分の姿は、いつにも増して小さく見えた。その様子を見て、藍は再び微笑んだ。


「そんなに固くならなくてもいいわよ。小野定信(おののさだのぶ)君、椅子を用意して」

小野定信(おのさだのぶ)です会長。何時代だと思ってるんですか」


 定信と呼ばれた生徒は、慣れた様子で訂正すると椅子を用意し始めた。

 定信は正矢の同級生だ。藍がわざわざフルネームで呼んだあたり、どうやらここではいじられキャラらしい。


「それじゃあそこに座ってね。さてと……竜胆(りんどう)ちゃん」


 藍は正矢に指示すると、今度は別の生徒に声をかけた。すると、竜胆と呼ばれた生徒が反応した。


「ふふふ、バッチリですよ会長!正矢のあーんなことからこーんなことまで、ちょっと特別サービスで大袈裟に記録する所存です!」

「ふつうでいいのよふつうで」


 藍が真顔で言った。

 この生徒、竜胆鏡子(りんどうきょうこ)も、正矢の同級生である。正直、たまに耳が痛くなる。


「むむ、そうですか……おもしろそうだと思ったんですけど」


 鏡子は、少し残念そうな顔をした。

 正矢は、思ったより賑やかな場所だと感じた。もともと裁判所のような、厳格なイメージを抱いていたからだ。正矢は、ひとまず椅子に座った。


「準備はできたわね。それじゃあ伏御(ふしみ)君。まず、今までの経緯を要約して話してくれるかしら」


 藍は自分の事務机につきながら言った。


「あ、あぁ……春休み、重ちゃんと出かけた帰り道で、僕は重ちゃんの飼い猫が人に襲われているのを見つけた」


 正矢は話し始めた。言葉と言葉の間には、鏡子が文字を書く音が微かに聞こえるだけで、それ以外の人は物音一つ立てなかった。


「急いで止めに入ったけど、あいつはおそらく毒か何かの能力者だった。間もなく僕は、有毒ガスを吸って倒れた。でも不幸中の幸いなのか、そいつは逃げていった」

「ええと、襲われてたっていうのはどんなふうに?」


 鏡子が唐突に質問した。正矢は少し驚いた顔をしたが、すぐに答えた。


「僕に吸わせたのと同じようなガスだったと思うけど、それを吸わせて眠らせた。あとは覆い隠すように屈んでいたから、よく見えなかったな」

「了解!続けて」


 鏡子はそう言うと、再び無言で書き込み始めた。


「それで僕は……重ちゃんは猫が無事で安心してたみたいだけど、僕はそれじゃ満足できなかった。あいつのやったことは違法行為のためだった可能性が大きいし、ああいうのを放っておくわけにはいかない。それに、あいつはおそらくかなりの能力者だ。どう考えても危険だ」


 正矢は一気に言った。


「だから僕は……あいつをねじ伏せて、もうしないようにさせなければと思い立ったんだ。猫が目を覚ました時の重ちゃんの反応が、あまりに無欲で健気だったから……」

「でもそれをこなすには、僕には力が足りなかった。だから僕は、強化薬を手に入れた。初めはそれを使って強くなってから、あいつの身元を探っていくことにしていた。でもどうやら、強化薬には僕が思い描くような即効性も適合性もないみたいだった」


 正矢は少し俯いた。


「僕はかなり悩んだよ……能力が能力だけに、自分自身では能力がどれくらい効いているのかもわからない。かといって、そこに至るまでに僕は無断欠席を続けていたから、被験体になってくれる人もいなかった」

「特に、重ちゃんからの連絡には焦った。彼女に正直な事情を言えば、彼女は僕を説得するだろうし、もしかすれば協力を申し出てくるかもしれない。彼女の身のためにも、それは避けなければならない」


 今や生徒会室は、重苦しい空気に包まれていた。まるで、正矢の一言一言がそれを重くしているかのようだった。


「それで、結局この学校の生徒を襲うことにしたのよね?」


 藍が確認した。それに対して、正矢は小さく頷いた。

 すると、藍は深いため息をついた。鏡子を除いて、全員が藍を一斉に見た。少し、不穏な空気を感じたからだ。


「会長、処罰の方は──?」


 眼鏡の生徒が声をかけた。しかし、それは藍にすぐに遮られた。


「待ってて時雨(しぐれ)君」


 藍は、ゆっくりと正矢を見据えた。正矢は恐怖さえ感じていた。


「……見栄を張りたい気持ちはわかるわ」


 藍が窺い知れない表情で言った。

 すると、時雨と呼ばれた生徒や定信が、怪訝な顔をした。


「あなたがどんな人かはあまり深くは知らない。でも、友達のペットが襲われたからといって、それだけで不登校になって、リスクを背負って薬を飲んで、みんなを敵に回すような行動を取り続けて」


 藍はそこで、再びため息をついた。


「……当の親友とさえ、連絡を絶ってしまって……。あなたはそんなこと、する人なのかしら」


 全員が黙り込んでしまった。正矢は再び俯き、じっとしていた。


「私、見てたわよ。さっきの公園でのことはすべて」


 藍は続けた。しかし、先ほどよりも声の調子が柔らかかった。


「あなた……重ちゃんがあなたを見たときだけ、あからさまに目をそらしてたわねぇ?」


 正矢は、これまでで一番ギクリとしたようだった。生徒会のメンバーたちは、一斉に正矢を見た。


「ふふ……それじゃあ、処罰を言い渡すわね」


 藍の声は、必死に笑いを堪えている調子だった。


「『好』という字を、ノート3冊分に書いてくること。1センチ以下のマスにしなさい」


 記録をとりながら、鏡子が「うっわぁ〜エグいことしますね会長」と言った。


「ん?まだ『重』の字を追加しなかっただけありがたく思ってほしいわね」


 藍がクスクスと笑った。


「それじゃ……これ……」


 ここで初めて、あの一年生が口を開いた。見ると、正矢にノートを3冊差し出している。


「336円だから。提出するときしっかり払って」

「え!?お代もとるのか……」


 正矢は驚いた。


「ちなみに伏御君。提出されたノートはこちらのものだから、提出後はどうなろうとこちらの自由だということを理解しておいてね」


 藍が意味ありげにニヤリと笑った。正矢は嫌な予感しかしなかったが、素直に頷いた。


「それじゃあお話はここまで。小山(おやま)君、椅子を戻して」

小野(おの)です会長。そんなに起伏激しくないです」


 定信が訂正した。

 正矢は出て行っていいのかわからず、まわりをキョロキョロしながらゆっくり扉へ近づいたが、誰も何も言わなかったので取手を引いた。


「あ、伏御君」


 うしろから藍が声をかけた。正矢は振り返った。


「明日から学校に来るのよ。それと、ノートは今日中に完成させること。いいかしら?」

「……わかった」


 正矢は小さく頷くと、扉の外へ出て行った。







 それから数日は当然襲撃事件も無く、(ひじり)が美鑑のいる更衣室に進入しようとしたこと以外は穏やかな日々が続いた。

 しかし、1週間ほどが経ったある日、掲示板の周りに人だかりができていた。


『2年B組伏御正矢、長期休暇後は意味深な罰則』


「めちゃくちゃな見出しだなぁ……また新聞部のやつらか……」


 彩莉が人だかりの外側から、ピョンピョン飛び跳ねながら言った。


「私気付いたんだけどさ……ネジの飛んだような内容の学校新聞が発行されるときって、決まって生徒会が介入したときのやつなんだよね」


 美鑑が真剣な顔で言った。


「これはどう考えても、生徒会の中にとんでもないモンスターがいるってことだよ……」


 人だかりはしばらくガヤガヤとしていたが、だんだん捌けてきて、美鑑と彩莉はやっとのことで新聞を見ることができた。

「……これって……重ちゃんにも、ついに春が……」

「ずいぶんと地味〜な春だな」


 彩莉が苦笑いした。


「丸メガネなんかが到来したってたいしたうれしくないだろ。まあ私は前々から感づいてたけど」


 新聞には大きな見出しと、わざわざノートの中の写真まで掲載されていた。そこには呪いのように「好」という文字がひたすら書かれていた。


「生徒会の連中はメガネをどうしたいんだよ……こんなんやってたらまーた不登校になるぜあいつ」


 彩莉が言った。

 そのとき、二人の後ろから声が聞こえた。


「その点は心配ないわよ」


 振り返ると、そこには藍が立っていた。


「これでも、むしろ本人を庇った方なのよ。ただの片想いで空回りをしていたズル休みということにしておいたの。もちろん、完璧に庇ってしまったら罰則にならないから、こういう形で罰にさせてもらったわ」


 藍はそう言うと、満足そうにニッコリと笑った。


「初めは完全隠蔽を考えていたけれど、この書き方ならまたクラスにも馴染みやすくなるだろうしね。竜胆ちゃんと新聞部の腕が良くてよかったわぁ。オブラートに包んだ書き方がまさかここまで上手だなんてねぇ」


 美鑑が藍に何か言おうと口を開きかけた途端、大声がしてそれは掻き消されてしまった。


「なっ、なんだこれは!!」


 三人が声の方を見ると、そこには正矢が立っていた。腕いっぱいにプリントを抱え、唖然とした表情で掲示板を見つめている。そしてその少し後ろには、同じく大量のプリントを抱えた重がいた。


「あ、メガネ」


 彩莉がにやけを抑えながら言った。

 正矢は掲示板に目が釘付けになったまま、もっとよく見ようとこちらに歩いてきた。


「ちょ、ちょっと正矢!どうしたんですか!」


 あとから、重が小走りでついてきた。


「あ、美鑑様、彩莉さん、会長様!おはようございます!」


 重は三人に気がついたらしく、ぺこりと頭を下げた。


「なんですかこれ?」


 重が不思議そうに掲示板の新聞を見た。藍は「読んでみればわかるわよ」と言って微笑んだ。


「ま、ままま待てっ!見るな!見るな!!」


 正矢は慌てて背中で新聞を隠そうとしたが、その拍子に持っていたプリントを床にバラバラと落としてしまった。すると切羽詰まった様子でしゃがみ、急いで拾い集め始めた。

 重は、その隙に新聞を読み始めた。

 正矢は固まり、美鑑は驚いた顔をしており、彩莉は口に手を当て横を向いて震えていた。

 重が新聞を読む間、少しだけ沈黙が続いた。

 やがて重は新聞を読み終わり、こちらを振り向いた。正矢は、もう終わりだという顔をした。

 そして、重が口を開いた。


「なんでこの字なんですか〜!もっと難しい漢字の方がよかったんじゃないですか?」


 重はふつうに笑っていた。


「え?」


 正矢は、理解が遅れたようだった。

 しかし、美鑑はなんとなく察することができた。重は鈍いところがある。純粋すぎるのだ。

 まわりを見ると、藍はおもしろそうに笑っていたし、彩莉は苦笑いしていた。正矢はホッとしているようだった。


「なんか……味気ないっていうか、地味っていうか……こういう終結の仕方は予想外だったなぁ」


 彩莉が言った。


「でも、これから楽しくなりそうじゃない?」


 美鑑が、重と正矢を見て笑いながら言った。二人はしばらく、生徒会の「お気に入り(エサ)」になるだろうと思ったからだった。

話を完結させようとしたらいつもより若干長くなりましたねwwwww

個人的に鏡子が今のお気に入りなんですよね。なんかこう、うん。イイ。

五話も書いといてまだあまり能力バトルをさせてないっていうのが僕的にもったいなく感じますね。醍醐味が無いせいで全然盛り上がってないような気がしないでも無い…

僕としてはもっと迫力のある全力のぶつけ合いが胸熱なんですけどね。そのうち書くつもりです。

ありがとうございました。第6話はゆるーくいこう…

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