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第二話「人生の楽しみ方」(3)

「……と言いつつ、成績は良いと来てやがる」

 その日の昼休み。

 大悟は学校の屋上で毒づいた。彼の手には、職場で得た中原キハルのデータがあった。


 中原樹治。

 五色(ごしき)大学付属校の高等部普通科、1ーA。

 この前の健康診断では、身長一五二センチ、体重四十一キロとある。

 こうして普通に診断書が出ているということは、異形としての姿はともかく、少女としてのキハルは、あくまで科学的には人間、ということらしい。

「つか、何。このアイドルのサバ読んだみたいなスペック」


 弁当屋『洛陽』の一人娘で、家族構成は母一人。父はいない。

 それもそのはず。母の中原都子は彼女の里親であって、実母でない。

 いわゆる、養子というやつだが、親子間の仲はそれほど悪くはないらしい。

 彼女の正体を知ったうえで、そうなのか。それは知らないが。


「にしても、だったらもう少しガキの心配したらどうなんだよ?」

「なにが?」


 え、と声をした方に向く。右隣に、例の美少女が「やーやー」と軽く手を挙げる。

「で、出たァ!?」

 素っ頓狂な声をあげて、大悟は後ずさった。

「なんだよ。せっかくお弁当持ってきたのに」

 ぷぅっと膨れる少女に対し、大悟は顔の右半分を歪ませた。

「弁当……?」

「ほらコレ」

 と、大悟が手にしていた資料の一枚をつまみ上げた。指で自身の略歴、実家の所を示した。


「母さんがホテル代のお礼ぐらい作って持っていきな、ってさ」


 キハルと時間差を置いてチェックアウトした時、自分の心許ない財産から、さらに宿泊代金一万円が費えた。

 それと見合うかどうかはともかく、詫びの気持ちは少しはあるらしい。


「で、お袋さんは、娘を襲ったと思われる色魔に毒でも盛ったのか?」

「しないってそんなこと。それ、作ったの俺だし」

「は?」

「良いから良いから! それ、食べてよ」


 促されるままに、包みを開ける。プラスチックの蓋を外す。

 すべてのが品目が明らかになる。


 ポテトサラダ。

 梅干しの乗っかった白飯。

 鶏の唐揚げ。

 春巻き。


 空腹を抱えた大悟からすれば、キツネ色に仕上げられたそれらは、極上の逸品に見えた。


 思わず生唾を呑む。

 はっ、とキハルを見返した時、彼女はニヘラッと相好を崩して、心底嬉しそうに笑んでいた。

 だが、大悟の箸は止まったままだった。


 美味そうだ。口につけたら、さぞ幸福な気分になれるだろう。

 生徒の無垢な好意に応えてやりたいという気持ちもある。

 だが、大悟にはそれが食べられない、明確な理由があった。


「やっぱり」

 キハルの笑みに、陰りが入った。

「バケモノが手をつけたものは、食べられないのか?」


 寂しそうな声に「え?」と大悟は反応した。


「いやまぁ、そんなことはどうでも良い。つか、今さらだろ」


 今度はキハルが「え」と聞き返す番だった。


「じゃあ、何が問題なんだよ?」

「ポテトサラダ苦手なんだよ! それに梅干しも、柴漬けも! 食べたい部分の要所要所に、邪魔な奴らが居座りやがる!」


 キハルは、キョトンと目を丸くした。

 しばらくしてから、その口の端が、目元が、じわじわ緩み始めた。


 ぷっと吹き出し、

「大悟、カワイイなぁ」

 と笑い声を震わせる。


 仕方ない、と。

 キハルはそのままマイ箸を懐から取り出した。もう片方の手が、大悟の頬を挟んで口をこじ開ける。

「食べたら美味しいから。自信あるから。ハイあーん」

 と、つまみ上げたポテトサラダを、開いた口腔にねじ込もうとするので、

「がぁ! ガキか私はっ!? 食うよ、食や良いんだろっ!?」


 と、キハルの手から箸を奪い取り、恐る恐る、サラダを口に運ぶ。

 ……が、覚悟していたほどのマヨネーズのキツさはなく、


「どうよ」

「……悔しいけど、結構美味い」

 と、納得してしまう。

「でしょー?」

 と誇らしげに言いつつも、彼女の表情はどこかホッとしたものだった。


「いやー、これで俺も弁当屋の一人娘として、面目躍如ってところだな」

 キハルがご満悦の表情でうそぶく。

 と、そこで大悟はふいに彼女の出自、家族背景が思い出した。そして、一番聞きたかったことが流されたままになっていることに気がついた。


「そう言えばお前、さ」

「ん?」

「記憶喪失とか、言ってなかったか?」

「あぁー、うん」


 ……曰く。

 気がつけば、満点の星空の下、裸で放り出されていたと言う。

 周囲一帯はひどい土砂崩れが起きている鉱山のようだった。

 まず自分に降り積もった土を払い、適当な衣服を拾い上げて、とりあえずその場を脱した。


 物の名前や用途は、覚えていた。

 自分の名前も、「樹治」という下の名だけは覚えていた。

 だが、自分がどこの誰で、誰の子どもであったのか。それがさっぱり抜け落ちていたという。


 その道中、中原都子(みやこ)……今の養母に出会ったのだそうだ。



「行き倒れ? 記憶喪失? じゃ、とりあえずうちに来なさいよ」

「あ、じゃあお言葉に甘えて」


「食べさせてもらってばかりでなんですから、なんか手伝いますよ」

「そう? じゃ、お言葉に甘えて」


「……あんたスジ良いわねぇ! どう? 行くとこないなら、ウチの子になる?」

「あ、じゃあお言葉に甘えて!」



「と、言うわけで、俺は中原家の一人娘となったのです」

「……ドラマ性もクソもねぇ……」

 にゃへへ、という屈託ない笑顔を、大悟は呆れながら見守っていた。


「……お前、本物の親が現れたらどうするんだよ? 今までどおり、中原キハルでいるのか? それとも実家に帰るのか?」

 我ながら、埒もないことを聞いたと大悟は思った。


 決断こそあっさり下したものの、当人がこの二年間、何も考えていないはずがないだろう。悩んでいなかったはずがないだろう。


 キハルは「んー」と、伸びをした。

 勢いをつけて立ち上がると、スカートの縁がふわりと持ち上がる。

「たくさん考えたけど、わかんないな。その時が来るまでは」

 振り返り、にへらと笑い「でも」と付け加える。


「今は今で、俺は全力で楽しむだけだから」


 顔を微妙にしかめる大悟に、臆面もなく言い切った。


「そのおかげで、大悟みたいな面白いのにも会えたしっ」

「……お前の方が、よっぽど愉快だよ」

「そう?」

「褒めてない」

「俺は褒めたんだけど」

「嬉しくない!」


 苦く叫んだ大悟は、その実心の裏で

 ――良い人間に拾われたんだな……

 と、皮肉と素直な感嘆の入り交じった呟きを漏らした。

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