第二話「人生の楽しみ方」(2)
スリースターグループという企業集団がある。
一八○○年代に創設されたそれは戦前は兵器工場、戦後は自動車開発を母体に成長。さらに各産業へと進出。分社化。今や十五社を基幹に中小の企業を含めて二百社以上にまで拡大。国内外に幅広く展開する大企業だった。
その母体、ミツボシ鉄鋼本社。
全五十フロア中、二十五フロア目の一室にて、臨時の会議が行われていた。
と言え、並ぶ顔ぶれは普段の役員や、筆頭株主たちとは異なっている。
子飼いの暴力団、海外から招き寄せた傭兵部隊。そして……彼らを雇った本家よりの賓客。
いわゆる大企業としての「後ろ暗い」部分を担う者たち。金銭を代償として、金銭で解決できない事案を力尽くで解決に導く者たち。
高級なスーツを身につけていたとしても、顔の傷や全身にみなぎる殺気までは隠しきれない。
改めて並ぶと壮観だった。額の汗を隠さず、ミツボシ鉄鋼本社代表取締役、三村佐野助は重い雰囲気の中、口を開いた。
「……では、この……この少女にまたしても撃退されたというのかね」
背後にあるプロジェクタは、スクリーンに女子高生の盗撮写真を投影している。
その滑稽さに、鼻白む者は、少なくともこの場にはいなかった。
「はい。『桃李』は小破。これは自己修復機能でいずれ回復するでしょうが、『美髭』は中枢部分を破壊されてもはや再起不能。廃棄処分となりました」
答えたのは集団の筆頭である射場重藤である。彼らの中ではもっとも社交をわきまえた中年の男性だった。
「冗談ではないッ」
三村は震える握り拳をデスクに叩きつけた。彼の背後で、少女は東洋の武僧の如き、異形の姿に切り替わった。
「あれ一機にいくらかかっているのか分かっているのか!? これでは、損害が増すばかりではないかっ、まして今回は再起不能だと! なんのためにあんたらを招き寄せたと思っている! スペックの上ではこいつと同様なのだろうっ!? 戦闘のプロであるあんたらが着込んで、なんで勝てないんだ!?」
と、咎める。彼らからの忌々しげな一睨みが、返ってくる。
凍てつくような戦鬼どもの視線が、三村を否応もなくすくませた。
「……既に『燕人』を追撃に向かわせています。あの機体の破壊力は『美髭』含めた六機中でも随一。その出力ゆえに調整に時間がかかり、実戦投入はまだでしたが、盤古片『司空』であれば、ちょうど良い試金石となるでしょう」
「で、ではそれさえ負けたらなんとする? その損失は百地本家の方で弁償」
「三村社長!」
三村の文句を、射場は鋭く遮った。
穏やかな態度から一転、底冷えする視線でジロリと見返し、大企業の取締役を萎縮させる。
「勘違いしないでいただきたい。我らは『本家』より出向した身。貴方の直属の部下ではない。余計な口は挟まないでいただこうか」
三村は再度怯えるハメとなった。
今度は彼ら自身の威圧感からではなく、その背後にある『組織』に怯えた。
世界をまたにかけ日本経済を左右する大企業、その母体の会社でさえ、ある一族の『本家』にとっては末端の下請けでしかない。その事実を、思い出したために。
「……まぁ、いずれにせよ。それが失敗したとて、あらかじめの策は講じてあります。ご安心ください」
…………
しゅるり、しゅるりと。
衣擦れの音が艶めかしくドア越しに聞こえてくる。
「……で、昨晩のアレはなんだったんだ?」
大悟はバスルーム手前にて待機して、キハルが着替えるのを待っている。
「んー、よくわかんないや」
「は?」
「相手が襲ってくる理由もよく分かんないし。なんで俺が人とは違う力を使えるのかも分からない。俺がどう使ってるのかも分かんないから、いまいち説明できないよ」
ほらどうやって立って歩いているかとか、「そういうものだ」としか説明できないだろ?
……などと、あっさりと言ってのける。
「ほらそれに俺、記憶喪失だし?」
「……記憶喪失?」
大悟がドアを開けようとすると、
「あ、待った。まだ着替え中」
と、制止をかけられる。
「…………バスタオル一枚の時は平気だったろうが」
ブツブツと、ぼやく大悟の後ろで、「ハイOK」と軽やかにキハルは言った。
開けた先には両手を広げた中原キハルが確かにいて、
「ザ・女子高生!」
と、楽しそうに笑んだ。
セーラー服姿の少女は、確かに「ザ・女子高生」ではあるが。
大悟は反応に窮して頭を抱えた。
疑問や気にするべきことは山ほどあるのに、まず浮かび上がるのは現実的な問題だ。
「……親御さんや学校にどう連絡すりゃ良いんだ」
「あ、大丈夫大丈夫。学校はともかく、母さんには連絡したから」
ほら、とキハルは携帯を突き出す。その画面にはメールの文面にて
「花見先生とホテルで泊まります。心配しないでね」
……とあった。
「あ、コレ詰んだわ! 私の人生詰んだわ!」
あははー、と脱力した笑いと共に、硬いベッドに両手足を投げ出した。
「んー、まぁそれから連絡ないってことは、ヘンな風には捉えられてないと思うけどな」
「ヘンな風に捉えらるような自覚があるならもっと書き方考えろよぉッッッ!」
上から覗き込んでくるキハルに、大悟は吠え立てる。その目には、涙の玉さえ浮かんでいた。
「あぁ、もう……くそっ……なんなんだよ……お前はっ!」
「何って」
一瞬キョトンと目を丸くさせたキハルは、ずくにまた笑顔に戻る。両手を広げる。
「ザ・女子高生!」
「受けねーよ! 一度ウケなかったギャグ受けねーから!」
心身共に沈む大悟に、謎の少女は屈んで軽やかな笑いを向ける。
たわんだ制服からかすかにブルーのブラと、胸の谷間が見えそうになって、それとなく視線を外す。
「……色々分からないことだらけだけど、お前の茶番に付き合って一つだけ分かったことがある」
「ん?」
「バカだろ、お前」
その一言だけは、正視して言った。