第五話「全ては、ウソから始まった」(1)
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だれか
~~~
『……まったく、ようやくやる気になったというわけか』
膝を杖にゆるゆると上体を持ち上げ、鎧の奥底で嘲笑の気配を滲ませる。
金と、銀。
すっかり日が落ちた室内とは言え、その一対二機の姿は張り詰めるほどの威圧感をキハルに与えた。
しゃらり、という金属音を鳴らしながら、左右の腰から双剣が鞘走る。
『まぁ良い。《桃李》の力、さっさと』
その言葉が途切れるのが先だったか。
……それとも、翻ったその剣先が、黄金の頭部へと叩きつけられたのが、先だったのか。
『なッ……! 正気か貴様ァ!?』
もう何度、大悟が百地一族の刺客と……同族相手に抗う時に聞いた言葉だろうか。
だが、その首魁たる男の声には大悟はもう耳を貸さなかった。
後ずさる上司を大悟は追う。両手にかざした凶器を振り回し、絶叫と共に斬り立てて、押しまくる。
花見大悟が自分の役割を偽るにあたって、どれほどの力量を隠匿していたのか。そんなことまでキハルが推し量れることじゃなかった。
それでも、これだけは分かった。
『ああああぁあぁあ! アアアアアアァアァァアァァアァアアアアアアアア!』
狂気を帯びた雄叫びが、法則も何もあったものじゃない乱舞が、教えてくれた。
大悟は今、混乱し、暴走していた。
やり場のない怒りは内では自分を責めていた。外には、味方であるはずの男に発せられていた。
「……ッ、止めろ大悟!」
そんな大悟は、もうキハルの言葉さえも届かなかった。
疲弊した上司を一斬ごとに追い詰め、背後から羽交い締めにしたキハルさえも乱暴に振り払い、ほとばしるエネルギーの残滓が桜花のように乱れ散る。
『この……ッ!』
胴部にしたたかな一撃を見舞われた男は、転がりざま自らの黒銃を拾い上げた。
シリンダーが高速の回転を始める。琥珀を思わせる光の奔流が腕部の回路を伝い、銃の先端へと充填されていくのが分かる。
……だが、狂気の淵にいる大悟には、もはや間や呼吸などまるで意味のないものだった。
獣じみた叫声と共に、無造作に剣が投げつけられる。
右の一剣が銃を弾き飛ばし、もう片方がそれを拾い直そうとする腕を妨げる。
足を突き出すように飛翔した大悟は、不意打ち気味に男の肉体に馬乗りになった。
『……ッ! ……ッ! ……っっ!』
声にならない呻きが、『桃李』を伝って漏れ聞こえる。
マウントを取りながら、抵抗する間も与えず大悟は男を殴り続けていた。
『や、やめろ……、やめッ……あがぁ!』
次第に弱まっていく男の反攻とは対照的に、大悟の拳は止まることを知らなかった。
右拳、左拳。怒りや憎悪を彼の内部から汲み上げた重撃が、しまいには黄金の兜にヒビを入れた。
男の指先が、傍から見ても不自然な震え方をしている。
ぴくり、ぴくりと蠕動するそれがついに止んだ時、装着者の異常を察知した装甲は光となって霧散した。
『ああぁぁあぁ!』
それでもなお、大悟はを喉奥から絞り、拳を振り上げようとしていた。
「もう意識ないよ大悟っ! このままじゃ本当に死んじゃうっ!」
キハルの渾身の言霊が、乾いた空気を伝播した。
一瞬遅れ、大悟の手が鼻先で止まった。
壊れたオモチャのようにダラリと四肢を投げ出した中年を、大悟は興が冷めたように単眼で見下ろしていた。片腕で持ち上げる。
ぞんざいに投げ捨てられた男の身体は、ガレキをつたって階下に転がり落ちていった。
後に残されたのは、二人の息が弾む音だけだった。
キハルに背を向けたまま、大悟がその右手を持ち上げた。
呼応して輝く手首の装置が、『桃李』の銀甲を解いて消失させた。
それに合わせて、キハルもまた白い衣を解かした。
「…………だい」
「あぁそうだよっ! 知ってたよ! 最初っから、全部ッ!」
キハルの呼び声を断ち切り、接近を拒み、悲憤の形相で大悟は振り返った。
「そのために近づいた、そのためだけに教師だなんて下らない仕事に就いたんだよ」
裏返り気味の声で早口にまくし立てる彼の口の端には、次第にいびつな笑みが生まれ始めていた。
「滑稽だったよ! 何もかもが嘘っぱちの、どうしようもなく薄っぺらいクズを、お前は無邪気にも頼れて理解ある教師だと信じて慕ってたわけだからなァ! お前が守っていたヤツは、お前を一番危険に追い込んでいた。そんなことさえ気づかず……っ……バッカじゃねーの!? そんな都合の良い人間がお前みたいな……バケ、モノに……っははは! あははははは!」
一言ごとに酷くなっていくその歪みは、彼の言葉がそのまま事実としての強みを増していくようでもあった。
だが一方で、そのキハルの心にはさざ波さえも立っていなかった。
腹も立たなかったし、絶望や失望もなかった。
彼女はあるがまま、すべてを受け入れるつもりでいた。
いつもどおりの、中原キハルで居続けた。
「……っ」
外面だけの狂笑は、感情の爆発へと反転する。
「……理解してんのか!? ウソなんだよ、全部! お前の私へのイメージとか、恩義とか全部! 全部全部全部全部全部ッ!」
「ウソじゃないよ」
彼女の一言が、大悟の表情から怒りを消し飛ばした。
散っていった自暴自棄の裏に隠されていたのは、気弱な少年の貌だった。
それを、最初から知っていたがために。
「ウソなんかじゃない。大悟に目的や打算があったとしても、してくれたことはウソなんかじゃない。俺が感じた嬉しさや幸せは、それは紛れもなく本当のこと」
だから、と少女の足が男の方へと進む。
彼女の伸ばし細い手が、彼の頭を絡め取る。
中原キハルの腕が、花見大悟の頭を抱きとめ、胸の内に迎え入れる。
「だから、そんなに自分を追い詰めなくて良いんだ」
大悟は抗わなかった。
ただ苦しげに、痛ましげに、何度も浅い呼吸を繰り返していた。
「……お前のそういうところが大っ嫌いだ」
「うん」
「お前なんか、ただの嫌な奴なら良かったんだ。言葉の通じない獣なら良かった」
「そうなれないのが、俺だから」
漏れ聞こえる苦悶の声の合間、紡ぎ出される言葉を、キハルはまっすぐに受け入れた。
泣いているのかもしれない。胸に埋められた彼の頭が、やわらかな熱を持っていた。その熱が、静かにキハルの魂を焼いた。
涙も、感情の吐露も、キハルは全て容れた。
「……もう、良い」
低くかすれた大悟の声。少女の華奢な肩に手を置き、押した。
気遣いのようなものを、その微妙な力の具合から、強く感じる。キハルは自ら身体を離した。
逆に支えを失ってよろめいたのは大悟の方だった。
駆け寄ろうとするキハルに向けて、掌を突き出す。
反射的に足を止めた少女の前で、だらりと力無くその手は垂れる。
顔を持ち上げた大悟の目元には、血の色が滲んでいた。その瞳は飢えたように輝きを失い、虚ろだった。
「私は、百地一族だ」
唇だけが動いて、最後に残ったその刺客が改めて名乗る。
男の表情は、呼気とともに自嘲の色が濃くなった。
何もない傍らの空間に目を投げ遣り、枯れた声で言った。
「……結局私はどっちにもつけなかった。組織を裏切りお前を守る覚悟もない。それなのに、情も捨てられなくて、同僚の足を引っ張り続けた。……多分死ぬまで、そんな感じで留まり続けるんだろう」
「俺は、それで良いと思う」
大悟の悔悟の言葉を、キハルは神妙な頷きと共に、肯定した。
「そういう大悟だから、俺はここまでやってきた。大悟がそこにいてくれるから、救える誰かがいるはずだから」
キハルは青年に手を伸ばす。
俯きがちの彼には、それは見えていないのだろうか。
「それでも私は今、百地一族だ」
大悟は顔を上げた。
悲壮な決意を滲ませて、変色した唇を噛み締めて、自らの胸の前で拳を握り固める。
枷のようにはめ込まれた手首の装備に指をかけた。
「唯一残ったその宿命からも逃げたら、今度こそ本当に全てがウソになる。お前との縁さえ、なかったことになる」
「うん。わかってる。わかってるよ、大悟」
「……キハル」
惜しむように、そう呼ぶのが最後であるかのように、大悟はキハルの名を小さく呼んだ。
「手加減はできない」
「良いよ。……来て。大悟の全部、受け入れてあげるから」
銀片が弾け飛ぶ。
激しく動くそれに包まれた空間で、キハルは自身の拳を掌で受け止める。
桜花舞い散る紺碧をまとい、空穿つ少女は、始まりの男と相対した。