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第四話「盤古片百騎組み手」(3)

 大悟を敵から引き離す。

 敵の大将らしき男を昏倒させる。


 その二点を意図したのがキハルの奇襲だったものの、そのどちらも大悟のキックによってふいになった。


 だけど大悟は、背にかばうことができた。

 それには安堵しつつ、化け物を見る目つきの中年男と、少女は改めて向き直った。


「大悟は、返してもらう」

「返して、もらうだと?」


 男の瞳と頰に、いびつな笑いが宿る。


「……なんで」


 と、大悟が背の裏で低い声を出した。

「ん?」

「なんで来た? どうしていつもいつもいつも……っ! 私のことは放っておいて、お前だけでも逃げろっ」


 キハルは「そうは言っても」と首を傾けた。

 荒事抜きには帰してもらえる気配じゃない。大悟の異変を気にかける余裕がある状況でも、相手でもなさそうだった。


 改めて身構え、中年と対峙する。

 やや広めの額に血の気をのぼらせ、男は自らの左手首に右指をかけた。

 すなわち盤龍鱗の要とも呼べる、あのシリンダーへと。


 徐々に早まる回転と共に、金色の盤古片が液状となって周囲に飛び散る。軟体としてまとまりを見せる。一つ一つが細かなパーツとなって男の屈強な肉体に吸い付き、装甲となって形成された。


 老人の頭髪を思わせる白いたてがみ。その奥の黒いマスクと、深紅の双眸の光沢。

 盤古片の色そのものの、命の輝きに満ちた金色の胴体部から、コートの裾のような外皮が腰から下まで覆う。

 手に握っていたピストルは彼の変身に合わせて巨大な重火器へと進化していた。男のたくましい両腕でさえ余るほどの重厚な黒い凶器が、キハルに口を向けた。


 轟音と破砕は、同時だった。

 発射と破壊は、同時だった。

 攻撃と回避は、同時だった。


 引き金にかかる指が微動する刹那、キハルが横一文字に雲をまとってスライドする。

大悟から標的を反らす。


 弾丸は見えなかった。

 目が追いつかなかったわけじゃない 。そもそも色も形も、それにはなかった。


 不可視にして不可侵の風の弾丸……いや砲丸。

 圧縮された空気の塊が、豪速でキハルのいた空間を穿つ。背後の壁をくり抜いた。


 『夏雲』の力でもって跳躍したキハルは、鋭く繰り出した爪先で、大悟の自由を奪う鉄鎖を切断した。


『逃がすか!』


 彼女の目の前で、黒銃の口が下に向けて床に一文字を引いた。

 小さく、そして無数の空気の弾丸が、床をえぐり、そこから大きく傾いた。


 キハルは大悟をその両腕に抱える。

 ようやく救うことができた。だけでもその確かな感触を味わうことなく、三階へと落下した。

 雲には、同化できない。大悟は雲へは変わられない。


「……っ、『春月』」


 緑青から、色は深く沈んで紺碧へ。

 空気のクッションを足場に、キハルは三階へと落ちた。


 すぐさま横合いから、生き残りの騎士達が突っ込んでくる。もはやそこには組織的な行動への意欲も、明確な目的意識も感じられない。力任せの攻め。

 キハルは呼吸を整えた。そして大悟を置いて低く跳躍した。

 爪先がバイクから叩き落とし、青龍刀を押し返し、蛇鉾を蹴り返し、弓矢や雷撃を弾いてそらす。


 そしてそれぞれの動力部に致命的な強打を叩き込んだ。


 その小隊を通り過ぎた後、キハルは右足にぐっと力を込めて彼らの頭上を舞った。


 大悟を再び抱きしめて、走る。その軌跡を盤龍鱗の爆発が彩る。頭上からの空気弾が穴を穿って追尾する。


「……はっ……」


 ひとりでに漏れた呼気が、自らの疲労を伝えてくれる。


「……っ! もう良いんだっ、下ろせ!」


 大悟の翻り気味の声にも、反応する余裕はなかった。


 ――そう言えば、ここまで長時間戦ったことはなかったな……


 ここまで知らなかった自分の弱点を見つけると共に、

「冬虹」

 少女は白い衣へと身を転ずる。


 手の動きに合わせて氷柱がせり上がる。三階の天井、四階の床を突き抜け、階上に陣取っていた金色の大将へと差し向ける。


 その身に先端が達する前に、燦然と階下へ飛び立った男は、そのまま引き金を絞った。


 連射される無色の弾。わずかな射出音だけが聞こえてくるだけで、キハルの目でさえ視認できない。

 銃口の軌道から読むことはできるが、全弾回避とはいかなかった。

 その内の一発が肩口を薄く裂いて血の華を咲かす。


 痛みと熱さを感じるよりも先に、キハルはそれを理性で封じ込める。


 ――見えないうえに、大きさ変えられる弾丸は厄介だな。


 キハルは胸の内でそう呟きながら、大悟をそっとその場に下ろした。


「ちょっと低く伏せてて」


 と言うまでもなく、完全に立ち上がるだけの時間はなかった。跡形もなく砕け散った調度品や壁床が、場所を限らせていた。

 大悟はキハルの指示に反応しなかった。どことなく暗く、苛立たしげで、それでいてうつろな表情を床に向けていた。


 キハルは彼を背に、地上に降り立った男と向かい合った。

 その二人を隔てるように、氷壁が天井すれすれまでせり上がる。


『……それで、防壁のつもりかね』


 せせら笑う声が、巌ほどの分厚さの先から聞こえてくる。


 直後、けたたましい破砕音が部屋を揺さぶる。野球ボールでも投げ込まれたガラス窓のように、氷が砕ける。


「くっ」


 キハルは氷霧をまといながら、駆けた。一枚、また一枚と生み出した壁の裏を伝う。

 だが二枚、また三枚と撃ち抜いていくのが白髪の戦鬼の銃弾だった。


 粉々に砕け散った残骸が、純白の霞となって周囲に散った。

 二枚の差が一枚の差となり、やがて追いつかれた。追加の氷壁を繰り出す間も無く、最後の一枚が無色の砲撃によって打ち砕かれた。


『これで最後だ!』


 風の流れが、一気に男の方へと傾いていくのが、空を司る存在にも布越しに伝わってくる。

 荒ぶる空気が凝縮されて、銃口の手前の空間さえ歪ませている。


 あれがかすりでもしたら四肢が吹っ飛ぶ衝撃がキハルを襲うだろう。そして、その有効打の間合いは、姿がないために見極めることができなかった。


 本来、ならば。


 キハルは踏み込んだ。

 相対した敵に向かい、低く跳躍した。


 老将を具象した強化装甲の奥で、低く嗤う気配があった。

 だがそれは、一瞬後に悟りへと変わった。ようやく周囲の状況を察したようだった。

 白い氷霧漂う世界で、色のついていないものを放てば、逆に、どうなるか。


 一秒後の結末に気がついた時にはもう、彼の指は引き金へとかかっていた。


 頭を低めたすぐ上を、意図せず発せられた暴風の塊が過ぎていく。

 腰を捻りながら沈め、少女の右手に黄金の爪が展開する。


『ぐっ!?』


 瞬歩で身を寄せ、すでに至近。

 腕を振れば敵の動力部に達する位置で、キハルは鋭い爪で、凪いだ。


『舐め、るなぁッ』


 黒銃が再び持ち上がる。

 すでに銃弾の軌道がキハルに見切られている状況下で、男は再びトリガーを引いた。


 ……ただし、その銃口は、自分自身に向けられていた。


 キハルの目の前で、風が暴発する。

 黄金の胴体が火花を吹く。大きく仰け反り、吹っ飛び、地を這った。


 だが、敵に致命打を与えるはずだった

 キハル一凪ぎは、予想外の移動方向とその手段によって虚を突かれ、見事に空振った。


 黒い煙が彼の機体からもうもうと立ち込め、よろめきながらも膝からその身を起き上がらせる。

 まさにその姿は修羅と言って良かった。


「やっぱり、一筋縄じゃあ、いかないよな」


 思惑が外れた瞬間、キハルの総身に徒労感がのしかかった。

 だけど、今更退くわけにもいかない。

 完全に立ち直るよりも物陰の大悟を庇うような位置取りをして、そっと彼に囁いた。


「ちょっと手間取りそうだから、先に逃げててくれ」

「……もう良い……」

「いや、心配しなくて良いから。大悟は絶対に守」

「もう良いっつってんだろうが!」


 俯き加減から持ち上がった大悟の顔には、心配や感謝なんて欠片もなかった。激しい怒りだけが、二つの瞳に

 彼の中で何かが壊れた、壊してしまったという直感が、キハルの胸を冷たく通り過ぎていった。


「……大悟?」


 その名を呼んでも彼は答えず振り向かず、


「もうたくさんだ……うんざりだ! 鬱陶しいんだよ、お前!」


 暴言を吐き捨て横顔を歪ませ、花見大悟は床に大きく入った亀裂の上に、両者の間に立った。


「人が散々忠告してやったのに! 勝手に勘違いして、先走って……っ……、迷惑なんだよ! こんな茶番、疑えばすぐわかったことだろうが!」

「な、何が」

「なんでこいつらはお前の行き先が分かった? なんであんな場所で待ち構えていた!? ……偶然だと思うか? 春の工事現場で、私が人質になったことは」


 怒涛の勢いでまくしたてられていく情報と、問いの数々。それを処理できないうちに、大悟……自分が教師と、理解者だと慕っていた男が低く枯れた笑い声を立てた。


 乱暴に捲り上げられた右手首に、ギラリと鈍く輝くリングが取り付けられていた。

 それは、背後に控える男と全く同じ形状のもの。盤龍鱗の動力部。

 色は対照的に銀色だが、ずっと前に見覚えがあった。

 もう一押しの衝撃があれば、完全に思い出すかもしれない。


「……そうだ、居たんだよ。最初っからあの場に。そしてお前を殺そうとした」


 大悟と名乗っていたその男は、左指をシリンダーにかけた。

 乱暴に回転始めるそれが、鈍い銀の金属片を周囲に展開し、力なく両腕を垂らした大悟を覆い隠した。

 赤いマフラーが冷風を孕んで膨らみ、項垂れた首に巻き付いていた



あんなクズ(こんな私)に、お前が命を賭けて救う価値などあるか?』



 ――あぁ……

 キハルはその事実を、理性とは別のところで受け入れた。

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