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第四話「盤古片百騎組み手」(2)

 玄関口に、ガラスの雨が疾風と共に、横殴りに降り注ぐ。

 小石を散らすような音の中心で、盤古片『司空』は立ち上がった。


 駆ける。

 進路を、背後から放たれた雷光が焼いた。

 緑青の外套をなびかせた彼女の頭上を、真黒なタイヤが列をなして通過した。


 回り込むようにして、バイクが着地する。揺れが収まる前に、その騎士たちは雷光を帯びた穂先が突き出した。

 掌に拳をかざす。紫電の光矢が彼女の肉体に到達するよりも速く、


「『冬虹』」


 少女の肢体は氷雪の 白衣に包まれた。貫くよりも速く、分厚い氷壁がせり上がる。

 手の動きに応じるように、タイルから隆起したそれが、両者の間を断絶した。


 互いの輪郭さえ定かではなくなるほどの障壁が、雷を飲み込んでいく。

 屈折し、乱反射し、決して大気には逃されない。

 無言で拳を握り直すキハルと、浮き足立った彼らとの勝敗を分かつ境界線がその氷だった。


 キハルの金色の手甲が高く突き出される。指先の動きに同調するかのように、氷が割れる。


 無色の牢獄から解放された雷は、四方八方に飛散して、その射手たちの機体を焼いた。


「文字通りの、『自爆』だな」

 壁に埋め込まれたモニター越しに、火の華を咲かせる『関西鉄騎』たち。その姿を見、断末魔を聞きながら、大悟は重藤の強張った肩に皮肉を浴びせた。


 ――残り、九十機。


 大悟がそう概算した画面では、キハルの前面に『燕人』たちが展開している。

猛虎の兵は雛鳥のように大口を開く。いや群れたそれらは、池の鯉を思わせる。


 『万人喝吼』の、一斉射撃。

 新たに生み出される氷壁の妨害を難なく突破し、オレンジ色の閃光が絡み合い、巨大の矛となって蛇行する。


「『秋星』」


 自らの肢体ほどの太さを持つその光線、真紅の盾が受け止める。

 それが熱風をまとい、敵の巨砲をクリームのようにすくい取る。

 裾の紅葉が、翻る。


 くるりと回転した少女の手首から飛び出た円は、弧を描いて空中を舞った。縦横無尽に風を切り裂き、ナパーム弾さえ弾きかねない相手の装甲を引き裂いた。

 彼女自身は組み付こうとする敵と相対する。

 炎をまとった握り右拳が、一撃、二撃、三撃と虎の頭部や緑の胸板に炸裂していく。


 ――残り、七十……いや、六十切ったか?

 少なくとも、画面上よりうかがい知れる、被害のほどは。


「『春月』」


 安全を確保した

 頭の先から紅が抜ける。見慣れた紺碧衣が、代わりにキハルを染め上げた。春花乱れ散る足下に、風が渦巻く。


 それを絡め取った右足が、大きく振りかざされる。

 西の敵を打ち、東の相手を叩き、大きく北へと旋回して複数を薙いで、南から襲いかかった青龍偃月刀を肘甲で受け止め膝を持ち手に見舞って潰す。


 包囲が緩む。少女の銀貨面の単眼は、その機を見逃さなかった。

 カカッ、とキハルの靴底か床を鳴らす。


 『関西鉄騎』とその隊長機が彼女を追った。壁に黒い轍を作る。スロープや渡り階段、そのコースの障害となるものはすべて破壊しながら。


 重力をものともしない騎兵達は方々に散らしながら、放電し、叫び、壁から向かいの壁へと飛び移るように突進を試みる。


 ――こいつら……自分たちがキハルのことをなんと呼んでたか、覚えてないのか?


 彼女は、盤古片『司空』。

 文字通り、天と空とを司る神の手の持ち主。


 束縛する要素のない空中戦は、その十八番のようなものだった。


 始めに、激しいノイズ音が二人のいるレストランを覆い包んだ。

 遅れて爆発音が遠くで聞こえ、断末魔が耳をつんざく。


 九分割、各フロアの状況をライブしていたモニターが次から次へと不通になり、砂嵐が大型の画面上を埋めていく。

 だが、戦場の推移はフロアのカメラが破壊されていく順番で把握できる。


 三階、特別展示室に移動。その後は、中原キハルの安否と勝敗は……数秒後に分かった。


 上昇の余波とも言うべき風が強く頬を撫でる。

 それに扇がれテーブや椅子が横倒しになる。


「大悟!」


 紺碧の衣をまとったキハルはゆるやかで、だが確かにしっかりとした足取りで着地した。

 舌打ちする大悟のこめかみに、硬い物質が押し当てられた。


「来るな! 来ればこの男を殺す!」


 硝煙の残り香がそれを銃器の類と教えてくれる。

 もしかすればキハルは引き金を引くよりも速く、この射場重藤を確保することができるかもしれない。できないかもしれない。

 だが状況は、武僧のような姿をした少女に一片の逡巡も許さなかった。

 背後から迫る鉄騎の弾道が、槍の投擲が、床に火花を散らし、穴を開ける。

 その陥没から逃れるように、キハルは廊下を駆けて姿を消した。


 その途上、足音はピタリと絶えた。


 が、それが『司空』の敗死を証明するものではないことは、流石の重藤でも承知しているだろう。


「……この、隙に……『本家』に増援を……いや、街もろともの浄化要請を」

「く、くくく」


 目の前の愚将の狼狽ぶりは、大悟にとっては滑稽の対象以外のなんでもなかった。

 知れず、鳴って震える喉仏に、重藤の憎悪の視線が注がれる。


「……何がおかしいのかね」

「いや? 部隊の半数を失い、幾重にも練った策は破れ、この期に及んでまだ自分の思い通りに事が運ぶとか考えてるあんたに、こう言いたくなった。……ざまぁみろバーカ」

「本当に頭を吹き飛ばすぞ!」


 今度はこめかみではなく、顎へと突きつけられる。煽れば、彼の恫喝どおりになるだけの間合い。

 いや、あるいは自分はそれをこそ望んで……そこまでの考えに至ろうという自分がいたことに少なからず驚き、そして大悟は首を振る。

 そして、自然と彼の視線は天井の隅、通風口へと投げかけられた。


 その捕虜の目線の意図が読めず、射場重藤の燃え上がった怒りに、疑惑という名の水が差す。

 そして彼もまた目を大悟の向けた位置に配る。

 彼ら二人の視線の先にあるもの。そこへ向けた大悟の意図。

 重藤が疑問の答えに気がついた瞬間、大悟が鎖に繋がれたまま重藤を蹴り飛ばした。


 人ならざるその通り道は、文字通り空気の道。

 気体のみが往来を許された通路。



 雲の姿なら、どこからでも、そこをつたって進入できた。



 二人の間に、夏雲の衣をまとったキハルが飛び出て降り立った。

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