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第四話「盤古片百騎組み手」(1)

『船の博物館』。

 東区にあるこの博物館は県内でも有数の敷地面積を持つ、文字通り船舶関係の展示品を四千点ほど取り扱うミュージアムだ。


 一階部分の駐車スペースを含め地上四階、地下一階。ガラス張りの外装は、巨大なサイコロのようでもあり近未来の倉庫とも思わせる。


 管理運営はスリースターグループだが、その代表者が更迭されて以降、実質上射場家に権利が移っている。あとは書類上の認可を待つだけという状態だが、すでに休館にかこつけてその内容は大きく変貌していた。。


 中の展示品はとうに回収されている。

 あとに残ったのはそれらを容れていた膨大な空間と、館外の広大な土地に展開された盤龍鱗の部隊。


 『関西鉄騎』三十機。

 『西涼錦』一機。

 『燕人』量産機、二十五機。

 『美髭』量産機、二十機。

 『常山』量産機、二十三機。

 そして、総指揮を執る射場重藤自身が装着する、新型盤龍鱗『黄老』一機。

 合計百機に、さらに『桃李』が加わる。


 まさに盤石の態勢とも言うべき布陣に、射場重藤は頰を緩ませた。

 彼の背には、鎖で両手をくくられら花見大悟がいた。

 そして眼下には、正門から堂々と、いや無防備なほど自然体にこちらに向かってくる、盤古片『司空』の孤影があった。


…………


 最上階、展望レストランの窓際。

 射場重藤の背後で、花見大悟と天井付近のダクトとをつなげる鎖が、ジャラリと冷たい音を立てた。


 両手の自由を奪われた大悟だったが、視点は重藤のそれと近い地点にある。

 日もすっかり沈んだ夕暮れと夜の中間。群青色の空の下を、まるで散歩のような足取りで少女は歩いてくる。

 まだこちらには気がついていないが、大悟には見て取れる。


 ――来るなって忠告したってのに……っ


 無理に動かそうとした左手首の肉が、鎖の隙間に挟み込まれる。

 血が滲む。抉れるような痛みがあった。


 イオンを含有させた、分厚い強化ガラスの障壁が目の前にある。さらに奥、少女の目の前には山岳で敵したバイク部隊が、数倍の規模で待ち受けている。


 どれもこれも、どうでも良かった。


「逃げろ」


 突き抜けるような大音声を発しようとする。発してみせる。だが大口を開いた大悟を遮るように、重藤はテーブルクロスの上に置かれた無線機を口に当てた。


「ようこそ! 盤古片『司空』! 歓迎するよっ!」


 やや大仰に手を広げ、声高に叫ぶ中年に顔をしかめる。それでも、大悟はぽつねんと立ち止まる少女の影からは視線をそらさない。

 電灯が彼女を照らす。四方から光の柱が彼女を貫き、影を幾重にも伸ばす。


 そうして明るみに引きずり出された彼女と、目が合った。

 キハルは捕虜となった教師を安堵させるかのように微笑んで見せて、大悟は百の敵と相対した生徒から目をそむけた。


「まさかバカ正直に正面から向かってくるとは思わなかった! いやはや、手間が省けたというものだ」


 射場重藤はそう言ってせせら笑う。さらわれ、縛られ、キハルを襲われている恨みもあって、大悟にはこの世でこの男ほど、不愉快な存在はいないとさえ思った。


 その前髪の乏しくなった中年男然とした容姿もそうだった。キンキンと響くヒステリーチックな甲高い声も、何もかもが吊された男にとっては憎むべき対象だった。


 その男の「ん?」という声が、嘲笑の尾を引いたままに発せられる。

 大悟もキハルの方を向き直り、彼の嘲りと不審の訳を理解する。


 眼下で少女は、軽く両手を掲げていた。


「……なんのマネかな? 命乞いのつもりか?」

『大悟の方の、ね』


 彼女の近くには、集音装置も備え付けられているのだろうか。

 館内のアナウンスを介して、ややくぐもったようなキハルの声が届けられていた。


『実は、先の戦いで力を使い切っちゃった。この人らと張り合うだけの力は、残されていないよ。……俺のことは好きにしていいから、大悟を解放してくれ』


 相手の下手に出るような懇願。哀れさを誘うような助命の申し出。

 どれも、ここまで共に戦ってきた大悟の見る中原キハルとは、合致しない姿。それがかえって、キハルの意図することを浮き彫りにさせた。


「愛されてるな」


 せせら笑いながら、指揮官が右手を振り上げる。

 見せびらかすように持ち上げられたその先で、無数の光弾が発せられるのが見えた。巻き上がる粉塵の中で、キハルの影が閃く大粒に貫かれて、二つに折れて、ばらばらと四散するのが見えた。


 その様子を見届けた射場重藤は、額に手を当て呵々大笑した。


「だが、我々はバケモノとの要求には応じない。そも、応じるいわれがない」


 大きく身を乗り出して、黒煙の中をじっと目を凝らす。

「……バカが」

 吐き捨てるような大悟の呟きに、重藤は勝ち誇ったように振り返った。

「いまさら何を吠えたところで無駄だよ。かくてバケモノは、人の叡智の前に撃滅された。大円談でめでたしめでたし、だ」

 だが、向けられた中年の瞳に映り込んだ大悟の表情に、悲嘆も絶望もない。

 ただ、愚将に向けられた呆れと憐れみだけだった。


「……あいつがそこまで従順だったら、私はここまで苦労しちゃいない」


 苦さと皮肉を交え、そう言い放った刹那だった。

 大悟の一言に呼応するかのように、黒い煙幕が内部から弾けて霧散した。


「……ッ!?」

 唐突に背を殴られたような面持ちで、重藤は正面の窓ガラスへと視線を返した。


 藤色の花弁が無数に散らばる。

 甘い蜜の香りを、雲の清浄な気を、この強化ガラス越しに届けてくれるようだった。


 白い雲が紫陽花の花に彩られ、目前の五騎へと激突する。

 バイクから突き落とされた彼らの悲鳴は、分厚い衝撃越しには聞こえてこない。

 あるいはそうした類のものを発する前に、彼らの鎧は自爆した。


 館の前に姿を現したのは、緑青色の盤古片。

 『司空・夏雲』。

 電源の落とされた自動ドアをたやすく蹴り破り、少女は彼の下へ飛び込んだ。


 ――残り、九十六騎。

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