第三話「己を知るために」(8)
射放たれた一撃が、彗星のように伸びを見せて、異形の銀面を貫いた。
その頭部は粉々に砕けて、両腕は肩から先がボトリと落ちて、粒子となって消滅する。
『司空』の絶命を示しているようだった。
盤龍鱗『常山』の秘奥義、『青紅霹靂』。
固い岩盤をも貫通するという威力もさることながら、槍先を構成する『氷銀盤』が敵の体内で爆発。
内包されていた盤古片が乱雑な動きで体内を暴れまわり、人体だろうと盤古片そのものであろうと、健全な活動を阻害する。
要するに、毒と地雷をまとめて鏃にくっつくて叩き込むようなものだった。
飛来に反して、着弾と爆破はいたって地味なものだった。
それでも、対個人に向けて一極化された威力自体は、かの『燕人』さえ上回る。
燃費も良い。
何より周囲への被害も少ないから、あの暴れ虎よりもよっぽどか活躍の機会に恵まれることだろう。
『……別に、あなたが弱かったわけじゃないですよ』
曲刀を腰横に下ろしながら、呟くように少女は言った。
『あなたより、あたし達の意志と実力が勝った。神の時代はとうの昔に終わって、それを上手く運用できる人の叡智の時代だった。この勝利は、それだけのことです』
父親より貸し与えられた九騎の配下を見回しながら、
『こんなに必要なかったかな』
と一人ごちる。
『それじゃ皆さん、この残骸を回収してくだ』
ガギン、という金属音が、そして倒れ伏す左右の二騎が、それ以上の余裕と慢心を許さなかった。
乗っていたバイクの前輪が外れ、支えを失って横転したのだった。
『え……?』
『な、なんだ? 《汗血》が突然』
ガギン、とまた音がした。
愛機を失った二人が、弾かれるようにして吹っ飛んだ。
盤龍鱗は雷光を帯びて地面を転がり、主人を離脱させて爆散した。
シリーズ随一の精密性を持つ『常山』のメインカメラでさえ、フレームに収めていなければ見逃すところだった。
鋭く伸びた脚。右足を軸に繰り出された、左の蹴撃。
衝撃音が一つに重なってしまうほどの、早業。
それが、的確にバイクと彼らの一番脆い部分を瞬時に突いていた。
そしてそれを行ったのは、首から上と両腕を失った、盤古片『司空』。
……残骸であるはずの、彼女。
死体袋のように骸を包むその分厚い衣は、緑青の色を成していた。
ふわり、と。
わずかに通風口越しに感じた外気に、『常山』の機体は瞬時に防護の体勢を取っていた。
突如目の前に雲が顕れた。
そこから突き出た拳を、彼女は片腕でもって受け止めた。
直撃は避けたが、思いもよらなかった方角……背後からの奇襲は、『常山』の少女を地に這わせた。
『バカな……そんなバカな……っ、ありえないっ!』
「俺の身体を作ったのが、中にある盤古片なら、それを操れる俺なら、肉体の切り離しと、組み立て直しもできるはず」
そう、うそぶく声が山間に響き渡る。
紫陽花を乱舞させ、つむじ風が大地を包む。
寒気も暖気も孕んで渦巻かせ、雲がその彼女……中原キハルの頭部と肩先を覆い包む。
卵か、ウリか。
流線型のシルエットが、乳白色の雲の奥で見え隠れする。
――頭部を、再構築している。
雲は晴れたとき、五体満足、まったくの無傷の『司空』が、立っていた。
「つまり『夏雲』の部分展開。この発想は今までできなかったな」
『……そんな芸当できて、なにが人間……っ』
「人間だよっ!」
肩につながった拳を握り固めて、キハルは彼女をぐっと正視する。
「頭が消えようとも、神様だろうと。日常に幸せを感じる。デートして楽しかったり、笑ったり……その相手を守りたい、救いたいと思う気持ち。それを胸に生きてる限り、俺は人間だ」
『おかしいですよっ……! 異常です、あなたはっ!』
少女は恐怖していた。
彼女、元々怖がりでもない。
異形との戦いだって、これが初戦だというのにここに至るまでそういう感情を抱いたことはなかった。
これからも、今に勝る恐怖に出会うことは決してない、という予感があった。
ありえない。
そう呟くことで恐怖が紛れるというのなら、何度だって口にしてやる。
その能力が恐ろしいわけじゃない。
自分を全否定する事実をつきつけられようと、折れるどころかそれを逆用する。
人とは言えない姿になっても、自身の理を貫いて、おのれが人間中原樹治だと、はばかることなく宣言する。
キハルの有り様そのものが、少女にとって恐怖の対象だった。
「あと、大悟も俺を人間だと言ってくれた。あの人の太鼓判が押されてるんだ。今さらその看板は下ろせないよ」
そう言って、キハルは「にへへ」と笑う。
白銀をまとう少女は、『司空』の惚気を怒りにくべる。生み出された活力が、もう一度『常山』を立たせた。
『ありえない……認めないっ!』
絞り出された彼女の怒号に、背後に控えた七騎の手駒が押し出されるように動いた。
八方に展開し、神速で大地に円弧を描く。『司空』を翻弄しつつ、じりじりと、遠巻きに包囲を狭める。
その渦の中心で、中原キハルは拳に左の手を重ね合わせた。
「『冬虹』」
神子の宣旨のような、あるいは早朝の一呼吸のような、爽やかさと荘厳さを両立させた声だった。
彼女の衣から、緑青が抜け落ちていく。
その色素が移ったかのように、裾の縁は七色に輝く。その上に、椿の紅刺繍が咲く。
溢れる力の余波が、白い氷片と真っ赤な花弁となって舞い散って、周囲の緑と黒焦げの残骸に降り積もる。
四季に彩られた世界で、一枚の絵札のように二人は対峙する。
草花を隔てて、見つめ合う。