第三話「己を知るために」(7)
キハルは爪先で弧を描く。地面の具合を確かめる。
いつもより……いやいつも以上にその肉体が重いことを自覚していた。
重い? いやしっくりと地に足がつく。
……いや吸い付く。
むしろ、今までの自分が浮き足立っていたとさえ思える。
キハルの周囲だけ、磁力が強まったようだった。
この姿に身を変えて、初めてこの地が自分にとって特別な場所だと言うことを実感する。
とにもかくにも、手数の多さと速さで自分のペースに持ち込むキハルにとっては、不利な場所であることには違いない。
「『関西鉄騎』」
白銀の乙女の号令一下、ブロンズの五騎が右手に直槍を携えた。
一メートルはあるんじゃないかというそれは魔術のように唐突に、発光しながら現れた。
大きく機体ごと旋回させて、横陣を組み、隊列と穂先を揃えて前進する。
『生まれて』この方二年だが、バイクにまたがった槍衾なんて、見たことあるのは自分ぐらいじゃないか、とも思う。
その穂先に、紫電が宿る。
ただの槍じゃない、というキハルの直感は、その先走りの電流を見逃さなかった。攻撃より速く地を蹴って退いた。一連の判断と、それに直結した行動が彼女の身体を救った。
鉄騎たちは砂利に穂先を擦り付けるように下へ向けた。
金属音を響かせながら、飛び散る火花が輝度を増す。
青白い火花が稲光と絡み合い、槍の穂先から離れた。ひとりでに動き出した閃光は、地の上を蛇行した。
不規則。だが迂回し、翻弄しながらも確実に紺碧の衣に飛びかかろうと追いすがる。
キハルは宙へと難を避ける。
――低い。
鉄下駄でも履かされているようだった。
そんな彼女の不調を見越したかのように、壁を虫のように這う六騎の槍から、電撃が無尽蔵に発射される。
水泳のスタートの要領で、風を蹴る。
だが距離が稼げない。追いつき、間合いに侵入してきた攻めは身をよじって避ける。
着地した瞬間、前輪を持ち上げた二騎がキハルの目前に迫っていた。
「……『秋星』っ!」
前進が紅葉色に染め上がるよりも速く、キハルは両腕を天へと突き出した。
間一髪、左右の手甲と円盾とで二輪を受け止める。空転しながらも、彼らの発する爆音は、殺意と害意を漲らせていた。
ただでさえ思いのままに動かない少女の肉体は、さらに加わる重圧によって地面に縛り付けられた。
『ここはあなたの本来あるべき場所。だからこそ、この地は貴方を再び地中深くへ取り込もうと、強く引き寄せる』
二台ののしかかりによってに取り押さえられたキハルの正面に、『常山』といったか、あの白銀の騎士が立ちはだかる。
小さく呻き声を上げながら、キハルは面の奥で笑う。
「……いや。ここは俺の居場所じゃない。ここには、母さんもいない。今のままじゃ大悟ともじゃれ合えない。人間、こんな寂しいところには住めないよ」
『……まだ、わからないんですか』
妖気にも似た敵意が、三十メートルほど先の彼女より立ちのぼってくるようだった。
その気配に当てられたように、手にした剣が弓のようにしなる。
――いや。あれは元々、剣じゃなく端に刃のついた弓じゃないだろうか。
しなった両端を、薄いブルーの光の糸がまっすぐに繋ぎ止めて弦となる。
その『弓弦』に、短槍が取り付けられて、矢となりこちらの頭部に向けられる。
『あたし、言いましたよね? 七十七人の行方不明者、すべてを百地家は回収した、と』
古代の大弓でもあるまいし、その弦を引くのに腕力は必要ないだろう。
それでもギリギリという幻聴が聞こえてきそうなほどに、少女は自らの膝下ほどにある大矢を、強くつがえる。
『……じゃあ《七十八》人目であるあなたは、誰?』
金属ではなく言葉の矢が、衝撃となって少女の紺碧の衣を射抜いた。
俯く彼女の異形の姿を、地を割るようにして流れる清水が投影する。
『あなたは、地表に引っ張り出された盤古片が、自らを納めるために創造神の力を以てして、ここで作られた器』
「器……」
天然の人造人間と言っても良いかもしれませんね、と少女はさらりと付け加えた。
『ここに散らかされた森羅万象は、それを作るまで試行錯誤していた失敗作。あなたが成功例。盤龍鱗すべての原点にして究極形。本来なら中身の盤古片ともども貴重なサンプルですが……余計な自我と知性が芽生えたのがいけない……貴女の存在が、ある人を苦しませ、悩ませる』
心身が縛られている。重くなっている。
身動きがとれないままに、つがえた弓矢が鋭い光輝を強めていった。
『あなたは何者でもない。過去も、前身もない。ここが故郷であり、墓標です』
無慈悲な言葉と共に発せられた必中の一矢は、震える少女の指を離れる。
『《青紅霹靂》』
風を巻き込み、紅蓮の尾を引いて浅く弧を描く。
そして、キハルの銀面に突き立った。