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第三話「己を知るために」(3)

 大悟の後悔は、週末のデート当日になるまでずっと続いた。


「はぁぁあああぁぁ」

 嘆きとも自身やキハルへの呆れともとれる、深いため息。


 駅前のロータリーに車を駐めて、そのドアに深く根付いたまま、上がらない腰。

 その腰で振動、そして歌声。

 ズボンのポケットから携帯を取り出し、ディスプレイを睨む。


「っち」


 と、文面が目に入るなり、舌打ちする。

 だが、表示されたデジタル時計を見れば、すでに定時五分前。

 よっぽどのことがなければ、あの生真面目なキハルのことだ。すでに到着しているだろう。

 携帯から視線を外し、視線をさまよわせた。


 彼女はすぐに見つかった。

 見つけた瞬間、大悟は顔を強張らせた。


 ドキドキと、やや緊張した様子ながらも浮ついている。いかにもデートの相手待ちの少女らしい。


 少なくとも。そこまでは。


 だが、首から下は「なにこれ」だった。

 上は、ジャージだった。

 下は、安っぽいジーンズとスニーカーだった。

 いずれもしまナンタラとかユニうんたらとかの次元ではない。

 近所のスーパーで申し訳程度に設けられた衣料コーナーの処分品、としか思えない安っぽさだった。


 素材は絶対に良いのに、調理法はまるでダメだ。


 回らない寿司屋で「板前のオススメ」を注文したらジンギスカン味のガムが出されたぐらいのガッカリ感だ。


 この「ミス・ガッカリ」がこちらの視線を察知して、パッと駆け寄ってきたから、堪らない。


「気合い入れてきた!」

「どこがや!?」


 大悟の怒号を予想だにしていなかったに違いない。

 まんまるな目をパチクリとさせて、


「このジャージが一番オシャレなのに」

「なんでジャージ限定なんだよ、なんだその縛りプレイ!? もっとマシなのはなかったのか!?」

「……うーん、母さんが見立ててくれるって言ったけどさ」

「けどさ、何?」

「……竜と虎なら、どっちが良かった?」

「大体分かった! 私が見繕った方が億倍マシだとよーくわかった!」


 良いから来い、と。

 その襟を引っ掴み、ズンズンと歩いていく。

さっきまで感じていたイライラも煩悶も、どうでも良くなった。


「まず服買うぞ」

 都会に行く服がない、というのは付き合う側が耐えられない。

「え!? いや、服買うぐらいのお金、俺持ってるよ」

「いくら持ってきた?」

「千円」

「昼飯代で消えるっつーの!」

 少女の格好を見た時点でなんとなく察しはついていたのに、それでもツッコミを入れずにはいられない。


「それぐらい買ってやるっ」

「や。でも悪いって。せっかく付き合ってもらってるのに」

「んなカッコで相手に付き合わせてるのを、まず悪いと思え!」


 ズリズリとそのまま引きずりながら、それに、と言い添える。


「お前には……その、救われたからな。これぐらいのご褒美は、くれてやるさ」


 キハルは肩越しにじっと大悟を見つめた。

 はにかんで、「ん」と頬染める少女が眩しすぎて、大悟はたまらず目を背けた。


…………


 おおぉ、と。

 試着室のカーテン越しに、奇妙な感嘆が漏れ聞こえる。


「おぉ、これどうやってつけるんだ? うはー、ホッグはどこだ?」


 などと、キハルはその中で大悟の見繕った服を戸惑ったり、楽しそうにはしゃいだり。

 姿は見えずともその様子がありありと分かる。

 そして中で彼女がどういう有様なのかを想像している自分がいる。

 次の瞬間、大悟の脳裏にバスタオル姿の彼女が蘇る。すかさず、己の額を壁に叩きつけて振り払った。


「ホイハーイッ」

 奇妙なかけ声とテンションと共に、キハルがカーテンを開いたのは、大悟が痛みに身悶えている、まさにその時だった。


 ショートパンツに紺色のカーディガン、クリーム色のブラウスとそれらを羽織った少女は、大悟の見立て以上にお互いがお互いを引き立てている。


 剥き出しになった白い股。多少露出が多い感じになったのを、今更に大悟は気づいたが、


「ザ・今時オトメ!」

「こんな色気もへったくれもねぇワードをスラリと出すようなバカを、私は女と認めない。断じて」

「?」


 小首を傾げるキハルの、無垢なあどけなさを前に、額を押さえる。

「で、気に入ったのか? それ」

「うん! さっそく買うことにするよ!」

「買ーうーのーはーわーたーしーだーけーどーなー」

「やだなぁ、流石に上着ぐらい自分で」


 上着の首付け根部分につけられたタグを、彼女はそっと見る。

 にこやかな顔のままそれを戻し、


「ヒトケタ間違ってるね」

「間違ってんのはお前の金銭感覚の方だ」

「……これだったら俺でも作れる気がするけどなぁ。半額で」

「無自覚にアパレル関係ディスんのやめろ。そもそもお前には金の前にセンスがねーだろうが」


 うむむむむむ、と苦い顔で呻くキハルを再び試着室へと押し込め、大悟は自分のサイフを取り出した。

 そして、中原キハルのくるくるとめまぐるしく変化する百面相を、ひとつひとつ思い返してみる。


 ――楽しくて、新鮮なんだろうな。この世の全てのものが。

 異能以外の全てを持たなかった少女が、家族に出会い、学び、体験し、ありとあらゆるものを五感で感じ取って、楽しんで、遊んで、身につけて、そして彼女の過去の思い出は増えていく。

 その過程に、自分は今立ち会っている。それも、半ば当事者のようになって。

 灰色に見えていた世界が、彼女と共に見ることで色彩を取り戻していくような。


 仕方ない奴、と息を長く吐く。

 大悟の口元は綻んで、目を細めて……



 この時花見大悟は、自然に笑っていた。



「私キモッ!」

 そしてそんな己に気がついて、再び頭を打ち付けた。


「お客様、店内の自傷行為はお控え下さい」

 取り乱さず注意をする店員に、プロの本気を見た気がした。

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