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第二話「人生の楽しみ方」(6)

 キハルの全身を強く揺さぶったのは、正面からの斬撃ではなく、横合いからの激突だった。


 そのまま腕の中に抱きとめられて、くるまれて。

 その男はもう片方の腕に女子高生を抱き、地面へ飛び込みヘッドスライディングを決めた。


 おかげで二人とも無事だったものの、その彼、花見大悟は「くおおおおぉ」と悶絶していた。

 スーツは肘や膝に土化粧を施している。もしそれが薄手だったら肌も擦りむけていたに違いない。

 挙句に

「何やってんだ……何やってんだ私……」

 と自身の頭を抱える始末だ。


『……あんた、なんのつもり?』


 緑の敵と同様、今回の敵も大悟の正気を疑った。

 あまりの無謀さからか。少女相手にも止まることのなかった蛇矛が、その鎌首を引っ込めた。


「うるっ……せぇ! 自分でもバカなことしてるって分かってるっつーの! ホント頭がグッチャグチャなんだよ!」


 頭を抱えて振りかぶり、身悶え続ける。花見大悟は吠えた。意味はまったくわからなかったけれども、その嘆きに、激しい苦悶が根付いているのはヒシヒシ感じられる。

 荒々しい呼吸と共に立ち上がった大悟は、「それでもっ」と掠れた声を振り絞る。


「今この場にいる私は、教師だ。だから……教師として、今やるべきことをやる、自分の生徒ぐらいは守ってやる。それが、人生の楽しみ方らしいからな」


 ほんのり苦みのはしった笑みを、大悟は口許に浮かべた。

 もう一人の少女を助け起こしながら、もう一方の手を、キハルに差し出した。

 思わず彼の手を取りかけたキハルだったが、


「あっ」

 花を咲かせて変質している自らの手を思い出し、引っ込めかける。

 大悟は軽く舌打ちし、長くその手を伸ばし、緑青の衣に包まれた少女の手首に指を絡ませる。引きずり上げる。


「グラウンドにいるのは、もうこいつだけだ。後は気兼ねなくやれ」


 と、訝る少女の背を押し、大悟はそのまま走り去った。

 呆気なくも、言外の信頼を強く感じる。心に、温水のようなものがコンコンと湧いて満たされていく。

 面の奥の唇が、ふと緩んだ。

 逃げる大悟を咎めるように矛を携え、オレンジの怪人が追おうとする。

 すかさずキハルは、その進路に飛んで立ちはだかった。

 縋るように彼らの背に向け延びた矛先を、中空から振り下ろした踵の一撃がはたき落とす。


 二人の間には、もう罵声も怒号も必要がなかった。

 矛と拳とを構え、無言で対峙する。


『ツァァア!』

 裏返った奇声と共に、敵は半歩ずつ接近する。左右に薙いでキハルを牽制する。

 怒りで我を忘れた時とは違う。ブレも隙もない。ある時は鞭のように、ある時は槍のように。単調だった攻撃に、変化を織り交ぜてくるようになる。


 それぞれ飛び退き、再度の静寂が両者の間を包み込んだ。。

 お互いの息遣いを、唾を飲む音、唇を噛みしめる音さえ聞き漏らすまいと耳を澄まし、感覚を研ぐ。


 仕掛けたのは、やはり敵だった。

 肩に担ぐようにいて大ぶりに繰り出された斬撃を、キハルは身を反らして避ける。

 次いで繰り出された片手による突きも、雲と化して突破し、キハルは彼女の頭上に姿を見せた。

 その突きの姿勢のまま、ぐねりと、大きく矛の穂先が歪曲する。キハルの首を絡み取ると、雄叫び一つ、異形の機人は蛇矛を振り下ろした。


「ぐっ」


 地面に、樹木に、鉄棒やサッカーゴールに。

 ありとあらゆる場所とオブジェにぶつけられながら、キハルは地面に墜落した。

 土煙を巻き上げながら起き上がったキハルは、その煙幕の向こうに、うっすらと浮かび上がる光源と熱源を見た。


『「万人(ばんじん)喝吼(かっこう)」!』


 その煙幕の晴れた先、虎を模したフェイスプレートが、グワリと大きく広がっていた。

 擬似的な牙の下から伸びた銀色の砲口で、太陽にも似た輝きが増していく。

 その全身にくまなく送り込むように、手首のシリンダーが回転を始め、次第にその速度は目にも留まらぬ速さにまで加速して、赤く熱していく。


「必殺技、って奴か」


 キハルは独りごちると、首は動かさずに自分の背後を確認した。

 フェンスの裏には野球場があり、さらにその向こう側には住宅街がある。

 次来るだろう砲撃の直撃を食らえば、自分の緑青の布地を破り、身体を吹き飛ばすだろう。

 だけど、退けない。

 自分が避ければ、その後ろの街に待っているのは、灰燼と化す未来だけだった。

 その盛る炎を想い、苦みを噛みしめ


「『秋星』」


 低く、呟く。

 一種の賭けのような心地で、少女は緑青の紅葉の衣をまとう。

 雲呼ぶ紫陽花から、炎を産む大手甲へと。

 裾の乱れを足の捌きだけで直し、つつ、と爪先で弦を描く。


 刹那。

 今まで聞いたことのない轟音と共に、その光線は発射された。

 文字通りの光速で迫り来るそれを、キハルは盾を前に突き出して防ぐ。

 否。

 吸収していった。

 衝撃を、光を、その熱を。

 円盤の前の空間が、渦を巻くように歪む。その中央に、虎の化身の咆吼は吸い込まれていった。

 だがキハルが生み出した異空間と、怪人が発した熱戦の衝突は、地面がまくれ上がり、遊具が歪むほどの風圧を生み出した。


 その勢いに圧されながらも、仮面の裏でキハルは察していた。

 理屈でなく本能の部分で。うわべでなく根っこで。頭ではなく胸で。

 ――これは、俺の中に流れる『ソレ』と、同じモノか。


 ならば、使えないわけがない。統率できないはずがない。

 余さず吸い尽くし、自分の元へと『戻す』。そうすることで、後ろや、前の守るべきものが救えるのなら。


 そのキハルの意志に感応するように、『秋星』の円盤が橙色の輝きを発する。

『なァッ!?』

 驚きで、砲撃が止んだ。その一瞬を、キハルは見逃さなかった。

 強く掴んだ手首のそれを、敵へと向かって投げつける。

 まるで吸収したエネルギーをそのまま動力にするかのように、同速の、同質の力が光の軌道を描いて天地を駆け巡る。

 蛇矛を振り回す魔人の、重厚なオレンジの装甲を切り裂いた。


『お前ぇぇぇぇあ!?』


 猿にも似た狂乱の叫声。

 あれだけの力を以てしても、未だ中枢部分を破壊するには足らないようだった。

 となれば、直接衝撃を浸透させる。そのためには……


「『夏雲』」

 先ほどの同じ呪文を、低く呟いた。

 街を守れた安堵と共に取り戻した心の平穏が、そのまま緑青の衣を生み出した。

 咲き誇る紫陽花の花が、無数の花びらと雲とを生み出す。


 その雲が、彼女のその身を暴走する怪物の前へと転移させる。

 薄紫のかけらを孕んだ清風が、ふわりと、雌雄を決する両者の間を吹き抜けた。

 キハルは機人の胸部に目をつける。

 『秋星』が抉り抜いた、黒々とした傷口。その裂け目に、縦に並べた五指を、そっと這わせた。

 その指たちを折り曲げてできた拳が、さざなみにも似た柔軟な衝撃を染み渡らせる。手応えを感じる。


 ――届いた。


 と、キハルが実感を持った瞬間、

『アァァァァ!?』

 表面から電光と火花を散らして鎧は吹っ飛んだ。

 手足をばたつかせるオレンジ色の機人の全身を、巡る。

 やがて装着者の少女を吐き出したそれは、自らの機密を葬るかの如く、緑の同朋と同様に爆散した。


 被害は最小限に抑えた。

 残心を示しながら変化を解いた少女がぐっと伸びをした、その瞬間だった。

 ちゃきり、と鉄の音。

 振り返れば、装甲から分離された少女が拳銃を握っていた。


「この……化け、モンが……ッ!」


 呪詛と共に起き上がった水兵姿の少女は、そちらこそ生ける屍のようだった。

 身構えるキハルの前で、狂笑を浮かべる彼女の背に、何かが降り立つ。手刀を細首に見舞う。ぐっ、とつんのめる少女が地面とキスする直前に、その腕に抱いた。


「あんたは……」


 桜舞う鉄骨の上で出会った、あの鎧武者だった。

 まだ傷が癒えていないのだろう。胸のあたりにあるヘコみが、同型機の別人でないことの証明だった。

 感情のうかがえない兜がキハルの方を向いたかと思えば、少女を抱くのとは逆の手で、鞘の短剣を抜き放つ。地面を一閃する。

 薄紅色の光がキハルの視力を奪う。一瞬後、その閃光が消えた後には、桃の花弁がはらはらと散るだけで、二人の姿はかき消えていた。


「……なんか釈然としないけど」

 猫のように身をそらし、わずかに腹の素肌を外気にさらす。

 次の瞬間に、にゃへへと笑み綻ぶ少女の姿が、そこにはあった。

「ざっと済みたり、かな」


…………


 その翌日には、何事もなかったかのようにグラウンドも、校舎の崩壊もなかったことにされていた。

 生徒さえ精神的外傷を負った誰かはいないし、大悟が疎み、疎まれる教師連中も、まるで何事もなかったかのように授業の準備をしていた。それどころか、疲労心労を引きずって重役出勤してきた彼に対し、

「良いね、若い子は時間に自由で」

 と学年主任がイヤミを言う始末だった。


 つまり、なかったことにされた。

 人間の記憶も、建物の傷跡も。

 そして事態を隠蔽した組織の罪そのものさえも。


「……かくして、なべてこの世は平穏なりけり、ってか?」

 フンと鼻を鳴らし、大悟は投げやりに屋上のベンチにもたれかかった。

 昼休み、雲ひとつない青空は、大悟にはかえって白々しく感じられた。

 紙コップに入ったインスタントコーヒーにじっと視線を注ぎ、

「……人をコケにしやがって……」

 粉っぽく、酸っぱい液体を飲み干す。ゴミ箱に投げ入れる。

 低く小さく、そしてやや自暴自棄に呟く。


「えらいえらい」


 そして、ふわふわと、頭が撫でられる。

 沈みかけた目線を持ち上げて、

「何のマネだ」

 と、いつの間にか目の前に立っていた、その手の主に尋ねる。

 視線の先にいる中原キハルは、キョトーンと灰色がかった目を見開いて、

「誰のマネってわけじゃないけど、褒めてる」

「何でだよ!?」

「だって、俺も、あの先輩も、大悟が助けてくれたわけだし」


 あぁそうだった。大悟が心の中でそう独語した時、あまりの出来事の多さに埋もれていた怒りが、ムカムカと一日越しに蘇ってきた。

 自らの情けなさと不甲斐なさ、彼女の無鉄砲さと底抜けのお気楽さとに対する。


「そーかそーか。よーし、じゃあ私も学校の平和を悪の組織から守ってくれたカワイイ生徒に、よしよししてやろうっ!」


 言うがはやいか、大悟はすばやく自らの手を少女の頭に載せた。

 絹糸のように細くも、思いの外量が多いのを、ワシャワシャと遠慮なく撫でまくる。


「よしよし」

「よしよし」


 お互いにいい笑顔で、頭部を左右に撫でる手は止まらない。


「よーしよしよしよし」

「よーしよしよしよし」


 三分ぐらいその運動が続いただろうか。

 大悟の張り付いたような笑みはさらに引きつりが強まり、頬に朱が差した。


「……」

「大悟は良い子だねー。よーしよしよしよし」


 やがて片方の言葉も笑みも止まり、耳まで紅くなったまま俯き、髪の先から肩にかけて小刻みに震えだした。


「拒めよッ!」


 そのツッコミを合図に、大悟とキハルの手は止まった。


「なんなんだよ!? 何の意味があるんだよこの行動に!? 止めろよ! 引っ込みつかねーだろうが!」

「だって、大悟の手、あったかくて大きくて、気持ち良いから」


 にぇへへー、とあどけなく頬を緩ませる女子高生に、大悟はこれ以上なく脱力した。

 視線をしばらく横に投げていたが、置いたままだったその手を動かす。今度は乱れた部分を手直しするように、優しく髪を扱った。


「大悟……?」

「あんなヤツの言うことなんか、気にする必要ないからな」


 出し抜けにそう言っても、キハルは不得要領、と言った感じで小首をかしげていた。

 肩透かしを食らった心地と、気恥ずかしさとが大悟を早口にさせた。


「だからっ! なんかバケモノ呼ばわりされてたろ!?」

「あれっ、聞いてたんだ」

「…………そりゃ、あんだけデカい声でギャーギャー喚かれてたら、イヤでも聞こえる」


 口の中に、コーヒーの苦みが残っていた。

 ぐっと歯を食いしばって、一時その苦みを忘れる。キハルの顔を直視できず、また目を背けた。


「お前は、私なんかにしてみりゃ、出来が良すぎるほどの生徒だよ。……だから、気にしなくて良いんだ。お前は人間中原キハルとして、やるべきことをやったんだから」


 やがて、目をそむけた状態で髪を撫で続ける不自然さに、耐えきれなくなった。

 意を決し、顔を上げた大悟の目に飛び込んできたのは、


「えへへ」

 これ以上ないほどに優しく、幸福そうな、とろけてしまいそうな笑みだった。

 まるで、自分が本当に良いことをした、良いことを言ったのだと錯覚してしまいそうなほどに。


 ――見るべきじゃなかったな、こんな顔を。

 大悟は、また真っ赤になってそっぽを向いた。同時にわき上がる胸の痛みを持て余していた。

 だけどキハルは、そんな彼の苦悶を知ってか知らずか、じゃれる猫のように彼の胸に額をつけた。ぐりぐりと、甘えるように頭を押しつけられる。


「お、おい!」

「大悟も、だよ」

「あぁ!?」

 暴れる鼓動から、自分の感情が読み取られないか。それを懸念し焦る大悟に、少女は珍しくしっとりと、丁寧な語調で語りかけた。


「大悟も、教師としてがんばってた。今も、俺を気遣ってくれた。……他の誰かが忘れたって、俺はちゃんと覚えてる。良かったって思う。大悟が、俺の担任になってくれて、ほんとに嬉しい」


 大悟はかすかに息を呑んだ。それにわずかに反応したキハルの上半身が、わずかに身じろぎする。

 唇を噛みしめ、目を眇め、涙が出そうになるのをこらえた。

 誰かに認めてもらえ、褒めてもらえることと無縁だった彼が、どれほどにこの感謝と信頼を、必要としていたか。求めていたか。……焦がれていたか。


 胸の痛みは和らいでいるが、素朴に紡ぎ出される率直な彼女の想いが、委ねられた身体の重みが、かえって彼の喉元を苦しくさせるのだった。


………


 件名:調査報告書(中途)

 百地一族とはいえ、末端組織の構成員の質は相当に悪い。

 特に射場の管轄は、当主重藤ともども、最悪の部類に入るだろう。

 まさか白昼堂々、ターゲットの接触および戦闘を図るとは、さらには最大戦力である『燕人』まで大破させるとは、呆れてものが言えない。

 リーダーの資質が疑われる。作戦行動に口を挟む三村ともども、早急に更迭すべきではないのか。

 いくら一族の記憶操作と修復技術があろうと、それが及ばないほどの被害を出されては元も子もない。今回は、皮肉にも『司空』の力により、被害は最小限に留めることができた。

 盤龍鱗の性能のみを追求するのではなく、その装着者たちの厳正な審査および教練の必要性を強く感じさせる結果となった。

 そしてそれは、今回の事件そのものにも言えることだ。


 現有戦力のみでは、『司空』の捕獲ならびにその内部の盤古片の運用・管理どころか破壊や打倒さえ不可能と言わざるを得ない。より高い技術、優秀な人材の投入に力を入れ、重藤たちのプランはことごとくを破棄し、長期的なスパンで本件に取りかかるべきだと愚考する。

 幸いにして現状、彼女がこちらに報復行動に出る兆候は見られない。


 融和とはいかずとも、静観を視野に入れるべきではないのか。

※燕人っていうのは、昔中国の北京のあたりにあった『燕』って国の出身って意味だよ! 三河人とか薩摩人とかグンマーとかそんなノリと同じなんだ!

決してツバメ人間ってことじゃないから、使う時は気をつけてね!

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