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ストナーサンシャイン

「きょーおっのおっやつっはなっんだっろなー」


 やたらとテンションの高い穂乃果が鼻歌を歌いながら皆元家への道を行く。

 なぜこんなにテンションが高いのかと言うと、別に理由は無い。いつもこんな感じだ。

 いや、常時と言う意味ではなく、皆元家に行くときはいつもこんな感じなのだ。


 そして、皆元家の門柱に差し掛かり、庭に入ると、見事にガーデニングされた風景が出迎える。

 この庭は庭園風に造ってあり、蔓薔薇が這わせられた門や、東屋などもあり、薔薇が咲き誇る時期ならば驚くほど煌びやかな光景が出迎えてくれる。

 秋に入り始めた今、薔薇は少ないが、それでも十二分な緑が繁茂する綺麗な庭だ。


 そして、家に付随するテラス。そこではテーブルの上にハードカバーの本を広げ、安楽椅子に座る巴の姿があった。


「ただいまー」


 声をかけつつ巴に近づくが返事が無い。

 不思議に思って正面に回ってみると、瞳を閉じた巴はゆっくりと寝息を立てていた。

 どうやら本を読んでいるうちに眠ってしまったらしい。


「どれどれぇ? どんな本読んでるのかな? エロ本だったりして」


 にひひ、と笑いつつハードカバーの本をこっちに向けて紙面を追う。しかし日本語ではなかった。

 ところどころ見慣れた単語があるので英語らしいが。

 とりあえず表紙を見てみると、そこにはGone With the Windと記載されていた。


「えっと……過ぎ去った……あ、違うか。風が……じゃないな。風と一緒に過ぎ去った。うん、たぶんそう。あ、風と共に去りぬじゃん」


 なーんだ、なら日本語で書いてくれればいいのに、とむちゃくちゃな事を思う穂乃果。

 しかしなんでわざわざ英語で読んでるんだろうと不思議に思いつつも、元通りの場所に本を戻し、テラスに面した窓から屋内に入る。


 そして何の遠慮もなく一室の扉を開けると中に入っていき、きちんとメイクされているベッドから毛布を剥ぎ取る。

 勝手知ってる他人の家で、なおかつこの部屋は客間と言う名のほぼ穂乃果用の寝室だった。

 真里が泊まり込みで仕事と言う事も少なくないため、昔から度々皆元家にお泊りなんてのは珍しくなかったためだ。


 さて、その毛布を手にテラスへと戻ると、巴に毛布を被せる。

 今日は日差しが温かいが、風があって少し肌寒い。外で寝て居たりなんかしたら風邪をひいてしまう。


「よしよし。巴ちゃんは仕方ない子ですねー。なーんちゃって」


 いつもは自分が言われる側のセリフを言ってみて笑うと、穂乃果は巴の対面の椅子に座る。


「しっかしまぁ、ほんと可愛い顔してるよねー」


 起こさないように声は潜めて、頬杖を突きながら穂乃果は言う。

 対面で眠る巴は身じろぎする事もなく静かに寝息を立てている。


 栗色の長い髪に白い肌。細面に細い眉。閉じられて見えない瞳は鳶色だ。

 それに喋ってみれば、男性とは思えないくらい高く柔らかい声。

 まぁ、端的に言って女の子みたいだ。美形なのは確かなのだが。


 そして料理もお菓子作りも上手で、ガーデニングやらなんやらも得意。

 家事万能で可愛くて料理上手で……なんて女子力が高いのか!


「でもここは私の勝ちだねー。いや、負けてたらやばいけどさー」


 自分の胸を軽く持ち上げてみつつ穂乃果は言う。

 なかなかのプロポーションの持ち主だと自認しているだけあって、そう言った女性らしさは巴には確実に勝っている。

 もちろん、男性である巴に負けていたらヤバいどころの話ではない部分だが。


「でも……巴さんってほんとに男なのかな?」


 考えてみると確たる証拠を見た事がない。

 皆元家に泊まる事はあっても、一緒にお風呂に入った事は無いのだ。

 穂乃果を皆元家に預ける事はあっても、真里は9時前には穂乃果を迎えに来ていた。

 穂乃果が大きくなるにつれて、それが遅くなっていき、小学校高学年になる頃には泊めてもらう事が出始め、その頃にはもう穂乃果は1人でお風呂に入れた。


「うーん……今度お風呂に誘ってみるとか? いやいや……」


 さすがにそれはヤバいって、うん。と穂乃果はうなずく。

 いくら家族同然のような人とは言えお風呂はヤバい。と言うかこの年齢で異性だったら家族同士でも普通は一緒に入らない。

 となると……海か、プールである。確たる証拠ではないが、少なくとも水着を着ているところを見れば色々と分かるはずだ。


「よし、週末に温水プールに誘おう」


 問題は温水プールがバスで20分揺られ、電車で40分かかるところにしかないという事だ。

 割と出不精の巴をそこに誘うのはちょっと難しいかもしれない。


「まぁ、最悪お風呂場に乱入って手もあるしねー」


 そう言えば今週の土日は泊まり込みだから巴さん家に泊めてもらうようお母さん頼んでったけー、と邪悪な企みを練り始める穂乃果。

 さて、乱入するときの言い訳は何にするか。さっき石鹸切らしちゃったー、と言って乱入しようか。


「うーん」


 もしくはお風呂場にカミソリ忘れちゃったー、とか、歯ブラシ忘れちゃったー、とかだろうか。

 どうでもいいが穂乃果はお風呂に入りながら歯を磨く派だ。


「うーん……よし、とりあえずコーヒーのも」


 考えを後回しにして飲み物を取りに行くことにした。

 と言うわけで屋内に入り、台所へと向かう。そして、インスタントコーヒーを愛用のマグに少し入れると、ポットのお湯を注いだ。

 意外なことに、巴はこういったインスタントものも常備している。


 普段はサイフォンかネルドリップで淹れるのだが、どうやら1人でなおかつ時間が無い時はインスタントを常用しているらしい。

 ただ、インスタント食品が一切ないあたり、食べ物は手作り、と言うこだわりがあるようだった。


「えっと、牛乳牛乳」


 冷蔵庫から牛乳を取り出し、冷たいまま注ぐ。猫舌な穂乃果にはそうした方が程よく冷めて飲みやすいのだ。

 さて、そうして出来たカフェオレを片手にテラスへと戻ると巴はまだ寝て居た。


「移動させた方がいいかなー?」


 さすがにこのまま放置したらまずいよねー、とは思う。しかし穂乃果は腕力に自信が無い。

 いくら見た目が女性っぽいとはいえ巴は男だ。そう軽々と抱きかかえられるものでもない。


 しかし、時刻は4時を回り、段々と寒くなり始めた時間だ。

 4時半を過ぎたらなんとかして連れていこ、と思いつつ、ずびずびとカフェオレをすする。


 そうして何分か経ち、カフェオレも半分ほど飲み干したところで、突然巴が立ち上がった。


「目が覚めた」


「う、うん。おはよ」


「うん、おはよ」


 ニコッと笑いながら巴は言うが、あの突然の覚醒は怖い。今も心臓がバクバクいってるのが穂乃果はよく分かった。


「毛布かけてくれたんだ。ありがとね。それに寒かったでしょ」


「あ、ううん、へーきへーき」


 えい、と言って巴がパチンと指パッチンをした。


「ほぉーぅ、巴さん指パッチン上手ー。私にも教えて」


 自分も指パッチンをして見せるが、かすっかすっとショボイ音を立てるだけで終わる。

 これでは指パッチンとは言えない。


「指パッチンは親指と中指よりも薬指と小指の方が重要なんだよ。ここで音を反響させるの。それで、中指をここにぶつけた音を反響させてるから、中指を押し下げる感じでやるといいよ」


「こう? えい、えい」


 何度かやってみると確かにパチンパチンといい音が出るようになった。


「おー、こりゃいい」


 パチンパチンと遊んでいると、ふとなんだか温かい事に気付く。


「なんかあったかくない?」


「うん、この辺りあったかくしたからね」


「え? なになに? 魔法? 魔法なの?」


「そうだよ」


 穂乃果ちゃんご所望の魔法だよー、と笑いながら言う。

 どうやら、先ほど突然巴が指パッチンしたのはこの魔法を発動させるためだったらしい。


「でも指パッチンって何の意味あるの?」


「何もないよ? ただ周囲の人に「魔法を使いましたよ」って分かりやすく教えるためかな」


「なるほどねー」


 うん、確かに分かりやすいと穂乃果はうなずく。

 今まで巴が使った魔法で見た事があるのは、目に見えて効果が分かるものだったが、今回はそうではないから指パッチンをしたのだろう。


「それにしてもこんな便利な魔法あるんだねー。私も魔法覚えたら出来る?」


「10年くらい修行したらね」


「じゃあいいや。私はストーブ使う」


「それがいいと思うよ」


「ちなみにクーラー的な魔法は?」


「出来るよ。夏はたまに使ってるし」


「たまに涼しい時があったのって……」


「この家クーラー無いから魔法だね」


 意外としょーもない事に魔法使ってたんだなぁ、と穂乃果が驚く。

 普段はちっとも使わないのに。そう思って疑問そうに巴の事を見ていると、巴は顔を逸らしながら言う。


「暑さは……努力してもどうにもならないんだよ」


 なんて、そんな理由だった。

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