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屈斜路湖

 魔法とは無形文化財の一種である。要するに、歌舞伎とか陶芸とかと分類は同じものとされている。

 さて、そんな無形文化財がやたらめったら多い日本だが、その無形文化財の多くが衰退の一途をたどり続けている。

 わざわざその無形文化財を受け継ごうとする者も少ないためだ。それでも酔狂な者は居て、細々と続いては居るのだが。

 日本人は古いものを大切にする性質だからだろうか? 創業1400年を超える建築会社もあれば、7社も創業1000年超えてる会社があったりするし。


 さて、そんなわけだから、無形文化財の伝承者と言うのは全くいないわけではない。

 それは当然、無形文化財の体現者である巴も同じであって、彼には魔法の弟子がきちんと居る。

 どこかに。どっかに。どこにいるのだろう……。


「ねぇ巴さん、巴さんのお弟子さんってどこにいるの?」


「どっか」


 尋ねてみると毎度この返事が返って来る。

 いや、昔はもうちょっとまともな返事が返ってきたのだ。確か今は京都に居るはずだよ、とか、北海道に移動したって聞いてるよとか。

 しかし時を経るにつれて、日本には居るよ、チベットにいったらしいよ、イギリスかドイツのどっちかにいるよ、恐らくロシアに居ると思うけどアメリカに行ったかもしれない、ヨーロッパのどこかに居る、ヨーロッパかアジアのどちらかにはいるはず、北半球にいるはず、地球にはいるはず、月に居るかもしれない……、どっか。と言う感じでどんどん大雑把になっていった。


「てゆーか、本気でどこにいるの? 魔法で探したりできないの?」


「できるけど、気にしたことあんまりないからね」


 これなのである。この師匠、弟子の事にかけらも興味が無い。


「ほんと、巴さんってそこらへんテキトーだよね」


「そもそもさ、ああいうのって基本を教えたら後は自分で好きなように、ってやるべきなんだよね。これが工芸とか芸能だったら違うんだけど」


 魔法は決して摩訶不思議で理不尽な力ではない。ちゃんとした方式に当てはめて力を発露させる、れっきとした技術だ。

 それは陶芸が化学技術を利用したものであるのと同じで、魔法はちゃんとした物理法則によらない所定の魔法法則に則って存在している。

 それはつまり、法則をちゃんと理解する事が魔法の修練であるため、教え込んでも意味が無いのだ。自分で感覚的に掴み取るしかない。


 結果として魔法は伝承する事が難しいし、そもそも失伝する類のものでもない。

 たとえ記録が全て失われても、法則さえ理解すれば同じ結果を現出させる類の魔法は再び作れるのだ。

 そんなわけで、基本を教えたら後は自分で探究して、としか方法が無い。


 もちろん魔力運用のコツとか、魔法触媒の調合技術とか、魔具の制作技術とか、魔法に関係するが魔法で賄えない技術の伝承などもあるのだが……。

 巴は魔力運用のコツは教えてもほかのものは教えなかった。本人が使わないからだ。

 そのため、弟子の放置度が加速する。


「魔法はロジックを理解して労力を惜しまなければ不可能は何もないけど、そのロジックを理解する大前提が凄まじく難しいからね」


「ふーん。こう、火を出すだけで1年! とかあるの?」


「ないよ。感性が優れた人なら教えられるまでもなく出来たりするし。そうじゃなくても魔法的な視点と感覚で見れば、火を点けるって言う単純な技法なら1日経たずに習得できると思う」


「じゃ、何が難しいの?」


「うーん、なんて言えばいいかな。まず前提として魔法法則も物理法則と完全に乖離したものじゃない。だから、物理法則で難しいものは魔法法則でも難しい。例えばこう」


 ほいっ、と言って巴が指先に火を灯す。


「火。発熱を伴う激しい化学変化。コンバッション。可燃物質と酸素の化合が身近だね。今起こしてる火は、魔力を可燃物質として酸素と化合させて発熱・発光を齎してる。魔力をろうそくにするようなものかな」


「うんうん」


 えいっ、と今度は指と指の間に光が奔る。


「これは放電。見た目には分かりにくいけど。10mAの10Vくらいかな。これを安定的に持続的に発生させるのは、科学では燃焼よりも難しい。あるいは大がかりになる。こっちは魔法に専念しても1年や2年はかかるかな」


 燃焼ならば単にそこらのものを燃やせばいいだけでそこまで難しくは無い。

 だが、放電を安定的に引き起こすとなると、それなりの科学技術と設備が必須となる。


「だから結果として、火より雷の方が難しい。雷は自然属性の中で一番難しい属性だしね」


「へぇー。じゃあ、魔法を覚えて電気代タダ! とかって難しい?」


「うん、結構難しいと思う。加えて言うなら、自分が常時発生させないといけないから神経衰弱しちゃうよ?」


 確かに衰弱しそうである。


「じゃあ蓄電器とか用意したらどーなの?」


「それ買うお金で電気代払った方がいいんじゃないかな……」


 全く持ってその通りである。


「ぶーぶー、つまんなーい。なんかこー、すごいのとかないのー? すーごーいーのー」


「空を飛ぶとかどう?」


「出来るの!?」


「うん。空を飛ぶのは別に難しくないよ」


 単純な話、空を飛ぶという事自体はさほど難しいものではないのだ。

 人間単体で空を飛ぶことが出来ないのはそう言う風に出来てないだけ。空を飛ぶことが出来る生物はこの世に存在している。

 極論すると速度さえあれば人間は空を飛べる(吹き飛んでいるというべきかもしれないが)。

 故に、空を飛ぶことは魔法を使えばそんなに難しい事ではない。


「ねぇねぇ、それって私にもできる?」


「どうかなぁ。簡単って言っても何年か修行は必要だしね」


「なんだー、意味ないじゃーん」


 空を飛べたらバス代と電車代浮くのになー、とショボイ利用方法しか考えていない穂乃果。


「魔法で世の中を便利にする方法とかって難しいねぇ。なんかないかなあ。空飛ぶタクシーとか」


「公表されてる世界中の魔法使い掻き集めても需要を満たすには足りないんじゃない?」


 100人と居ない魔法使いをそんな事に使うのはもったいないだろう。


「魔具で一般人を運転手にするって言う手もあるけど、初期投資高そうだしね」


「空飛ぶ箒とかってやっぱ高いの?」


「そうだねぇ。普通に作るならやっぱり1本数百万円はかかっちゃうね。それに魔力のリチャージは自然のマナ便りになるから飛べない時もあるし」


 安定運用できない乗り物に価値はあるだろうか? いや、ない。

 そういうわけで空飛ぶタクシーなんてものはなかった。


「なんかなー、魔法って夢いっぱいの癖に難しいんだもんなー」


「そう言うものだよ。まあ、その気持ちは分かるけどね。僕も最初は魔法使いと言ったら夢いっぱいなものだと思って頑張って修行してたし」


「へぇー! 巴さんもそう言う感じだったんだー」


 しかしまぁ、言われてみると確かにそんな感じの性格をしているのも確かなのだ。

 功名心にあふれているわけでもないし、過去に重い事情があったような性格でもない。さりとて守銭奴なわけでもない。

 と言うより、世俗一般に対して大きな興味を持っていない、どこか浮世離れした性質の人間なのだ。

 となると、純粋な憧れで魔法を学んだ、と言われると「なるほど、そう言う感じだよね」と納得できる人間だ。


「で、巴さんは空飛んだりできるの?」


「もちろん出来るよ」


「へぇへぇー!」


 しかしこの人いったい幾つなのだろう。魔法の修行には時間がかかるはずなのに、かなり若く見える。少なくとも30は過ぎてるはずなのだが。

 考えてみると穂乃果は巴の年齢を知らない。子供の頃は気にしたことが無かったし、それなりに歳を重ねてくると「歳幾つって聞くのも失礼だし……」と言う事でよく知らない。

 とりあえず、穂乃果が巴と初めて会ったのが4歳の時。こっちに引っ越してきてすぐだ。

 その当時から既に巴は今みたいな感じだった。いつもニコニコ笑ってて、会うといつもお菓子くれる優しい人、という認識だった。

 記憶の中の巴と今の巴は姿も形も変わらない。本当に幾つなのだろう。


「そう言えば、バブルの時って巴さんなにしてたの?」


「なんかいきなり話題変わったね」


「いいからいいからー」


 年齢にアタリをつけようと、とりあえず昔の事を持ち出しているので話題が変わるのも仕方ない。


「バブルの時ね。普通にこの辺りに住んでたよ。始まりから今まで」


「ふーん。じゃあ高度経済成長期の時は?」


「えーと……確か、東京の方に住んでたかなぁ。当時は傷痍軍人さんも多かったからね。そう言う人向けの個人経営の医院をやってたよ」


「へー……巴さんってお医者さん出来るんだ」


「うん、医師免許も持ってるよ」


 その割になんでこんな田舎町に住んでるのだろうか。


「んーと、じゃあ戦後は?」


「えっと……確か、横須賀に居たかな」


「じゃあ、戦前」


「いろんなところを転々としてたから何とも。でも鎮守府とかの海軍関係のところが多かったね」


「えーと……日露の頃はなにしてたの?」


「その時はドイツに居たかな。特に何もしないで旅行してたよ」


「へ、へぇー……」


 本当に幾つだ、この人。最低でも120歳くらいと言う事になるのだが。


「ね、ねぇ、魔法使いってもしかして、すごーく長生きだったりするの?」


「え? うん、結構長生きだよ。延命法を使ってる人は長寿記録からは外されるしね」


「そうなんだ……」


 道理で見た目が全く変わらないわけである。


「じゃあさ、江戸時代は何してたの?」


「浮世絵書いてたね」


「へぇー……戦国時代は?」


「アイヌの方で今みたいにのんびり暮らしてたよ」


「な、奈良時代は?」


「今で言うアメリカでのんびりしてたよ」


「えーと、えーと……西暦が始まった頃は?」


「ローマのあたりで設計技師をしてたよ」


「ぴ、ピラミッドとか作ってるところ見た事ある?」


「あるよ」


「えーと……えーと……恐竜とか見た事ある?」


「うん。図鑑みたいな色はしてなかったね」


「…………巴さん一体歳幾つなの?」


「さぁ? でも、さっきまでの質問の答えにはいくつか嘘が混じっています」


「あーっ! 私の質問の意図わかってて嘘ついたなー!」


「当たり前じゃない。僕の年齢を知ろうと意図が見え見えだったよ」


 あはははー、と笑われてしまう。確かにバレバレな質問の仕方ではあった。


「でも、結局巴さんって歳幾つなのさー」


「んー、そうだね。僕は永遠の17歳前後! そういう事にしといて」


 もう隠す気満々の返答だ。


「ぶーぶー」


 口で不満の意を全開にしてみるも、巴は笑うばかり。

 まあ、確かに巴の見た目は穂乃果とそう変わらないくらいに見えるので、永遠の17歳前後と言うのも根拠のない言葉ではないのだろう。

 と言うかなんで永遠の17歳ではなく、前後、がつくのだろうか?


 しかし、今日もまた巴の謎が1つ増えたばかりで終わってしまった。


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