母の真実
「アナがあの流行病に…知らなかった…誰もそんなことは…俺に会いたくないから領地から出て来ないんだと…母も、アナも俺を愛していてくれたのか…?では母は…」
乳母の真実を知り愕然とする王。
「そのことだがな、アセイの母上のユイファ様は先王陛下の側室だったキア様の母親に出産直後に毒を盛られて耳も目も機能しなくなっていたそうだ。それに頭もやられていて、5歳児ほどの精神だったと伯母から聞いている。彼女は人形だったんじゃない。人形にされたんだ。俺の伯母はユイファ様の侍女をしていた。彼女を守れなかったことを悔いて…伯母はユイファ様の死に殉じた」
悲しげに騎士団長は語る、己の知る真実を。
「目と耳が…そんな、そんなことは誰も…キアの母はキアを産んですぐに死んだと」
思いもよらぬ母の悲劇を受け止めきれない王の姿は痛ましかった。
「先王陛下はユイファ様を愛しておられたから、ユイファ様を正妃の位から落とさぬために彼女のことは公にされなかった。キア様の母は出産後に密やかに処刑されたが、彼女の生家は両親の蟄居と領地の一部返上と爵位を分家に譲ることで許された。取り潰してしまえば問題になるし、罪人の娘では政略の駒にもならないから限られたもの以外には秘されていた。俺はお前の側近に決まっていたから教えられたんだ。アセイには王位につくときに教えることになっていると聞いていた。まさかお前たちが知らなかったとは…。なぜ、先王陛下はマーリアとの仲を止めなかったんだ?キア様の乳母はその側室の姉のはずだ。妹の罪を償うためにも私にこの子を育てさせてくださいと身重の身で泣きながら訴えて、離縁までして来た女を返すに返せず乳母にして離宮に閉じ込めたと聞いている。その女の娘が寵姫になるなんて…」
自分が確認していれば止められた悲劇だったのにと騎士団長は嘆く。
「まさか…そんな事情が…。あぁ…私がいけないのです。リカルド、あなたは戦場にいたから詳しくは知らなかったでしょうが。戦乱が終わったといえ、戦の影響で貴族の多くは領地を守るのに精一杯でした。そして、王都で流行った病のせいで重職を担っていた方が多く亡くなられたために、ほとんどが引き継ぎもないままその職に就くことになりました。そのしわ寄せは全て宰相である父と陛下に。陛下には王太子だったアセイのことを気にかけていられる暇はありませんでした。キア様がクガン国の第2王子に嫁がれてすぐのことでした。父が突然胸が痛いと言って倒れて亡くなったのは。突然のことでしたので、若いとはいえ1年以上補佐をしていた私が宰相位を継ぐことになったのです。そしてようやく慣れてきた頃のことでした。今度は、陛下が…。寝ても疲れが取れない、頭が痛いから少し休むといって…そのまま目を覚まされることはございませんでした。侍医によれば頭に大きな血の塊があり、それが原因だろうとのことでした。父も先王陛下はアセイとマーリア様のことはご存じありませんでした。彼らの心労を増やしたくなくて私が伝えなかったのです。ちゃんと伝えていれば…せめて、リカルド…あなたに意見を聞くべきでした」
自分が抱え込まなければこんな未来は来なかったはずなのにと宰相は嘆く。