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平和な偽り

春樹ハルキ遅い! 遅刻するよ」

 夏を目前に控えたこの時期、私立佐倉坂高校へ続く道を必死に走る三人組がいた。

 今このセリフを放ったのは、いかにも気の強そうで綺麗な顔立ちの女の子で名は舞花マイカ。ポニーテイルをしても腰まである長い黒髪が特徴的だ。もう一人舞花の隣りで辛そうに走っているのは、まだ幼い顔立ちをしている千里チサトと言う女の子だ。

「うっせぇ!なら舞花は先行けばいいだろ」

「それはダメ、千里置いて行けないもの」

 さっきから舞花に色々言われているのは春樹という男子だ。どうやら今走っている原因らしい。

「大丈夫? 千里」

「あ、うん。ごめんね、荷物持ってもらってるのに遅くて」

「気にしないで。さぁ後少し、頑張りましょ」

 三人はもう視界に入っている校舎目指して全力で走った。



 もう校門は目前だった。しかし彼女達は怖い顔をした男子生徒に足止めを食らっていた。

 いや、しかし仕方ない。この男子生徒の腕には『風紀委員』の腕章がついている。

「あぁあ、せっかく頑張ったのに。十秒くらい許してくれたっていいじゃない」

 舞花は男子生徒に向かってぷくぅと頬を膨らませた。美人は何をしても綺麗というが、本当にそうだ。

「十秒でも遅刻は遅刻。悪いのは春樹だと分かってるが免除する訳にはいかない」

一斗(カズト)のけち!」

 そう、この男子生徒は一斗と言う。ここにいる全員知り合いだ。

「兎に角、このことは佐々木先生にしっかり報告しとくからな。伊乃上舞花・葉月千里それに高津春樹。居残りは覚悟しとけ」

「はぁ……まぁ仕方ないか。ごめんね、間に合わなくて」

 そう言って舞花は千里に手を合わせた。あくまで千里にだ。

「チェッ、一斗は相変わらず厳しいな」

「元はと言えばお前のせいだろ」

 春樹が一斗に向かってべーと舌を出すと遠慮なく拳骨が帰ってきたのは創造に難くないだろう。



「じゃあね、千里。また放課後」

「うん。ありがとね、舞花ちゃん」

「結局、走ったのは水の泡だったけどね」

 二人は二階の廊下で手を振って別れた。舞花と千里は学年が違うのだ。二階は高一で三階は高二。別れた後舞花は上に向かった。つまり千里は一年で舞花は二年だ。後に春樹と一斗も三階に向かったので、千里だけ学年が一つ下である。

 舞花が自クラスに着いて数分後、同じクラスに春樹と一斗も入ってきた。珍しいことに全員が同じクラスだ。

 キーンコーンカーン

 予鈴だ。そのすぐ後に先生らしき人が姿を表す。

「はい、朝のST始めるぞ。その前に……高津!それと伊乃上、分かってると思うが今日放課後ここに残るよう」

 この人が一斗の言っていた佐々木先生。目は鋭くキリッとした顔立ち、いかにも厳しそうな風情だ。しかし、どこか舞花に似ている気がするのは……まぁ置いておこう。

「はいはい、分かってますよ。ささきせんせ」

「分かってるなら良いがなんだその態度は」

「すみませんね」

 キッと舞花が佐々木を睨んだ。すると佐々木も睨み返す。よくこんな怖い奴と睨み合えるものだ。舞花は案外根性があるのかもしれない。

「まぁいい。お前にはとっておきの問題を用意しておいてやる」

「どうもありがとうございます。楽しみにしてますね」

 言葉は丁寧だが喧嘩を売ってるのは明白だ。

「高津も、忘れんじゃねぇぞ」

「はーい」

「じゃあ遅くなったがSTを再開する。今日は……」

 やっとSTが再開し教室の雰囲気も穏やかに戻った。が、舞花の周りだけは黒いオーラで覆われていた。

「全く、お前も相変わらず佐々木先生とは犬猿の中だな」

 舞花の隣りの席である一斗は舞花に向かって飽きれたようにそう言った。

「うっさい!仕方ないでしょ、昔からこうなのよ」

 その意味はまだ分からないが、今はそれで良しとしよう。



 *



「はぁ……せっかく授業終わったのにこんなのってありー」

 放課後、舞花は自クラスで一枚のプリントを眺め溜め息をついていた。クラスには一斗と春樹、佐々木、そして千里がいた。

 居残りメンバープラス先生というのは分かるが、なぜ一斗まで?

「うだうだ言ってないではやく解け」

「分かってるよ」

「ったく。悪かったな、武藤。こんなんに付き合わせて」

 佐々木は一斗に向かって話しかけた。どうやら一斗の姓は武藤と言うらしく、また居残りにも佐々木に頼まれて付き合っているだけのようだ。

「いえ、大丈夫です」

 一斗はそう静かに答えた。

 千里と舞花はもう問題に取り掛かっている。しかし春樹だけがペン回しをして名前を書くこと以外何一つ進んでいない。

「全く分かんねー」

 さっきから仕切りにそう呟いている。

 良く見ると、千里と舞花達の問題が違うのは分かるが舞花と春樹も全然違った。しかも舞花のは春樹と比べ一段と難しそうだ。しかし最も進んでいるのも舞花だった。

 二十分後、勢いよく立ち上がる生徒が一人。舞花だ。

「出来ましたよ、先生。採点お願いします」

 そう言って教卓にプリントを叩き付けた。佐々木はというと、少し驚いた顔をしている。

「そんなに意外? 私だって頑張ればこのくらい解けるのよ。早く採点してください」

「分かってるよ」

 佐々木は舞花の態度に頬をピクピクさせながら赤ペンを手に、丸をつけ始めた。

 しばらくの間、教室には丸をつけるシャッシャッという音だけが響いた。

 丸をつける音だけだ。

 やがてその音も止まり佐々木が静かにプリントを持ち上げる。

「全問正解だ」

 佐々木の表情は苦痛に歪んだ。そんなにも全問正解されたことが悔しいのか、普通は喜ぶべきところなのに。

「当たり前よ」

 舞花は口元をニヤリとさせる。

「クソッ。高三の問題も混ぜたのに」

「甘い甘い、高二の問題なんてつまんないもん、高三予習済み」

「お前って奴は昔から……」

 佐々木は今にも額に血管が浮いてきそうなくらいイラついている。舞花も負けじと嫌なオーラを出す。

 気のせいではないだろう、完全にこの二人は喧嘩モードだ。

「昔から、なに?」

 舞花はなおも佐々木を挑発する。佐々木は何も言わない。

「昔から、勉強を私に教えてきたのは紛れもない兄さんよね?小学生に方程式叩き込んだのはどこのどいつだっけ」

 ………ん? 今場違いな単語が聞こえたような。

「はっ、残念だがそれはお前が俺の解いてた問題を見て面白そうだと言ったから教えたんだ。つまり、舞花! お前が望んだんだよ」

 舞花? え、下の名前で先生が?

「なっ……。えっ、本当?」

 途端舞花の額には汗が浮かぶ。顔がどんどんマズイという風に変わっていく。

「大体舞花は昔から俺がいないと何も出来なかったくせに大口叩くんじゃねぇ! 小学生低学年の頃はお前は毎日い」

「やーーー! それはダメ、それだけは言っちゃダメ。あれは過去に葬った思い出だから」

 舞花は一歩二歩と後退り、ダッシュで一斗の陰に隠れた。

「お願い、兄さん。それだけは言わないで。約束でしょ? 私が悪かったから、ね?」

 舞花は完全に弱気になり一斗の背中越しに佐々木を伺っている。

「ふん。まぁ今日は許してやるよ、けど今後は……」

 佐々木はそこで言葉を切った。しまった、と頭を押さえている。

 舞花も冷静になってやっと気付いたのか口を押さえて固まっている。

 教室はしーんとした空気に包まれた。

 いや、元々舞花のあのセリフ以来皆固まっていたのだが、二人の間だけは燃え上がっていて気が付かなかったのだ。

 少しして、春樹が声を上げる。

「えっと、その……。兄さんってどゆこと?           ってか、えっ! 二人とも血が繋がってんの!?」

 佐々木と一斗はほとんど同時に溜め息をついた。答えるのは佐々木だ。

「はぁ、俺と舞花は……従兄弟同士だ」

 一瞬時が止まった。いや違う、凍り付いた。

 再び春樹が口を開き声を荒げる。

「えっ、えっ! マジ? ってか一斗知ってたの!」

「まぁ……舞花とは物心ついた時からの幼馴染みだし」

「しまったぁ……」

 と呟いたのは舞花である。一斗の背中で頭を抱えている。

「今更弁解の余地なんてないし、諦めろ。舞花が先に暴露したんだからな」

 一斗は冷静に舞花を宥めた。舞花は今までとは違う別の黒いオーラを纏ったまま動かなくなる。

「ほっとけ。それより高津と葉月は問題進んだのか」

 佐々木が鋭く春樹を見据える。これは全く出来てないと分かっていてわざと聞いたのだろう。千里はというと、後一問だけ解けず苦戦しているようだ。

「おい伊乃上! そんなとこで丸まってないで葉月に解き方教えてやれ。武藤は高津を頼む」

「分かりました」

 一斗は立ち上がると後ろにいた舞花を立たせた。

「ごめん……」

「いいから早く葉月のとこに行け」

 二人はそれぞれに目的の人を目指す。

 それから数分、舞花が千里に解き方を指南する姿は教師顔負けで、千里もみるみるうちに残り一問を解き進めていった。

「出来ました!」

 千里はニッコリ笑顔で佐々木の元にプリントを持っていく。

 それを受け取り佐々木は丸つけを始める。

 結果は全問正解。舞花が持っていく前に、合っているかどうか全て確かめたのもあるのだろうが、元々丁寧に正確に問題を解くタイプなので舞花も安心していた。少し時間が掛かるのがたまに傷だが。

「残るは高津、お前だけだぞ」

 佐々木は隠そうともせず圧力をかける。

 武藤が側について解けた問題は約二問。後二十問近く残っている。

「これは遅くなりそうだな……。武藤、葉月、お前達はもう帰れ。後は俺らでどうにかする。早く荷物をまとめろ」

「いいんですか?」

「良いも悪いもあるか、あんまり生徒を遅くまで残して事件でもあったらこっちの責任になるんだよ」

 武藤は渋々片付けを始めた。千里も申し訳なさそうにしている。きっと二人を残して自分だけ帰るのは悪いなと思っているのだろう。しかし佐々木にああ言われては従うしかない。

「じゃあ私先に帰るね。舞花ちゃんまたね、春樹君頑張ってね」

「うん! 気をつけてね」

 舞花は笑顔で手を振った。しかし春樹は涙目で助けを求めている。さしずめ、こんな鬼みたいな二人と一緒に残されて問題を解くなんて嫌だ、といったところか。

「一斗、ちゃんと千里を送っていってあげてよ。こんな可愛い子一人で夜道なんてありえないから」

「分かってる。じゃあまた来週」

「ん、今度は遅刻しないよう努力するよ」

 そして一斗と千里は廊下へと姿を消した。

「さぁ春樹君。私も早く帰りたいんだよ……分かってるよね? 今からはビシバシいくから」

 現在時刻は六時半。とっくに下校時刻は過ぎている。

「ほらボーとしてないで早く解け」

 二人の鬼に急かされて春樹は泣く泣く問題に取り組む。しかし分からない!

「あの……全く分らないのですが」

 恐る恐る鬼の顔を伺う。すると鬼は全く同時に溜め息をつき、一瞬にして鬼の顔から教師の顔に変わった。まぁ舞花は教師ではないのだが。

「しかたねぇなぁ。一回しか言わないからよく聞いておけ。これはな……」

 佐々木が説明をし舞花がアトバイスをする。良いコンビだ。

 その良いコンビに教えられ、やっと全ての問題を解き終わった頃には、既に八時を回っていた。

「流石に外も真っ暗だし時間も遅いしな……」

 佐々木は丸つけを無事終え、窓の外を見て呟いた。

「仕方ねぇ、お前らさっさと片付けろ。帰りは家まで俺が送ってやる」

「えっ、佐々木先生って」

「車だよ。兄さん家は自転車で来れないこともないけど結構遠いから車でここまで来てるんだ」

「へー」

「舞花! 学校でその呼び方をするな」

 舞花はえへっと笑って見せる。

「いいじゃない、どうせ誰も聞いてないんだし、兄さんだって私のこと舞花って呼んでるし」

 佐々木は言われて気がついたのか少し苦い顔をしながら声を荒げる。

「分かった、その話はもう良いから早く帰るぞ」

 自分の鞄を手に掛け、さっさと教室を出ていく佐々木に、舞花と春樹ついていった。



「佐々木先生の車って以外と大きいんですね」

 春樹は車の後部座席に乗り込むなりそう呟いた。舞花もその隣りに座る。

「以外とってなんだよ。まぁいい、出すぞ」

「はぁい」

 返事は仲良く二人でハモり、お互い顔を見合わせて笑った。

 車の中でどうでもいいような話をしていたら、あっという間に高津家に到着した。

「佐々木先生、ありがとうございました。舞花も最後まで付き合ってくれてありがとな」

「どう致しまして。また来週ね。今度は少し逆走になるけど私がここまで迎えに来てあげるから安心して」

「へいへい」

 軽く挨拶を交わして、次に車は伊乃上家を目指して進み出した。

「おい舞花、すぐに着くから寝るんじゃねぇぞ……って、すでに寝てるし」

 佐々木は後部座席をちらりと覗いて、ふっと笑った。

「昔からよく寝るよな、こいつ。普段は威張ってるくせに、たまに可愛くなるんだからやめて欲しいぜ」



「おい舞花、舞花! 着いたぞ起きろ!」

「ふぇ? ……えっ、私寝てた!?」

「あぁ、ぐっすりとな」

 舞花はうぅうと唸った。

「唸ってないで早く降りろ」

「はいはい、そんな怒らないでよ。兄さん起床荒いのに運転上手いから、全く」

 と言って舞花は大人しく降りた。佐々木は何か言いたげだが寸前で飲み込んでいる。まぁ言いたいことは何となく分かるがな。

「あれ、兄さん家寄るの?」

「あぁ、久し振りに叔父さんと叔母さんに挨拶しようと思って」

「ふーん。なら絶対に夕飯家で食べてくことになるね」

「それはありがたいな」

 珍しく仲の良い従兄弟の会話をしている二人。これが普通なはずなんだが敢えてそこには振れないでおこう。

 舞花は鞄から鍵を取り出して玄関のドアを開ける。

 舞花はいつものように靴を脱ぎながら言った。

「ただいまー」

 そのワンテンポ遅く佐々木は言う。

「お邪魔します」

 二人ともよく通る声で、もちろん部屋の中にも聞こえているはずだ。しかし奥から返事は返ってこない。

 両親の靴はある。いつもならここで返事があるのに…。舞花は何か嫌な予感がし、急いで家に上がりリビングの扉を開いた。

「あ……いぃ、いやぁあぁぁぁああ!」

「どうした、近所迷惑だ……んなっ」

 舞花はその場に膝を突いた。佐々木も驚き戸惑っている。

 二人が見てしまった風景。それは、惨状と表すにふさわしいものだった。

 室内は荒れに荒れ、元の形を残しているものはない。そして……脇腹をナイフでさされた舞花の父に机の角で思い切り頭を打ち血を流して倒れている母。

「と、取りあえず一一九だ」

 佐々木はなるべく冷静になろうと努力し、鞄から携帯を取り出した。

「もしもし、はい、はい、血を流して倒れて…」

 一部始終を伝え電話を切った佐々木は自分の上着が引っ張られていることに気がついた。もちろん引っ張っているのは舞花だ。

「今救急車呼んだからな」

 安心させるつもりで言ったのだろうが、舞花は何故か震え出した。

「兄さん……」

「ん?」

「いてくれて……あり、がと」

 ふっと電池が切れたように舞花は後ろに倒れそうになる。

「危なっ」

 そんな舞花に佐々木は反射で腕を出し体を支える。

「こんな状況でありがとうとか言えるなんて……何て女だよ、舞華」

 佐々木は再び携帯を操作し、一一〇と打ってコールをした。

ここまでお読みいただきありがとうございます。第一話はまだ始まり、序章ですので短いですが、今後どんどん長くなていきます。これからもよろしくお願いします。


2012年 11月25日 春風 優華

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