【三題噺】二人が恐れた足音
光明寺祭人さんより、お題をいただきました。
お題は【漫才コンビ】【病院】【読者への挑戦状】です。
……三題噺で読者への挑戦状を出せとは……。
「もうすぐやってくる頃か」
ベッドに寝そべり、英一郎は呟いた。
「ん、何だ?」
その隣では、同じくベッドに寝そべっている謙太郎が、テレビを見ている。
ツインベッドに男二人、というのはどうもしっくり来ない。とはいっても、英一郎と謙太郎は、お互い何度も同じ布団で寝ていた仲だったから、全く気にはしていなかった。
「いや、別に何でもないが……」
少々元気なさそうに、英一郎は答える。
「何だ?怖くて眠れないのか?」
茶化すように、謙太郎は英一郎に呟く。
暗い部屋には一点の明かり。その光源となるテレビでは、お笑い番組をやっていた。時折、おもしろいネタやトークがあると、謙太郎は思わず大笑いしてしまう。
「まったく、何でお前はそんなに陽気でいられるのかネェ」
謙太郎の大笑い姿が、ちっともおもしろくないとばかりのそっぽを向く英一郎。
「お笑い番組なんだ。笑う番組。それを見て笑うのは普通だろ?」
再びテレビに目をやると、芸人が熱湯風呂につかり、熱そうにしている場面が映っていた。
「まあ、しかし、俺たちもあの舞台に立ちたいものだよな」
「ああ、そうだな」
二人が漫才コンビを結成したのは、およそ三年前。それからは、いつも二人でネタを考えていた。
「よし、じゃあ今からネタを考えようか」
「おいおい、今何時だと思ってるんだよ」
「いいじゃないか。それとも、この番組を見て勉強でもするか?」
そういうと謙太郎は、自分のかばんからメモ帳を取り出す。お笑い芸人や漫才コンビにとっては財産であり、命綱であるネタ帳である。
「人のネタを取っても、意味がないぞ?」
英一郎の聞いていないのか聞いているのか、謙太郎は再びテレビを見て笑い出す。
「おいおい、何言ってるんだ。先輩達のお笑いの研究をするのは、漫才師としては当然のことだ。おもしろかったところは、何故おもしろかったのか。それを、今後の参考にするんだよ」
ただ笑っているだけかと思ったら、謙太郎はネタ帳に何やら書き込んでいる。こんな暗い部屋で、よく文字が書けるものだな。
ふと、何か物音のようなものがした気がした。
「……来たんじゃないか?」
英一郎は、何かに怯えるように謙太郎に告げる。
「ん、何がだ?」
何も気にしてないというような謙太郎。再び終わり番組に目を移す。
こつ、こつ。遠くから鳴り響く音。この音は、誰かの足音か。
「聞こえた。確かに足音だな」
「だろ?ならばそろそろ……」
「おいおい、もう少しで終わるんだから最後まで見させろよ」
足音なんて気にしない、といった感じで大笑いを続ける謙太郎。
こつ、こつ、こつ。徐々に大きくなる足音。回りを見ても、飾り気のない一面の白い壁が、足音の不気味さを一層引き立たせる。
エアコンがしっかりと効いた室内。だが、足音と薄暗さのせいで、布団をかぶっても背筋に寒気が走る。
こつん、こつん。先ほどより強い足音。さすがに謙太郎も、テレビを見るのをやめた。
「……近いな」
足音は強く、近く、二人の耳に閃光のように走る。テレビからの小さな笑い声も、足音にかき消される。
と、突然テレビがぷつりと切れた。その瞬間にびくっとしてテレビを見る二人。
光源を失い、あたりはほぼ闇。カーテンからわずかばかり漏れる光が、かろうじて部屋の輪郭を照らす。
暑くも無いのに滴る汗。ごくり、と息を飲む音が響く。
そして、白い扉がガチャリと音を立てる。
さて、ここで読者の皆さんに問題である。いわゆる、読者への挑戦状である。
といっても、難しいものではない。一体、二人が怯えている足音の正体とは一体何なのか。それを答えて欲しい。
ひらめき一瞬。あれだ、と思うものを思い描けばよい。恐らく、それが答えである。
いまだ見えていないキーワードさえ分かっていれば、答えるのはたやすいはず。
賢明な読者のみなさんなら、一瞬で分かっただろう。分からなくとも、それはそれでかまわない。では、二人の恐怖の体験、その続きと結末を楽しんでいただきたい。
二人に緊張が走る中、白い扉がガチャリと音を立てる。そして、ゆっくりと開いていく。
廊下に光は無い。非常口灯の緑色の光が、かすかに廊下に映っているのみだ。
二人は、扉を凝視していた。
「……消灯時間、とっくに過ぎてますよ。病院では静かにしてくださいね」
現れたのは、白衣に身を包んだ女性。すなわち、ナースと言われる人物だった。
「あ、す、すみません……」
英一郎が謝罪すると、ナース再び静かに扉を閉めた。数秒後、こつん、こつんと足音が遠ざかっていくのが聞こえた。
「まったく、お前がこんな時間に大笑いなんかするからだろ」
「楽しみにしてた番組なんだ。いいじゃないか少しぐらい」
暗闇の中でも、頭に白い包帯を巻いていやな笑顔をした謙太郎の姿はなんとなく見えた。
「しかし……」
英一郎は、自分の腕のギプスを見て呟く。
「俺たちも、早く復帰したいよな」
「ああ……」
事故を起こして一週間。病室で退屈な時間を過ごしていた二人は、何も無い白い天井を見上げていた。
「なあ、百円もってないか?あの番組の続きを見たいんだが……」
「いいかげんにしろ!」