第一戦 『白銀のギャラルホルン』
ガンアクションに初挑戦。
こちらはのんびり書いていきたいです。
銃関係はそこまで詳しく無いので、変な所が有っても深く突っ込まず、そっと作者に耳打ちして下さい。
第一節
「照準。―――発射」
少女の腕に装備された短機関銃から、秒間300発を超える弾丸が撃ち出される。
その弾丸は本来なら対物ライフルに使用され、数キロ先の人間の上半身すらミンチに変える50口径を超える、近代規格の怪物弾丸。
その、『撃った人間の上半身を吹き飛ばす』とすら言われるバケモノを少女は事も無く撃ち続ける。
光学兵器の登場で現代では日蔭者となった実弾銃ではあったが、その威力は健在で、少女が対象とした相手を刹那の内にミンチに変え、次の数瞬の内にそのミンチすら跡型も無くなってしまう。
だが、少女はそこで止まらない。
「命中率――98%。兵装選択、『AGN-1』」
軽機関銃を脚部に収納した少女の脇から、二つの大筒が飛び出る。
大口径火炎放射器、『AGN-1』。
インドの火の神の名を冠するその兵器。名称は完全に開発者の趣味だが、その威力はその名に恥じない恐るべきものだ。
火炎放射気は閉所での戦闘でを目的とした兵器だが、この『アグニ』はその噴出孔から圧縮されたガスが噴射され、数千度の炎を撒き散らし、近接戦闘において圧倒的な効果範囲を持つ。
本来敵の窒息等を狙う兵器だが、少女は別の目的に使用する。
すなわち、肉片の焼却。
辺りに飛び散った血肉の焦げる嫌な匂いが立ち込めるが、少女はそのバイザーに隠れてほとんど見えない顔の表情一つ変えず作業を続ける。
が、
「索敵範囲内に反応な――――」
『し』、と言おうとした瞬間に、彼女のバイザーに覆われた顔が何者かに殴り飛ばされ、彼女の身体が何度もバウンドしながら、数千度の炎に焼かれても溶け落ちなかった地面を転がって行く。
彼女を殴り飛ばしたのは、『狼男』としか形容のしようが無い『異形』だった。
少女を殴り飛ばした狼男が殴った手を痛そうに振りながら毒づく。
「チッ!なんつう硬さだってんだ。しかもビュンビュン煩く飛び回りやがって。ようやく一発ぶちかませたぜ」
そう言って、いまだ立ち上がれぬ少女を睨みつける。
殴られた少女と言えば、やはり顔色一つ変えない。
「システムチェック。損害検索。背部スラスター、及び左脚部ブースター破損。システムチェック。移動モード選択。陸上歩行を選択。排除開始」
冷静にそう呟くと、背中と脚部に装備されていた極小サイズの飛行装備を排除する。
同時に歩行の妨げになると思われる装備、弾薬等を強制排除する。
その時に破損して使い物にならなくなっていた彼女の顔面を覆っていたバイザーも排除される。
その下から現れたのは、人形めいた精緻さを持つ可愛らしさと美しさの同居する顔。
それを見た狼男が口笛を吹き、いやらしい笑みを浮かべる。
「へぇ、随分と可愛らしい顔をしているじゃねーか。こりゃ、勝ったら手前の開発者に『命令』して、戦闘用から愛玩用にしてもらわねーとな」
そう、人形めいた、ではなく、彼女は人形そのものだ。
彼女は戦闘用機械人形、タイプF、通称『フレイヤ』。
その背部と脚部に装備された推進装置により、高速戦闘を可能にし、対物ライフルを超える威力を持つ軽機関銃『アレス』を駆り、まさしく戦場においての“一騎当千”を実現するための機体だった。
そんな人形の美しさを持つ彼女は、そんな狼男の下卑た口調にも、やはり顔色一つ変えないままに走り出す。
その両手には先ほどの軽機関銃『アレス』が握られている。
このネーミングは開発者が日本人であるせいで、彼は独特の宗教観、というか完全に趣味でその名前を決定している。
インドの火の神の名を冠す火炎放射気と、ギリシア神話の戦の神の名を冠する軽機関銃を駆る、北欧神話の女神の名を冠する機械人形、というチャンポンなネーミングからもその奔放さといい加減さが窺えるだろう。
だが、その完成度は凄まじく先ほどまで目の前の『異形』を圧倒していたのだが…。
「遅ぇんだよ!!」
その推進装置を破損した今の状態では狼男のスピードを圧倒出来ようはずも無い。
走り出した彼女はすぐに狼男に追いつかれ、射撃に必要な距離をとることも出来ない。
それに加え『アレス』は背部スラスター補助の使用を前提とした兵器だ。
その補助が無くなった今、移動しながらの使用は出来ない。距離を取り、脚部を固定したうえで、照準、正射する必要がある。
だが、例えそれが出来たとしても、それで目の前の『異形』を消滅させる事が出来るかは疑わしい。
彼女は、己の情報野に存在するデータベースから、目の前の『異形』に該当するデータを既に閲覧している。
目の前の『異形』の名は生物兵器『フェンリル』。
機械人形である彼女とは異なる分野、異なる思想理論の基で開発された、彼女と同じ『兵器』だ。
感情豊かに喋っているのは、彼には操縦者が存在し、痛覚などの『戦闘の妨げになる感覚神経』を完全に遮断した状態で、脳波の直接リンクにより遠隔操作される、AI制御で動く彼女よりもよっぽど人形と言える存在だ。
先ほど『痛い』と言っていたのは、視覚的情報からくる、所謂操縦者が感じる錯覚でしかなく、実際に何らかのダメージを操縦者が負った訳では無い。
そもそも、このフェンリルを操るのに痛覚など妨げにしかならないのだから。
操縦者はゲームでもするような感覚でフェンリルを操り、敵を殲滅する。
そして、ゲームで言う体力ゲージはほとんど無限と言って良いのだから。
そう、このフェンリルの恐るべきはその再生能力。
あの狼男の身体のどこかに、『超核』と呼ばれる、超再生能力を有した全能細胞が存在している。
それが有る限り、彼はさっきのように全身をミンチにされて、肉片を焼却されても復活する。
たとえ再生の為の物質が足りなくても、周囲の空間から原子を掻き集め、細胞内で必要なタンパク質に自動変換するため、再生を止めたいならば『超核』を周囲の空間から完全に隔離しなければならないが、今このコロシアムにそんな閉鎖的な空間は存在しなかった。
その為、肉体の完全破壊の後、『超核』ごと焼却処分する作戦だったのだが、どうやら焼き逃したらしい。
『超核』は外見的、計測的には他の細胞となんら変わらない為、彼女のセンサー類を駆使しても判別が付かない。
人間の身体を構成する細胞の数は約60兆個。
そして、その内体内に散らばっている全能細胞の数は不明ときている。
その数量不明の細胞を一つ見逃しただけでも、フェンリルは再生してしまうのだ。
そして、彼女の手に残った武装は短機関銃型超50口径砲『アレス』のみだ。
たとえ普通の人間の身体をミンチにできる威力を持っていたとしても、目の前の『異形』に対しては全くの無力だった。
これなら、まだ『アグニ』を使った方が勝機が有ったが、かの大口径火炎放射器は先ほどの狼男の攻撃により、完全にノズルが歪んでしまい使い物にならない。
状況は完全に『詰み』。
しかし、彼女の思考ルーティンに『降伏』の二文字は無い。
「計測。――――発砲」
無茶苦茶な体勢で接近してくるフェンリルに発砲、もちろん照準もほとんどされていないようなその攻撃はフェンリルにあっさりとかわされるが、その反動を利用して狼の鋭い爪を逃れ、距離を取る。
そして、生まれた僅かな時間に脚部外装を地面に固定、『アレス』を眼前に構える。
焼却という手が使えなくなった以上、この『アレス』でフェンリルの『超核』を一つ残らず撃ち抜かなくてはならない。
それはどれ程の確率なのか。まさしく神のみぞ知る、と言った所だろう。
彼女の開発者が聞いたら腹を抱えて笑うだろうが。
「固定。――照準。―――発砲」
『アレス』から凶暴な銃声を響かせて、フェンリルの『超核』の存在予測部位に向けて弾丸が射出される。手加減は全くない。否、していられない、と言うべきか。
先ほど移動の妨げになると予想される弾薬類のほとんどを排除してしまっている。
つまり、今彼女に残されているのはマガジンに残された残弾のみ。これで全ての『超核』を破壊できなければ、今度こそ敗北を意味する。
―――キンキンキンキンキン
空薬莢が五月雨の如く足元に降り注ぎ、金属質な音を立てる。
そして、カキンという音を立ててあっけなく全弾を発射し終えた『アレス』は沈黙する。
コロシアムに静寂が戻り、彼女が脚部の固定外装を外す音と、周囲を索敵するセンサー類の立てる高周音だけが聞こえる。
敵影は…無い。
今し方、数百発に及ぶ弾丸の嵐に蹂躙され、完全にミンチを通り越し液状化している。
だが、油断は出来ない。『超核』が一つでも残っていれば、彼女の敗北は確定する。
一秒、十秒、三十秒。
いくら経っても何も起こらない。センサーにも何の反応も無かった。
そこでようやく彼女の思考ルーティンが『殲滅完了』の文字を叩きだそうとした、
その時。
――――ゴッ!!
再び、何の予兆も無く、彼女は頭を殴られて吹き飛ぶ。
幾つものエラーが発生する思考を即座にリセットし、センサーを働かせる。
だが、熱源反応、動体反応、生体反応、全てに反応無し。
唯一、彼女の眼に埋め込まれたカメラアイが、敵影を捉える。
その狼男は先ほどと同じく彼女の後方から現れ、彼女のセンサー類に引っかかる事無く、彼女に奇襲したのだ。
狼男は彼女の眼が自分を捉えている事に気付き、舌打ちする。
「チッ!やっぱり光学的に完全にステルス、って訳にはいかねえか。感度の良いカメラにはやっぱり映っちまうみたいだな。要改良、って奴か」
彼女は顔色一つ変えず、その言葉を聞いていた。AIがその意味を分析する。
そんな機械人形の少女を狼男は勝利を確信した笑みで見下ろすと、勝手に喋り出す。まるで、自慢のおもちゃを見せびらかしたくて仕方ない子供のように。
実際にはここでの会話は外に聞こえる訳では無いのだが。いや、だからこそ、か。
「訳分かんねえ、ってか?こいつはな、『BW-FN8』通称『フェンリル』の後継機、『BW-HT2』。通称、『ハティ』ってんだ。『フェンリル』の超再生力はそのままに、ステルス性能を追加した発展型だ。つっても完璧じゃねえけどな」
そう、この黒の狼男はあらゆるセンサー機器を無効化する為に開発された生物兵器、『ハティ』。
月を喰らい、世界に完全なる暗黒をもたらす神話の狼の名を冠するこの兵器は、ステルス性能に特化し、また特殊な周波数の音波を利用することで、飛び散った『超核』の再生位置、再生時期すら操作できる、『フェンリル』の後継機だった。
いまだにステルス性能は万全とは言えないが、今回の対戦相手である『フレイヤ』に合わせて無理に出して来たのだろう。
実況が喧しく戦況を述べ立て、それがマイクによってコロシアムに響き渡る。
『おおーっと!どうやらフレイヤ選手が立ち上がらないぞ!?これは勝負有ったかーー!?』
その実況者の言う通り、彼女は既に立ち上がることすら出来なかった。姿勢制御ユニットは完全にエラーばかりを返して来るし、火器管制装置(FCS)も完全に沈黙してしまっている。
いや、例え動けたとしても彼女にもはや攻撃手段など存在しないのだが。
こんな時に自爆でもできれば良いのだが、極限までの軽量化を施された彼女に爆薬の類は搭載されていなかった。
しかし、それでも彼女の思考ルーティンは大量のエラーを吐き出しながら打開策を練る。
だが、当然回答が存在するはずも無い。
それが分かっているのだろう、狼男は下卑た笑みを浮かべながら悠々と彼女に歩み寄る。それは自分が絶対に破壊されない存在であることの自信の表れでもある。
彼女の目の前で立ち止まった狼男は、やはり下品な笑いを浮かべて彼女の脇にしゃがみ込み、彼女の放熱機関でもある美しい黒髪を無造作に掴み上げ、その精緻な顔を存分に凝視する。
だが、やはり少女の表情は何一つ変わらない。
「チッ。戦闘用とはいえ、もうちょっと感情AIを搭載しても罰は当たらね―んじゃねえか?えぇ!?」
それは彼女では無く、モニター越しにこの戦闘を見ているであろう彼女の開発者に向けての言葉。
彼はこの光学兵器の台頭する現代において、彼女に実弾銃を搭載させ、遠距離からの制圧ではなく、推進装置の高速移動に頼った近接戦闘による殲滅を目的とした機体を造るような、まさしく時代と逆行するようなスタイルを貫く、奇人の類だった。
だが同時に、間違い無く、疑う余地無く『天才』。
それはこの凄まじい生物兵器を操る、分野、分類の違う開発者の耳に入るほどの。
そして、同時に妬みの対象ですらあった。
だから今、目の前の(実際には離れた操作室に居るであろう)男は勝ち誇り、己の優位性を、才能を、誇示していた。
狼男は一通り毒づくと、今度こそ目の前の少女の破壊へと移る。
「再生、復元可能な部位は完全破壊しても構わないんだったよな」
男が確認するように呟く。その顔には愉悦に歪んだおぞましい笑みが浮かんでいる。
「お嬢ちゃん、次に会う時は俺の愛玩玩具だ。その可愛い顔を、今度こそ滅茶苦茶に歪ませてやるよ」
下品な哄笑を上げ、彼は彼女の中枢である頭部を破壊しようと、腕を振り上げる。
その様子を固唾を飲んで見守っていた観客達は、彼の勝利と、彼女の敗北を誰もが確信した。
だが、しかし。
この世界においても、あの『白銀』の光が舞い降りる。
それは、どこかの神様の悪戯によってこの世界に連れて来られた、一人の『拝』の名を冠する青年だった。
物語はここから始まる。
この異世界で、無口系機械人形の少女と、変態系マッドサイエンティストに付きまとわれて、いっぱい苦労する予定のアキト君。
完結するかどうかすら不明。