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第1章『悲しい過去』

伝えたい気持ちがある。

伝えたい。


伝えたかった

君に、僕の気持ちを伝えたかった。

たった一言、

たった一言だけなのに、

僕は言えなかった。

行き場をなくした気持ちは心に深く、本当に深く突き刺さっている。

伝えたい。

あの言葉を…

たった一言、

本当にたった一言…

君に。

伝えたかった…


第一章 『悲しき過去』


窓から射す光が眩しい。暗い幸希の部屋に明るい日差しが差し込む。

徐にベッドから起き上がる、鏡の前に座り込む。

鏡に映ったその顔は、目は少し吊り目。

眉は細く、鼻は細く小奇麗である。髪の毛は

青い。寝癖が激しくついていた。

「糞…」


声は低くかった。

制服に着替え、服についた埃を取る。背は176cmだ。

自分の部屋を出て、洗面台に向かう。寝癖を直し、歯を磨き、顔を洗う。

台所に行くと、母親が朝飯をテーブルに乗せている所だった。

「今日の帰りは何時?」


母が幸希に話し掛ける。返事はしない。

椅子に座る。テーブルの上のパンを手にとり、口に運ぶ。普通の食パンだ。

「ジャムとか漬けないの?」


一枚を手に持ち席を立った。

「もう行くの?」


幸希は返事せず、鞄を片方の手に持ち、家をでた。

母の顔はどこか寂しげだった。


静かな道。夏だというのに蝉の声すら聞こえない。人はいるが、幸希の耳に話声は聞

こえなかった。

目線は足元のアスファルトを一点に見つめていた。何か味気ない。何

かが足りない。そんな感じがした。

学校は自宅から北側にある。

しかし、幸希の足は真逆を向いていた。真逆には、山、

神社、そして墓地がある。足は墓地に向かっていた。自分の意志で。


墓地の空気はそこだけ別世界のように冷たい。

まるで、今の僕の気持ちを表している

かのように…墓地の中をトボトボと歩く。足取りが重い。空気も重い。


ある墓の前で足が自然に止まった。

【高橋家墓石】

墓には大きくそう彫られていた。

昨日自分で取り替えた花が添えられていた。墓の前

にしゃがむと幸希は墓石を優しく、まるで触ると壊れてしまう物のようにゆっくりと

触れた。

「鈴佳…」


その名前を呼んだだけで、自然と涙が零れ、雫が頬を伝わり、地に落ちた。

「ごめん、鈴佳、本当にごめん…」


声にならない叫び。

伝えられなかった言葉。

僕の気持ち。

アイツの気持ち。

あの日の俺。

あの日のアイツ。

あの日の事が脳裏に蘇る。そう、あの日…一週間前のあの日…


「幸希。明日、海に行こうよ」



夏休み。蝉の声が耳につく。2人で歩くアスファルトの道は、暑かったが鈴佳と居れ

ば、大した事はない。

「海?」


隣の彼女が小走りで前に出て後ろを振り向く。

振り向いたその子は、目が大きく、小

顔。髪はショートヘヤー。背丈は160cmくらいだ。

「カップルの夏は海に決まってんじゃん」


「そうですか。じゃあ行く」

「本当?じゃ、明日桜木駅のベンチに集合ね!」


「おう」


明日の約束をした僕たちは、その後、各自の家に戻った。

自分の部屋でベッドに横になり、天井を見上げていた。誰もが羨む、可愛い彼女。明

るくいつも元気な彼女。

鈴佳のことが何よりも大切だった。愛していた。でも、鈴佳

に『その言葉』を面と向かって言ったことはなかった。

(明日こそ、明日こそ言おう)

そう、心に決め、体を休める事にした。


【来ることのない明日がある】

その時は、そんな事になるとは心の片隅にも思っていなかった。



夜が明け、幸喜は目を覚ました。

夏の日差しが窓から差し込む。時計を見ると、朝の

九時。待ち合わせは十時。そろそろ起きないとやばい時間帯だ。体をベッドから起

し、服を着替え、髪を整えた。鞄に荷物を入れた。

時計をチラッと見ると、九時三十分を回っていた。

自宅から駅までは三十分、ギリギ

リだ。

家のドアを勢いよく開け、外に出た。

駅への道のりを少し早足で行く。時間がないの

もあるが、なにより鈴佳に早く会いたかった。

その時、幸希の横を一台の救急車が猛スピードで走り去っていった。

サイレン音は救急車が遠ざかってもまだ聞こえた。

その音は幸希に何かを伝えようとしていたように

も聞こえた。

腕時計を見る。

九時四十五分。走らないと間に合わないと思い、足を大きく蹴り出し

た。


駅に着くと、腕時計は丁度十時を指していた。

鈴佳の言ったベンチを見ると、座って

いるのは年老いたお婆さん。明らかに鈴佳ではなかった。

「鈴佳の奴、遅刻か…」


そう思い、老婆の隣に腰掛ける。そのまま鈴佳を待つことにした。


夏の太陽が高く上がり、暑さが本日最高気温を記録した。時計は十二時。鈴佳はまだ

見えなかった。

寝ているのかもしれない。そう思い鈴佳の家に電話する事にした。公

衆電話に十円玉を入れダイヤルを押した。

『はい、高橋です。只今留守にしております。ピーという発信音の後…』


電話を切る。幸希は待つことにした。鈴佳を…




日が傾き始めた。

等々鈴佳が来ることはなかった。幸希は駅前のベンチを立ち、家へ

の帰路に発った。

いつもの家への道。

虫の声が耳につき、暑さが体をだるくさせた。鈴佳は何故来な

かったのだろう。何か理由があって?そう思うと不安で堪らなくなった。

「鈴佳…」


幸希は走った。

行き先はもちろん鈴佳の家。とにかく早く鈴佳の元気な顔を見たかっ

た。


鈴佳の家のドアを開ける。

「鈴佳!」



家には鈴佳の妹、千代がいた。

鈴佳にどこか似ていた。千代の目尻は何故か赤く、手

には赤いハンカチを持っていた。

「千代、鈴佳は?」


肩で息をし、息を切らしていた。

「お姉ちゃんは…お姉ちゃんは……」


千代の目に涙が溜まる。

状況が把握できない幸喜。鈴佳の身に何かあったのか。


「千代。泣いていちゃわからないだろ。鈴佳がどうしたんだ?」


ハンカチで目の涙を拭う。

それでも、目から涙が止まる事は無く、泣きながら。

「お姉ちゃんが、ヒック…家を出てすぐ、トラックに轢かれて…」


体中の血が冷めてゆくのがわかった。心臓が大きく唸る。

「鈴佳は…鈴佳は何処だ!」


幸希が千代の肩を激しく揺すると、千代はまた泣き出し、首を横に振った。

「お姉ちゃんは…死んじゃったよ……」


体の力がすべて抜けた。

膝は折れ、手は千代の肩から外れ地をついていた。目から流

れる涙は頬を伝わることなく直接地を濡らしていた。

広い家の中で聞こえるのは2人の泣き声と、涙が地に落ちる音。

そして、鈴佳を呼ぶ声だった。


『愛している』


伝えることの出来なかったこの言葉は、何処に行けばいい?俺の気持ちはどうする?

鈴佳は俺を待っていた。

苦しい、寂しく、悲しい暗い闇の中で、俺の声を待っていた

のかもしれない。

『幸希』

彼女が俺の名前を呼ぶ事はない。

微笑むこともない。泣くことも、一緒に遊ぶこと

も。鈴佳が俺の前に現れる事は永遠に無い。そう、永遠に………


町には雨が降っていた。

真夏に降る雨は、

暑かった町を一気に冷たくした。

冷たくなった町は人影を無くし

寂しくなっていった。


俺は雨の中1人、墓の前に立っていた。

視線は鈴佳の眠る場所。未だにこの現実から

逃げようとしている自分がいた。

でも、この場所に来て墓を見ると心は一気に現実を

見る。辛かった。だけど、ここへ来なければ行けないような気がした。ここへ来て現

実を見なければならない。

そうしなければ、頭がどうにかなってしまいそうだった。


墓を背にしたとき、見覚えのある顔がそこにいた。

千代だ。千代と鈴佳は姉妹だけ

あって良く似ていた。声も顔も体型も何もかもが似ていた。

でも、それは似ているだけであって鈴佳と千代は全くの別人物。少し、千代に鈴佳を

重ね合わせている自分が居た。

「幸希さん…」


やはり似ていた。でも、違った。

「…千代。…墓参りか?」



千代の右手には開いた傘、左手には花束を持っていた。

「はい…。幸希さんもですか?」


「ああ」


雨は止み、日が出ていた。

「幸希さん、ズブ濡れですね。何時からいたのですか?」


「8時…」


「8時って…もう昼ですよ?」


そう言われて、幸希は腕時計を見る。確かに、正午を廻っていた。

「俺、そろそろ帰る」


そう言って目に溜まった涙を袖で拭う。

「泣いてたんですか?」


黙る幸希。何かを察したように千代は続ける。


「そうですよね。幸希さんはお姉ちゃんの事、あの…その…好き…だったんですから

「…」


「あっ、その変な事言ってごめんなさい。これ、タオルです。風邪ひきますよ」


そう言ってタオルを幸希に渡すと墓の前にしゃがむ。

花を取り替え,手を合わせる千

代。

墓を立ち去る事にした。

千代の肩は小さく震えていた。

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