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第九話 harvest

「おねがひ、あきわくんはらめぇ・・・。」


好きなだけ妄想してから読んでね(`・ω・´)

第九話 harvest


 部屋に入ると明かりを点けて真っ先に鏡を覗く。涙の跡がうっすらと付いていた。赤く充血した目。何故自分が泣いたのか理解が出来なかった。ドアが閉まる音と同時に自分が外界から拒絶されたような感覚。全てが遠く儚い存在のような曖昧な感覚。


(ダメだ。考えるだけ鬱になっちゃう。これは私が勝手にやったことだ。一花も秋庭君も悪くない。勝手に空しくなって勝手に出てきたのは私。自爆しておいて涙が出るなんて、何て嫌な女なんだろう・・・。)


私は部屋着に着替えるために携帯をポケットから取り出した。淡く点滅するグラディエーションのライト。着信がある。でも今の私はそれを確認するのが少し恐く、億劫だった。服を洗濯機に放り込み、上着をクローゼットにしまい込むとベッドに雪崩れ込んだ。手元のスイッチで部屋の明かりを消す。今頃、一花と秋庭君は何を話しているのだろう。笑い合いながらチャムを囲んで楽しげに遊ぶ2人の姿が脳裏に浮かぶ。時間はまだ19時。用事が済んだと言ってまた戻ることも可能な時間だ。でも、私にそうする勇気は無い。


(秋庭君に宣言して出てきちゃったしなぁ・・・。2人の楽しげな様子なんか見たくないし。チャムも私のことを相手にしてくれないし。考えるだけ深みに嵌りそう。2人とも私のこと馬鹿な女だと笑ってるかもしれない。いや、そんな訳ないか・・。一花がそんなことを考える訳ないんだ。嫌な子はそんな風に思っちゃう私の方だわ。自分が哀れすぎて嫌になる・・・。)


私はベッドにうつ伏せになったまま、また少しだけ涙が流れ、気が付かないうちに深い睡眠に入っていた。





 身震いで目が覚める。ちゃんと布団を着ていなかったので寒さで目が覚めた。もう11月だ。いくら日本だとは言え、さすがに寒い。


(うぅ~ん、寒い・・・。今何時だろ?)


私は時間を確認するために傍らの携帯電話に手を伸ばす。着信が3件、メールが4件。全て一花からだった。「大丈夫?」「ちゃんと家に着いた?」「何してるの?」「寝ちゃったのかな?」など、メールは私の身を案じる内容ばかりだ。


(何してるのかしら私は・・・。一花にもこんなに心配させて。)


私はまた自己嫌悪で胸が締め付けられた。「ゴメン、寝ちゃってた」とメールを打つと送信。一花はきっと夢の中だろう。だって時間はもう3時を過ぎたところだ。起きているわけがない。


(明日ちゃんと謝っておこう・・・。)


私はそう思うとモソリと起き上がる。寝起きにグルグルと頭が回転したので、もう睡魔は襲ってこなかった。ふぅ~と溜息を吐きながら、PCの前に座ると起動スイッチをポチッとな。PCが鈍い起動音を発している間、軽く歯を磨くことにして洗面台に向かう。口の中が気持ち悪かった。歯ブラシを咥えながらまたPCの前に座り、起動パスを打ち込み再度エンターキーを押す。これでPCは完全に目を覚ますはずだ。後はまた少し待たなければならない。歯磨きの続きを終えて口を濯げば丁度いい時間になるだろう。特に急ぐ理由も無いので、ゆっくりと歯を磨き私はPCの前に座った。いつものように冒険者のログイン画面を開きパスを打ち込むと、眩い光の中に出る。最後にハーヴェストと過ごした場所、世界樹の根元に私のチャムは立っていた。血盟員リストを開くと、誰がINしているかを確認する。ハーヴェスト、いちかは当然居ない。居たのは例の痛い盟主だけ。すぐに血盟チャットで挨拶されたので、ちょっと離席と打ち込むと反応が無くなった。血盟員リストを確認していて、私はあることに気付く。萌える闘魂が居なくなっていた。彼は前に言った通り、時期を見計らって血盟を脱退していたのだろう。そんなことにも気付かないくらい自分は舞い上がっていたのかと呆れてしまう。


(ふぅ・・・、秋庭君抜けちゃったのかぁ。私ちゃんと見送りもしてない。どんどん彼は遠くに行っちゃうのね。何だか寂しいな・・・。はぁ・・・、自分で避けようと思ってたのに馬鹿なこと考えてる。)


私は一層気分が重くなる。何もこんなタイミングで知る必要は無かった。悪いことは重ねて起こるものだ。もうINしてても意味は無いしログアウトしようと思いメニュー画面を開いた瞬間、私はある項目にチェックが入っているのに気付いた。それはメールボックス。ゲームのキャラクター同士でメールをやり取り出来るシステムだった。


(誰だろう?アイテムの商談なんかしてないし・・・。もしかして秋庭君?)


秋庭実から脱退挨拶のメッセージでも入っているのかもしれない。開けるのを躊躇ったが、いつの間にかメールボックスは開かれていた。差出人は「収穫」と言う名前で、私は身に覚えが無い。


(誰だろう・・・。とりあえず確認してみようかな?)


【メール】


こんにちは^^突然で驚かせたかな?ハーヴェストの別キャラです。付き合いだして2ヶ月も経ったし、そろそろ僕はキミに会ってみたくなりました。今は○○県○○市に住んでるんだよね?僕は××県に住んでいます。意外と近くて驚いたでしょ?電車で2時間も乗ればキミに会いに行ける距離に僕は居たんだよ。一度リアルのキミを見てみたい。やっぱりゲームじゃ物足りないよ。よければ僕の携帯に電話してください。番号は080-XXXX-XXXXです。時間はいつでもいいからね^^


【メール了】


「嘘っ!!!ハヴさん?」


私は思わず声に出してしまった。素直に信じられず、何度もメールを読み返す。付き合って2ヶ月、私の所在、私が彼に言った内容に間違いない。このゲームでは一花と秋庭実しか知らない私の所在。他に知っているとすればハーヴェストだけだ。間違いない。電話番号も一花と秋庭実とは違う。手の込んだドッキリと言うわけではないようだ。私は震える手で携帯電話に番号を入力する。後は通話ボタンを押せば彼の声を聞くことが出来る。だが、私はあと一歩を踏み出せずに躊躇していた。


(何を戸惑ってるのよ・・・。やっとハヴさんが重い腰を上げてくれたんだよ?私に会いたいって言ってくれてるんだよ?私が尻込みしてどうするのよっ!頑張れ私っ!ああぁ~ん、やっぱ無理かもぉ・・・。)


私は変な小芝居を心の中で演じている。頭がテンパってしまい、携帯と睨めっこをしながら押すか押さないか考え込む。今が深夜だという考えはすでに頭から消えていた。非常識すぎるだろうとか、嫌われないかなど、その時に私には考えもつかなかった。


(押せっ!押してしまえば楽になれるのよっ!今さら止められないわよっ!いいのっ!?押しちゃうよっ!?押せっ!)


私は意を決してついに通話ボタンを押す。プップップという接続音が聞こえ、ついに呼び出しコールがなった。


(やっちゃったよ・・・。やっちゃったよ私・・・。)


プルルルループルルルループルルッピッ


「もしもし?」


電話の向こうから少し高い男性の声がした。これが夢にまで見たハーヴェストの声。


「もしもし?誰?」


私は無言だった。何を話せばいいか分からない。


「なんだ・・・。イタズラなら切るからね。」


「あ、あああの、私です。チャム・・・です・・・。」


「チャムちゃんっ!?」


「はい・・。チャムです。」


「あああ、愛しのチャムちゃんからやっと電話が来たっ!僕ずっと待ってたんだよ。」


(僕・・・。ハヴさんの一人称は僕なのかぁ。ずっと俺だと思ってたんだけどな。)


「ああ、何から話そうか?そっか、会おうっ!一度会いに行きたい。」


「え、ええっ!?いきなりですか?」


「だって僕達付き合ってるんでしょ?会って何か問題ある?」


「いえ・・・、無いですけど心の準備が・・・。」


「そんなの愛し合う2人には関係ないんじゃないかな?」


「ええっ!?愛し合う2人って・・・。」


「違うの?」


「いえ、そんな意味じゃ。でも意外でビックリしちゃって・・・。」


「そんなに意外?男なら愛する女性に会いたいのは当然でしょ?」


「あ、そうじゃなくて、まさかハヴさんが愛してるとか言うって意外で・・・。そんなキャラじゃない気がしてたから。」


私のハーヴェストはおちゃらけているが、どこか硬派なイメージがある。愛なんて口が裂けても言いそうになかったので、度肝を抜かれたのだ。どこか違和感がある。


「あの、本当にハヴさんですよね?」


「疑ってるの?僕等しか知らない秘密でも話そうか?」


そして淡々と最近のデートの内容を語る。どう考えても本人だ。


「あ、もう分かりました。ハヴさんですね。疑り深い性格のものですみませんでした。」


「分かってもらえて嬉しいよ。」


「あ、でも会うってどうやって?」


「僕がキミの街まで行くよ。お酒でも飲みながらゆっくり話そう。」


「あ、はい・・・。分かりました。」


「じゃあ今度の土曜日なんてどうかな?」


「急な話ですねぇ・・・。」


「本当は今すぐにでも会いに行きたいんだけど。」


「分かりました。私も時間を空けますので、また連絡します。」


私はその後、しばらくハーヴェストと会話を楽しんだ。イメージが随分違うけど、お茶目な人らしい。そして、妙なお願いをされた。土曜日までドキドキしたいから、ゲームで会うのは止めておこうと言うのだ。数日、冒険者にログインしないでおこうと。首を捻ったけど、彼のお願いなら聞かないわけにはいかない。私は快諾した。





 私は土曜日までポーカーフェイスで過ごす。一花には学校で謝っておいたし、秋庭実には会っていない。私の心を乱す可能性は少しでも排除しておきたかった。ついにハーヴェストと会うのだ。あの夜の落ち込んで世界中から見放されたような気分はとうに消え失せ、今は世界がバラ色に輝いて見える。ハーヴェストはどんな顔をしているのだろう。声は若干イメージと違った。低くハスキーな声だと勝手に想像していたが、ジャパネ○トの社長のようなキーの高い声だった。正直ガッカリしている。顔はどんな感じなんだろうか。期待と不安で胸がおかしくなりそうだ。


「智っ!ニヤニヤ病が再発してるよ?」


「秋庭君と手なんか繋いでラブラブしてるからよ。私なんかまた彼と別れ話になりそう。うんざりだわっ!」


一花と山岡晴美が、ついニヤニヤしていた私を見ながら毒を飛ばす。ちなみに山岡晴美の彼氏はユウキ君だ。あれから付き合うことになったんだって。どうでもいいけど。


「最近の智はよく笑うと思ってたけど、これじゃ病気ね・・・。」


「幸せで頭が溶けてるのよ。今の顔ったらないわ。」


「失礼よあなた達・・・。」


「智って幸せなの?何で?どうして?彼氏も居ないのにっ!」


「馬鹿ね一花、この娘はもてるんだから、男なんてその気になればすぐなのよ。」


「その辺のビッチみたいな言い方やめてよねっ!」


「ビッチって何っ!?」


「誰にでもやらせる頭も下も緩い女のことよ。」


「そそ、晴美みたいなねっ!」


「言ったわねっ!」


講義中にも関わらず、女子のお喋りは火が点いたら止まらない。教授がキレてチョークが飛んでくるまで、私達はお互いに顔を寄せ合ってクスクス笑い合っていた。





 ついに運命の土曜日がやってきた。私は朝の5時に目が覚め、ずっとソワソワしている。約束は昼の2時。まだ5時間は間がある。


(うー、何着ていこうかな?セクシー系はダメね。やっぱり大人し目の青でコーディネイトしたほうが無難かな?でも子供っぽく見られたらやだし、リップだけでも冒険しちゃおうかな?一花と一緒に買ったけど一度も付けてない赤のグロスなんてどうかな?やばいかな?)


ずっとこんな調子で悩んでいる。結局、最近買ったマーキュリーデュオのミニのワンピースにトレンチコートを合わせ、レギンスにブーツとカジュアルにまとめる事にした。髪は後ろでアップにし、お気に入りの髪留めで一まとめにする。背中まである長めの髪は、時間を掛けて何度もセットし直す。やっと気に入った形に纏めると、メイクをバッチリ決めて、私は戦闘準備が整った。4時間も掛かったのは内緒だ。全身が写る大きな鏡の前で何度かポーズを決めてみる。悪くない。


(あとは1時半に家を出れば完璧ね。気合入れすぎかな?)


時計を見るともう13時を過ぎていた。時間を掛けすぎた事もあり、意外にもギリギリになっている。私は野菜ジュースとゼリーを食べると、歯をよく磨いて口臭のチェックをし、香水を少しだけ付けるとブーツを履いて駅に向かった。一応時間通りに駅に着く計算だ。


(焦らなくて大丈夫。まだ時間はあるわ・・・。)


私は逸る心をどうにか落ち着かせ、何度も深呼吸をしながら駅のホームでハーヴェストを乗せた電車が到着するのをひたすら待った。





 14時10分。少し遅れた電車が駅のホームに到着したアナウンスがある。彼の指定した待ち合わせ場所で私はハーヴェストの登場を待ちわびた。首にはシルクで出来たチョーカーを巻いて目印にしている。これですぐに分かるはずだ。彼が他の女の子と間違う可能性は少ないだろう。駅の改札は今到着した電車からの客で賑わっている。改札を抜ける男性を自然と全て目で追った。私はまだハーヴェストの素顔を知らないのだ。メールで写メールの交換を要求されたけど、私は断っていた。直に会う前に値踏みをするような行為はしたくなかったのだ。それに、今のドキドキは簡単に経験出来るものじゃない。ソワソワしながら改札を眺めていた私は、一人の男性と目が合う。顔はまぁ普通だろう。少しだけ顔が丸いイメージ。歳は30手前くらいだろうか。その彼は私を見ると満面の笑みで近付いてきた。


「えっと、チャム?」


彼は真っ直ぐに私に近寄ると私の名前の確認をしてきた。間違いなくハーヴェストだ。私の緊張はピークに達する。顔を真っ赤にして固まってしまった。


「あれ?人違いでしたか?知り合いに似ていたもので・・・。」


何も言わない私にハーヴェストは謝罪をしてすぐにホームをキョロキョロと見回した。


「えっと・・・、私がチャムです。ハヴさん・・・?」


私はやっと声を発した。少しこもった声。


「え?あっ!やっぱりね。イメージ通りだよ。」


ハーヴェストは私に再度向き直って、また満面の笑みを浮かべた。私もぎこちない笑みを返す。緊張で顔の筋肉が硬直している。


「あの、えっと・・・、どこ行きましょうか?」


「チャムに任せるよ。僕はこの街は初めてだからね。お奨めの場所があればだけど。」


「うぅ~ん、車があれば色々あるんですけどね。徒歩か公共の交通機関だと少し遠いところばかりですね。ここは学生の多い街ですから、観光みたいなことには向かないんです。」


「そっか、じゃあレンタカーを借りよう。運転できる?」


「あ、オートマなら大丈夫です。ペーパーですけど。」


「そっか、僕も運転は出来るから心配しないで。」


そういうとハーヴェストは自然に私の手を取って歩き出した。突然のことに一瞬体がビクッとしたが、愛しい彼の手だ。すぐに気合を入れると、私からギュッと力を入れて彼の手をしっかりと握り返した。好きな男性と一緒に手を繋いで歩く。それだけで私は天にも昇る気持ちになってしまう。自然に口の端が持ち上がり、笑みが零れた。そんな私の表情を見ながら、ハーヴェストは優しげな笑みを返してくれた。





 駅前のレンタリースで乗用車を借りると、私のナビで車は走り出した。目的地はよく分からない。とりあえず走ってみて、色々と街の案内をしようと言う話になっている。まずは私の通う大学。それから街の目ぼしい物を次々と観光する。車はオートマ車で、ハーヴェストの巧みなシフトチェンジを見ることが出来なかったのが少し残念だ。秋庭実のシフトチェンジのような華麗な動きをまた見たいなと心の隅で思ってしまう。


(う・・・、ハヴさんとのデートなのに何で他の男が頭に浮かぶのかしら・・・。)


隣で笑顔のままハンドルを握るハーヴェストの顔を横目で窺い、申し訳ない気持ちが膨らむ。よく考えれば、先ほどから私は彼の言動や動きを、全て秋庭実と比較して見ていた。何て失礼なことだろうか。でもまぁ仕方が無いことなんだろう。実は、私に近しい異性は秋庭実しか居ない。昔から男を嫌悪の対象と捕らえていた私は、他の友人達が驚くほど異性との触れ合いが無かった。手を握られるのもハーヴェストで3人目という不甲斐なさである。1人目は中学生の時告白された男に強引に繋がれただけ、2人目は秋庭実。考えれば悲しくなるだけだ。


「結構広い街だね。気に入ったからちょくちょく遊びに来ようかな?」


「え?ああ、ぜ、ぜひ遊びに来てください。」


悲しい妄想に耽っていた私は不意をつかれ、つっかえながら返答する。ハーヴェストはその様子を可笑しそうに笑っていたが、何となくその笑顔に黒いものが混じっているのに私は気付いてしまった。最初は有頂天だった私も、だんだんと冷静に対処できるようになっていたのだけれど、生のハーヴェストはやはりゲームの彼とは違っているように思える。優しそうな笑顔も、何だか良い人を装っているようで自然では無い。それに視線がチラチラと私の肢体を走るのも気になる。男性なら致し方ないことだと思うけど、秋庭実はこうでは無かった。そう、秋庭実と違和感無く接触できていたのは、実は私に対する下心がほとんど見えなかったことに大きな原因があったとも言える。


(うーん・・・、やっぱりハヴさんも男なんだなぁ・・・。この後変なことする気なんか無ければいいんだけど。ハヴさんなら平気だよね?いつも下ネタばかり言ってるけど、きっとピュアな恋愛でも大丈夫っ!)


私はこの時、男性の考えと言う物を少しも理解していなかったし、この後、当然起こるであろう事も頭の隅に追いやってしまった。遊びに来る目的も、純粋にこの街が気に入ったのだと勝手に解釈してしまっていた。そして、ハーヴェストと会話をするほど、行動を知るほど、彼への想いが失望へと変わり始めていた。





 外も暗くなり、私とハーヴェストはお洒落なバーに足を運んでいた。郊外にある飲み屋街にその店はあった。周りは居酒屋やバー、ラウンジ、スナックなどで囲まれ、いかがわしい派手なネオンの休憩所も数多く存在する。何故こんな場所でお酒を飲むことになったかと言うと、ハーヴェストが飲み屋の情報誌でわざわざ調べていい店を見つけたので是非に、と言う事で断れなかったのだ。


「こんなお店初めて?」


「え、はい。いつもは友達と居酒屋さんで焼き鳥ばっかりです。お金も無いしっ!」


「そっか、たまには大人の雰囲気を味わってみてね?せっかく可愛い格好なんだから。」


「え、あ・・・、ありがとうございます・・・。」


可愛い格好というフレーズに顔が赤くなる。私は奨められたカクテルを次々に飲み干していった。甘くて美味しい。


「お、酔ってきてるな。顔が赤くなって可愛いよ。」


「そんな、可愛くなんてありませんって。」


「いや、可愛いよ。それに色っぽいね。このまま家に持って帰っちゃいたくなる。」


だんだんと話が変なほうへ誘導されていく。私はいつもはお酒に酔わない。友人達には「ザルのサギリ」などと不名誉な称号まで頂いている。たかがカクテルだと甘く見ていた。しかし、明らかに酔いが回ってきている。おかしい。


(何だろう・・・。すごく体が熱い。それに眠い・・・。どうしよう・・・。)


「僕、チャムのこともっと知りたくなったよ。僕の恋人がこんなに綺麗で可愛い人で良かった。」


「そうれすか・・・。」


「うん、だから僕達はゲーム以外にも、もっとお互いを知った方がいいと思うんだ。」


ハーヴェストの手が私の肩を優しく撫でる。そして首筋へと手が移行していく。


「らめれすよぅ~。ハヴさん嫌らしいころしれますね。」


「うん、チャムで興奮しちゃった。」


「らめれすっれ。私ちょっろお化粧をなおしれきます。」


すでに呂律が回らない。こんな自分は今まで知らなかった。軽い混乱がずっと続いている。私はこのままじゃまずいと思い、化粧室に避難する。


(何だろう・・・、おかしい。これは変だ。それにハヴさんのあの態度、確実に私を持ち帰ろうとしてる。このままじゃ酔った勢いで変な事されちゃうわ・・・。そんなのダメだ。今日はもう帰ろう。でも、きっとハヴさんは私をそのまま帰す気なんか無いに決まってる。よく考えたら当たり前じゃない。それにハヴさんがあんな人だと思わなかった。やばいよ、もう私あの人のこと好きじゃない。かなり好意が薄れてきてる。何か正体見たりって感じだな・・・。もう帰りたい。どうすれば逃げられるかな?)


私はもう、今日一日でハーヴェストに対する病的な好意がすでに無くなってしまっていた。恋は病だ。愛とは違う。私はハーヴェストに恋はしたけど、現実の彼を愛することは出来なかったのだ。そう結論すると私の行動は早かった。携帯電話を取り出し、一花に連絡を入れる。現在地と店の名前、偶然を装い迎えに来て欲しいことなどをメールで一花に送信する。返信は来なかったが、代わりに着信がある。


「もしもし智?どういうことこれ?」


「うん、いちは、わらひいまおろことお酒飲んれるんら。」


「はっきり喋れっ!!!」


「おろことお酒のんれるの。れももう帰りたくて。」


「呂律が回ってないよ?男とお酒を飲んでるけどもう帰りたい。だから偶然っぽく迎えに行けばいいのね?」


「うん。」


「そっか、最近浮かれてたのはその男のせいね?でも勘違いだったと?」


「うん。」


「分かったわ。みのりん行かす。」


「あきわくんはらめぇ・・・。」


「黙りなさいっ!私に隠れて男と付き合おうたぁ太い奴じゃ。懲らしめてしんぜよう。」


「おねがひ、あきわくんはらめぇ・・・。」


私は秋庭実が迎えに来ると言われ、強い恐怖心が生まれた。どうしてだろう。とてもこんな姿を見られたくないと思ってしまったのだ。一花はすでに通話を切っている。私はもうどうにでもなれと化粧室を後にする。この際、秋庭実に痴態を晒すのは仕方ない。泥酔状態など見られたくないけど、このままだときっとハーヴェストにやりたい放題されるだろう。それよりはマシだと思った。





 覚束ない足取りで席に戻ると、ハーヴェストは怪訝な顔で出迎えた。あまりにも私の帰りが遅かったので、心配したのかもしれなかったけど、それは違ったとすぐに思い知った。


「何してたの?」


「ちょっと化粧を直してましら。」


「本当に?」


「はい。」


「じゃあ何で携帯持ってんの?」


迂闊だった。私は携帯電話を握り締めていたのだ。


「ちょっと貸せっ!」


ハーヴェストは乱暴に私から携帯電話を奪い取る。カウンターのバーテンが変な顔で私達を見ていた。私は豹変したハーヴェストが恐ろしくなり、黙って携帯を操作するのを見ていた。


「・・・・・・・何だこのメール。迎えを寄越したのか?」


先ほどの一花に送ったメールを読まれたらしい。他人の携帯電話を見るなんて最低だ。もう私はハーヴェストに対する気持ちは完全に無くなった。


「・・・はい。今日はもう帰ります。ありがろうございました。」


「偶然を装って迎えに来いだと?俺に失礼だと思わないのかお前?」


「・・・もう帰ります。」


私は高まっていく場の危機感を感じ取ってその場を離れようとした。財布を出し、カウンターで勘定を済ませる。ハーヴェストには不愉快な思いもさせてしまったので、全額私が出した。ちょっと痛い出費だけど仕方ない。早くこの場を離れたかった。揺れる視界と回る世界を必死で安定させようと頭を振って、私は出来る限り足早にその場を離れる。後ろからハーヴェストが早足で追ってきた。


「ちょっと待てよ。このままバイバイなんて虫がよすぎるだろうっ!」


ハーヴェストは私の手を掴むと、逃げようとした私を強引に引き寄せる。やはり男だ。それなりに力が強く、泥酔の私には抗いようがなかった。私は弱々しい抵抗はしたが、手を掴まれ引っ張られる。ヒールだったらきっと転んでいただろう。ブーツで良かった。


「離しれくらさいっ!もう帰るんらってばっ!!」


「煩いっ!ちゃんと勘定はしてもらう。」


「今全額払ったじゃないれすかっ!」


「黙れっ!!!そんなもんで足りるわけないんだよっ!こっち来い。」


私は強引に引っ張られて歩く。いや、引き摺られる。ハーヴェストはそのまま近くのいかがわしい明るいネオンの休憩所を目指した。あそこに入ってしまえばもう迎えは来ない。私はゾッとして最後の抵抗をする。しかし、抵抗できるわけもなく、強引に腰を抱かれて入り口まで連れてこられた。


「はぁはぁ、いい加減に観念しろ。今日のためにわざわざ親の財布から10万もくすねたんだ。今さら逃がさねえよ。」


「やめてよっ!親の財布からってあんら何してんのよ・・・。」


「30ニートだって言っただろうがっ!そんなことはどうでもいいんだよっ!!」


「ひっ!やめてよぅ・・・。離ひてぇ・・・。」


もう泣き顔の私の傍を大きな影が横切った。そして、ハーヴェストが吹き飛ぶ。明るいネオンの玄関の自動ドアにゴツンという音と共に突っ込む。私は大きな影に支えられて何とか倒れずに済んだ。大きな影の正体は秋庭実だった。一花にメールを送ってから10分ほどだろうか。随分早いお着きだったけど、私はそのお陰で事なきを得た。感謝で胸が一杯になる。


「遅くなった。」


秋庭実は吹っ飛んだハーヴェストを一瞥すると、すぐに私に向き直りそう言った。


「遅くないっ!ありあと・・・。」


「ありあと?」


私は呂律が回っていない。


「あ・り・が・と・うよ。わらひもう少しで・・・。ほんとにありあと・・。う、ぐす・・・。」


助けに来てくれた事に対する感謝と嬉しい気持ちで秋庭実の腕にしがみ付く。そして私は嗚咽を漏らしてしまった。


「もう大丈夫だからな。心配いらないから泣くな。」


秋庭実は私の体をしっかりと支えてくれた。肩に手が寄せられているが、この際文句は無い。ハーヴェストはゆっくりと起き上がったが、秋庭実を見て怯えたような顔をする。この前のナンパの時もそうだったが、やはり体の大きな彼は男性からも脅威の存在なのだろう。


「あんた誰だ?」


秋庭実は男に問う。


「ハヴさんよ。冒険者の。ぐす。」


嗚咽を抑えながら、私が代わりに答える。


「ハーヴェスト?」


「そうよ。わらひ彼と付きあっれたの。すん。」


「お前誰だ?」


再度、秋庭実はハーヴェストに問う。


「らからハヴさんらって・・・、何?」


秋庭実の顔には激しい怒りが見て取れ、私は一瞬意味が分からなくなった。私にどうこうしようとした事に対する怒りじゃない。新しく沸いた怒りだ。


「こいつがハーヴェスト?笑わすな。」


「どういう意味?」


「俺は彼を知っている。お前誰だっ!!!」


「ひっ!ハーヴェストですぅ・・・。」


「・・・。茶霧、すまんが車で待ってろ。そこに停めてるから。鍵は開いてる。」


「う・・、うん。グス。」


私は腑に落ちなかったが、素直に従う。先ほどから凄まじい睡魔が襲ってきていた。もう立っていられないほどの睡魔。涙を拭いながら可愛い車の助手席に座る。


「正直に言え、お前誰だ?」


最後に聞いた秋庭実の声だった。私は座席に背を持たれると、すぐに眠りに落ちてしまった。

ああ、ひどい出来だ。だが後悔はしていn(ry


また後輩から弄られそうな内容になってしまいました。ちょっと謎を残して次回に続くと。ゾンビ書けよって事に対しては・・・本当に



・・・ため中・・・



すまないと思っている(´・ω・`)

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